第1話
六月——
『小説至上主義』という評価が決して嘘にはならないこの学園において、二ヶ月という期間は短いとも言えないし、長いとも言えない。小説の完成度には、執筆の速さは関係のないことだ。しかし事実として——二ヶ月の間にも、
一年生の大半は、五月に入るまでの一ヶ月間に小説を書き上げており、それを各
そして同時に——部活動に属するために、新入生たちは『投稿』をしなければならなかった。上級生が自分たちの部活動に新入生を
部活動は【第一文芸部】から【第四十四文芸部】まで存在し、それぞれに様々な特色がある。短編小説を得意とする部活、長編小説を得意とする部活——毎月部誌を発行する部活もあれば、部内で厳しい審査を繰り返し、
高校生という立場でありつつ、実際にはクラスや学年と言った縦割り横割りは関係なく——
実際、六月になる頃には、約二百名の新入生のうち九割以上が部活動に所属していた。目当ての部に入るために次の応募作を書いていたり、二ヶ月経過しても
そんな六月——一人の生徒が、双法院学園に転入してきた。
正真正銘、十六歳の男子高校生である。飛び級したわけでもなければ、留年したわけでもない。家庭の事情で——
が——やはり、二ヶ月間の
しかし——対して字木は、その二ヶ月間に対して、ネガティブなイメージは持っていなかった。
二ヶ月遅れたことも、部活の選択肢が減ったことも、どうとも思っていなかった。
——
人気部誌を
この学園で評価を得る方法はとてもシンプルだ。
「だから
「字木、文也です。文字の
「字木——いいね、分かりやすい。そして覚えやすい。それは本名か? 筆名か?」
「本名です」
「
「針屋先輩」
「そうだ。そして、話を戻すが——字木一年、お前が言う通り、
「——しかし、クラスメートからも、先生からも、
「出遅れる? いやいや、いやいや……お前、字木一年、自分で言ってたじゃないか。
「違いません。違いませんが、それでも早いに
「なるほど?」
「少なくとも一学期の間に——自分の名を知らしめる必要があると考えました。俺は、出遅れたと思われたくないんです。二ヶ月も出遅れた割には
字木の発言に、針屋は
「なんかそういう言い方されると、カチンと来ますね」と、部室内で小説を書いていた女子生徒が不満げな声を上げた。「同じ一年生として、カチンと来ます」言いながら、ノートパソコンから目を上げることなく、一定の速度で
「あ……同じ一年だったか。悪い、俺は君に敵意があったわけじゃないんだが」
「敵意がないのも、それはそれでカチンと来ますねえ……だってそれ、同じ一年生である私が、
「いや……そういうつもりじゃないんだが……というか、正直言えば俺は、そんな大それたことを言う資格もないような存在で——」
「まあいいですよ、別に」言いながら、彼女は振り返り、字木を見る。
「いや、俺は自信と気合いを言っているだけで——」
「まあ確かに、
「効果、ですか」
「確かにうちの季刊誌も、年に四回発行することになっている。次の発行は六月末の即売会だな。だが——字木一年、お前がどれだけ自信のある小説を書こうが、
「部長の許可……ですか」
「おっとぉ、今お前はこう思ったかもしれない。『それってつまり、人間関係で得をするんじゃないか』ってな。『部長と仲良くなれば掲載されるんじゃないか』って。どうだ、違うか?」
「いえ、そんな……いや、まあ、一瞬、思ったかもしれませんが」
「いやいや、いやいや。別にいいんだ。選考する者がいるなら、その選考者の好みの小説を書かなければならないんじゃないか——そう考えるのが
「——つまり、針屋先輩は、平等であると」
「ん? ああ……いやいや、いやいや。そうか、ちゃんと自己紹介してなかったな。俺は確かに三年生だが、【
「でも、ここには二人しか……」
字木は部室の中を見渡す。ここにいるのは、紅玉と呼ばれた女子生徒と、今会話をしている針屋しか存在していない。
「まあ……うちには、毎日部室に顔を出すってルールはないからな。
と——針屋が説明をしている途中で、コツコツと小気味よい足音が【
「噂をすれば、部長が来たぞ」
針屋が言ってすぐ、部室の引き戸が開かれる。
運動系の部活もなければ、音楽系の部活も存在しないこの学園において——放課後の雑音というものは、ほとんど存在しない。大きな音、と言えるのは、どこかで行われる会話の声と、各部から響く打鍵音くらいなものだ。そんな中、足音と引き戸を開く音は、
「おはようございます。針屋くん、紅玉ちゃん、今日も元気だね」
部室に入ってきた女子生徒は——折れてしまいそうな薄い体をした、
「はじめまして。そして君は——誰かな?」
「俺は字木文也です」字木は、
「はじめまして。よろしくお願いします。うん、私は
「……というわけで、今、お互いに自己紹介してもらった通り——うちの部の部長は、この早乙女だ。【
「生徒会」
字木はその言葉から、すぐに入学式で歓迎の挨拶をしていた読島
「もちろん字木一年、お前も知ってるとは思うが、うちの生徒会ってことはつまり【
その言葉の意味を完璧に理解出来ていたかと言えば微妙なところだったが——それでも、字木にはなんとなく、ニュアンスは伝わった。双法院学園の生徒会、つまり【
「そんなことないよ、針屋くん。もう、私は別に、ただ楽しんで小説を読んでいるだけだし、より良い小説を作るために、
早乙女は言って——そして、字木の指先を見つめながら、続ける。
「
「——というわけだ、字木一年」
針屋は
「それでも、この部に入るか?」
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