第3話

「キーボードくらいは使ったことあるよね?」

 来る者こばまず、去る者追わず——という【第三十八文芸部サンパチ】の思想は正しく、小説をアウトプットしたことがない字木あざなぎに対しても、入部の許可はとどこおりなくりた。本当のところを言えば、小説を一編いっぺんも書かずとも、部活動に在籍ざいせきすることは出来る。ただ、この双法院そうほういん学園に入学するような生徒は、よほど作家にあこがれているか、読書体験に人生をついやしているかのどちらかであるから——大抵の場合、小説が書けないような人間が勢のある部活に入った場合、自主的に退部することになる。居づらくなったり、嫌われたり、ひどいところでは生産性のない者として罵倒ばとうされたり——ということが行われることも少なくない。その辺は、部活動によって思想が異なる。少なくとも【第三十八文芸部サンパチ】は比較的穏やかな方だが——穏やかがイコール、居心地が良いとも言えない。

「キーボードくらいは使ったことがある」

「じゃあ、とりあえず……メモ帳で文章が書けるから、それで小説を書けばいいと思う。慣れてきたら、テキストエディタを自分で選んだり、他の人が使ってるのを参考にしたり……あとはフォントとか、キーボードのマッピングとか、どんどんカスタマイズしていけば良いと思う。学園内はローカルネットワークにしか接続出来ないから、ググるときはスマホか家のパソコン使って調べてもらって」

 烏島からしま紅玉ルビィは、、字木に対して小説の書き方のレクチャーをしている。

 字木が入部してから、二日後の放課後だった。

 入部したその日にノートパソコン利用の申請をし、翌日に受理され、さらにその翌日にはもう器機が字木の手元にあった。小説を書いたことがないどころか、パソコンを持ってすらいない字木は右も左も分からない状態だったので、一年生同士のよしみで、諸々もろもろの初期設定は烏島が担当していた。

 今現在、字木と烏島以外の部員の姿はない。

第三十八文芸部サンパチ】の部風は『自由』なので、共同執筆会や、定期読書会などといった定例会は存在しない。各々おのおのが好きに執筆をし、読書をする。無論むろん、週に一度も顔を出さないというような人間はいないが、全員が同じタイミングで集まるということもまためずらしかった。そもそも、応募要項ようこうもなければ部員数が多い部でもないから、全員が活動するにしては、部室はせますぎる。

「実物を目の前にすると、書くのは大変そうだ」と、字木は言う。「まずはタイピング——というか、ブラインドタッチ? とかいうのから覚えないといけないんだよな。大変なんだな、小説を書くっていうのは」

「そもそも小説を書いたことがないのにこの学園に入学するってのがよく分からないんだけど、私には」相変わらず打鍵を続けながら、烏島が言う。「小説を書いたことがないなら、受験はしなかったってこと? 早乙女さおとめ先輩が言うみたいに、受験で書いたのはって言うなら、話は別だけど」

「ああ——うん、実は俺、受験組じゃないんだ」

「ってことだよね」

 双法院学園に入学するための方法は、一般受験と推薦すいせん入学の二種類が存在する。

 一般受験はその名の通り、高校入学の資格を持っている者が受けることが出来る。が、一般的な高校とは違い、数学、国語、英語——と言った科目の試験を受けるわけではない。

 第一試験、

 第二試験、

 以上の二種類の試験を突破出来れば、入学することが出来る。もちろん、ただ書ければ良いというわけではないが、それにしても決められた時間内で小説を書かなければならないのだから、タイピングも出来ない字木が試験を突破とっぱしたとは考えにくい。もっとも、コンピュータやタブレットの普及ふきゅうにより、一般試験は『手書き』『タイピング』『タップ』『スワイプ』等々を選択出来るし、執筆方法による加点減点はない。事前に申請すれば、学園側である程度標準化された器機を用意してくれる。よほど特殊な執筆スタイルでない限り、試験不可となる環境には成り得ない。

 とは言え、そこはそれ、前提としてという技術が必要となる。器機を使いこなすとか、執筆スタイルを確立する以前の問題だ。字木という生徒は、この学園において——正しく悪い意味で、と言えた。

「私は別に偏見へんけんないよ。偏見もないし、特別視もしない。裏口入学だろうと、推薦入学だろうと——小説が面白くなければ、この学園では生き残れない。逆に言えば、、入学方法なんて関係ないしね。でも……裏口入学? なんだとしたら、さらに不思議っちゃ不思議かな。小説を書いたこともなくて、小説の書き方も分からない状態なら——普通の高校に入って、一般的な青春を送った方がよっぽど良いって思うんだけど。だって、んだから。わざわざうちに入学する必要なんてないと思うけど」

「うん……俺もそうだと思う」

「ならなんで、文也ふみやはここに入ったの」

「俺は——小説を書くことを。もともと、小さい頃から、小説を読むのが好きだったんだ。本が好きで……色々読んでて。まあ、みんなそうだと思うんだけど……読んでたら、書きたくなる。だから自分も書こうと思ったんだけど、

「……そういう家庭もあるんだねえ」

「もちろん、書こうと思えば書けたんだけどね。ノートにペンを走らせるなり、中学校でパソコンを借りるとか、親のパソコンを借りるとか、方法はいくらでもある。紅玉の言う通り、。でも——許されなかった。と言うより、どうしても小説が書きたいなら、、と言われていて。その覚悟が決まるまでは一文字だって書いちゃいけないんだって、ほとんど洗脳されていたんだ」

