第5話

 〝文学少女ラプラス〟と〝自動筆記タイプライター〟と〝万年筆オールドスクール〟。

 考えてみれば、【第三十八文芸部サンパチ】の部員は、女子率が圧倒的に多いのか——ということに、字木あざなぎはようやく気付いた。二年は女子同士だと言っていたから、もう一人のだ見ぬ先輩も女子なのだろう。ということはつまり、自分と針屋ばりや先輩しか男がいないのか、と字木は考えていた。もっとも、六人中二人という割合を少ないと言うのは過剰表現と言えるだろう。そんなことを言えば、紅一点こういってんなどという表現は、差別表現になってしまう。

「——制限時間です。執筆を終了してください」

 部員同士で雑談をしている間に、賭け事は終了していた。三十分一本勝負。書き上げられた原稿はその場で【第七文芸部ラッキーセブン】が管理する共有フォルダに保存され、各参加者が自分の端末で読むか、あるいは希望者にはプリントアウトされた原稿が渡され、読書後に投票となる。

「紙での出力を希望する方は申し出てください」

「はいはい! はぁい!」鏡堂かがみどうは元気よく手を上げながら、存在を示している。「じゃあ、ちょっと読んでくるねぇ。勝ったら何かおごってあげるよぉ。私、先輩だから!」

 嬉々ききとして言って、鏡堂は群衆ぐんしゅうの中に向かってふらふらと歩いて行く。残された字木と烏島からしまは、お互いに顔を見合わせる。

「変な先輩だ、と思ったでしょう」

「や、まあ……早乙女さおとめ先輩が一番変だと思っていたから、よりすごい先輩が出てきて、正直びっくりした」

「後輩が出来て嬉しいんだって。私もまあ、可愛がってもらってるし、悪い気はしないけど……それに、実力のある人だからね、鏡堂先輩は。まあとにかく、執筆スタイルを学ぶにしても、まずは同じ部活の先輩を紹介した方が良いと思って連れてきたわけ」

「なるほどな。出来れば書いてるところも見てみたいけどな」

「あの様子だと、今日は競技者としてじゃなく、参加者として来てるみたいだね。まあでも、お願いすれば書いてくれると思うよ。格好良いんだから、鏡堂先輩の執筆風景って。まさに太古の文豪って感じで」

「へえ……」字木は感嘆の声を上げながら、ふらふらと移動する小さな先輩を目で追っていた。「ところで、今書かれた小説は、俺たちは読めないのか?」

「うーん……まあ読めないこともないけど、ルール違反かな。各生徒の新作をいち早く読む権利にお金を出している——というのが、そもそも賭場カジノが生まれた根源ルーツだから。賭け金のうち、何割かは主催者——今日なら【第七文芸部ラッキーセブン】に入って、何割かは勝利した生徒に入る。で、残りが勝ち馬に賭けた参加者に分配されるってわけ」

「なるほどな。違法だろ? これ」

「競馬と同じだよ」と、烏島はなんでもない風に言った。「競技者同士が賭けているわけじゃないし、。うちはバイト禁止じゃないけど、より良い執筆環境を作るために賭け事に参加する生徒もいるし、即売会以外にも非公式とは言え公的な発表の場があるのは良いことだと思う。まあ、私は参加する気はないけどね」

「そうなのか? でも、鏡堂先輩も言ってたけど……超有名人なんだろ、紅玉ルビィは」

「私は別に、。一定の速度で、長時間、休むことなく打鍵が出来るけど——だからって、三十分で千字なり二千字なりの文章をいきなり書くっていうのには向いてないの。短距離走と長距離走って感じ? まあ、長距離走者向けの賭場カジノもあるにはあるけど、私はいいかな」

「そうなのか。俺にはよく分からないけど、色々あるんだな、種類って」

「本当に、十人十色だよ。書き方も、道具も、本当に様々。だからとにかく、文也ふみやは色々知って、一番自分に合っていそうな方法を選んで、とにかくそれを試すべきだと思う。もし作家になるなら——長い付き合いになるわけだしさ」

