第4話 変革する世界


『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン ..


鳴り止まぬ弔いの鐘。


紺碧と白亜の島城はウーリューウ藩島の高台に座し、

城の鐘塔から知らされる音は、弔いと合わせて、穢れ祓いも 意味する。



一刻は響くであろう祓いの鐘が響くが間は、

藩島周囲 数海里の交易船を総て静止させ、最寄りの港ドックに強制帰航させる。


夥しい船が往き来する漁業基地と同時に、国際港島として交易や王帝領の税船管理するウーリューウ藩島でも、此の弔い祓いの鐘が鳴るが間は、海が 完全に凪ぐ。


カフカス王領が藩島の主。

王将軍テュルク・ラゥ・カフカスが、城の地下獄牢から地上へ戻り、最上階にある

己が執務室に座して尚、掻き鳴らされる鐘の音。


「有能な侍従長は仕事が早い。」


近達に近衛と侍従、側使えの四人が控える執務室で、テュルクは誰に云うでもなく

呟いた。


王帝都でならば主の調度品と言えば、重厚な色調家具で飾られるであろう執務室は、 温暖な藩島では全く様相が変わる。王領内では『藩島風デザイン』と呼ばれる、

白亜大理石を中心にした南国調の設えが施されている。


其の為王将軍の書斎机であっても、真っ白な大理石が窓からの光を受けて、室内は明るく黄金に輝いていた。


白く重厚な執務机の上には細工トレーが幾つも置かれる。

テュルクが地上の出る際に指示した、物品が 侍従の手で並べられられていく。


地下でテュルクが処刑した、宰相補佐女官マイケルの遺品である。


「此れは、、羽筆か。」


テュルクが 整然と並べれた品の1つを手に取った。


「何も施して無いのだな。」


テュルクの言葉に、部屋の近達が返事を返す。


「マイケル補佐女官様は、それが敢えて良いと。魔充石も仕込まれませんでした、、補佐女官曰く、その、、粋なのだと。」


王族が侍らす役には明確な立場がある。

執務室内で言うなれば、只今の王将軍の呟きに返答すべきは、王族が侍らす近達。

彼らは高位貴族子息であり、将来大臣といった藩島の政を担う責務に付く。

今は王将軍に侍り、政を実地見聞で学びな王将軍の日常事の思案に応える。


近達の言葉に

「そうか、マイケルは魔力が無ったのだな。つい忘れがちだ。」


とテュルクは頷いて、頭に浮かんだ疑問を続けた。


「ならば、マイケルの書簡は全て手書きであったという事か?魔充石の考案者が?」


テュルクの問いかけに近達は只、頷くのみに留める。


「可笑しな、、拘りだな。そう 思わないか? グラン?」


とてつもなく淋しげな口調でテュルクに返された近達グランは、今度は少しだけ微笑んで


「インク壺に、手で羽筆を浸して、自分の手で書かれる。 そんな宰相補佐女官様、でございました。マイ・ロード。」


テュルクに 静かに答えると、意識をしてか窓の外に視線を反らした。

何故なら、テュルクの手にあった羽筆が、音もなく蒼い焔に燃え消えたからだ。


「テュルク様。、、」


自身の眉間に悲しみの皺が寄るのを主君に見えては、主を更に自責の念に捕らわせてしまうと考えたグランは、


「テュルク様、何か飲み物を、この風時ならば、、 黒珈琲を 用意しましょう。」


テュルクに己の顔を隠す為、わざと侍従に向かって合図をする。

近達グランと王将軍の遣り取りを拝し、侍従が指を舞わして 茶器類を操りはじめた。


「酒をと、云いたいがな。」


テュルクは苦い笑いを一瞬顔にのせて、

外し忘れていた 黒衣のマントを 側使えに渡し、気まず気に執務室の窓から外へと 視線を流した。


部屋に入る前には、マイケルの血飛沫で汚れた銀月色の髪や白鎧は、

貴族の身支度を整える、 側使えのよって綺麗に拭かれている。


カフカス王領国民は、

あまねく生まれながらにして何らかの魔力を体に備えている。


成人前には息をする様に魔法を行使するが、持久量は内包する魔力量による。

個人差と発動時間差がある魔力を、魔充石に貯めて活用も出来る。

貴族の品整え役を司る、侍従が魔充石で温められた器に、

黒珈琲を注いだ。


『ガタガタガタガタガタガタタ』


直後に軽く城が揺れた。


「今日は 地の揺れが多いですね。」


近達グランが窓から視線を戻して、侍従が淹れた黒珈琲をテュルクが口にする前に

試し飲んだ。


「さして変わらん、、だろ。」


何時もの決まり事に一言文句を零しつつ、毒見を終えたグランの手から受け取る器で、テュルクが芳ばしさを味わう。


「今日の揺れも、直ぐに収まるとよいのですが。」


ウーリューウ藩島の海底は天然ガスを含んだ水質で、砂洲が海岸を 膨大な時間をかけて飲み込みつつある。

神話の時代には、藩島面積は今の3倍の大きさがあったらしいが、それも千もの年月前の話。

