神性

私は、どうやら私のことを知らないうちに諦めていたらしいのです。そして、そんな私のことを思い返せば、この世の大半は欺瞞で作られていた、と僅かに信じていた節があります。

朝が大変に怖く、あの暖かく麗らかな日差しを必死に拒んで布団を頭まで被るのです。その時は自分のことが、この世の罪業を全て背負い切って潰れた成れの果てのようにも思えてきます。その時の私を鏡で見たら、きっと醜くほんのり赤い、脈打つなにかの肉塊のようにしか見えなかったことでしょう。

両親はまだ外国へ旅行に行っていて留守でした。私はいつ帰るかを聞かされていませんでした。親はとても怖いものです。一度私がおもちゃ屋の商品棚に並んでいる人形の一つに目を向けたことがあります。子どもならば、いえ、大人であっても、欲しいものがあるのは当然のことですが、そういった素振りを見せた途端、母親はその端正な顔をすっとこちらに向けるのです。私は今もあまり賢くはありませんが、その時にどんなことを母が言いたいか、すべて察してしまいました。その後、私は終始縮こまってよろけながらおどおどと両親についていくのです。父親が優しく気にかけて言葉を掛けてくれても、私は戸惑って何の言葉も返せませんでした。それで父は優しそうな顔の裏に寂しさを滲ませて会計に向かいます。その時の罪悪感は、今も時々私を苛み、折々にして夢に出てくることもある程です。以後はずっと親の言葉になるべく従い、子羊を装って振る舞うことにしました。鳴けと言われたら鳴き、誰もが嫌う首輪も、至って落ち着いた様子で身につけました。進路も、母親が陰で望むように進みました。表では勉強のことを、人生の選択肢を増やす手段として扱っているように見えて、実は目先の心配しかしていない事も、私には見えてしまいました。こんな様子ですから、私は「自分の思うように生きなさい」という言葉を一度でも言う人にはついて行きませんでした。そういう人は、決まって自分の埒外の出来事に対して怒りを覚えます。あくまでも自分の想像の範囲内の自由を人に許しているだけなのです。

私は料理はできますが、メニューを自分で決められません。朝食は常に両親の食べたいもののお零れを私が頂戴する形でした。包丁は怖くありませんでしたが、レシピ集に触るのはとても苦しい事でした。この休日に台所に立っても何も浮かばず、仕方なしにそーっと本棚に手を伸ばすと、足元を小さくて黒い何かが素早く通り過ぎました。ゴキブリです。不潔にしていたはずはないのに、この台所に出現したのです。私はドアを出て向かいのリビングまで駆けて、信じられないほどの速度で戸棚から殺虫スプレーを取り出しました。そうして、血眼になってさっきの二匹を探すと、冷蔵庫の下から音がします。試しにスプレーを吹き付けてみると、慌てて、気味の悪い、どこか人間臭い動きで飛び出してきました。すぐさま構えていたスプレーを噴射すると、二匹のゴキブリはそれっきり動かなくなったので、ティッシュで包んでゴミ箱に捨てました。ほっと一安心して、ようやくレシピ本を手にとって眺め始めましたが、やはりうまく決めることが出来ず、結局諦めかけてテレビを点けました。朝のニュースらしく、キャスターが淡白な顔で、「次のニュースです」と告ます。……また政治家の不正が明らかになった。あの芸能人が結婚した。政治家が過激な発言をした。科学的な少々の発見があった。誰かが誰かを殺した。……欠伸をしてそんな風に、四角く切り取られた画面を眺めていると、上部に字幕が出てアラームらしき音が鳴りました。飛行機が海上で墜落したとの緊急速報でした。ぼうっとそれを見ていました。墜落した機体の番号である586という数字が載っていて、私はそれをどこかで見た気がしました。すぐに閃いて、携帯を確認しました。メールで、「586機で帰ります、動向を見て知らせてください」とだけ、味気ない文章が書かれていました。そして、その次のメールに「やっぱり自分たちでどうにか確認出来そうです、ただ待っていてくれたらいいです」とあります。身体中の血液が凍えたような気がしました。頭はぼうっとして、椅子から立ち上がることも億劫になりました。ゆっくりと、そのメールを見返しました。いえ、ほぼ眺めているようなものです。番号は同じなのです。でもどうも飲み込めず、首をかしげるばかりでした。

