6.家族の記録

 僕は一歳の誕生日を迎えた。だがこの世界では誕生日を祝う風習はないようだ。


 そう言えば、この世界の暦は地球と似ているので分かり易い。一年は十二か月で三百六十五日なのも同じだ。更に季節も同じで四つの季節がちゃんとある。


 これは恐らくだが、人間というものは地球の環境と同じ条件が揃わないと生まれない、生きていけないからなのだろうな。大気は勿論のこと、温度や湿度、気圧も大切だ。


 太陽からの距離や公転速度なども含めて人間が生きられる条件になることは奇跡的なことらしい。そしてこの星も地球と同じ様な奇跡があったということなのだろう。だから暦も季節も地球とほぼ同じになっている。でも何故、言葉が日本語なのかが分からないけれど。




 一歳になって授乳と離乳食が一日三回になったので、家族揃っての食事に加わることとなった。お母さんと食堂へ行くと、皆がそわそわと待ちわびていた。


「あ!月夜見さまがいらしたわ!」

「きゃぁー」

 小さく控えめな黄色い歓声が上がった。


 広い食堂の真ん中に長く大きなテーブルがあった。その長さは十二メートルくらいあるのではなかろうか。


 そのテーブルの地球でいうところの上座、お誕生日席にはお父さんが座っていて、そのすぐ右側に第一夫人のマリー母さまと二人の娘が並び、左側の端の二席が空いていた。


 そこが僕達の席らしい。僕たちの隣は第二夫人のシルヴィア母さまと娘二人だ。そこからは第三夫人と第四夫人とが左右に分かれて、下座へ向かって順番に座っている。


 一番遠い席のメリナ母さまとルチア母さまの末娘はまだ二歳ということもあるが、席が遠過ぎて顔が更に小さく見える。


 僕はお父さんのすぐ横に座らされた。椅子には高さを調整する台とクッションがあり、テーブルの上にちゃんと顔を出すことができた。


「お母さま、僕は一番向こうの端に座るのではないのですか?」

月夜見つくよみの席はそこで良いのだよ。お前はこの家の次期当主となるのだからね」

 お父さんが優しくそう言った。


「はい。分かりました」

「それにしても一歳で席順を気にするとはどういうことなのだ?」

 お父さんは少し怪訝けげんな顔をして、お母さんの顔を見る。お母さんはちょっと困った顔になった。


 あぁ、そうか。お父さんは僕の転生のことをまだ知らない。それに能力の訓練の時は、言われるままに力を使うし、僕が先回りしてお父さんの考えを読んでしまうから、ほとんど会話をして来なかったのだ。だから僕の言動がおかしなものに見えてしまったのだな。


 お爺さんからは家族には転生の話をしても良いと言われている。もうここで話してしまおう。


「お父さま。そのことについては僕から申し上げてもよろしいでしょうか」

「う、うむ。勿論だ。話してみなさい」

 明らかにお父さんは戸惑っている。


「僕はこの世界に生まれる前、前世では別の世界で生きており、医師をしておりました。医師とはこの世界の宮司と同じ仕事です。そして二十五歳で死に、この世界に生まれ変わったのです」


「そして僕には前世の記憶が全て残っているのです。その世界の僕の国とこの世界とは何か繋がりがある様で、言葉も同じなのです。ですからこうやって大人として話ができるのです」


 お母さん以外の一同が驚愕の表情となっている。ただ、二、三歳の姉たちはきょとんとして理解できていない様だが。


「そ、それはまことのことなのか?い、いや、疑っても仕方がないな。事実、これだけ明瞭に会話をし、賢く、力も使えているのだからな。正直言って、何故これ程に能力を使いこなすのか理解できなかったのだが、これで合点がいったわ」


