9.透視能力

 お爺さんの屋敷でお茶を飲みながらの会話が続いていた。


「月夜見さまは前世で結婚していたのですか?」

 ダリアお婆さんに聞かれた。やはり女性の興味はそこなのかな。


「いいえ、結婚はしておりません。私には恋人が居りましたが、彼女は重い病を抱えていました。私はその病気の治療方法を見つけるために医師になったのですが、力及ばず彼女を失いました。絶望した私は自ら命を絶ったのです」


「まぁ!そんなことが・・・それはつらいことを聞いてしまいましたね」

「良いのです・・・」

 二人のお婆さんはすまなそうな顔になり下を向いてしまった。


「ところで、この世界の人々は皆、幸せに暮らしているのでしょうか?自殺者は少ないと伺いましたが・・・」

「そうだな。この世界では生まれるだけで奇跡なのだ。それを考えれば簡単に命を絶つ者は少ない。病気もある程度のものは神宮にて治せるのだしな」


「だから幸せかと言ったら、決してそうではないだろうな。男性が少ないために結婚できない女性は多いし、金銭的に恵まれていない者も多く居るのだからな」

「お母さまから聞いたのですが、結婚できない女性が子種をお金で買うと聞きました。それは各国で認められていることなのですか?」


「うむ。認めざるを得ぬのだ。こればかりは治癒能力で妊娠させることはできぬからな」

「あ。そうか。人工授精なんて技術がないから直接性交渉で精子を買うということか。それはあまりにもひどいですね・・・」


「人工?それはなんだ?」

「前世の世界では治癒能力というものがありませんので医師は薬や手術など技術で病気の治療をするのです。そうした医療技術が発展した結果、女性の卵子だけを取り出して精子と受精させ、子宮に着床させることができるのです」


「うーむ。何を言っているのか全く解らないな。それはこの世界ではできぬのかな?」

「あ。解らないですよね。残念ながらこの世界ではできないと思います」

「これからお母さま達から情報を頂いて、この世界の女性が妊娠しにくい原因を探っていこうと思っています」

「月夜見さまには原因の見当はついているのですか?」

 ダリアお婆さんが興味深げに聞いてくる。


「そうですね。まず、一夫多妻制の問題から探りたいと考えています」

「何?妻がひとりでは中々妊娠しないから、次々と嫁をもらっているのだぞ?」

「えぇ、昔どこかでそう考えてしまった人が居たからそうなったのではないかと。妊娠し易いかそうでないかは個々の体質なのです」


「確かに妊娠し難い体質の女性は居ますが、そんな人ばかりなら人類は滅びます。それに妊娠は女性の責任だけではありません。男性の方にも能力の問題を抱えている人は一定数居るのです」

「な、なんと!女性の責だけではないのですね!」

 二人のお婆さんが嬉しそうな顔になった。


「えぇ、勿論です。生殖能力が正常な男女が結婚しても正しい時期に正しい性交渉をしなければ妊娠はできないのです。まぁ、それを知らなくとも偶然にそれらが一致すれば簡単に妊娠することもあるのですが。それは僕のお母さまが良い例でしょう」


「そういえばアルメリアは嫁いですぐに月夜見さまを妊娠したわね」

「うむ。奇跡が起こったと思ったものだ。しかも男の子だったしな」

「えぇ、この世界の女性が妊娠し難い訳ではなく、男性が生まれ難い訳でもないのです。間違った知識や思い込みによって、一夫多妻制にしてしまったことで悪循環になっているのではないかな。と推測しています」


「妊娠が女性の責任だけではないことは分かりました。でも一夫多妻のどこがいけないのですか?」

「これも一概には言えないことなのですが、妻が増えれば妻ひとり当たりの性交渉の回数は減るのではありませんか?」


「おほほ。そ、そうです。そうでしたわね・・・」

「えぇ、全くその通りですわ」

「むむっ・・・」

 二人のお婆さんは真っ赤な顔に、お爺さんは真っ青な顔になりましたとさ。


「性交は闇雲に行っても妊娠できないのです。女性が妊娠するための排卵期間は四週間のうちで三日だけなのです。その中でも特に高い確率で妊娠できる時間は一日もないのですよ。本来はそこを狙って、少なくとも三日間は毎日性交渉をしないといけないのです」

