第31話 ルナのスキル

 ルナの挑発に乗ったホブゴブリンは周りのことなんか一切気にせず一直線にルナ目掛けて走り出した。

 ルナは顔目掛けて振るわれたホブゴブリンの拳を受け流すと、ホブゴブリンの鳩尾へと発勁を打ち込んだ。

 ルナの発勁によって内臓をズタズタに破壊されたホブゴブリンの身体は立っているのがやっとな程ボロボロになっていた。


「ゴブ……」


 しかしホブゴブリンはボロボロの身体ながらも根性だけでパンチを繰り出した。内臓を破壊されたのだからもう動けないだろうと高を括っていたルナは、ホブゴブリンの攻撃を防御することなく受ける羽目となった。

 ホブゴブリンのパンチはルナの頬にぶつかり、近くの木まで吹き飛ばされてしまった。ルナは木にぶつかった衝撃で脳震盪が起き、身体を動かすことが出来なくなっていた。

 ホブゴブリンは動けないルナへとボロボロな身体を酷使しながらゆっくりと近づいていた。もしホブゴブリンが今のルナの元へと辿り着いたとしたら無惨に殺されるだろう。


「うっ……」


 ぶつかった衝撃が強かったのか、なかなか脳震盪が治らなかった。無情にもホブゴブリンはルナのすぐ目の前まで近づいて来ていた。


「……ゴブ」


 やがてホブゴブリンはルナの元へと辿り着いた。ホブゴブリンはボロボロの身体に鞭を打って拳を振り上げた。勢いという物は一切ないが、ホブゴブリンそのものの膂力があればルナのステータスが上がったことによって固くなっている骨も簡単に砕ける。

 振り上げられた拳は重力に従いルナの顔目掛けて振り下ろされた。

 自分の終わりを悟ったルナは目を瞑り、今もホブゴブリンと戦っているはずのホルスへの謝罪を心の中でした。


「(ごめんなさいホルス……今そっちに行くよ父上……)」



 *****


「来い……ホブゴブリン!!」


 ホルスと対面しているホブゴブリンはルナと戦っているホブゴブリンと違い挑発には乗らずホルスの動きを見ていた。

 ホブゴブリンが挑発に乗ってこなかったため、ホルスも自分から動く訳には行かなかった。もし自分から動きを見せれば、動き始めの隙を狙われ攻撃される。

 しかしルナたちが援護に来れるとは限らないのとこの階層はホブゴブリンの巣窟なためホブゴブリン相手に時間を掛ければ掛けるほどホブゴブリンの援軍がやって来る確率は上がる。そのため出来るだけ早く目の前のホブゴブリンを仕留める必要があるためホルスは自分から動くしか無かった。

 

「……仕方ないか……!!」


 ホルスは走り出した。しかしホブゴブリンを目指している訳では無い。ホルスが目指すのは一度ホブゴブリンに奪われた短剣だ。奪われた短剣はホルスが腕を蹴り飛ばしたことによって少し離れたところに落ちている。

 ホルスの狙いに気付いたのか、ホブゴブリンも短剣を目指して走り出した。短剣への近さで言えばホブゴブリンの方が上だが、走るスピードで言えばホルスが圧倒的に上だ。

 短剣の元へと先に着いたのは……ホルスだった。短剣を得ることが出来たホルスは短剣を構えて、走って来るホブゴブリンの攻撃に備えた。


「ふぅ……これで形勢逆転」


 武器持ちとステゴロでは圧倒的に武器持ちの方が有利になるのだが、膂力の差で負けることもある。ホブゴブリン程の膂力があれば武器を破壊することも容易だ。そのためホルスはまだ警戒し続ける必要があった。


「ッッッ!!?」


 ホブゴブリンはいきなり走る速度を倍近くに上げた。目の前に居るホブゴブリンは特別なスキルを持つような個体では無いため、ホルスに武器を取らせたのはホブゴブリンの策略だったと言える。

 一気に速度を上げたホブゴブリンは、そのまま勢いに乗ってホルスの顔面目掛けてパンチを繰り出した。スピードに乗った拳が直撃すればホルスの頭蓋骨など簡単に砕けてしまうため、受け流すか避ける必要があった。しかし避けるのはホブゴブリンの距離からして難しい。そのためホルスが取れる手段はただ一つ、パンチを完璧に受け流すことだ。

 

