第2話 レベル100 その2
(この時間にこの数、オオカミか盗賊か。いや、盗賊がこんな何も見えない時間に火も使わずに動けるはずがない。ということはオオカミ!!それも、この数ははぐれじゃなくて、群れのオオカミしかない)
少年の中には万事休すという言葉が浮かぶが、少年はなんとかそれを堪えてどうすれば良いか考える。
(たしか、オオカミは火が苦手だったはずだ。火をおこせば、でもどうやって?火魔法を使うと煙臭いって水の精霊達が嫌がるし...って今はそれどころじゃない!!)
少年は教科書で見た火魔法の詠唱を思い出し、今使えそうな魔法を思い出す。
(この時間太陽は出てないから、太陽の精霊の力は使えない。なら、雷の精霊しかないか?)
「雷の精霊よ、天より来たりて我に火を与えよ」
詠唱とともに、周囲の雲から一筋の雷が落ちる。雷が落ちた場所には彼が狙っていた低木があり、そこに火がつく。
オオカミたちは雷が近くに落ちてきたことで警戒し、近寄っては来ない。とはいえ、それも一過性の物。次が来ないとわかれば、また包囲網の円を縮めてくるだろう。
その前にエルフの少年にはやらなければならないことがあった。
「シルフ、火を延焼させて。アクア、水の結界を張って」
仲が良い精霊達に、”お願い”すると、火に風が注がれ強く燃え上がり、周囲の草を焼いていった。
しかし、周囲に水の結界はいくら待っても張られない。
「あれ?アクア?もしかして煙臭いって嫌がってる?お願い、今ピンチなんだよ、頼むよ、一生のお願いだから!!」
『一生のお願いね、私があれだけ火魔法を使うのは絶対止めてって言ったのにね』
少年の傍らには水色の髪の同い年くらいの少女の姿があり、二人が口論しているようだった。
「そんなこと言わないでよ。緊急事態だったんだし、しょうがないじゃん」
『緊急事態になったら私のことを捨てるような人の言うことは聞けません』
そういって水色の少女がかき消え、少年はうなだれるが、火の延焼は進み、オオカミたちは逃げていったようだ。
「このままだと、僕もこの獲物もこの火に飲み込まれちゃうのかな?」
火は勢いを増し少年の方に近寄ってくる。逃げることもできるだろうが、逃げた先がオオカミと一緒では結局意味が無いだろう。
「しょうがない、シルフ、僕の周りの下草を全部苅って」
そう言って少年がジャンプすると、そこには横から柔らかな風が吹いて、緑の髪の少女が現れる。
『私にばかり仕事を押しつけないでください。こっちだって手一杯なんです』
「そうは言ってもアクアが...」
『ちゃんと出せる物全部差し出した?どうしても力が必要ならそういうこともしないと、私たちはついて行けないわ』
「わかった、ありがとう」
少年は考え込む。火は目の前まで近づいてきている。時間はさほど残されていないので、思いついたことを全部やって試すしかないなと思った。
「アクア、さっきはごめん。今度はしっかりお願いするよ。」
そう言うと少年は地面に膝をつき、手を前にだし土下座をするような体勢になった。
「お願いだ、アクア様。今の僕を助けてくれるのは君しかいないんだ。君に一生を誓うよ、一生君のために生きることを誓う。だから、今は僕のお願いを聞いてください。」
それでも、火は近づいてくる。
「わかった、君が嫌っていた火魔法使いのカーラとももう会わない。故郷に帰っても知らない振りして避け続けるから、お願いします。」
火の勢いは止まらない。むしろ、手をついてる分タイムリミットは近づいたかもしれない。
指先に炎の熱さを感じる。段々と近づいてきていることがわかる。
もう手を引っ込めないと指先に火がついてしまう気がする。それでも、今は逃げるべきではないと心のどこかが思っている。あぶられるような熱が痛い。もう、火は少しでも手を出せば届くところまで迫って―