「お父さま、このことはもっと早くにお話しするべきでした。申し訳ございません」

「い、いや、良いのだ。では月夜見の暮らしていた前の世界でもこの様な能力は存在していたのか?」

「はい。ありました。ただ、これ程大きく力を発揮できる者は聞いたことが御座いませんし、僕にはその様な能力はありませんでしたが」


「では、月夜見はどうやって宮司の仕事。医師と言ったか?それをしていたのかな?」

「はい。地球では医学というものが発達していました。人間の身体や病気の仕組みが研究されているのです。そしてその病気を治す技術や薬が作られていったのです」

「おぉ、そうなのか。この世界にも薬はあるが、あまり使ってはいないな。ほとんどは、宮司が治癒能力で治すのでな」


 それからの食事はぎくしゃくした雰囲気になってしまった。それはそうだろう。一歳の子だと思っていたら、中身は二十五歳の大人だったのだし、僕の方が年上になってしまうお母さまも居るのだからな。


「月夜見さま、二十五歳ということは結婚していらっしゃったのですか?」

「目の前に座っていたマリー母さまの長女、月影つきかげが十二歳のお姉さんらしい質問をぶつけてきた」


「いいえ、結婚はしていませんでした。前の世界では二十歳はたちが成人です。結婚は十八歳から可能なのですが、早くに結婚する人は少ないのです。若い時を色々なことをして楽しみたいと考えるからだと思いますが」

「やはり、男性は少ないのですか?」


「いいえ、前の世界では七十億人の人間が居り、約三十五億人ずつ、ほぼ同数の男女が居ましたよ」

「な、七十億人?それはどれくらいの・・・」

「あ、あぁ、お爺さまからこの世界の人間は五十万人と聞いています。その一万四千倍ですね」

「全然、分かりません」

 月影つきかげが困惑した顔をしている。


「そ、そうですね。数え切れないくらいの人間がどの国にも居るのです。国も二百近くあるのですよ」

「そんなに!それで女性と男性の数が同じなのですか?」

「そうです。どの国でもほぼ同じだと思います」

「それは何故なのですか?」


「いえ、本来はそれが自然なのだと思います。動物でもオスとメスの比率は大抵同じです。どちらかにかたよると自然に調整されるものです。小動物のある種ではメスが減るとオスからメスへ性転換するものも居ますからね」

「では、この世界が異常なのですか?」


「そうですね。何か原因があるのではないかと思います。僕はお爺さまからその原因を明らかにして出生率を上げ、男性がもっと生まれる様にして欲しいとお願いされています」

「月夜見さまの前の世界の知識があれば、それができるのですね!」


「まだ原因が明らかではありませんので、調べてみないとできるかどうかは分かりませんが」

「どうやって調べるのですか?あ!私の身体を見ても良いですよ!」

「これ!月影つきかげ!何を言いだすのですか!」

 マリー母さまが怒った。


「お母さまから伺ったのですが、この世界では男性が女性の裸を見たり、触れた場合、嫁にもらわなくてはならないと聞きました。それが本当だと女性の身体を調べることができなくて困るのですよね」

「ほら!お母さま。私が協力して差し上げないと!」

 月影が顔を真っ赤にしながら、どや顔でまくし立てる。


「月影姉さま。もし僕に透視能力が使えるならば、裸を見なくとも、身体に触れずとも、中身を見ることはできるかも知れません」

「え?身体の中身を見るのですか?」

「勿論、そうですよ。前世では身体を透視して見る機械があったのです。でもこの世界では恐らくないでしょうから」


 月影だけでなくお母さま達も一様にげんなりとした顔になってしまった。いかん。食事中にする話ではなかったな。反省しよう。


「身体を調べるとは、裸を見るということではなく、そういうことなのです・・・すみません。食事中にするお話ではありませんでした」


「いいえ、この世界では子供を授かることがとても難しいのです。私も月影を生んでから次の結月ゆづきを授かるのに六年を要しました。また男性が少なく、結婚できない女性も数多く居るのです。これが変えられるのであれば、私は月夜見さまにどんなことでも協力致します」

