7.宮司のお役目

 僕は三歳になった。身長も百センチメートルを少し超えているだろうか。


 この身体は成長が早い様な気がする。血の巡りもすこぶる良く、軽快に身体を動かせる。


 一歳から姉たちと一緒にお父さんから治癒能力の訓練を受けている。姉たちの場合は、治癒能力は十歳になってから五年間で学ぶものだそうで、自分の身体ができていないと力が足りず、相手を治療することはできないからだそうだ。


 訓練は自分の力を感じるところから始まり、力を増やす訓練や相手に流す方法、力の調節を学ぶのだ。上級になると病気や怪我の種類によって、どこにどれだけの力を流すのかを学ぶ。


 それと薬だ。薬は漢方の様な薬草を使ったものがほとんどだ。消毒薬、傷や火傷に使うもの、胃薬や睡眠薬などがある様だ。


 僕は生まれながらにして大きい力を既に持っていることと、医師の知識で身体のメカニズムが分かっているので、一歳から訓練を始めて一年も経たずに上級までできる様になってしまった。


 普通の人間の子は十歳になると五年間、成人するまで学校で勉強するそうだ。治癒能力の訓練と時期が重なってしまうので姉たちは学校へ行くことができない。


 成人前に学校で同年代の友達が作れないことは少し可哀そうだと思う。神の遣いとして、この一家に生まれたからには仕方のないことなのかも知れないが。


 姉たちは学校に行けないので、お父さんやお母さま達から勉強を教わっている。僕も興味本位で授業を一緒に受けてみたが、あまりにも簡単なことしか教えていないのですぐに教師役の方へ回った。


 すると姉達は皆、僕から教わりたいとお母さま達の授業をボイコットし始めた。僕は一歳から三歳になるまで姉たちの教師を務めた。ついでと言ってはなんだが、宮司になる姉さま達へ医療についても基礎の部分を教えていった。


 そして僕が三歳になったと言うことは、姉たちの一番年上、マリー母さまの長女、月影つきかげが十五歳となり成人を迎えた。


 月影姉さまは自分の母親の出身国、ネモフィラ王国にある神宮の宮司になるそうだ。


 大きな国には複数の都市に神宮があるそうだが、月影姉さまは王都にある神宮に入る。今、その神宮に居る千月ちづき伯母さんは、月影姉さまが独り立ちし次第、地方の神宮へ移るそうだ。


「お母さま。月影姉さまはどうやってネモフィラ王国まで行くのですか?確か遠い北国なのですよね?」

「えぇ、とても遠いのです。船に乗って丸一日掛かります」

「船ですか。そんなに長時間乗っていたら船酔いしてしまいそうですね」

「船酔い?ですか。それはどんなものでしょう?」


「え?船酔いしないのですか?船が海の波に揺らされると頭の三半規管というところが麻痺して・・・」

「いいえ、船は海の上に浮かんではおりませんよ。船は空に浮かぶものですから」

「え?船が空に浮かぶ???」

 ん?何を言っているのかな?船が空に浮かぶ?


「そう言えば、月夜見つくよみは船を見たことがないのですね。屋敷の裏側に繋いでありますからね」

「屋敷の裏に繋いである?のですか?」


 全く想像ができない。船なのに空に浮かぶ宮殿の裏に繋いである。ってどういうこと?


「では、これから見に行きましょうか」

「えぇ、是非」

 ふたりで手を繋いで屋敷の中を歩き裏へと回って行った。

「えーっ!」


 そこにあるものを見て驚愕きょうがくした。それは船と言っていたが船ではない。何に近いかと言えば飛行機と飛行船の間くらいのイメージだろうか。あ。それなら船で良いのか。


 大きさはかなり大きい。前世の大きなジェット旅客機よりも格段に大きいのだ。長さで百メートル位、高さと幅は三十メートル位はありそうだ。


 鉄製?いや、金属の種類は分からない。船体は白く塗ってある様だが、如何にも重くて丈夫そうだ。先の方は細くなっていて側面は真ん中辺りから後ろに向かってスカートを広げる様に薄く広がっている。羽の様な役目があるのかも知れない。


 船の中心の上部には艦橋の様に少し飛び出したところがある。窓も見えるので、あそこが操縦席になっているのだろう。


 そして船体の羽の様に広がったところの左右上下に沢山のプロペラが付いている。これは結構スピードが出るのではなかろうか?


