3章 ミノタウロス
第24話 リハビリ
1ヶ月の休養期間を開けたホルスは、リハビリとして三階層に来ていた。
「はぁはぁ、だいぶ体力が落ちてるなぁ……」
三階層に来て一番最初にエンカウントした相手は普通のゴブリンが三匹にゴブリンメイジが二匹の総勢五匹の群れだった。
ゴブリンの群れに勝つことは出来たが、かなり息切れをしていた。
四階層でオークナイトと戦っている時のホルスであれば、この程度の群れ相手に息を切らすことなどなかった。しかし1ヶ月のブランクはだいぶ重く体力を落としてしまっていた。
ここで言う体力はステータス面の体力ではなく持久力のことである。
「出来るだけ早く体力を戻してルナたちに合流しないと」
次に遭遇した魔物は、ゴブリンライダーが率いているゴブリンの群れだった。今のホルスには少々荷が重い相手なのかもしれない。
「ゴブリンライダー……あの時以上に苦戦するよ」
「ゴブ」
目の前に立つゴブリンライダーは手下のゴブリン達をホルスの方へ向かうように号令を掛けた。
その号令に従うように短剣を装備したゴブリン達はホルス目掛けて走り出した。
走り出したゴブリンは三匹。今のホルスでも十分に対処出来る数だが、後ろに控えるゴブリンライダーのことを考えると体力を残しておきたいので、ホルスは出来るだけ効率よくゴブリンを狩る選択を採った。
「ふぅ……」
ホルスは走っているゴブリンにだけ集中し、その他の感覚をシャットアウトとした。研ぎ澄まされた感覚は、ゴブリンの動きをミリ単位で感じ取る。
一番にホルスの元に辿り着いたゴブリンは、ホルスの首目掛けて短剣を横に薙ぎ払った。短剣の軌道を完全に読んでいたホルスは、最低限度の動きで身体を後ろに逸らした。ゴブリンの短剣はギリギリホルスの首には届かず、空振りとなった。
ホルスは短剣を下から振り上げた。剣の先がゴブリンの胸元を切り裂き、ゴブリンは絶命した。
一瞬で仲間を失ったゴブリンたちは、ホルスのことを恐れ動きを止めた。
「次は誰が来るの?誰も来ないならこっちから行くよ」
ゴブリンには人の言葉は分からないはずだが、本能的に察したのだろう。ゴブリンたちは一歩後ろに下がり、短剣を構えた。
「来ないんだね……なら僕から行くよ」
そう言ってホルスは走り出した。そのスピードは驚異的なものであり、ゴブリンたちの動体視力では捉えられないものであり、接近を許してしまった。
ホルスはゴブリンとの距離を詰めると一匹のゴブリンの首目掛けて短剣を突き刺した。接近されたことに気が付いた最後のゴブリンは慌てて短剣でホルスのことを切りつけようとしたが、ホルスは冷静に短剣を避けて、胸へと短剣を突き刺した。
「残るはゴブリンライダーだけかな?」
「ゴブ!?」
仲間が全員やられたことで少し焦っているゴブリンライダーは慌ててホルスとの距離を詰めようとした。
騎乗しているゴブリンが慌てていたため、下のグレイウルフはゴブリンの命令に反応出来ずにその場から動かなかった。
動かないゴブリンライダーなど大きな的なため、グレイウルフを先に仕留めてから、上のゴブリンを仕留め終えた。
「はぁぁ……だいぶ疲れたけど……まあ感覚はかなり戻ったかな?」
ある程度リハビリを終えたホルスはひとまず地上へと登って行った。
*****
「感覚は戻った?」
「ある程度は戻ったと思うけど……ギリギリの戦いをするにはまだ心配かな?」
「そっか……なら四階層を中心に活動しようか。ハルカもそれでいい?」
「うん。私もそれでいいと思うよ」
今日は夜も遅いので取り敢えずダンジョンに潜るのは明日となった。
その後はホルスの退院をお祝いするためにルナとホルスのアパートで小さなパーティーを開くこととなった。
「久しぶりにエールでも飲もうかな」
「私が注ぎますね」
ハルカがお酌するのを最初は断っていたホルスだったが、退院祝いだからと言われたら断ることも出来ずにお酌をお願いした。
ホルスたちが飲んでいるお酒はエールと呼ばれる大麦麦芽から醸造されるビールの一種である。ワシンドでは最もメジャーなお酒であり、大衆向けの安価なお酒なため冒険者たちからも重宝されているお酒だ。
「じゃあホルスの退院を祝って……カンパーイ!!」
「「カンパーイ!!」」
最初の一杯は三人ともグビっと一気飲みした。
一気飲みはアルコール中毒の危険があると思うかもしれないが、この世界の人間はステータスを得て内臓も含めて身体が強いため、エール程度のアルコールでは中毒の症状は出ない。
しかし内臓が強くてもアルコールに弱い人は居る。エールを一気飲みしたハルカは一気に酔いが周り、絡み酒となった。
「ホルスさんはさぁ〜〜、女の子に優しすぎるんですよぉ〜〜、ヒック。ねぇるなぁ」
「そ、そうだね」
ハルカはルナにホルスへの愚痴を漏らしていた。その場にもホルスが居るにも関わらずだ。ホルスはルナの絡み酒を見て苦笑いしか出来なかった。
「ホルスぅ、助けてぇ〜!!」
「あはは、僕には荷が重いかなぁ〜」
ルナからの救助要請にホルスは笑って誤魔化した。ホルスは少しルナとハルカから離れて一人でお酒を飲んでいた。
その間もハルカはルナに愚痴を話し続けていた。
「ルナはぁ〜、ホルスしゃんのことどう思ってるんれしゅかぁ〜」
「……大事な相棒とかかな?」
「そういう事じゃなくてれすねぇ〜、恋愛的にはって意味れすよぉー!」
ハルカは酔いのテンションで、ルナの気持ちを確かめに来た。ルナの逃げたような答えに距離を詰めて本当の気持ちはどうなのかと聞いた。
酔っていたら答えていたかもしれないが、今のルナは激酔いしているルナを見て冷静になっているためほぼシラフだ。そんななか気持ちを暴露出来るはずもなく笑って誤魔化した。
「酔いすぎだよ。はいお水」
「あ〜!ルナが誤魔化したぁ〜!ホルスしゃーん、ルナはホルスしゃんのことがぁ〜!」
「悪酔いが行き過ぎだよ」
ルナは首トンしてハルカを気絶させた。ルナは二人の会話がホルスに聞こえていないと思って、ハルカの暴走を止めなかったが、ダンジョン探索によって研ぎ澄まされていたホルスの聴覚は一言一句聞き逃さなかった。
聞き逃さなかったと言ってもそれはホルスの意思では無いため仕方ないだろう。
「……僕は父親を探さないとだから」
ホルスは失踪した父親を理由に逃げようとしていた。
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