当時の都市機能が干潮時には一部現れ、尚 沈んだ部分は今もトレジャーハンターが

物品や石引き揚げをして小銭稼ぎをする。

この事情により目にも見えない単位で、揺れと共に藩島は少しづつ、現在も地盤沈下はしているのだが。


「まさか、海に沈んだ場所に魔法を充たせる石が 採れるなんて考察は、魔法を

持たない者ならではでしょうね。あ、失礼致しました、マイ・ロード。」


・・・・・。


グランは、己が余計な事を口走った事に焦るが、主であるテュルクが、受け流した事にも気が付いた。。



『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン


未だ、外では鐘が鳴る。


グランはこれ以上、主に不敬を口にしない為、口に両手を塞ぎ当てて体ごと窓に 逃げた。


執務室の窓の直ぐ外には、海神ワーフ・エリベスの像が配置されている。


藩島を守る、

海神ワーフ・エリベス。


この像を島中に多く設置する政策をしたのも補佐女官のマイケルだった。


地盤沈下する藩島が大地震で、大きく地殻変動する時には緊急として、

海神ワーフ・エリベス像が 赤くなる。


だから、


「テ、テュルク、様!」


急に窓から外を見ていたグランが、海神の像を指差しながら、主 テュルクの名を呼ぶということは、、


「ワーフ・エリベスの像、が!何故か、発光してます!!」


緊急事態!!だとのグランの叫びに、テュルクが窓へ飛び付いて!窓を開口した!!


執務室の窓脇にも配置された海神ワーフ・エリベス像が確かに、


(白く発光している、だとっ!!)


身を乗り出したテュルクの目に映る白い光。其れは間違いなく 像の異常発光。



『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン


開口した窓から轟音となる鐘の大音声に、合わせるが如く



『ガタガタガタガタガタガタタ』


更なる揺れが、島の鼓動の様に 肌に走り伝わる。

近衛に侍従、側使え我を忘れて、主と近達の元へと大きく開かれた窓に寄って佇ずむものみ。


「まさか、、宰相補佐女官様の刑に、、不手際とか、、」


極僅かな音で、侍従の喉からそんな喘ぎが 外の風に洩れた 時、



「テュルク様っ!!島中のワーフ・エリベス像が 発光して いるとの報告と!

それに潮が、、!恐ろしい勢いで 潮が引いており海中都市部が顕にとも報告が!」


宰相カハラが 書類をテュルクに飛ばしながら、脱兎の如く執務室に駆け込んで来た。


「カハラ!!最展望に上がる!弔いの鐘が間は、魔法行使は基本出来ぬ。故に 直ちに翼龍隊を翔ばして藩島俯瞰させろ!!展望にて指揮だ!」


瞬間!!窓から命ずるテュルクの背後に、みるみる大きな影が近づいて、窓一杯に翼を持つ龍が一匹姿を見せた。


「テュルク様!!海が、乾上がってございます!もしや、津波! 海底隆起やもしれません!」


逸速く見廻りの翼龍隊が島の異常に気が付き、緊急時の直参に執務室窓へ 翔んでの 矢継ぎ早の報告をしてきた。


「海底隆起だと?!」


此の一言にテュルクの体躯、宰相カハラの脳天が激震する。


「覇っ! 藩島中に配した発光するエリベス像より、今しがた温水が噴出したとも

支翼龍隊より知らせも ございます!!」


「「何っ?!!」」


火山は無いウーリューウ藩島。

噴火の可能性は無いが、天然ガスを内包する砂洲地質だ。


「報告、受け取る!直ちに最展望へ我も上がる!翼龍隊長を展望 へ!カハラ結界魔導師も呼べ。」


側使えが、黒衣のマントをテュルクに着せれば、侍従が最展望への通路鍵を解錠。

宰相カハラが 、


「テュルク様!結界魔導師を全員招集するのですか?!それは!」


テュルクに緊張の面持ちで叫ぶ。


「巨大津波、もしくは、海底隆起による、藩島瓦解を鑑み、」


テュルクは一呼吸を置いて


「藩島結界を地空共々に、最大固定させる、」


宰相カハラに告げた。


『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン


大音声の響きに鼓膜が打たれながら、テュルクがカハラに激命を飛ばした瞬間、


執務室の窓脇に配した海神ワーフ・エリベス像から、温水が太柱になって


激噴した。



『唖、唖、お前が、消滅した

世界さえ、


崩れて行くのか、


消失 に 嘆く 暇も 無い



早さで 』



『王将軍 テュルク・ラゥ・カフカス


虚空に騰がる

柱の温水に身を渚打たれ


己が刃が また塗れた事に


再び心、抉られたか?』






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