第29話 油断

 五階層に降りた三人が見たのは、全く疲れを見せない冒険者とここまでギリギリ降りてこれたような疲労感を漂わせている冒険者が半分半分くらいだった。

 

「名簿を見る限り少年らが最後だな。……よし今から討伐作戦を開始する」


「予定時刻より早いのでは?」


 作戦の開始を宣言したジャンヌへと比較的元気な冒険者が疑問を問いかけた。それもそうだ予定時刻よりもまだ10分も早いのだから。


「君の言うことも一理ある……しかし我々のことを察知してか、ホブゴブリンたちが群れを成してこちらに向かって来ている。その数……100。私に掛かればちょちょいのちょいだが……君たちには難しいだろう。それならば君たちがすべき事はなんだ?じゃあ一番最後にやってきたパーティーの少年、答えてくれるか?」


「……奇襲ですか?」


「うむ。それが最善だろうな……しかし成長するためには物な足りない……そこでだ君たちには正面から100匹の群れを成すホブゴブリンたちを討伐してもらう」


 そう言ってジャンヌは「魔物寄せ香」を地面に叩きつけて中身をばら蒔いた。魔物寄せ香とは魔物を誘き寄せる効果があり、戦闘狂が稀に使うことがあるくらいの珍しいアイテムだ。

 広い範囲で索敵をしていたホブゴブリンたちは魔物寄せ香に釣られて、狂ったようにホルスたち冒険者が居るところを目指して走り出した。


「これから私は手出しをしないから頑張ってくれ……若い冒険者たちよ」


 そう言ってジャンヌはその場から消え去った。ただ気配を完全に消し居てるだけなので、消えたと言うのは間違いかもしれない。しかしこの場に居る誰もが感知出来ないのは確かだ。


「……ホルスホブゴブリン相手に後手を取るのは不味いから私たちから仕掛けに行こう」


「……そうだね。ハルカもそれでいい?」


「はい。私もそれでいいと思います」


 ホルスたち三人が他の冒険者たちを出し抜いてホブゴブリンたちに攻撃を仕掛けに行こうと話している最中、以前ギルドですれ違った冒険者のパーティーが走り出した。


「あのパーティーも私たちと同じ考えをしてたのか……私達もあのパーティーに続くよ」


 先を走る冒険者パーティーに遅れないようにホルスたちも走り出した。二組のパーティーに続くように五組のパーティーが走り出した。それらのパーティーに遅れて他のパーティーも動き出した。


「先頭のパーティーはホブゴブリンに接敵したみたい。私たちも接敵する可能性が出てくるから警戒しておこう」


「それは遅いみたいルナ」


 ハルカは森の影に居るホブゴブリンに気付いていたため奇襲されずにすんだ。

 森から出て来たホブゴブリンは三匹の群れを成しており、今のホルスたちには厳しい相手と言えるだろう。


「私が二匹受け持つから残りは二人でお願い」


「いや僕が二匹受け持つよ。だから一匹を二人でお願い」


 二人は二匹のホブゴブリンを倒すことに拘っていた。その理由としては、まずルナの理由は自身が前衛向きのステータスだからだ。それに比べてホルスのステータスは後衛向きの魔力にかなり振ってある。そんなホルスに魔物の討伐数で負ける訳にはいかないのだ。

 逆にホルスが拘る理由はただ一つ……ルナが女性だからだ。彼にとって女性はいくら強かろうと守るべき存在なのだ。それが失踪した父の残した信念なのだ。


「なら先に勝った方がやればいいんじゃないですか?」


 ハルカは一番理性的で合理的な提案をした。二人はハルカの提案を画期的だと褒めながらその提案を呑んだ。普通に思いつくような作戦だが、脳みそまで筋肉で出来ている二人には到底無理な考えだった。


「じゃあ先にホブゴブリンをやった方が残りのホブゴブリンをやる権利を得る……それでいいよねルナ」


「私はそれでいいよ……だって私が勝つから」


 そう言ってルナは走り出した。ホルスが不意打ちの如く動いたルナに遅れをとって動き出した。

 ホブゴブリンたちは背中をホルスたちから隠すように陣形を組んでいたが、ルナが勢いよく近付いてきたため陣形が一瞬崩れてしまった。その隙を突くようにルナは一匹のホブゴブリンに発勁を叩き込んだ。

 発勁を喰らったホブゴブリンは遠くまで吹き飛ばされてしまった。これはホブゴブリンに対抗するすべを持たないハルカに配慮してのことだろう。


「一匹は私が相手してあげる」


 そこへ遅れてやってきたホルスがもう一匹のホブゴブリンに攻撃を仕掛けた。『守護する者』を使ったことでupしたステータスを存分に使ったダッシュから放たれた斬撃はホブゴブリンの剣を砕き、ホブゴブリンの瞳を傷付け、片目を失明させた。

 そのまま逆の腕で持った短剣を胸へと突き刺そうとした。しかしその攻撃はホブゴブリンの腕によって阻まれ急所を攻撃することは叶わなかった。


「ッッッ!!」


 倒すことに躍起となっていたホルスは油断していた。魔物が自身の身体を傷付けてまでも急所を守るはずがないと……しかしその油断はホルスにとって悪い結果をもたらした。

 短剣が腕に刺さったことにより、短剣を持つホルスの動きは阻害され、ホブゴブリンの攻撃を避けることが出来なかった。剣を持たないホブゴブリンの攻撃はただのパンチだが、筋骨隆々の肉体から放たれたパンチはステータスで強くなっているはずのホルスの肋骨を砕きながら吹き飛ばした。


「ッッッホルス!!?」


 目の前で吹き飛ばされたホルスを見てルナは慌ててしまった。簡単に捌けていたはずのホブゴブリンの攻撃を喰らってしまい地面に膝をつけてしまった。


「ホルスさん!!ルナ!!!」


 森の中にハルカの悲痛な叫びが響き渡った。

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