第3話
「キーボードくらいは使ったことあるよね?」
来る者
「キーボードくらいは使ったことがある」
「じゃあ、とりあえず……メモ帳で文章が書けるから、それで小説を書けばいいと思う。慣れてきたら、テキストエディタを自分で選んだり、他の人が使ってるのを参考にしたり……あとはフォントとか、キーボードのマッピングとか、どんどんカスタマイズしていけば良いと思う。学園内はローカルネットワークにしか接続出来ないから、ググるときはスマホか家のパソコン使って調べてもらって」
字木が入部してから、二日後の放課後だった。
入部したその日にノートパソコン利用の申請をし、翌日に受理され、さらにその翌日にはもう器機が字木の手元にあった。小説を書いたことがないどころか、パソコンを持ってすらいない字木は右も左も分からない状態だったので、一年生同士のよしみで、
今現在、字木と烏島以外の部員の姿はない。
【
「実物を目の前にすると、書くのは大変そうだ」と、字木は言う。「まずはタイピング——というか、ブラインドタッチ? とかいうのから覚えないといけないんだよな。大変なんだな、小説を書くっていうのは」
「そもそも小説を書いたことがないのにこの学園に入学するってのがよく分からないんだけど、私には」相変わらず打鍵を続けながら、烏島が言う。「小説を書いたことがないなら、受験はしなかったってこと?
「ああ——うん、実は俺、受験組じゃないんだ」
「ってことだよね」
双法院学園に入学するための方法は、一般受験と
一般受験はその名の通り、高校入学の資格を持っている者が受けることが出来る。が、一般的な高校とは違い、数学、国語、英語——と言った科目の試験を受けるわけではない。
第一試験、
第二試験、
以上の二種類の試験を突破出来れば、入学することが出来る。もちろん、ただ書ければ良いというわけではないが、それにしても決められた時間内で小説を書かなければならないのだから、タイピングも出来ない字木が試験を
とは言え、そこはそれ、前提として
「私は別に
「うん……俺もそうだと思う」
「ならなんで、
「俺は——小説を書くことを
「……そういう家庭もあるんだねえ」
「もちろん、書こうと思えば書けたんだけどね。ノートにペンを走らせるなり、中学校でパソコンを借りるとか、親のパソコンを借りるとか、方法はいくらでもある。紅玉の言う通り、
「なんか、特別な事情がありそうだね。深くは聞かないけどさ」
「まあ、そうだね、多少は特殊かもしれない。とにかく——どうしても書きたいなら、どうしても小説を書く人生を送りたいなら、一生書けって言われた。多分、親なりに俺のことを考えてくれていたんだと思う。だけど俺も折れなくて……結局、ここに入学することになった。俺に諦めさせたいのか、俺を応援しているのか——どっちかは分からないけど、とにかく、やりたいことがあるならちゃんとやれ、って言われて、入学させてもらった。一人暮らしまでさせてもらってるんだから、応援してくれてるんだって信じてるけど」
「ああ……寮でもないんだっけ。入学が遅れたのは、その辺の理由?」
「そう。家が見つからなくて。実家がすごく遠いから——なかなかね」
「まあ、推薦入学が出来るってことはつまり、文也の親なり親戚なりに、
「多分ね」
「ふうん……まあ、前述した通り私には偏見もないし、だからどうってわけじゃないけど」烏島はタイピングを続けながら、視線だけ字木に向け、「そういう立ち位置なら、もう少し協力的になってあげないこともなくはないよ。
「ありがとう」
「でもそうだね、ノートパソコンが届いてから言うべきじゃなかったかもだけど——もし本当に
「有利か……まあ確かに、俺は本当、小説ってどういう風に書けば良いのか知らないから、色々参考にしたいところではあるかな。正直言って、俺の中にある執筆スタイルって、紅玉のやってるやり方しかないから」
「スタイルも何もないけどね、私の場合。現代において、もっともプレーンな執筆方法なんじゃないかな? ノートパソコンのキーボードで、テキストエディタを使って執筆するって。この学園のほとんど全ての生徒がそうだと言ってもいいくらい」
「
「まー基本はね。針屋先輩は——前も言ってたっけ? 大きなモニタと
「まあ、それなら俺もそれでいいかな。ほとんどの人間がそうなら——」
「でも——あんまり速くないよ、
言って、烏島はタイピングする手を
会話中でも、飲み物を飲むために片手を封じられた時でも、常に一定の速度で打鍵を続けている烏島が
「速くないってのは……執筆が?」
「正確に言えば、
「何を?」
「うちの学園って、まー言ってみれば執筆馬鹿が集まってるわけで——基本的にはみんな、四半期に一回ある即売会に合わせて季刊誌を出すとか、同人誌を出すとか、個人誌を単行するとか、そこを焦点にして生活してる。
「どこへって……それこそ紅玉が言った通り、即売会のために
「んーん。まあ言わば、なんて言うかな——
「それは——部内で回し読みする、とか?」
「うん、半分正解。というか、それがあるべき姿。でもやっぱり、義務感で読まれる読書会とかよりも、
「思ったとしても……読まれるわけじゃないんだろ? みんな読まれたいって思いながら書いてるなら、
「んにゃ、今日は水曜日だから——【
「開催? 何を」
「
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