 よく見ると船体には金のラインで羽の絵の様な美しい模様が描かれている。うーん。如何にも神の乗り物。といった感じだ。ゴージャスでもある。


 何もしていない状態で既に浮いている。それをプロペラの動力で動かすのだろうということは想像できる。でもどうやってこんなに重そうなものが浮かんでいられるのかが分からない。だが、それを言ったらこの宮殿のある大地が浮かんでいるのと同じ仕組みなのだろうが。


「お母さま。そもそもこの宮殿のある大地やこの大きな船はどんな力で空に浮かんでいるのですか?」

「あぁ、それは月の石ですよ」

「月の石?ですか?」

「えぇ、三つの月があってひとつは粉々に砕けてこの星に降り注いだ。というお話をしましたよね」

「えぇ、聞きました」


「その月が砕けた欠片かけらは全てが地上に落下したのではなく、その一部が大きさによって、様々な高さに浮かんでいたそうです。この宮殿の大地が一番大きなものだとか」

「では、あの船の中にもその浮かぶ月の欠片が入っているのですね?」

「えぇ、そうです。この高さに浮ける欠片はこの大地以外では世界でもこの船のものだけだそうです」


「では、これよりも小さな欠片だと、ここよりも低い高さで浮くことができて、大地や船にしているものもあるのですか?」

「月の欠片を大地に使うことは神以外には許されていませんのでありません。船は各国の王族が使う船は、ここまで大きなものではありませんが、一隻や二隻は持っているものです」

「神や王族ではない平民が乗る船もあるのですか?」


「えぇ、勿論ありますよ。大きいものでは各国を行き来する貿易の商船があり、国内や町の中で使われる小型の船もあります」

「あれ?では、この世界では人間の移動は全て空の移動なのですか?」

「そうです」


「でも乗馬をしたりするのですよね。馬車なんてものはないのですか?」

「乗馬は趣味で野山をけるものです。街中を馬で走ってはいけないのです。馬車とはどんなものか分かりませんが」

「馬車がないのですか。では人が引いたり、押したりする様な荷車にぐるまもないのですか?」

「それはどんなものでしょうか?よく分からないですね」


「そうですか。これは一度、街に降りてみないと生活ぶりが分かりませんね。月の欠片も何故、浮かぶのでしょうね。この星の磁力と反発しているのか、または月の引力で浮いているのか。どちらかなのでしょうけれど」

「私には分かりません。暁月ぎょうげつさまならばご存知かも知れませんが」


「月影姉さまがこの船でネモフィラ王国へ向かう時は、マリー母さまが付き添われるのですか?」

「えぇ、玄兎げんとさまも行かれますよ。その間、結月ゆづきは私が預かることとなりますね」

「月影姉さまの成人のお祝いは何かされるのでしょうか?」

「えぇ、この屋敷で祝いの会食が催されます」


「それは楽しみですね。ところでお母さま。お姉さま達は宮司になったら結婚はできるのですか?」

「そうですね。不可能ではありません」

「それは難しい。という意味でしょうか」


「王都には王族の他、身分の高い貴族が多く居ります。宮司は神の遣いですから身分は一番高いのですが、宮司の仕事は続けなくてはなりませんので・・・」

「うーん。そうなのですね。宮司の仕事は続けるとして、まさか神宮から一歩も出てはいけない。などということはあるのですか?」


「出てはいけないということはありません。ただ外へ出掛ける様な時間はないかと・・・」

「あぁ、それでは監禁されているのと同じですね。何か休息や息抜きになることはないのでしょうか?お母さまでしたら乗馬を楽しむ。という様なものは」

「そうですね。私たちが国に帰っている時になにか考えてあげるのはどうでしょう」

「あぁ、そうでした。僕らはネモフィラ王国で暮らせるのですからね。それは楽しみですね」




 月影姉さまの出発前夜。成人の祝いの会食となった。

「月影が成人を迎えた。治癒能力も習得し、これからはネモフィラ王国王都の神宮で宮司となるのだ。月影はよく学んだ。立派な宮司となってくれることだろう。しっかりと務めを果たすのだよ」


「月影。よくやりました。これからはネモフィラ王国の民のために尽くすのですよ」

「はい。お父さま、お母さま。ありがとうございます」

「おめでとうございます!」

「おめでとう!」


 皆、口々に祝いの言葉を述べ、月影姉さまの門出を祝った。表向き彼女は笑顔でいるが、本心はどうなのだろうか。悪い言い方をするならばこれから神宮に幽閉され、生涯人々の病気の治療を続ける仕事に就くのは十五歳の娘には酷なのではないだろうか?