「――っ!!」


 ホブゴブリンのパンチを辛うじて受け流すことが出来たホルスは隙だらけとなったホブゴブリンの胸へと短剣を突き刺した。ホブゴブリンが勢いに乗ってホルスへと走って来ていたため、ホルスが短剣を振らなくても勝手に突き刺さって行った。胸に短剣が突き刺さったホブゴブリンは魔石を残して消えていった。


「ハァハァ……ルナのところに行かないと……」


 ホルスはホブゴブリンのパンチを受け流した時に捻挫した左手を気にしながらルナの元へと走った。



 *****


「うっ……ここは?」


『久しぶりだな……ルナ』


「――っ!!!!ちち、うえ?」


『おう、父上だぞ』


 ルナが目を覚ますと真っ白な空間にいた。声がした方に振り向くとその視線の先に居たのは、病気で亡くなったはずの父親ハデス・プルートの姿だった。


『感動の再開と行きたいところだが……まだルナが来ていいところじゃない』


「父上が居るってことは、私は死んだって事だよね。だったらいっぱい話せるはずじゃあ!!?」


『それは間違いだな。今おれたちが居る場所は冥界と地上を繋ぐ所謂……三途の川だな』


「なんで死んだはずの父上が三途の川に……?」


『まあそれはルナが気にすることじゃねぇ。今ルナが気にすべきことはホブゴブリンに殺されそうってことだな。このまま地上へ戻ったとしてもホブゴブリンに殺されるだけだ。もしルナが殺されたとしたら……あの坊主にトラウマを植え付けることになる。あの坊主はホブゴブリンを倒してルナのすぐ近くまで来てる。そんななかルナが殺されたとなったら坊主は後悔するだろうな。なんで間に合わなかったんだ……とな』


「そんな……」


 父親の厳しい言葉にルナは感情が溢れ出てきた。自分が死ぬことはまだいい。しかし一生残るであろうトラウマをホルスに植え付けてしまうのは、彼の夢を潰すことに繋がってしまうかもしれない。

 しかし今から出来ることと言えば。そのためルナはどうしようかと悩み苦しんでいた。


『あのスキルを使えばトラウマを植え付けるのは避けられる。何故使わないのかは大体分かるが……それであの坊主を傷付けるのは本末転倒じゃないか?』


「で、でも……あのスキルは……」


『だが、使わなきゃ成長は有り得ねぇぞ。ルナの為を思って厳しく言うが……お前はビビってるだけだ。そしてあの坊主に頼りすぎてる節がある。頼って欲しいと思うのならあのスキルを使え……じゃなかったらお前らの探索はこれでおしまいだ』


 確かにを使えばホブゴブリンを倒すのは容易かもしれない……しかしあのスキルを使った際の副作用でホルスを傷付けてしまうことをルナは恐れていた。

 そのため『武術の極意』というスキルを手に入れた時は心の中でかなり喜んだ。しかし段々と『武術の極意』だけでは対応出来ない相手も増えてくるため、ルナもあのスキルを使う覚悟が必要だと思っていたが、まだ覚悟を決めきれていなかった。


『覚悟がねぇなら冒険者なんか始めるんじゃねぇ。それにお前が恐れてるのはあの坊主を傷付けることじゃねぇ……傷つけたことで自分の心が傷付くのを恐れてるんだ。あの坊主はあのスキルでお前が攻撃して来たところで、対応しきれる甲斐くれぇあるはずさ……死んだおれに言えることはこの程度だ。あとはお前の覚悟次第だ。ルナ……仲間は信用するもんだぞ』


 そう言ってハデスは三途の川に架かった橋を渡り冥界と思われる場所へと歩いて行った。

 まだ覚悟し切れていないルナはハデスの手を掴もうと走り出したが、まだ亡くなって居ないのが原因か、橋より先に進むことが出来なかった。


「父上……私にはホルスを傷付ける勇気はないよ……だって私は弱いんだから」


 父親に激励されたからと言ってルナは勇気を出すことが出来なかった。

 そんなルナを動かしたのは遠くから聞こえてきた声だった。



「ルナァァァァァァァ!!!!!」


 遠くから聞こえてきたのはホルスの声だ。ホルスの声は震えていた。ルナがホルスを傷付けてしまうのを恐れているのと同じようにホルスがルナが殺されるのを恐れているのを知って、ルナはあのスキルを使うのを決意した。


「傷つけたらごめんなさい……『血に飢えた夜の女王』」


 ルナはスキルを使うのと同時に目を覚ました。

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