「なんか、特別な事情がありそうだね。深くは聞かないけどさ」

「まあ、そうだね、多少は特殊かもしれない。とにかく——どうしても書きたいなら、どうしても小説を書く人生を送りたいなら、一生書けって言われた。多分、親なりに俺のことを考えてくれていたんだと思う。だけど俺も折れなくて……結局、ここに入学することになった。俺に諦めさせたいのか、俺を応援しているのか——どっちかは分からないけど、とにかく、やりたいことがあるならちゃんとやれ、って言われて、入学させてもらった。一人暮らしまでさせてもらってるんだから、応援してくれてるんだって信じてるけど」

「ああ……寮でもないんだっけ。入学が遅れたのは、その辺の理由?」

「そう。家が見つからなくて。実家がすごく遠いから——なかなかね」

「まあ、推薦入学が出来るってことはつまり、文也の親なり親戚なりに、文壇ぶんだんだったり、出版業界に顔が利く人がいるんだろうね。でも、甘えた人じゃない。、舐めきったタイプの人じゃない。だから、文也をここに入れたわけだ。

「多分ね」

「ふうん……まあ、前述した通り私には偏見もないし、だからどうってわけじゃないけど」烏島はタイピングを続けながら、視線だけ字木に向け、「そういう立ち位置なら、もう少し協力的になってあげないこともなくはないよ。気高けだかい人は、私、嫌いじゃないしね。実力の有無はさておき」

「ありがとう」

「でもそうだね、ノートパソコンが届いてから言うべきじゃなかったかもだけど——もし本当にさらな状態なんだったら、変な癖がつく前に、他にどんな執筆スタイルがあるかは見ておいた方が良いかもね。百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかずっていうか、ほとんど全ての作家に対して言えることだけど、なんてほとんどないからね。いくら小説を読んでいても、どれだけ読書に時間をいていても、他人の執筆スタイルを直接見る機会って、まるでないから。そういう意味だと、真っ新な状態でこの学園に入った生徒って——文也くらいしかいないんじゃない? 結構、有利な立場だと思うけどな、考えようによっては」

「有利か……まあ確かに、俺は本当、小説ってどういう風に書けば良いのか知らないから、色々参考にしたいところではあるかな。正直言って、俺の中にある執筆スタイルって、紅玉のやってるやり方しかないから」

「スタイルも何もないけどね、私の場合。現代において、もっともプレーンな執筆方法なんじゃないかな? ノートパソコンのキーボードで、テキストエディタを使って執筆するって。この学園のほとんど全ての生徒がそうだと言ってもいいくらい」

針屋ばりや先輩や、早乙女さおとめ先輩も?」

「まー基本はね。針屋先輩は——前も言ってたっけ? 大きなモニタと静電容量無接点せいでんようりょうむせってん方式のキーボードを好んで使うからノートパソコン派じゃないんだけど、まあノートパソコンでも普通に書けると思うよ。早乙女先輩は、私と同じ。まあMac使いだから、細かいキー配置やらテキストエディタやらは違うけど……キーボードを使って入力する、という点では同じだね」

「まあ、それなら俺もそれでいいかな。ほとんどの人間がそうなら——」

「でも——あんまり速くないよ、

 言って、烏島はタイピングする手をと——席を立った。

 会話中でも、飲み物を飲むために片手を封じられた時でも、常に一定の速度で打鍵を続けている烏島がという状態は、付き合いの短い字木にとってはと言えた。もちろん、烏島も普通の人間であるから、歩行中、授業中、食事中などには打鍵をしない。当たり前だ。当たり前のはずなんだが——すごく、違和感を覚える。

「速くないってのは……執筆が?」

「正確に言えば、って感じかな。せっかくだし、に行く?」

「何を?」

「うちの学園って、まー言ってみれば執筆馬鹿が集まってるわけで——基本的にはみんな、四半期に一回ある即売会に合わせて季刊誌を出すとか、同人誌を出すとか、個人誌を単行するとか、そこを焦点にして生活してる。——校則で禁じられてるからね。普通の高校生がやるみたいに、書いた小説を新人賞に応募することも出来ないし、SNSに上げることも出来ない。小説投稿サイトとかね。となると——行き場を失った執筆欲は、どこへ行くと思う?」

「どこへって……それこそ紅玉が言った通り、即売会のためについやされるんじゃないのか」

「んーん。まあ言わば、なんて言うかな——。そういうやからの集まりなわけ。即売会用の原稿を書くのに疲れて、気分転換に別の小説を書くとか……長編の息抜きに短編を書くとか、そういう、頭がおかしくなった連中しかここにはいないわけ。でも、学園外へは持ち出せない。発表出来ない。だけど書いたものは読んで欲しい。どうする?」

「それは——部内で回し読みする、とか?」

「うん、半分正解。というか、それがあるべき姿。でもやっぱり、義務感で読まれる読書会とかよりも、熱狂ねっきょうの中で読まれたい——渇望かつぼうされたいっていう欲求が出て来ちゃうんだよね。こういう、閉鎖的で、みたいな空間で生活していると、どうしても、必要だから読まれたい——って、そう思っちゃう」

「思ったとしても……読まれるわけじゃないんだろ? みんな読まれたいって思いながら書いてるなら、需要じゅよう供給きょうきゅうが釣り合わない」

「んにゃ、今日は水曜日だから——【第七文芸部ラッキーセブン】が開催してるよ」

「開催? 何を」

賭場カジノ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る