「一か月で三日間だけなのですか?」


「はい。でもそれは私の前世の世界の一般的な指標です。この世界は月がやけに大きいので、その影響も考えられます。特に月経の周期も調べないと詳しいことは分かりませんが」

「では元々、妊娠することは大変なことなのですね」

「はい。お爺さま、失礼ですが妻が五人も居らしたら、同じ方と三日間連続で性交渉をしたことなどないのでは御座いませんか?」


「う、うむ。同じ妻と続けてだと他の妻にやっかまれるからな」

「まぁ!」

暁月ぎょうげつさま!」

「それでは上手く当たらないと妊娠はしにくいと思いますよ」

「そ、そうだったのか・・・」


「結婚できない女性が子種を買うという話がありましたが、それこそ毎日買える訳ではないでしょう?しかも好きでもない男と性交するなんて、精神的にも良くないのです。それで妊娠できる可能性はかなり低いと思います」


「子種を売る男性は性交ができてお金ももらえてこんなに良いことはないでしょうが、本当に酷い商売だと思います」

「すぐにその様な商売はめさせましょう!」


「いえ、酷いことをしていることは確かなのですが、妊娠についての正しい知識が世界の人々に認知されない内は、妊娠できると夢見ている人にとっては、その商売がなくなったら困るはずです。ものには順番がありますので、まずはもっと情報を集めて確証を得ないといけません」


「どこで情報を集めるのですか?」

「そうですね。まずはお父さまとお母さまから情報を得て、実証実験もしてみたいと思います。その後はネモフィラ王国へ行って、そちらでも情報を集めたいですね」

「玄兎たちで実験とな。どの様にかな?」

「僕の指導に従って性交して頂き、僕の弟か妹を作って頂きます」


「な、なんと!」

「それは楽しみなことね」

「わくわくするわね」

 お婆さん達はいたずらっ子のように笑った。




 お爺さんの屋敷から自分の部屋へ瞬間移動で帰った。

「シュンッ!」

「きゃーっ!」

 急に現れた僕に部屋の掃除をしていた侍女のニナが驚いて叫んだ。

僕は慌ててニナの手を握り、謝罪した。


「ニナ、瞬間移動の訓練をしていたんだ。驚かせてしまってごめんね。でも今後も急に消えたり現れたりするから少しずつ慣れてね」

「は、はい。努力致します」


 僕に手を握られ、ニナは真っ赤な顔になっている。これは可愛いな。僕は下からニナの顔を見上げ笑顔で続けた。


「ところでお母さまはどちらに?」

「はい。結月ゆづきさまと庭園に出ていらっしゃると思います」

「ありがとう。行ってみるよ」

 そう言って窓から庭園に目を向けると瞬間移動で庭へと飛んだ。


「シュンッ!」

「ひゃぁっ!」

 消える瞬間にニナの変な声が聞こえた。


 庭に突然現れた僕にお母さまが驚く。

「シュンッ!」

「月夜見!びっくりしたわ。お帰りなさい。もう瞬間移動ができるのですね!」

「はい。思ったよりも簡単でしたので」

「凄いのね」


「お兄さま!お帰りなさい」

 結月姉さまが抱きついて来て頬にすりすりと頬をすり付けて来る。子供ってこういうところに遠慮がないよね。


「お姉さまが皆、揃っているのですね」

「今日はお父さまが居ないから治癒能力の訓練がないのです」


 来年成人するシルヴィア母さまの長女、望月みづき姉さまが嬉しそうに答えた。成人が近いだけあって女性らしくなって来ている。


「お兄さま、また動物たちを集めてくださいませんか?」

「あぁ、良いですよ。では食堂に行って動物たちのご飯をもらってきてくれますか?」

「はい。お兄さま」


 僕とお母さまで動物たちに餌付けをしていたのを姉さま達に見られ、それ以来、一緒に餌付けを楽しんでいる。望月姉さまは嬉しそうに屋敷へと走って行った。


 程なくして袋に入れてもらった餌を持って戻り、皆で草原に腰を下ろした。

皆、もうよく分かっていて動物たちが出て来ても歓声を上げなくなった。大きな声を出さずに、笑顔で動物たちに餌を与えている。


 しかし考えたら不思議だ。ここは空に浮かぶ大地だ。元は月の欠片なのだし、何故、動物が居るのだろうか?鳥は飛べるのだからここまで飛んで来ても不思議ではない。でもリスやウサギ、タヌキやイタチはどこから来たのか?