『しょうがないわね、そこまで言うならやってあげるわよ。でも、約束は約束よ、破ったら承知しないから』
炎に包まれたと思った少年の指はしっかりと燃えずに繋がっていた。
「ありがとう!!アクアぁ!!」
感極まった、少年はそのまま青髪の少女に抱きつく。
『なんか煤けてて汚いし、煙臭いは』
そう言ってる少女の顔がにやけているのをシルフは実体化せずに眺めると、契約上の主人である少年が生きていることに安心した。
* * *
その後、日が明けた頃には火の勢いも収まっていて、このまま放っておけば火も消えそうだった。
「そういえば、ここまでして頑張って剥いでいたオオカミもさっきので燃えちゃったよなぁ、結局なんのためにこんな危険な目に遭ったのかわからないな」
『それならあるわよ』
「え?」
そこには少年の周囲で唯一不自然に燃えていない箇所があった。
「もしかして、アクアがやってくれたの?」
『まぁ、一つも二つも変わらないし?あんだけ頑張ってたんだしもったいないかなぁ、って』
「アクアぁ!!」
そういって少年が少女に飛びつくが、少女は姿を一回消し、別の場所に現れる。
『そんな汚い体を私に何度も押しつけないで』
そう言いつつも、少女の顔は少しにやけるような照れるような表情をしていた。
『まぁ、アクアはツンデレですからね』
気付くと緑髪の少女が現れ、はやし立てる。
そのとき、少年の耳がある音を聞き取った。
「二人とも隠れて、誰か来たみたい」
『まぁ、残念これからもう少しアクアをいじって遊ぼうと思っていましたのに』
『ちょっと、それどういうこと!!あとでちゃんとその件については聞くからね』
そう言って、二人とも実体化をといた。
しばらくすると、足音の主の冒険者パーティーがやってきた。
「君かい?これをやったのは?」
冒険者パーティーは5人組のようで、槍と剣を持った人達が僕に武器を突きつけるようにして、その後ろで弓使いの人が弓を構えて僕を狙っている。4人目の人は僕の横を通り過ぎて周りを探ってるから斥候の役割の人なのかもしれない。
5人目の人は剣を帯びてはいるが、他の人達と違ってそれを抜いてはいなかった。
「失礼。僕は白金級冒険者のフレイルだ。昨晩、王都の見張りより王都近くの平原で大きな火の手が上がっているという報告があって調べに来たんだ。そしたら君がいた。おそらく、これは君の仕業だね?」
フレイルは口調こそ柔らかいが、表情はこわばっていて、さすが白金級の冒険者だという迫力があった。僕が何か怪しい動きを見せたら、仲間に指示を出して僕を殺させるか、彼が腰の剣を抜いて僕の首を落とすだろう。
オオカミはなんとかなったが、さすがに白金級冒険者は別格だ。別格だからこそ白金級としてカテゴライズされているわけだし。
「はい。そこに転がっているオオカミの死体から毛皮を剥ごうとしたんですけど上手くいかなくて、夜になってしまって、そこでオオカミの群れに囲まれてしまって、どうにもならないから火を放ってなんとか追い払ったんですけど、こんな大事になるとは思ってもいませんでした。すみません。」
僕は素直に謝ることにした。王都が燃えたわけでもないようだし、問題ないとわかればお咎めはないだろう。
いつの間に戻ってきていた斥候が僕が倒したオオカミの死体を持って現れる。
「ふむ。彼の言っていることに、嘘はないようだな。冒険者として未熟な部分はあるが、こうして生き残っているわけだし、十分外で依頼をこなす鉄級の資格はあるようだな」
フレイルがそう言うと周りの冒険者の構えがとけて、僕もホッと息をつく。
「依頼の達成のために、証明部位を守るところも冒険者らしくて良い。未熟さが抜ければ良い冒険者になれるぞ。少年」