「そうだな」

 字木たちの視線の先では、参加者たちが一斉に書き上がったばかりの小説を読んでいる。賭場の中央に設けられたモニタには、投票締め切りの時間が表示されていた。書く速度もさることながら、読む速度も要求されているようだった。コンテンツの消費速度が劇的に速まった現代的なもよおしと言える。

「どうする? もう一戦見てく? ……次はー、あ、タブレットの人が出るんじゃないかな」

「タブレット? ……ああ、iPadとかか」

「そう。これって新作を多く読める機会でもあるけど、同時に興業的な側面もあるから、割と珍しい書き方をする人がよく参加するんだよ。ほぼ全ての生徒がタイピングで小説を書いてる——ってことは、それ以外の書き方をする人は、自分と違うから見ていて面白い。私みたいな一般的なスタイルをしている人間からすると、特殊な書き方をしている人の実演を見られるだけで、参加する意義がある。ま、大体そういう大きなレースは、終盤だけどね」

「終盤……一日に何回もやるのか」

「遅いと、夜の九時頃までやるかな」烏島はスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。「三時間通して短編執筆とか、土日に書けるところまで長編小説を書き合うやつとか、種目も色々だね。まあ、私も入って二ヶ月だし、詳しいわけじゃないけど……その辺は針屋ばりや先輩とかに聞くのが一番だね」

「なるほどな。とりあえず、もう一戦見ていきたい」

「わかった」

「……紅玉を付き合わせるのは申し訳ない気持ちだ。自分の作業はいいのか? さっきの話を聞く限りじゃあ、なんだか無駄な時間を過ごさせてるんじゃないかって気になってくる」

「別にいいよ。私だって、人の作業を見るのは好きだし。それに、ずっと小説を書いてるだけじゃあ、。現実とそれなりに対峙たいじして、人と会話して——そういう経験がないと、いつの間にか書くネタが尽きちゃうから」

「なんか、達観してるな」

「同い年なのにね」と、烏島はいたずらっぽく笑う。「まあ、私も鏡堂先輩と同じで、面倒見が良いタイプなのかもしれませんな」

 投票開始を知らせるアナウンスがあり、参加者たちはそれぞれ列になって、投票を開始した。投票と言っても実際に票を投じている様子はなく、二択のボタンを押す、という現代的な投票方式を採用していた。競技者の二人はそれぞれ、椅子の上でぐったりとしながら、天に祈りを捧げている。まるで将棋の棋士だな、と字木は思った。恐らく彼らの中にあるのは、賞金を得たいという願望よりも——より評価されたい、という欲求なのだろう。

「投票を精査しますので、今しばらくお待ちください」

 司会が告げると、またしばらくの時間が空いた。執筆に三十分、評価に二十分、投票と精査で——大体、一試合一時間程度の催しらしい。だが、鬼気迫る空間は時間経過を曖昧にさせる。実際、字木はこの場に一時間近くいる感覚を持っていなかった。

「やほぉ〜! ただいまぁ、お待たせぇ」

「待ってないですよ、先輩」と、烏島は優しく言う。「でも、お帰りなさい」

「オッズ三倍! 買ったら賭けた千円が三千円に化ける!」

「割と少額なんですね」と、字木が言う。「いや、競馬だと普通百円とかですか? 多いのか少ないのか、分かりませんが」

「普通は百円とかじゃないかな。鏡堂先輩は、ギャンブラーだから。それこそ、昔の文豪みたいに」と、烏島が応える。「でも、有名な生徒——自分で言うのもなんだけど、二つ名呼びされるような生徒が競技者として出る試合だと、もっと大きな金額が動くこともあるみたい」

「へえ」

「去年は総額何百万円って試合もあったよぉ。高校生のおままごととは思えない金額だよねぇ。私はそこで二万円が四万円に化けたよぉ」と、鏡堂は嬉しそうに言う。「種目によりけりだけどねぇ。あとはまあ、単純に、お金持ちの家の子多いからねぇ」

