第34話 ミノタウロス

 ミノタウロス討伐を目指して下へと進むホルスたちが最初に接敵した魔物はオーガだ。オーガとは、赤黒く染まったホブゴブリンなどとは比べ物にならないほどの筋骨隆々の肉体、右腕で持つ大剣は一振りで巨大な岩をも一撃で真っ二つにする程の威力を誇る魔物だ。


「オーガだと!?」


 ダンジョンに一番精通しているガタイのいい冒険者がオーガの姿を見た瞬間に驚きを見せた。

 何故ならオーガが出現する階層は九階層からだ。目標地点である十階層まで一層しかないため、一番楽な状態であったのだ。


「オーガが居るということは……ここは九階層だ。だからここさえ突破すれば目標地点に辿り着くぞ。後衛と前衛をしっかり分けて対応していくぞ」


 男がそう言うと彼のパーティーメンバーであるロングコートを着込んだ魔法使いの女性とペストマスクをした者が一歩後ろに下がった。

 彼女らに合わせるようにサポーターのハルカを含めて後衛と思われる冒険者たちも一歩後ろに下がった。


「最初は極力他のメンバーに迷惑をかけないように動くのを意識しよう……いくぞ!」


 男の号令と共に前衛の冒険者たちは動き出した。やはり戦闘を走るのはリーダー的存在であるガタイのいい男だった。

 その男はスキルを発動したのか身体の周りを魔力による膜で守られているように見えた。


「後衛!初撃を頼む!!!」


「分かったわ《火の根源たる精霊よ我が魔力を代償に人ならざる力を我にわけ与えたまえ》『フレイム・バレット』」


 彼のパーティーメンバーである魔法使いを中心に攻撃を始めた。彼のパーティーメンバーの魔法使いが使った魔法はエルフが得意とする精霊魔法の中でも使い手が滅多に居ない炎の精霊の力を借りる魔法だった。

 何故エルフに炎の精霊魔法の使い手が滅多に居ないかと言うとエルフという種族は神樹の守護者と呼ばれるほど森を大切にしている種族である。そんな彼らが森林を破壊する火をメインに使うはずが無かった。

 彼女が炎の精霊の力を借りているかと言うと彼女がエルフと人間の子供であるハーフエルフであるからだ。

 彼女の精霊魔法を中心とした後衛組の攻撃はオーガにクリーンヒットしたが、少しの火傷やかすり傷しか与えることが出来なかった。


「やっぱり九階層の魔物は格が違うか……ここからは前衛の仕事だ!各自ヘイトを分散しながら攻撃を開始するぞ!」


 前衛組の冒険者たちも攻撃を開始した。前衛組の初撃はリーダー的存在の男が務めた。彼を守るように展開されていた魔力の膜は、彼が持つ大太刀に移って行った。

 その大太刀をオーガへと振り下ろした。オーガも大剣を使って防御をしようとしたが、魔力の膜が触れた瞬間に大剣は大きな音を上げて砕け散った。


「武器は奪った!!油断せず攻撃をしろ!!」


 ホルスを除いた冒険者たちは同世代の冒険者に命令されるのは気に食わなかったが、死ぬのはもっと嫌なので攻撃を始めた。

 ホルスとルナはホブゴブリンの戦いで受けた傷はポーションで治っているため、全力で攻撃していた。ルナは瞬歩からの発勁を、ホルスは守護する者を惜しみなく使用した。

 他の冒険者たちも同世代の中では頭一つ抜きん出る才能の持ち主たちだったため強靭なオーガに肉体を破壊していた。

 全員がある程度攻撃を終えるころにはオーガも力尽きたのか魔石を残して消えていった。


「これだけ攻撃してやっと倒せるのか……やはり接敵は出来るだけ避けるべきか……だれか感知系のスキルは持っていないか?」


「は〜い」


 男の問い掛けに反応したのは一人だけだった。女性だけで構成されたパーティーのリーダーである女性だ。

 彼女が持つスキルは【気配察知】。ジャンヌが持つ【危機感知】との差異はジャンヌが持つ【危機感知】の方は自分に迫り来る危険のみ知らせる。それに対して彼女が持つ【気配察知】は一定の範囲内に居る生命の場所を知ることが出来る。これだけを聞くと【気配察知】の方が上位互換に思えるが、【気配察知】は息を潜めたり、スキルを使って気配を消しさえすればバレることは無い。しかし【危機感知】はいくら息を潜めたり、スキルを使って気配を消したとしてもスキルの使用者に危機が迫れば必ずバレてしまうのだ。

 彼女はスキルを発動させて近くに居るオーガの場所と総数をリーダーの男に伝えた。そこまで数は居なかったが、スキルを使ってなかったら必ず接敵してしまう場所に居たので、彼女のスキルはかなり助かっていた。


「かなりの数が近くに居るのか……一匹と接敵したら戦闘音に釣られて周りも来るかもな……現状はお前のスキルに掛かっている……頼めるか?」


「そういう時は頼めるかじゃなくて頼むって言って欲しいけどぉ〜。まあやらなきゃ死んじゃうからね。承るよ」


 彼女のスキルは探索でかなり役に立った。その後の探索はオーガと一度も接敵することなく十階層に繋がる階段を探すことが出来た。

 階段がなかなか見つからず歩き回ってしまい無駄に体力を消耗してしまった。だが階段は見つけることは出来たので一度休憩を取る事にした。


「ついに来たな……作戦を伝えておくぞ。ここまで一緒に来たとはいえ完璧な連携が出来るなど思ってない。だから他人には迷惑を掛けない立ち回りで頼む」


 彼の言うことは確かだ。ここに来るまで短くない時間を共にしてきたが、ちゃんとした戦闘は最初のオーガ戦だけであり、ここまで来れたのは【気配察知】を持つ女性とリーダーとして行軍の指揮を執っていた男の力によるものだ。

 それ以外の冒険者たちは他の人の持つスキルも知らなければ名前も知らなかった。


「これで最後になるかもしれないから……自己紹介くらいはしておくか……俺はカーニッツだ」


 リーダーの男性は初めて名前を明かした。冒険者なら調べようと思えば名前を知る事など難しくないが、個人情報を他人に自分から明かすのは信頼している証拠だった。

 リーダーである彼が自己紹介したのを皮切りに他のパーティーのリーダーたちも自己紹介を始めた。


「は〜い。私はミラだよぉ〜」


 他のリーダーたちも自己紹介を終えると最後になったホルスに目線をやった。


「僕はホルス・ソルです」


 冒険者たちからの視線に萎縮してしまったのか、敬語に戻っていた。


「自己紹介も終えたところだ……ついにミノタウロス討伐を挑みに行くぞ」


 彼らは階段を降っていった。数十秒後には開けた場所に出た。彼ら冒険者たちの目に映ったのは開けた場所の中心に居るミノタウロスの姿だった。

 ミノタウロスはオーガとは比べ物にならないほどの巨漢であり、その身に合う巨大なハルバードを装備していた。


「初撃は後衛頼むぞ」


 後衛組の攻撃がミノタウロスとの戦闘の合図となった。

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