第2話彼女の亡骸は。
「句っ、何だっ、 今方のは!!」
カフカス王領。
ウーリューウ藩にある島城の地下は、
天然の鍾乳洞を利用した地下牢の獄宮。
テュルクは、
戦慄きながら振りかぶり降ろした、刃の腕を硬直させて呻いた。
「テュルク様!!マイケルは!」
鍾乳洞の奥から宰相と老中が近達を引き連れ、
唖然とするテュルクの元に駆け寄る。
「唖あっ!テュルク様!御身が」
只今その最奥。
見上げる程の 獄空間に
先程まで 浮かび上がっていた大魔法陣は、
首から血飛沫を上げるマイケル諸とも、
真横に閃光を走らせ 一瞬で消え去ったのだ。
残されたテュルクの白鎧は刃同様に赤く濡れそぼり、
彼の銀月色の前髪からも、赤が滴り落ちていた。
「宰相カハラ、老中キプチャク。汝らに命ずる。現状況を
汝らの 両眼を持ってマイーケ・ルゥ・ヤァングア、
斬首消失の執行を認し、録せよ。」
テュルクの言葉に、
宰相カハラと老中キプチャクは目を見張った。
「テュルク様、、マイケルを、斬られた、、のですか、、」
宰相カハラのモノクルが鈍く光ると老中キプチャクは、
慌てて テュルクの周辺を改めてるよう、裃を勢り立たせて近達に命じた。
「マイケルを!マイーケ・ルゥ・ヤァングアを直ちに!その亡骸を探すのじゃ!」
この血潮量では助かるまいと、キプチャクの呟きは 聞こえないとして、
カハラは、未だに 地下鍾乳洞の剥き出しの地面を見るのみのテュルクに、
「結局、、マイケルは 本当に スュカ様を、、害するなど、
愚かな計画を実行するつもり、、だったのでしょうか、、」
長く伸ばした片前髪を震わせ苦し気に問うた。
黒羽根色の髪が、より漆黒に見えるのは、
気のせいではないと近達共は黙する。
その問答にキプチャクは眉間に皺をよせ、
「マイケルも、
テュルク様に懸想する 独りの女子であったと言うなら有り得るじゃろて。」
テュルクに視線をやれば、カハラがテュルクに投げ掛けた。
「なら!!始めから寵愛の情など、、「カハラ殿!やめよ!」」
キプチャクが被せて言葉を遮る。
「テュルク様は、カフカス王領国、次期王の弟君。
大公が 娘スュカ様を筆頭に、婚姻の儀を契る妃候補が多数いらっしゃる!」
滅多な事を 此所で言うでない!と、キプチャクはカハラを嗜めた。
近達が 斬首の亡骸を探す中、2人が互いを射るごとく向き合う耳に、
『キン!』と、反り刃が鞘に落ちる音がした。
テュルクが一振空を薙ぎって、マイケルの飛沫を払ったのだ。
其の瞳は先程と違い、酷く確っかりとしている。
「マイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢 は、斬首と共にその身体が消失した。
亡骸は見つからなき 故に、我は撤収する。よいか?」
カハラやキプチャク達に告げると、テュルクは 黒衣のマント翻して、
地上への回廊に1人向かう。
歩き出す足を止めて背中のままに、
「ああ、マイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢の部屋を、改めて残留物を押収せよ。
おぬしらに任せる。」
そう加えて、 近達共に指示した。
テュルクの前髪から顔へと流れ落ちた血を、 ぐいと親指の腹で拭う。
テュルクは歩きながら、その指腹についた赤を徐に舐めた取った。
見れば、自分の白鎧の胸元にも鮮血が飛んで染まっている。
テュルクは其れを目にすると、舐めた手で、今度は己の胸元を慈しむが風に撫でた。
4本の指にもズルリと赤が塗られて、
テュルクは暫し ベットリと染まる利き掌を、胸の前に掲げてみる。
「なんだ、?、痛いじゃないか?、、、」
何が?とは答えを口にせず。
テュルクは地下牢の回廊を、 さらに上へと抜ける。
目の前に地上への重厚な扉が見えて来た。
日の当たる煌びやかな城には似つかわしくない、鉄錆を表面に浮き上げる扉。
関貫に手を掛ける前に、
テュルクは赤塗れた手を、 再び静かに舐める。
「甘美くは、有るわ訳無いな。」
と、テュルクの片目から 白糸の筋が走って雫になるのだ。
こんな処に迎えに来る筈では無かったのだとの想いが、 雫にと出てしまった。
同時に テュルクはゆっくりと 理解する。
「自分は、死にフラれたのだ。」
カフカス王領国 王将軍が、初めて政略ではない恋心を募らせた。
一介の女官に。
「死に逝きされて、振られたという事なのだ、ろうな。」
塗れた赤を 舐め上げて、すっかりその身の中に赤を取り込んだテュルクは、
鉄錆びた 地上への扉を開けた。
外に待たせた近衛騎士が、テュルクの姿に驚いて寄ってくるのを、
無言の圧で制する。
テュルクは其の中に侍従長の顔を見つけると 、低く響く声で 命じた。
「死者への弔いの鐘を鳴らせ。」
「・・・・は。」
『ガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーンガラーーーン
城に備えられた鐘は弔いの音色を湛えて、島中のみならず、
遠く王領までも鳴り響き、藩島城内に死者が出た意味を知らせる。
島民達が、どこか遠くを見るように聞いている中、
海辺を歩く1人の遍路姿の旅人がひとり。
「マイケル、やったのだのぉ。」
笠をチョイと片手で上げて高台にある白亜の城を、
目を細めて見やり、
遍路姿の旅人は、周囲に誰もいないのを見届けると、
手にする金剛杖で 空に古代魔法陣を 次々と書き上げる。
空に書き上げた手を伸ばすと、そのまま遍路装束の旅人が、
白く光る魔法陣に体ごとスッポリ飲み込まれる。
「さてさて、マイケルお帰り。」
魔法陣を通り抜けた先。
佇んでいるのは、首が切れたマイーケ・ルゥ・ヤァングア嬢。
本来の世界では、『マイケル・揚』と呼ばれる令嬢は、
ダラダラと首から鮮血を流しながらも、旅人をきつく睨み上げ、
泡を飛ばしながら 叫んだ!
「もう、半分千切れてるのよ!大師!!」
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