「まあ、そうですね。金持ち高校とは言いませんけれど——小説を書くことに特化した学園に入学したいですと言って、そこに送り出せる家庭がどれだけいるかという話ですし。かく言う私の家も、そこそこ富裕層です」

 と、烏島は恥じることなく言ってのける。

 集計が終わったようで、参加者たちの視線が中央のモニタに注がれる。字木にとってはどちらの競技者も見知らぬ生徒だったので、結果には大した興味も持てなかった。が、片方の生徒の名前がモニタに表示されると、参加者たちは阿鼻叫喚の騒ぎになり、隣の鏡堂も「うひょー! 勝った勝った! お茶しばけるよぉ!」と嬉しそうにしていた。

「私たちはもう一戦見ていく予定です。タブレットで書いている生徒が出るようなので」と烏島が言う。「鏡堂先輩は、今日は一日ギャンブルですか?」

「うんー、そのつもりぃ。次のぉ……次? 最終戦は、まがちゃんが出るみたいだよぉ」

「まがちゃん」字木が言う。「有名人ですか?」

天傘あまがさ山茶花さざんか——二年冬組の女の子だよぉ。同じクラスなのぉ」

「ああ、聞いたことあります。、執筆スタイルの参考になるとは思えませんけれど——一応、見てく?」と、後半は字木に向けて、烏島が言った。「なんなら、ギャンブルに興じても良いし。最低ベットが百円だから、小銭払って生徒たちの新作小説を読むっていうのも、まあ乙かもだし」

「ああ、実を言うとこの学園でちゃんと小説を読んでないんだよな、俺。図書館で過去の季刊誌を見たりは出来るんだろうけど……慌ただしくしてるうちに、あっという間に三日目だしな」

「じゃ、私も賭けようかな」

「私もぉ! みんなで同じ人に賭ける? あっ、ぎっくんに賭け方教えてあげるねぇ。ぎっくんはスマホ派? あっ、でも事前登録してないとスマホから賭けられないから、アナログだねぇ。私と一緒〜」

「はあ、ありがとうございます。よく分かりませんが」

「ちなみに私もアナログ。あんまり参加しないしね。登録すると通知がうるさいから」言いながら、烏島が先行して、参加受付をしている場所へ向かう。「ついでに参加者一覧も確認しようか。と言っても、あと二試合しかないけど」

「そうだな。さっきの、天傘? って人も気になるし」

「うーん、まあ、見るだけ見るのは良いかもだけど、参考にはならないし、私はオススメしないかな、その執筆方法は。執筆っていうか——どころか、から、そもそもが特殊なんだけど」

「……タブレットもそうだろ? 筆でもないし、鍵盤でもないし」

「タブレットも結局は打鍵だよ。ソフトキーボードっていう名前だし、画面を打っているわけだから……打面? まあ——うーん、そうだね、そもそも手を使わないから、あれはなんて言えばいいんでしょうね、鏡堂先輩」

「まがちゃんのスタイル?」

「はい。あれって要は——、ですよね」

「だねえ」

「音声入力で小説が書けるのか?」と、字木は当然の質問をした。「……俺はやったことがないから知らないけど、そんなに高い精度で入力出来るものなのか?」

「出来ないと思うし、やる気もないけど……出来てるんだよねぇ。だから参考にならないの。多分、色々自前でカスタマイズしてるんだと思うよ」

「へえ……ってことはやっぱり、その人も有名人なのか」

「そうだね。なんでしたっけ、天傘先輩は。何とかマイク……」

「まがちゃんは〝言語化される朗読劇コンデンサー・マイク〟って呼ばれてるねぇ」

 鏡堂は口元だけで笑顔を作り、字木に微笑みかける。

「参考にはならないかもしれないけど——一考にも値しないかもしれないけど、一見の、一聴の価値あり、だよぉ。。スタイルの参考にはならないかもだけど、よどみなく一編の物語を即興で作り上げるまがちゃんは——綺麗だよ」

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