突然、インターホンが鳴りました。しかし、どうせ回覧板か何かだろうと思って無視していました。無視していたら、何度も何度も鳴るのです。とうとう忍耐に飽いて玄関を開けると、鋭いいく筋もの閃光が走り、怒号に似た声が飛び交っていました。「誰々のお子さんですか!?応答願います!」「今回の事について何か感想がございますでしょうか!?」びくっと肩が震えて、急いで扉を閉めた。かなりラフな格好だったというのもあったのですが、なによりもこんな人数が家の前に集うことが衝撃的でした。全員が全員、生に飢えた亡霊のような顔でドアから私が出てくるのを待っていて、私の姿を食い殺そうとしています。途端に、皮肉なことですが、私は両親がいなくなったという事実を認識しました。顔はいよいよ真っ青になって、がたがたと震え始めました。膝にも足腰にも力が入らなくなって、ぺしゃりとその場に座り込みました。心臓はこれまでになく激しい音を立てて、エンジンのように唸り始めて今にも喉から飛び出すのではと思うくらい、異常に血液を送り出すのです。外では飽きずに色んな音が喧しく、この小さな家を囲んでいます。人の感情とは硬直するもののようで、どうも涙が流れませんでした。立ち上がることが難しく、まだ両足が力の入れ方を忘れているようです。自分の実体の在り処が分からないように、体をぺたぺたと触りました。私が強い人間であれば、怒鳴り返すなり小麦粉でもばらまいて追い返すなり、如何様にも手段はあったはずなのですが、生憎私は情けないことだけを引きずって生きてきてしまったものですから、そういう優れた要素はないのでした。これは、一体どうするべきだろうかと思案にくれています。出て行くべきでしょうか?いいえ、出ていったところで彼らの満足するような答えは到底返せないでしょう。しかし、このまま出ていかないのではあまりに不誠実ではないでしょうか?それに、私が出ていかないことには取材に来た人達は立ち退かず、周りの人たちにより長い間迷惑をかけることになるかもしれません。そう考えて、私はなんの備えも無いままでふらふらと立ち上がり、壁にもたれかかるように移動して再び玄関までたどり着きました。病に侵されたわけでも無いのに、身体中の様子が変でした。常に誰かに突かれているような感覚や足の麻痺や、頭の右側の偏頭痛、立ち眩み。私はいきなり私の思考をありとあらゆる現実によって乗り越えられてしまっていました。息を吸うと胃の中身を吐き出しそうでしたので、空気の出入りがなるべく無いようにと息を半ば止めてドアを開けました。隕石が落ちたような光が一気に私を襲います。反射的に目をつぶり、それからゆっくりと目を開きました。相変わらず怒号のような声で質問が飛んでくるのです。「今回の事件をどう考えていますか?」「只今の気持ちはいかがでしょうか?」「ご両親について何かご存知でしょうか?」「遺産はどう分配するおつもりでしょうか?」私はあまりにも臆病でした。きっと多くの記者が私の嘆く様子を捉えようとしているのだということは分かりましたが、なおさら気持ち悪さがのし上がってくるばかりなのです。近隣の家からは誰も出てきませんでした。この様子を恐れているのでしょうか。だとしたらそれはきっと正しい判断でした。人は集団で集まって行動するときに狂気めいた行動力を発揮します。まさにその実例を眼の前で披露されているのです。どうして出てくることができるでしょうか。当の私はますます竦みあがりました。そして余計に言葉が出てこなくなるのです。きっと酷い顔をしていたとおもいます。只でさえ醜い嫌な顔をしているというのに、それがもっとくしゃくしゃに歪むと想像するとその場にいるのさえも嫌になります。記者の方々からすればたまったものではなかったと思います。容姿が優れてもいないのに黙って、何も答えないのに感情が読めず、妙な顔でずっとこちらを凝視しているのですから。私の手は少しだけ震えていましたが、それが何故なのかは分かりません。恐怖心からか、緊張感からか、単なる体調不良か、どうもこれといって思い当たる節がないのですが、とにかく震えていました。私はただボンヤリした意味のない音を口から吐き出していました。カメラの前に立ってからは、体が裂けそうな、いや、体ではなかったかもしれません。何かが壊れるような音が、終始頭の中で鳴り響いていました。結局、一つお辞儀をして家の中へ入って行きました。質問には一つも答えられないままでした。玄関に入って、よろよろと揺れる柳のような格好で歩いてお手洗いまで辿り着き、そのままそこで何回か嘔吐しました。目元に涙が滲んで、視界がさらに悪くなりました。その場に横様に倒れて、ただ肺と心臓が動いているのを人ごとのように実感しているばかりです。この日から、私は学校に通えなくなりました。