その後、オオカミはフレイルさんの仲間の剣士さん(ヘルメットを脱いだら女性の方だった)が皮を剥いでくれた。ナイフを使うわけでは無く、持っていた剣だけで剥いだのに僕の目では追いきれない速度で皮とと胴体が分けられしまった。僕は、これが上級冒険者のパーティーなのかと感心するばかりだった。
皮を剥いだところで、グゥと僕の腹が鳴いたの聞いた、フレイルさんが「じゃあ、オオカミ肉を料理してやるよ、普通の肉よりはまずいが空腹の時は何でも上手いぞ」と言って、やっぱり目にもとまらぬ早さで肉だけ切り分けると、周囲のまだ燃えている木のところを持ってきて、即席の竃をやっぱり目にもとまらぬ早さで組み立てた。(料理をこんなに素早くやる意味がわからないが、これが上級冒険者(ry)
焼く時間は短縮できないみたいで、周りで拾ってきた葉に香草とかと一緒にくるんで、火の中に入れていた。火は周囲の木を拾ってきては薪としてくべていた。薪を拾いに行くのはフレイルさん以外全員でやったせいで集まりすぎてしまった。フレイルさんも「ここに何日いるつもりだよ、と笑っていた」
「そういえば、王都は僕のせいで...厳戒態勢なんですよね?問題なかった?って伝えなくて良いんですか?それも、こんなところでのんきにたき火して料理なんてしてても良いんですか?」
口に出すと、これだけの事をやってしまったという後悔が押し寄せてくる。
フレイルさんはそれに気付いた素振りもなく、首をかしげた後そういえばと言うような顔をした。
「鉄級だと知らされてないかもしれないが、金級以上になって国相手の仕事をするようになると覚えさせられるんだけどな、王都とか街の周りで仕事をするときには連絡手段として狼煙を使うことがあるんだよ。で、これが異常なしって時の狼煙を決めるのがこれ」
そう言って、さっきオオカミ肉に巻いていた葉っぱを見せる。
「え、これってそのためだったんですか?なんか香りを付けるみたいな意味だとばかり...」
フレイルさんは知らなかっただろとばかりに、胸を張る。
「まぁ、こういう使い方は普通しないな。それも、肉に巻いたから、結構使っちゃって、また『異常なし』の時に困るから買っとかないとな」
フレイルさんは後悔に浸ってる僕とは正反対でのんきな事を言っていた。
「リーダー、彼はやらかしたことにショックを受けてるんだから、そういうのもフォローしてあげないと可愛そうですよ」
剣士の人がそう言うと周りのパーティーメンバーもそうだと頷く。
「あと、パーティーの財布を預かる身としてはこういう予算の無駄遣いは看過できないので、あとでフレイルさんの取り分から抜いておきますね」
弓使いの人がそう言うと、みんなそうだそうだと頷く。
これにはフレイルさんもやらかしたな、とばかりにバツの割るそうな顔をして目線を泳がせると、思い出したようにたき火をつつくと、焼いていた肉を取りだした。
「少年。肉が焼けたぞ。オオカミの肉だし、味はなんだが、焼きたてが一番上手いぞ。」
そう言って取りだした肉は丁度葉っぱの部分が炭になっていて、炭を溶けると焦げていない肉が現れた。どうやったら、こんなに上手くいくんだろうと今日3度目(?)の感心をした。
肉はあんな調理法なのにしっかり仲間で火が入っていて、いつの間にしたのか見えなかったが塩味がちゃんとついていた。匂いも香草のおかげか全然しなかったのは今日の4度目の感心だったかもしれない。
* * *
その後、彼らに連れられて王都に戻ってきた僕は衛兵所や冒険者ギルドで謝罪行脚をしたが、お咎めなしだった。最後に冒険者ギルドで依頼達成の報告をすると、達成金と一枚の紙が渡された。そこには、
”私、白金級冒険者フレイルは鉄級冒険者アルゲンの銀級への昇格を推薦する”
と書いてあった。
『良かったじゃない。これで、銀級に昇進できるのよ。喜びなさい?』
アクアはそう言ってくれてるが、僕は少し迷っていた。
(今回の事態は僕の未熟さが招いたことだ、この話を簡単に受け取って良い物だろうか?)