 とても気になるのだが、皆の前で辛くないか?とは聞けないので当たりさわりのない会話をして過ごすしかなかった。


 会食が終わり、それぞれが部屋に戻った時、僕とお母さんで月影姉さまの部屋を訪れた。お母さまにお願いしてマリー母さまも呼んでもらった。


「お兄さま!どうしたのですか?」

「月影姉さまとマリー母さまにお伺いしたいことがあるのです」

「まぁ!月夜見さまが私に聞きたいことで御座いますか?何なりとお聞きください」


「マリー母さまは自分の娘たちが、宮司となり神宮で一生暮らすことをどうお考えなのでしょうか?」

「宮司は神の遣いとして、人々をやまいという苦しみから救うことができる崇高すうこうなお役目をになうことができるのです。とても幸せなことだと思います」


「そうですね。一方ではその様に見ることもできるでしょう。ですが、例えばネモフィラ王国の王女として生まれ、何の不自由もなく育ち、学校へ通って同年代の友達ができ、演劇を観たり、本で色々な物語を読んだり、乗馬を楽しんだり。そして結婚して子を儲ける。そんな人生もあると思います。この二つの人生を自分の子に選ばせることができるなら如何ですか?」

「・・・」


 マリー母さまは少し考え込んでしまった。仕方ないよね。


「マリー母さま。少し意地悪でした。ごめんなさい。お答え頂かなくて結構です。僕は今更こんな話を持ち出して月影姉さまの心を乱したい訳ではないのです。でも僕が言いたいことは、宮司が神宮に縛り付けられている様な状況は良いこととは思えないのです」


「宮司は神の遣いで力も授かっています。でもその前にひとりの人間でもあるのです。宮司というひとりの人間の幸せをないがしろにしながら、その上に人々の幸せが成り立っているというのは決して良いことではないと思うのですよ」

「では月夜見はどうしたいのでしょうか?」


「お母さま、僕はその内、この神の一家の当主になるのですよね?」

「えぇ、そうです」

「当主ということは、世界にある全ての神宮は僕の配下に置かれるということですね?」

「えぇ、その通りです。何か考えがあるのですね」


「今すぐに何かできる訳ではありません。でも僕が当主になるまでに宮司たちが幸せになれる様、何か策を考えたいと思っています」

「お兄さま。その様に私の将来のことを考えてくださったのですね」

 月影姉さまは思うところがあったのか僕の話を聞いて号泣していた。


「まぁ!月夜見さまは神の当主として相応しいお方ですね・・・」

 マリー母さまにお母さまも感極まっている様だ。涙があふれて来ている。


「月夜見さま。ありがとうございます。宮司のお役目を全うしながらも娘たちが幸せな人生を送れるとするならば、これ程、嬉しいことは御座いません。感謝致します」

「マリー母さま。まだ僕は何もしていません。自分ひとりでできるとも思っておりません。お力をお借りすることもあると思いますので、その時はよろしくお願いいたします」


「勿論です。私やアルメリア。他の妻たちもできることならば何でもご協力差し上げます」

「ありがとうございます」


「月影姉さま、僕は二年後、五歳になったら成人するまで、お母さまと一緒にネモフィラ王国で暮らすことになっています。ですから、ネモフィラ王国へ行ったら月影姉さまのところへ遊びに行っても良いですか?」

「ほ、本当ですか!嬉しい!」


 月影姉さまは床に膝を付いて僕を抱きしめた。目には大粒の涙が浮かんでいた。


 まだ、自分に何ができるのかは分からない。でも、初めてできた兄弟のことだ。放っておくことはできない。ネモフィラ王国へ行ってからでも何かできることを考えよう。


 僕は月影姉さまの頭を撫で、ハンカチで涙を拭った。


 なんだかとても切なくなってしまったな。

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