 まぁ、人間がここに宮殿を建てる時に連れて来たと考えるのか妥当なのかな。


 それにしてもこの宮殿だ。どうみても日本の大きな神社仏閣そのままだ。毎日食べているものもほぼ和食で味噌や醤油もある。絶対に前世日本と関りがあるはずだ。


 更にはこの和風な宮殿で欧米顔の皆がはしを使って和食を食べているさまは少々滑稽にも見えてしまう。


 この宮殿には家族も侍女たちにも日本人顔の人は居ない。オリヴィア母さまは黒髪に茶色の瞳なのだが、明らかにラテン系の顔だ。


 まぁ、人口が少ないから種族が移動し易くて混ざり合った結果なのだろう。モンゴロイド系は居なかったのか劣性遺伝で淘汰とうたされたのかも知れないな。


 兎に角、世界に出てみなければ分からないよな。その辺は楽しみにしておくとしよう。




 夜、いつもの様にお母さんとふたりで。ではなく、今夜は僕の隣に結月姉さまもベッドに入っている。しっかりと僕に抱きついている。結構暑苦しい。


「やっと夢が叶いました。お兄さまと一緒に眠れるなんて!」

「結月はそれ程までに月夜見が好きなのですか?」

「はい。アルメリア母さま」

「では、良かったですね」


 本当に幸せそうな笑みを浮かべている。まぁ、彼女の成人してからの人生を思うと、これくらいはご奉仕して差し上げないといけないのかも知れないな。と納得した。


「お母さま。今日、お爺さまのところで透視能力を教わって来ました」

「透視能力で何ができるのですか?」

「身体の中の病気を見つけることができるのです。本人がまだ体調不良に気がつく前に病気を見つけて治してしまえるのです。今日はダリアお婆さまの病気を見つけて治療しました」

「まぁ!それは素晴らしいことですね!」


「お父さまとマリー母さまが帰られたら、家族全員の健康診断をしたいと思います」

「健康診断?とはどの様なことなのですか?」

「私が身体の中身を透視して病気がないか探すことです。見つけたらその場で治療します」

「ま、まぁ!身体の中身を見るのですか?」


「心配しなくても僕が服の上から見るだけですよ。痛くもくすぐったくもありません」

「そ、そうなのですか」

 お母さまがちょっと不安そうな顔をしている。


「私はお兄さまに裸を見て頂いても構いませんよ!」

「いえ、遠慮させて頂きます」

 ここはぴしゃりと言っておかないと。


「お母さま、それと出生率の低さの原因を調べるためにお父さまとお母さま達にご協力を頂きたいのです」

「前にも年齢や結婚した歳などを聞いていましたね。他にも聞きたいことがあるのですか」

「えぇ、沢山あります。それとお母さまのどなたかにお父さまの子を新たに妊娠して欲しいのです」

「ま、まぁ!妊娠?ですか?それは難しいのでは?」


「いえ、きちんと調べてから僕の指示通りに性交して頂ければ妊娠できると思います」

「せ、性交ってあなた。なにを言いだすのですか!」

「いや、だって僕は医師ですよ?」

「あ、あぁ、そ、そうでしたね。その姿でその発言はちょっと、その・・・」


 あーあー、あんなに真っ赤になっちゃって。可愛いんだから!でもここは毅然とした態度で話さないと先に進まないからな。


「それでなのですが、お母さまには生んで欲しくないので、他のお母さま方の中から希望者をつのろうと思っているのです」

「何故、私には生んで欲しくないのですか?」

 お母さんは僕の発言に少しムッしたようだ。


「え?これから妊娠して女の子が生まれてしまったら、僕とネモフィラ王国へ行けなくなってしまうではありませんか。もう二年後のことなのですよ!」

「あぁ、そうでした!それがありましたね!はい。そうです。生みたくありません!」


「お母さま。何もそこまで言わなくても良いのですよ。ひょっとして、お父さまの子はもう生みたくないとお考えなのですか?」

「い、いえ、その様なことは・・・」

 お母さまの顔が曇ってしまった。


 うーん。これはやはり。そこに愛は・・・無いな。うん。

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