8.瞬間移動
船への荷物の搬入作業をする乗組員を見たが、やはり全員女性だった。皆、腕っぷしが強そうだ。女海賊ってのが居るならば、こんな感じの人たちなのだろうか。
「アルメリア。
「えぇ、お姉さま。気をつけて行ってらっしゃい。お父さまとお母さまによろしくお伝えください」
「分かったわ」
「月影姉さま、お元気で。二年後に僕も行きますから」
月影姉さまの手を取り、顔を見上げた。
「お兄さま!約束ですよ!楽しみにしています!行って来ます!」
膝を付いて僕を優しく抱きしめた。そして立ち上がると笑顔で手を振りながら船の中へと消えて行った。
月影姉さま達が乗り込むと船のハッチが閉まり、プロペラが一斉に回転した。どうやらプロペラの動力は電動モーターらしい。エンジン音はどこからもしない。
船はゆっくりと屋敷から離れると方向を北に向け、太陽を背にして一気に加速し離れて行った。前世のジェット旅客機と比べたらかなり遅いがプロペラ機よりは速そうだ。
月影姉さまは笑顔で旅立った。ほっとした。でも結月姉さまが僕の手を握って離さない。ピッタリとくっついてくる。
「結月姉さま?どうしたのですか?」
「えへへ。これでお兄さまは私のものです!」
「え?結月姉さま?」
「お兄さま!今晩から私と一緒に寝てくださいませ!」
「えぇ!結月姉さまはもう九歳になったのでしょう?ひとりで寝られますよね?」
「いやです!お兄さまと一緒に寝るのです!」
結月姉さまと手を繋いだまま屋敷に戻って行くと、お爺さんが現れた。
「おぉ。月夜見か。大きくなったな」
「はい。お爺さま。ご無沙汰しております」
お爺さんの
「
「はい。よろしくお願いいたします」
「うむ。では、早速行こうか」
「ここで訓練するのではないのですね」
「うむ、私の屋敷へ行くぞ」
「分かりました。では、結月姉さま、お母さまと待っていてくれますか?」
「お兄さま。今日は帰っていらっしゃるのですか?」
「お兄さま?結月は月夜見の姉であろう?」
「お爺さま、僕の前世の話をしたら、精神年齢は僕の方が上だからと、お姉さま達が皆、僕をお兄さまと呼ぶことになったのです」
「あぁ、そういうことか。分かった。結月、月夜見は訓練が終わったら戻って来るぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だとも」
「はい。分かりました。お兄さま。お待ちしております」
「月夜見は皆から好かれておるのだな」
「えぇ、ありがたいことに」
「さて、行こうか」
屋敷から庭へ出て山のある方角へ二人で歩き始めた。庭園から出る、というところでお爺さんが立ち止まった。
「月夜見、ここから屋敷まで瞬間移動するぞ」
「え?僕はまだできないのですが・・・」
お爺さんが僕を抱える様に抱き上げた。
「こうすれば、一緒に飛べるさ」
「シュンッ!」
次の瞬間、ふっと風が吹いた気がして、思わず目をつむった。が次に目を開けると初めて見る屋敷の前に立っていた。これが瞬間移動か。特に体への負担は何もなかった。
「身体には何も感じないのですね」
「そうだな、月夜見は力を使っていないからな」
「自分の力で飛ぶとどんな感触があるのでしょうか?」
「いや、月夜見ほどに力があれば恐らく何も感じないと思うぞ」
「え?ではどうやって飛べば良いのでしょうか?」
「そうだな、初めは目に見える位置まで飛んでみるのだ。できる様になったら段々と距離を伸ばして行けば良い。最終的には見えない目的地を頭に浮かべるだけで飛ぶのだ」
「何かとても簡単そうにおっしゃいますね」
「まぁ、できる様になってしまえば簡単なのだよ」
「そ、そうですか。ではやってみましょうか」
「うむ。ではまず、そこの山の
「はい。足を一歩踏み出しながらあの木の下を想像する。ですね」
「シュンッ!」
と、言っているそばからもう、木の下へ移動していた。あれ?なんて手応えがないのだろう!すると、お爺さんが後から飛んで来た。
「シュンッ!」
「どうだ。できたな。簡単だっただろう?」
「はい、あまりに手応えがなくて驚いています」