『そんなに不安なら、明日ギルドに言って聞いてくれば良いじゃない?』
翌日、僕が冒険者ギルドに言って昨日の紙について聞きたいと言うと、ギルドマスターが出てきていった。
「そういえば、昨日は口止めされてたんで今日言うが、フレイルからの言伝だ」
なぜ、昨日は口止めされていたのだろう?と疑問に思いつつ続きを待つ。
「『銀級への昇格の推薦は出したが、これは昇格の内定ではない。銀級になるためにはパーティーを組むこと、昇格クエストを達成する事が必要になる。また、昨日の処分として、青銅級が受ける冒険者研修を受けること。これが終わったら君の銀級昇格を認めよう』だそうだ。まぁ、昨日はショックを受けていた君を喜ばせるために良い報せだけ伝えたんだろうな」
なるほど、と思いながらも、僕が銀級にふさわしいかという疑問はとけていない。
「でも、僕が銀級にふさわしいのでしょうか?それに、銀級昇格のためにはクエストを規定数達成しなければならないのではないのですか?」
あぁ、とギルドマスターが頷くと、胸元からもう一つの書類を取り出す。
「そういえば、推薦書には昇格の理由までは書いてなかったな。昇格の理由は『先祖返りの才能にふさわしい類い希なる精霊魔法の能力』とあるな。あれだけの事をやらかしたから反省しすぎてるのかもしれないが、あれだけの事ができるのは才能があって努力をしてその才能を伸ばしたからだ。才能は先天的に与えられるが、それを使うのは本人の努力次第だ、努力だけが良くも悪くも見えるようになる。それを誇りなさい。」
そんなこと初めて言われた。僕は転生ボーナスを弓の能力につぎ込んだので、弓使いになる物だと思っていた。でも、実際は転生してからは精霊と話せるエルフの先祖返りの能力で精霊と仲良くしてばかりいた。でも、僕は転生時に弓を選んだからと冒険者登録も弓使いにして、弓にこだわっていた。そのせいで、いつしか弓が重荷なっていたのかもしれなかった。
実際はアクアやシルフ達と仲良くなって契約し、他の精霊とも仲良くなって色々な精霊の力を使えるようになっていたのに、僕は弓使いだからと蓋をしていたのかもしれなかった。そんなことにも気付いていなかったんだと気付かされた。
「ギルドマスター。お願いがあるのですが―
* * *
『結局、あれでよかったの?あのままなら言われたとおりにするだけで銀級冒険者になれたのに』
アクアが少し不満そうに僕の方を見ている。
でも、僕に後悔はなかった。むしろ、すっきりとした気分ですらあった。一つを除いて、
* * *
「―お願いがあるのですが、僕の登録を弓使いから魔法使いに変更してください。それから、この推薦状は申し訳ないのですが、無かったことにさせてください」
ギルドマスターはなぜそんな事をする?とでも言いたげな顔をする。
「フレイルさんは僕が銀級にふさわしいと推薦してくれました。でも、それに乗っかるのはフレイルさんの作った道を歩くような物、僕は僕の能力を僕自身が上げた成果で示して銀級に上がりたいんです。だから、その推薦はなかったことにしてください」
ギルドマスターはただ、わかったとだけ言って推薦書類を破くと胸元に仕舞い込んで、ギルドの奥に戻っていった。
僕もこれからだとばかりに気合いを入れ直してクエスト掲示板に―
「アルゲンさん。あなたはこちらですよ。冒険者講習会への参加の日程を決めなきゃならないんですから」
行けなかった。推薦がなくなっても罰則だけは消えないようだった。
そうして、僕は受付の人と講習会の日程を決めたあと、最後に疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえば、この罰はフレイルさんが決めたみたいですけど、白金級冒険者ってそんなに強い権限があるんですか?」
「フレイルさんは特別です。白金級冒険者と言っても普通はそんな権限はありません。でも、フレイルさんは世界唯一のレベル100到達者にして、冒険者ギルド特任理事ですから。白金級といえどこんなことができるのは彼だけですよ。」
「れっレベル100!!」
僕らの世界でステータスは見えないが、唯一見える物がある。それがレベルだ。色々な宗教があるが、どの宗教の教会に言っても唯一できるのがレベルの確認だ。
僕のレベルがレベル25、普通の人は生きてるだけで一年でレベルが1上がると言われる。僕も努力しているがまだ、25程度だ。魔獣を倒すと上がりやすいと言われてはいるが、上限は存在する。それがレベル99だ。レベルは99までしか上がらないとされ、それがなぜなのかというのは一つの研究テーマとされ程のことだったはずだ。
だが、レベル100の存在が確認されれば話は大きく変わってくる。これはどういうことなのだろう?
「レベル99理論は私たちの世界に存在する真理です。実際これまで何人ものレベル99の白金級冒険者が100にならなかったかを考えれば、そして今もフレイルさん以外でレベル100到達者が現れていないことを考えればわかります。そう考えると、フレイルさんがただ例外だった、そう考えるほか無いでしょう。」
最後のこの事実を知らなければ、僕はすっきりして帰路につけただろう。でも、同時に感じた、彼への畏敬の念が間違いではないと。彼のいる世界にいつか辿りついてみせるというのが僕の目標になった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます