第30話 危機

 ホブゴブリンは地面に膝をつけたルナ目掛けて剣を振り下ろした。地面に伏しているルナに思いっきり振り下ろされた剣を受け止められるほどの膂力はない。

 そのためルナは避けるしかなかった。ルナは自分の力では動けなかったため、『瞬歩』の力を使って無理矢理逃げることにした。


「ハァ……ハァ……四つん這いの状態からの瞬歩はかなり体力を使うのね……ホルスは大丈夫だったかな?……って私も人の心配してるほど余裕はないけど」


 逃げたルナを追いかけて来たホブゴブリンは息が上がっているルナを見るとニタリといやらしい笑みをした。息が上がっているルナなどただの獲物だと思っているのだろう。しかしルナはそう簡単にやられるほどヤワでは無い。


「そんなに……不細工な笑みをしたところで気持ち悪いだけだよ」


 人間の言葉が分からないはずのホブゴブリンでもルナの煽りは本能的に感じ取った。ルナの煽りにホブゴブリンはブチ切れ、ルナの息の根を止める為に走り出した。

 ルナは短剣を剣を構えてホブゴブリンの攻撃に備えた。走り出したホブゴブリンは、ルナ目掛けて剣をぶん投げた。


「ッッッ!!?」


 ホブゴブリンがぶん投げた剣はルナの手の甲に直撃し、ルナは剣を手放してしまった。

 武器を失ったホブゴブリンはさらに加速しながらルナへと迫った。ホブゴブリンは拳をルナへとぶつけた。走りながら繰り出されたパンチはルナのことを吹き飛ばし、いくつかの肋骨を折った。


「ぐっ……!!肋骨が逝った……ポーションがあれば治るだろうけど……ハルカは少し遠いところに居る……わざわざホブゴブリンを近づけて危険に晒すのは……仕方ない」


 ルナはブツブツと言葉に出しながら状況を整理していた。そして出た結果は自分の力だけで目の前に立つホブゴブリンに対抗することだった。ルナ、ホブゴブリンともに武器なしのステゴロ。ステゴロの戦いで有利なのは腕のリーチ、体格ともに勝っているホブゴブリンだ。しかしルナには発勁という物理攻撃の中ではかなり上位に来る攻撃手段を持っているためどちらが有利とは言えない。この戦いで勝つのに必要なのはただ一つ……経験だ。

 ブツブツ言っているルナにホブゴブリンが段々と近付いて来た。


「来い……ホブゴブリン!」


 ルナは拳を構えてホブゴブリンの攻撃に備えた。ホブゴブリンもそれに合わせて拳を構えて、ルナ目掛けて走り出した。


 *****


 肋骨を砕かれながら吹き飛ばされたホルスは、息を整えながら武器が残り一つしかない状況でどう攻撃を仕掛けていくのかを考えていた。

 ホブゴブリンはホルスから奪った短剣を構えながらホルスを吹き飛ばした辺りを目指して歩いていた。幸いまだ見つかってないようなのでホルスは奇襲をしかけて一撃で仕留めることにした。

 しかしその作戦には二つの壁がある。まず一つ目は攻撃を仕掛けるまで見つからずに済むかどうかだ。ホブゴブリンが歩いている場所は比較的開けた場所であり、草むらから飛び出して気付かれる前に攻撃を仕掛けられるかどうかは一か八かだ。

 そして二つ目の壁が短剣の一撃で仕留め切れるかどうかだ。以前ホブゴブリンを討伐をした際には膝を切り、相手の機動力を奪ってから、胸へと短剣を根元まで突き刺してやっとホブゴブリンは絶命したが、今回は片目の失明くらいしか主だった傷がないため、短剣での攻撃が急所に当たるかどうかすら分からない。しかしやらなければ負けるのはホルスの方だ。


「ふぅ……ふぅ……チャンスは一度……」


 ホルスはホブゴブリンが横を通るまで息を潜めていた。そして時は来た。


「はぁぁぁぁ!!!」


 ホブゴブリンが横を通り、そして少し過ぎた時ホルスは動き出した。ホルスを探すためにキョロキョロしているホブゴブリンの背後から短剣を突き刺した。その場所は魔石が有るとされている場所であり、魔石まで届けば一撃で倒すことの出来る場所だった。

 しかし根元まで突き刺す前にホブゴブリンが暴れて出して、ホルスは離れざるを得なかった。


「失敗……まだやれる!!」


 ホルスは武器を失ったためステゴロで戦うことにした。その構えはルナと同じ構えだ。違う点と言えば体格から出来る差だけであり、それ以外は全く同じ構えとなっていた。

 ホルスの構えがルナと一緒の理由は、ホルスの戦闘技術はルナから教わったものであり、その大本はルナの父が生前ダンジョンで使っていた構えだ。この構えこそがプルート旅団を象徴するものだ。


「ゴブ!」


 ホブゴブリンは背中に刺さった短剣の痛みに耐えながらホルスへと攻撃を仕掛けた。ホブゴブリンは短剣をホルス目掛けて振り下ろした。使い慣れない短剣での攻撃だったからか大雑把な攻撃だったためホルスは避けることが出来た。避けた際にホブゴブリンの腕を蹴り飛ばすことで、短剣を手放させることに成功した。

 しかしホルスが不利なことに変わりはなかった。今現在彼の後ろには誰も立っていない。強いて言うならハルカがかなり遠くに居るため、守る対象になるかも知れないが、一人ではそこまでステータスはupしない。

 

「この戦闘で負けたら……ルナとハルカは負ける……守るために勝つ!!」


 自分が負けたらルナたちも負けるという自己暗示をかけた。これが成功してホルスは二人を守る為にステータスがupした。

 これでも少し不利くらいでしかない。この戦闘力の差をひっくり返せるのは二つだけだ。一つは技術。しかしまだ冒険者になってから少ししか経っていないホルスの戦闘技術はルナに遠く及ばない。

 ホルスがホブゴブリンに勝てる面はただ一つ経験だ。彼は冒険者として新人言っていい時間しかやって来ていないが、濃密な時間を過ごしてきた。薬物でかなり強化された冒険者戦、勝てはしなかったが、善戦した特異魔物ユニークモンスターのオークナイト。その後の大量の魔物の群れ。中堅どころの冒険者でも滅多に経験しないことを経験してきたのだ。そこだけがホルスがステゴロでホブゴブリン勝てる面だ。


「来い……ホブゴブリン!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る