「そうだ。力があると念話の様に特に考えなくてもできてしまうのだよ」
「そうですね、念話や人の考えていることを読むことは考えなくても自然にできますね」
「うむ。今度は月夜見の屋敷へ飛ぼう。ここから庭園が見えるだろう。あそこまで飛んでみなさい」
「はい。やってみます」
庭園の花が少し見える場所を見据えて飛んだ。
「シュンッ!」
「きゃーっ!」
やはり、一瞬で庭園に降り立った。お姉さま達が庭園の花に水をやっていたところに僕が急に現れたので、みんなびっくりしている。尻餅を付いてしまった姉さまも居た。
「お兄さま!どうされたのですか?」
するとお爺さんが現れた。
「シュンッ!」
「きゃーっ!」
皆が驚いて一斉に悲鳴を上げた。
「あー、すまんな!驚かせてしまった様だ」
「今、瞬間移動の訓練中なのです」
「お兄さま、凄いです!」
「素敵!」
「では、再びさっきの木の下へ戻ろう。今度は木を見ずに先程の記憶だけで移動先の場所を想像して飛ぶのだ」
「はい。やってみます」
「シュンッ!」
一瞬で消えた。
「あー、お兄さまが消えちゃった!」
「凄いね!」
そして再び木の下へ戻った。
「うん。これで瞬間移動は大丈夫だな」
「もうこれで習得なのですか?」
「うむ。あとは自分で距離を遠くまで飛べる様に練習しなさい」
「これは最長でどれ位の距離まで飛べるものなのでしょうか?」
「そうだな、月夜見ならばこの星の裏側まででも飛べると思うぞ」
「え?ではネモフィラ王国まで瞬間移動できるのですか?」
「うん、できるな。だが一度は船で行って場所を記憶しなければならないがな」
「もしかして、お母さまを抱いたままでも飛べますか?」
「うむ。アルメリアを抱き上げることができる程に月夜見が成長すればな」
「あぁ!そうでした!」
思わず苦笑した。たまに自分がまだ小さいことを忘れてしまう。
「あとは何ができないのかな?」
「透視能力と未来予知でしょうか。透視は人の治療のために身体の内部が見えると良いのですが」
「あぁ、月夜見は前世で医師であったな。透視をその様な使い方をするのか。だが私は透視をその様な使い方をしたことがないのだ。月夜見は人の身体を開いて内部を見たことがある。ということかな?」
「はい。あります」
お爺さんの顔色が変わり、
「そ、そうなのか。月夜見の前世は凄い世界なのだな。恐らくなのだが、身体の皮膚から入って次は何があって、その向こうに何が。という様にできておるのではないかな?」
「はい。からだの組織は皮膚から順番に層になっています」
「それではその組織ごとに頭の中で想像しながら進んで行けば中のものが見えるのではないかと思うぞ。私では中身がどうなっているのか想像できないので、透視しようとすると人間が透けてその向こう側が見えるのだよ」
「あーなるほど、見たいものが想像できないと見えないのですね?」
「その通りだ。月夜見は本当に賢いな」
「練習でお爺さまの身体の中を見てみても良いでしょうか?」
「あぁ、勿論だ。好きに見てくれ」
「ありがとうございます。ではお爺さまの年齢で起こり易い病気がないかを診ていきたいと思います」
まずは肺を集中して診てみることにした。
皮膚、皮下組織、筋肉、
次に心臓を診る。力強く鼓動している。拍動に乱れもない様だ。うん。次にいこう。胃を診てみよう。ポリープや
腸はどうだろう。十二指腸から小腸、大腸、直腸と順番に診て行くが特に問題はなかった。最後のおまけに前立腺に
「お爺さま。身体の中が見えました。実にきれいな内臓です。どこにも病気は見当たりませんでした」
「おぉ、そうか!それは良かった。ありがとう。あぁ、ではダリアとカルミアも診てやってくれまいか」
「え?お婆さまをですか?女性は嫌がるのでは御座いませんか?」
「私から話すから大丈夫だ。訓練のためだと説得するから」
「分かりました。でも無理強いはしない方が良いですよ」
お爺さんの屋敷に入った。日本で見たことがある様な大きな屋敷だ。ダリアお婆さんは生まれた時に来ていたので知っているが、カルミアお婆さんは初対面だ。
