第10話 冒険者

「私の居ない所で随分暴れてくれたみたいだな。被害も大きそうだ……その対価は情報で払って貰おう」


 薬によって狂化した冒険者の攻撃を止めたのは、軽そうな鎧を身に付けた女性だった。ルナは自分に攻撃が当たらないのが分かると眠るように気絶していた。

 その女性は腰に刺してある剣を抜かずに手のひらで、筋肉が増大している冒険者の攻撃を受け止めていた。

 目の前の女性を強敵と認識した冒険者は、更に薬を服用しようとした。


「目の前でドーピングを許すわけないだろう。見た感じその薬は裏ギルドが流している奴だな。」


 冒険者がポケットから新たな薬を取り出した瞬間、彼の両腕は薬とともに地面へと落ちていた。何が起こったのか分かっていなかった冒険者だったが、自身の両腕を見て肘から先がないのに気付くと発狂して女性へと襲いかかった。

 女性は発勁の要領で冒険者のことを遠くへと吹き飛ばした。


「両腕がないのにも関わらず、諦めない点は評価するが……力の差を理解していないのは冒険者として致命的だぞ。……そこの少年、敵を討たなくていいのか?ここを逃すとアイツと出会うことは二度とない……選べ」


「……ルナの分も僕が討ちます!!」


「よく言ったな。そしてもうひとつ選択肢だ。私は魔法で奴の腕を治すことが出来る……私の言っていることは分かるよな」


「……お願いします。僕は成長しなきゃいけないんです」


「君はきっと伸びるさ。《我の癒しは死をも克服する》完全復活リジェネーション


 女性が走って近付いてくる冒険者に魔法を掛けると両腕が生え揃っていた。それどころか魔法によって狂乱の状態を消したのか、正気を取り戻していた。

 ホルスは自分の頬を叩き気合いを入れ直した。目の前に迫り来る脅威に立ち向かうために『守護する者』を使い、冒険者の攻撃に備えた。


「死ねぇ!!」


「ふぅ……!!」


 ホルスは筋肉任せの攻撃を見切って横に避けた。大振りの攻撃によって出来た隙を攻撃したが、初心者向けの量産型の探検では分厚い筋肉を切る事は叶わなかった。


「くっ……!決定打に欠ける……筋肉の薄いところを探すしかないか……っ!!?」


 攻撃が通らないことが分かったホルスは一度冒険者から離れていたが、異常な密度を誇る脚の筋肉を存分に使った移動は二人の間を一瞬で詰めた。

 冒険者はそのまま勢い任せのパンチを放った。しかし今までと違い彼には理性があるのだ。邪魔な短剣を砕くために身体を狙うのではなく短剣の芯を狙って拳を放った。

 咄嗟のことで上手く受け流すことが出来ずに短剣で受け止める羽目になった。芯を思いっきり殴られた短剣はポッキリと根元から折れ、冒険者への唯一の攻撃手段を失ってしまった。


「焦っちゃダメだ……動きを見極めないと……」


 得物を失ったホルスを見て冒険者はニヤリと笑いトドメを刺すために拳を握りしめていた。

 握り締められた拳を見て改めて自分が窮地に立たされているのを理解させられた。あの強い女性が居るため殺されることは無いだろう。しかしここで負けてしまえば……冒険者として……一人の男として死んだも同然だ。

 圧倒的な力の差を感じた時でも諦めない。そんな人に神は微笑むのだ。


「その熱そうな血を浴びれば……寒くなくなるよな」


「――っ!!正気に戻っても……もう戻れないんだね」


「うるせぇんだよ!!」


 冒険者はホルスを殺すために走り出した。その殺意に当てられたホルスは一瞬怯んでしまったが、ルナのことを思い出し踏みとどまった。

 出来るだけギリギリまで避けずに攻撃が当たる瞬間に手のひらで衝撃を逃がし、がら空きになった鳩尾へと蹴りを入れた。

 ホルスは気付いていた。冒険者は下半身は高密度で強靭な筋肉を得ているのだが、上半身は密度よりも大きさを求めた結果、攻撃さえすれば受け止め切れずに内臓まで届くことを。

 ホルスの放った蹴りは、筋肉に守られた骨を砕き、内臓をも破壊した。


「うっ……!!ウォォォ!!!」


「――っ!!?どうして……気絶しても、薬で身体は動いている!?」


 骨と内臓を破壊された痛みで冒険者は気絶しているはずだった。しかし筋肉を増大させている薬の力によって本能が身体を無理矢理にも動かしていた。

 冒険者は勝ったと油断していたホルスの脇腹に巨大な拳を叩き込むと頭を掴み地面へと叩きつけた。


「ぐはっ……!!」


 巨大な右腕を振り上げ、そのまま力任せにホルスの顔面へと落とした。

 強い女性が邪魔に入ると思われていた攻撃だったが、彼女からその場から動かずに静観していた。

 しかし冒険者の攻撃がホルスに当たることはなく数ミリ横にズレていた。薬によって気絶している冒険者だが、本能も攻撃を打ち込む座標がズレるなどのミスをするはずがない。なら何故彼の攻撃が外れたのか……それは意識を取り戻していたルナが投げつけた短剣が思いっきり関節にぶつかったことで、冒険者の右腕は少し外側にズレた、その数ミリがホルスの命を救ったのだ。

 

「……こっちに来なよ化け物。君の相手は私だよ」


「ウォォォォ!!!」


「ルナを守ってくれ!!!」


 冒険者はルナ目掛けて跳躍した。冒険者が離れたことで自由の身となったホルスだったが、一瞬で移動した冒険者に追いつくことは出来ない。

 ホルスはルナが冒険者相手に勝てるとは思っていないので、強い女性に助けを乞うた。しかし女性は一瞬こちらに目線をやったが、すぐにルナの方に目線を戻した。

 彼女の目に映るのは勝ち目のない相手を目の前にした悲観的な表情ではなく、必ず勝つと闘志に燃える冒険者の姿だった。


「ホルス……私は守られる程弱くないんだよ……だって団長だもん!」


「ウォォ!!」


 自分を殺すために空から叩きつけてこようとする冒険者の攻撃の勢いを使いホルスの蹴りでボロボロになっている鳩尾へと強烈な発勁を叩き込んだ。

 遂に冒険者は薬の力でも立ち上がれない程にボロボロになり、大きな音を立て地面へと倒れていった。

 ルナは冒険者が完全に意識を失っているのを確認するとこちらに向かってくるホルスに見せつけるように親指を立てた右腕を掲げて、自分は勝ったのだとホルスにアピールしていた。


「勝ったんだね……良かったよ――」


「だいじょぅ――」


 安心したのか二人とも気絶してしまった。


「よくやった若き冒険者よ」


 最後に二人の瞳に映ったのは自分らを讃える強い女性の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る