その女性が気になって、私は連絡を取り始めました。数年前の記事に住所が記されていたのです。当時高校生だった少女の両親が乗った飛行機が海上で墜落したとのニュースでした。被害者及び遺族の実名が記されていたため、随分簡単に現在の所在を確かめることができました。尾行したところ、ボロボロのアパートに一人で暮らしており、最近ある会社に就職したという情報を得ました。密着取材で特集を組もうと思い、編集長に頼んだところ、情報が売れたらいいのだと快く了解してくれました。まずは会社に連絡を取ろうと、ホームページに記載されている電話番号に電話をかけました。男性の声がして、社名と名前を紹介した後、例の女性に取材したいことがあるから替わってほしいと言うと、問題の女性は運悪く有給休暇を取っていると告げられました。しかし、ここで引き下がる訳にはいきません。せめてなるべく早く話を聞こうとその女性の電話番号を教えてくださいと頼みました。向こう側からは個人情報なので我々の一存で決めることはできない、と返事が来ました。内心では私は溜息をついていました。まったくどうしてこうも会社や企業というものはわざわざ堅苦しい手続きを踏まねば取材の一つも受け入れられないのでしょうか?ですがいかに私が被害を被ったとはいえ、それを口に出すべきではないという節度は守ることができるのです。そこで、連絡を入れておくように頼み、連絡先を教えたところでその日は通話を終えました。翌日、机の前に座って待っていると、案の定電話がかかってきました。手にとって自己紹介をすると、向こうから女性の声が聞こえてきました。名前を名乗ったあと、要件を聞かれたので飛行機事故で両親を亡くした件について話を聞きたいと言うと、少しの沈黙の後、分かりましたと返ってきました。私はにこりと笑い、日付と時間の相談をして電話を切りました。きっとこのニュースはまだ暖かいネタの筈ですから、注目も浴びるでしょう。よしよしと笑みを漏らしました。

楽しみにしていたその日が来ました。一日だけのていですが、今日のインタビューを機に密着の話も振っていこうと意気込んでいました。指定された場所は、足繁く通っていた女性の自宅でした。チャイムを鳴らすと、予想よりも固い服装の当人が出てきました。まずその美しさに驚かされました。今までも何度か見かけてはいたのですが、近くではっきりと見たことはなかったので新しい発見です。これはより話題性が増すと思いながら部屋に案内されました。椅子が用意されており、座り心地は悪そうでした。このような場しか用意できなくてすみませんと断りを入れられましたが、粗末な場所に呼び寄せて自分の話をしようとは、全くもっていただけないことです。なぜ自宅で行おうと思ったのか聞いたところ、かつて事故が起きた直後にマスコミが家の前に集まり、近隣住民に迷惑がかかったとのことでした。私は一人しかいないのに、随分な信頼度です。しかしネタのためです、そこは社会人として我慢することにしました。早速質問を始めます。その時何をしていた、最初に知らせを受けてどう思ったのか、などのありきたりな質問から始めて、現在の収入や今後の見通し、人生についてどう思うか、その経験から得た教訓などを一通り聞きました。多少詰まることはあったものの、急かすとすぐ答えました。そして、いよいよ本題です。密着の話を振りました。戸惑いながらこちらの話に耳を傾けています。私は熱を込めて、この密着の崇高な意義や、双方が得られる大きなメリットなどを語りました。ところが、相手の表情はどうもはっきりしないようなものです。そこでさらに畳み掛けるように話を続けます。途中で何度か相手の質問のために止められました。こんなにもちゃんと分かりやすく話しているのに止めるとはどういうことだと苛立ちはしましたが、重要なネタなのです。逃す訳にいかないので説明をより詳細にして伝えました。飲み込みは遅かったものの、なんとか理解できたようです。それを踏まえて質問されました。私は会社にも所属している身ですが、部署の皆さんに迷惑をかけられないので、取材許可を私が貰ってからの取材でも構わないのでしょうか、と問われました。勿論答えは否です。私はすぐにでも密着にありつきたいのです。そして、情報を求める民衆の皆様にいち早く正義の言葉を届けたいのです。その途端、女性は悩み始めました。そしてあろうことか、社内での取材は断らせていただけないでしょうか、どうかこの場のインタビューのみでお願いできますかと言うのです。ここまで来ると流石に腹が立ってきました。私は世のため人のための活動を行っているのです。それをたかが小さな会社だの一個人だのの判断でおじゃんにはできません。いいえ、と答えると、女性は少々怯えた表情を浮かべました。その瞬間悟ったのです。そうだ、私は正義なのだ。ならば私がこの場のあらゆる権利を所有して、また行使できるのだ。邪魔するようであれば、どうやってでも屈服させればよいのだ。立ち上がって女性に歩み寄り、腹部を殴りました。うっ、と唸って椅子から転げ落ちたので続けて頭に蹴りを入れました。それから馬乗りになって、顔を何度か殴りつけました。ひ弱なもので、すぐにぐったりして動かなくなりました。私は事に及びました。