「カルミアお婆さま、初めまして。月夜見と申します。ダリアお婆さま、生まれた時以来ですね。ご無沙汰しております」
「まぁ!生まれた日に私と会ったことを覚えているのですか!」
「えぇ、皆さんで僕のベッドを囲んでお話しされていたことを覚えています」
「まぁ!なんて賢い子なのでしょう!」
「本当に!まだ三歳なのでしょう?」
二人のお婆さんは目を真ん丸にして驚いている。
「ダリア、カルミア。月夜見はこの世界に生まれる前、別の世界で生きていた者だ。だからこの様にしっかりしているのだ。それに仕事は宮司と同じ様な仕事で医師というものだったそうだ。今日は月夜見に透視を教えておったのだが、月夜見は透視で身体の中の病気を見つけることができるのだ。どうだね、月夜見に診てもらっては?」
「病気があったら見つけて治してもらえるのですね。では診て頂きましょう」
「良いのですか?ダリアお婆さま」
「えぇ、可愛い孫の訓練のためでしょう?喜んで診て頂きますよ」
「次は私の番よ」
「カルミアお婆さまもありがとうございます」
「では、そのソファに座ったままで結構ですので」
まずはダリアお婆さんから診て行く。先程のお爺さんと同じ手順で診ていった。内臓系は大丈夫だ。最後に女性器を診るとどうも炎症を起こしている様だ。
「ダリアお婆さま、最近女性器から出血していませんか?」
「え!どうして分かったの?」
「今、診察しましたから。それは老人性膣炎だと思われますね。症状が軽いので今、治療してしまいましょう」
僕はお婆さんの下腹部に手をかざして力を送った。炎症を治め、出血が止まる様に血中の血小板を集めた。その様子も見ながらできるので治療もやり易い。
あぁ、この能力が前世であったなら・・・あー、いけないな。どうしてもそこへ繋げて考えてしまう・・・切替えないと。
「ダリアお婆さま。治療は終わりました。症状が比較的軽かったのですぐに出血を止めることができました。今日はお風呂でよく洗って清潔にしておいてください」
「月夜見、本当にありがとう。そんなことになっているとは思いもしませんでした」
「月夜見、私からも礼を言うぞ。ありがとう」
「では、カルミアお婆さまも診ておきましょう」
「えぇ、お願いします」
カルミアお婆さんも同じ様に診て行ったが問題は見当たらなかった。
「カルミアお婆さまは大丈夫でした。悪いところはありません」
「まぁ、良かったわ。ありがとう。今、お茶を淹れるわね。ゆっくりして行って!」
カルミアお婆さんがお茶の準備をしてくれる。僕たちは居間のソファに座り、くつろいで雑談を始めた。
「お爺さま。お爺さまの奥さまはお二人だけなのですか?」
「あぁ、あと三人居るよ。だがここには住んでいないのだ」
「何故、ご一緒ではないのですか?」
「子供たちが成人した後は、ここで暮らすか娘の居る神宮で一緒に暮らすか。したい様に選ばせたのだよ」
「それは素晴らしいことですね」
「ほう、月夜見は何故、それが良いことだと思うのだね?」
「僕は神宮での宮司の仕事ぶりをまだ見たことがないので確信は持てないのですが、皆さんからの話を聞く限り、神宮に宮司として遣わされると、ほぼ神宮から出る時間もなく、人々を癒し続けると聞きました」
「うむ、そうだな」
「宮司の役目は
「うむ。月夜見はそう考えるのだね。確かに本人が我慢をして宮司の仕事をしているならば辛いこととなろうな。私は娘たち一人ひとりの気持ちを聞いたことはないから分かっていないのだろうな」
「月夜見はこれからどうするつもりだね?」
「はい。僕が当主となるまでに世界を巡り、宮司たちの置かれている環境を見て、考えを聞きたいと思います。その上でもし宮司が辛い立場に置かれている様であれば、どうすれば彼女たちが幸せになれるのかを一緒に考えていきたいと思います」
「うん。ありがとう。月夜見に期待しているよ。私たちにできることがあれば何でも言ってくれ」
お爺さん達は皆、笑顔で大きく
「はい。ありがとうございます。大変心強いです」
良かった。強い味方ができたな!
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