第9話 薬物
二人に絡んで来たのは以前にも酒屋で絡んで来た冒険者だった。あの時とは違い装備はボロボロで、身だしなみも汚くなっているため、以前一緒に居た冒険者に捨てられたように思えた。
そんな冒険者は大声で二人に詰め寄り、胸ぐらを掴もうとしたが、ルナの手によって弾かれてしまった。
「いいご身分だなァ!!……おれはこんなにも堕ちたって言うのによォ!」
「確か……酒場で絡んできた人よね。貴方が堕ちたのは自分のせいでしょ」
「てめぇらが大人しくやられてりゃあ良かったんだよ!!なあお前ら」
彼が支離滅裂なことを言っているのは明らかだが、酔っているのか自分の言っていることは全て正しいと思っているのか、周りに賛同を求めた。
酔っている男に巻き込まれるのは嫌なのか、誰も振り向きはしなかった。期待していた反応を貰えなかった冒険者の身体は震え始め、段々と俯いていった。
「おいおい、ここの都市はこんなにも冷たかったんだなぁ……身体が冷えて堪らねぇ――」
そこまで寒くないどころか、温暖な気候のワシンドで寒いと言っている男は異常だった。そして男はポケットから取り出したケースから薬を取りだし、服用した。
「あの薬なんか嫌な予感がする!!」
「えっ?ホルスに感知系のスキルなんてあったの?」
「いや、ないけど……冒険者としての勘がそう言ってる!……たぶん」
「冒険者になってまだ二日目でしょ――っ!?」
ホルスの勘を冗談で済ませてしまっていたルナは選択をミスした。
薬を服用した男はたちまち、全身の筋肉が増大し、狂ったかのように市民たちを襲い始めた。幸い冒険者が多いため重傷者は出なかったが、薬の力によって増大した筋肉相手に勝てるような冒険者は居らず、男はどんどん被害を増やしていた。
「ホルス戦うしかないよ」
「でも同じ人間なんだよ!僕は戦えないよ!」
「しっかりしなさい!私たちは冒険者!冒険者になったからには同じ冒険者と戦うこともあるの!それが旅団同士の抗争なのか、闇ギルドの犯罪者たち相手の殺し合いがなのかは私にも分からない……でも対人戦をするのは確か!覚悟を決めないとやって行けないの!!!」
ルナの言うことは正しい。旅団相手の抗争は殺人は禁止となっているため、人を殺すことは無いが、犯罪者相手は別だ。
犯罪者相手となると相手も殺す気でかかってくる。そんななか自分に殺す勇気がなければ、抵抗出来ずに殺されるだろう。だからルナはホルスに厳しく言っている。
それはホルスも分かっているが、理解出来ても心が追いついていかないのが人間だ。
「……僕は人に力を振るう為にステータスを得た訳じゃない……けど、ルナを守るためになら使うよ」
ホルスはルナを人に力を使うための理由にした。ルナはあまり納得出来ていなそうだったが、今は一刻を争う事態だったので、今はそれでいいと納得した。
ホルスの覚悟はルナのためのものであり、自分のために力を使うつもりは無いと言っているも同然だ。しかしルナはいつかは自分のために力を使って欲しいと思っていた。
「あの筋肉の化け物みたいになった冒険者をどうするかだけど……0は反対側で起こった市民の暴動に当たってるからここには居ない……上位の冒険者たちもこぞってダンジョンの中……どうするのがいいと思うホルス」
「……僕たちで対処するしかないかな……まあグレイウルフ戦よりも大変になるのは確かっぽいけど……やるしかないよね」
「じゃあ行くよホルス!」
前衛のルナは走り出した。相手は主に上半身の筋肉が増大しているため、そこまで発達していない脚の筋肉なら断ち切れると思い、脚を狙って短剣を振るって、冒険者の体勢が崩れるのを狙った。しかし……
「――っ!硬い!!見た目じゃ分からないだけで下も筋肉が強くなってる……!!――ウっ!!?」
「ウォォ!!」
まともに喋ることも叶わなくなった冒険者は自分の脚に攻撃をしてきた女を下から掬うように殴り飛ばした。
殴られたルナは近くの建物まで吹き飛ばされ、建物を砕き地面へと落ちていった。
辛うじて意識は保っていたが、ぶつかった衝撃による脳震盪で立っているのがやっとだった。ルナは焦点が定まらないのか冒険者とは別の方向を見ていた。
「大丈夫!!?」
「ええ……だけどすぐに動くのは難しそう」
未だに脳が揺れているルナはその場から動く事が出来なかった。自分に攻撃して来た女がよっぽど憎いのか更に追撃を仕掛けた。
冒険者は地面を蹴り、ルナのいる場所まで走り出した。密度の高い筋肉から繰り出される踏み込みは地面を砕き、周りへは衝撃波を飛ばしていた。
そんな衝撃波によって周りに居た冒険者たちは飛ばされた。その場に立っているのは、ルナに襲いかかろうとする冒険者と、冒険者の前に居るため衝撃波の被害を受けなかったルナと、根性で立っているホルスだけだった。
「ルナぁぁぁ!!」
「ホルス……」
強い衝撃波によってホルスはルナの助けに入ることが出来なかった。
「ウォォォォ!!!」
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