僕の所属している部署の女性社員が強姦被害に遭った。犯人は大手出版社の記者だった。みんなから人気だっただけにその衝撃は大きかった。上司が他の役員や社長などと直談判をした結果、被害者本人の意向を尊重して、ひとまず公開しない事にした。マスコミなんかに言ったらたまったものではない、これ以上本人に負荷をかけることは許されざることだという意見も出た。本人が肉体的、心理的に回復したらこの件を公開するかについて上役と相談するという結論に至った。部長はひどくショックを受けていた。娘さんと同じくらいの年頃だったらしい。同僚達もざわめきあっていた。入社してまだ一年にも満たなかったが、細やかな気配りができて、仕事も頼まれた以上のことを無理のない範囲でそつなくこなすとして頼りにされていた。部署の最年長の女性職員は、人見知りゆえに初対面の人にどうしても間違った振る舞いをして反感を買ってしまうところがあったが、それすらも受け入れて親密な間柄になっていた。部署全員で少しずつ時間を開けて見舞いに行くことに決まった。僕の仕事はなぜだか信じられないくらい忙しく、見舞いは大分後どころか最後になることが確定した。

蒸し暑い残暑だった。私服に自信がなかったため、スーツで出向いたが、家から一歩出た途端後悔した。病院に着く頃にはインナーシャツがぐしゃぐしゃになっていて、建物内のクーラーがあまりにも肌寒かった。僕はその女性社員とあまり面識がなかった。しかし、なんだか落ち着くような雰囲気が支えになったことは何度かあった。悪い噂は聞かず、マイナスの評価があったとしても、本人の努力や周囲の助力ですぐに立ち消えるようなものだった。部屋についてノックする。どうぞ、と声がした。不思議なことに、あんなに凄惨な事件だったにも関わらず、ちっとも声は変わっていなかった。普通は落ち込んだり弱々しくなるものだと思っていたが、案外人とは丈夫な生き物なのかもしれない。頭の包帯や、テープが顔を隠していたが、やはり元気そうだった。しかし、普段は感じることのない枯れた気配が、ごく僅かに周りに漂っていた。遅れて申し訳ないと言うと、とんでもありません、ありがとうございますと返事が来た。ひやひやしながら、率直な感想だけども、僕は何を話せばいいか分からない、でも様子が気になって見に来たんだ。いざ来るとやっぱり話せないな、と心情を吐露すると彼女はくすくすと笑い、私はあなたの正直なところに、いつも助けられますと笑顔のまま答える。不覚にも綺麗でどきっとした。目のやり場に困って窓の外を見ると、いくつかの黒い点が門の前で立ち往生していた。記者のようだ。彼らはやっぱり何も学べないのだと思うと、浅ましさに苛立ちを覚えた。横から、怒ってますか?と声がした。僕は感情を隠すのが恐ろしく下手だと、あらためて思い知った。すまない、でもあまりにも彼らに腹が立ったからと謝ると、柔らかい空気を纏って彼女は黙った。その少し後、私はあなたみたいに正直じゃない…正確には、自分のことをあんまり考えて来なかったから、羨ましいんですと励まされてしまった。いや、これは励まされたのだろうか?真っ直ぐに僕を見ていた。本心だったと気付いて、後ろめたく思った。でも大変だったでしょう、親もきっと心配してるからと誤魔化そうとしたら、親は今故人だと言われた。済まないと言うといいんですよと答えられた。唐突に、彼女は始めて自分から口を開いた。墜落の報せが入った朝、台所に二匹のゴキブリが出て、それは死ぬ時も一緒だったところが、唯一両親に似ていたという話だった。ふと、僕と同じ、自分のことを上手く話せない性質を感じ取って安心感を覚えた。その後取材の人が大勢やってきて、私はただ震えていたと言った。そこまで話して、僕はふと、彼らを恨んでいるか、と聞いた。彼女はまさか、と首を振った。それは衝撃的だった。恨むことを知らないのだ。いや、知ってもきっと恨むはずがなかった。自分がかわいいだけですと付け加えたが、最早その言葉は神託にも思えた。僕は彼女の何もを知らなかった。無知の愛は何物でもない、空虚な車輪でしかない。僕は彼女が本人も気づかないまま不幸であることを知ってしまった。花束が揺らいだ。また、何か君について教えてくれるかなと聞いた。彼女はキョトンとしてはい、と答えた。そして僕は、ゆっくり眠るようにと言って病室を出た。

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