「マリー母さま。ありがとうございます」

「ここに居る女性たちは皆、月夜見さまに協力を惜しみませんよ」

 周りを見渡すと、小さい子以外の皆が笑顔で大きくうなずいてくれていた。


「皆さん、ありがとうございます」

「それにしても透視能力か。父上であればできるのではなかろうか。私は残念ながらできないのだが」

「はい。透視能力についてはお爺さまに聞いてみます。あとは、身体を見るだけではなく、生活様式など情報を集めたいと思います」

「はい!何でも聞いてください」


 今度は隣からシルヴィア母さまの長女、望月みづきが元気よく答えた。


「えぇっと、望月姉さま、ありがとうございます。でも聞きたいことは大人の女性からでないと聞けないのです・・・」


 一斉にお母さまたちの顔が赤くなっていった。大人の女性からと聞いて、どんなことを聞かれるか色々と想像してしまったのだろう。


「つ、月夜見!そ、その質問には私が答えましょうか」

「お母さま。勿論、僕という男性を生んだお母さまには聞かなければなりません。でも女性しか生んでいないお母さま方にもお聞きしたいのです」

「そ、そうですか・・・そうですよね」


「月夜見さま。私、月夜見さまをお兄さまとお呼びしても良いでしょうか?」

「望月姉さま、どうしてですか?」

「だって、月夜見さまは二十五歳の記憶のまま、生まれて来られたのでしょう?では心もお持ちになる知識も二十五歳のものなのですよね?先程からお話を伺っていても大人の男性がお話しされているとしか思えませんもの。それならば、お兄さまとお呼びした方が良いし、それに私はお兄さまが欲しかったのです」


「そうだな。望月の言う通りかも知れぬな。月夜見の見た目はまだ赤子だが、話している限りは月夜見の方が娘たちより兄の位置に居るからな。では娘たちは今後、月夜見を兄と呼ぶと良い」

「はい。嬉しいです!お兄さま!よろしくお願いいたします」

「は、はぁ。それで良いのであれば・・・」

 何だか複雑だな・・・


「あ、あの・・・大変、お願いし難いのですが」

「なんだい?何でも遠慮なく言いなさい」

「あの、まずはお母さま方の年齢をお聞きしたいのですが・・・」

「あぁ、そういうことか」


「私は三十一歳よ。一応、月夜見さまよりは年上ね」

 マリー母さまは三十一歳か、長女が十二歳だものな。

「私も三十一歳です」

 シルヴィア母さまもそうか、長女が十一歳か。


「私は二十九歳です」

 ジュリア母さまは二十九歳か。そしてひとりずつ答えて行く。シャーロット母さまは二十八歳、オリヴィア母さまは二十七歳、メリナ母さまは二十五歳か。


「私は二十四歳です。月夜見さまより年下ですね。私もお兄さまとお呼びしたいですわ」

「ルチア母さま。それはご勘弁を」

「お父さま。筆記道具を使わせて頂けますか」

「うむ。おい筆記道具を持って来てくれ」


 お父さんが侍女へ命じると、小走りに食堂を出て行き、程なくして紙とペンとインク瓶を持って来た。このペンは万年筆みたいなものか。これだと英語表記の方が書きやすいな。


 そう思って、お母さま達とその娘達の名前と年齢、生年月日。それに嫁いだ時の年齢を聞いて行き、紙に書いていった。それを横で見ていた、お父さまとお母さまが目を丸くした。


「月夜見。その文字はなんだ?」

「え?あ、あぁ、これは英語と言って私の国の文字ではないのですが、このペンだとこの文字の方が書き易いのと、お母さま方の名前がこの表記の方がしっくり来るので」

「そうなのか・・・」

 何がなんだか分からん。と言った顔をしている。まぁ仕方ないよね。


 テーブルの向こうからは、月影姉さまと結月姉さまが身を乗り出して見ている。

「お兄さま。素敵!」

「なんてきれいな文字なのでしょう・・・」

 子供というのは変なところにツボるものだな。


「そう言えば、お父さまは今、お幾つになられたのですか?」

「私か?私は三十四歳になる」

「三十四歳ですね。分かりました」


 ふむ、と言うことは三十三歳で十五歳のお母さんを嫁にもらったのか。これは許せんな!

 僕の心の中でお父さんに対してライバル心の様なものが芽生えた。


 こうして家族への聞き取り調査が始まったのだった。

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