5.動物たちと

 お母さんに前世の記憶のことを話したことで、より一層、絆が深まった気がする。


 初めての散歩の日から毎晩、お母さんのベッドで一緒に寝る様になった。お母さんはベッドの中ではずっと僕を抱きしめている。まるで抱き枕になった気分だ。


 初めはちょっと恥ずかしかったけれど、今となってはすっかり慣れて当たり前になってしまった。


 お母さんの温もりってこんなだったかな。と前世の記憶を辿ってみるのだが、前世の母の記憶についてはつらい思い出は封印しようと努めたためか、上手く思い出せなかった。


 最早、母の記憶というものは全てアルメリア母さんに上書きされた様だ。


 ただ、その一方では、何故かお母さんが自分の母であることに違和感を覚える。勿論、理由は分からないのだが・・・


 お母さんは常に僕から離れない様に気遣ってくれるし、当然、会話も多くなった。今夜も眠る前にベッドの中でふたりで話していた。


月夜見つくよみ。あなたの心は二十五歳の男性のままなのですよね?」

「まぁ、そういうことになりますね」

「それではあなたは授乳の時って・・・私の・・・その・・・」

 お母さんは顔を天井へ向け、真っ赤になってごにょごにょとつぶやいている。


「あぁ、それはご心配には及びません。僕は婦人科の医師でしたから。毎日、沢山の女性を診察していたのです。女性の身体は見慣れていますから、よこしまな目で見たりはしませんよ」

「え?そんなに沢山のご婦人の身体を見ていたのですか?」


「それはそうです。裸どころかもっと色々なところも見ますよ。医師なのですから」

「そ、そうですよね。病気を見つけて治療するためですものね・・・私がおかしなことを言いました。すみません」


「良いのですよ。この世界では宮司であるお姉さま達が民の病気を治療すると聞いています。つまり、男性が女性を診察し、病気を治療することはあり得ないのですよね?」


「全くない訳ではないのです。とても重い病気で治療に大きな力が必要な場合は、暁月ぎょうげつさまか玄兎げんとさまがこの屋敷の下にある神宮まで降りて治療されることもありますし、他国へ出向いて王妃の治療をしたこともある様ですので」


「でも、通常では男性が女性の身体を見たり、触れたりすることはない。ということですね?」

「えぇ、そうです」

「それを聞いておいて良かったです。僕は当たり前に見るし、触れてしまうので」

「それをしたら大変なことになりますよ」


「大変とはどうなるのです?」

「その相手を嫁にもらうしかありません」

「えー!裸を見るとか、身体に触れるだけで。ですか?」

「そうです」


「女性はそれを望んでいるし、狙っている。とも言えますね」

「あ!あぁ、男性が少ないからそもそも結婚が難しいのですね」

「えぇ、身分の低い家柄の娘は結婚できないこともあるのです」

「な、なんと。そこまでですか!あ。でも女性五人に対して男性は一人の割合だとお爺さまが言っていましたので、確かにそうなるかも知れませんね」

「そうなのです」


「でも、結婚できないのが当たり前となると、平民は子供が作れず、人口が減るばかりではありませんか?」

「えぇ、ですから平民でも商人では、妻が十人以上居ることは珍しくないそうです。それでも結婚できず、子が欲しい女性はお金を出して、子種を買うそうなのです」

「えーっ!そ、そんなことをしているのですか?」


 うーん。日本でも夫が男性不妊症の場合に匿名で精子を提供してもらって、人工授精することはあるけど、表立って精子を売るということはないよな。


「はい。私も詳しくは分からないのですが、その様な話を聞いています」

「なるほど。だからお爺さまは僕に出生率を上げて欲しい。男性が生まれ難い理由を見つけて欲しいと頼んだのですね」


暁月ぎょうげつさまは、あなたにそんな大変なことを託されたのですか?」

「まぁ、前世での専門分野ではあるのですけれどね。でも女性に触れられない環境では難しいかも知れませんね。お母さま。ネモフィラ王国へ行ったら女性からの協力をお願いして頂けないでしょうか?」


「それは勿論構いません。でも月夜見が女性に近付いたら、皆さん気絶するかも知れませんね」

「はぁ?気絶?何故ですか?」

「ですから、あなたが成長したらあまりにも美しいその姿に女性は皆、卒倒してしまうと思います」

「また、大袈裟な!」

「いいえ、絶対そうなります!私には分かります」

 お母さんは胸の前に両手を組んで必死の形相で訴えて来る。それがまた可愛いのだ。


「ふふふっ。ではその時はお母さまが僕を守ってください」

「えぇ、私、必ずあなたを守ります!」

 もう。可愛い人だなぁ。増々、母親として見られなくなってしまうよ。




 そしてある夜、前々から気になっていたことを質問してみた。

「お母さま。この世界の人の名前のことなのですが。お爺さまと僕、それにお姉さまたちの名前には皆、「月」が付いています。何故かお父さまには付いておらず、お母さまたちは全く違う名前です。どうしてそうなっているのでしょうか?」


「名前の「月」は神の一族にしか与えられません。特に男性の場合は一定以上の力がある者だけに「月」が付くのです。女性の子は皆、神の遣いである宮司になるので「月」が必須なのです。神の妻たちは一般の人間ですから、普通の名付けとなっているのですよ」


「そこなのですが。実は「月」が付く名前は僕の前世の国にもある名前なのです。しかも今話している言葉も同じなのです。ただお母さま達の名前は、僕の前世の国のものではなく、別の国にある名前なのですが」


「この世界と僕の前世の世界はやはり何か繋がりがあるとしか思えないのです」


「私が学校で習った歴史にはその様な別の世界の話はありませんでしたので、繋がりというものは分からないのですが・・・」

「そうですか。僕も学校へ行くのでしょうか?」

「そうですね。十歳になったら行けると思いますが、それだけ賢く、知識も持っているあなたには不要なのではないでしょうか。この屋敷の娘たちも行きませんし」


「まぁ、普通の勉強は不要ですが歴史は知りたいですね」

「それでしたら歴史だけ学びに学校へ通うこともできますし、私のお父さまから学ぶのも良いかも知れません。ですがその前に暁月ぎょうげつさまから学べると思いますが」

「そうでしたね」


「あぁ、話は戻りますが、お父さまはお爺さまから「月」を付けてもらえなかったのですか?」

「その様ですね。授かった力の強さの問題なのでしょう。でもこうして、その息子であるあなたが「月」の付く名を授かったのですから。玄兎さまも喜んでおられましたよ」

「そうですか、お父さまが気にされていないのでしたら良いのですが」


「あなたは優しいのですね。私のこともよく気遣ってくれるし」

「はい。勿論です。僕はお母さまを愛していますから。僕は前世で早くに母が居なくなってしまったので、今度はお母さまを大切にしたいのです」

「ま、まぁ!月夜見!私もあなたを愛しています。これが愛というものなのですね」


 そう言って、お母さんは僕を抱きしめてくれた。うーん、でもそれは親子愛だと思うよ。




 今日は午後の訓練を終え、昼寝の後にお母さんとニナと一緒に庭園に散歩に出た。

 庭園の端まで来ると、そこから下り坂になっており草原が続いている。そこにお母さんと二人で腰を下ろすと、ニナは一歩下がったところで立っている。


「お母さま、ニナは座ってはいけないのですか?」

「そうね。普通は侍女や使用人は立っているものですね」

「でも、ニナはまだ子供ではありませんか。一緒に座っても良いのではありませんか?」

「月夜見がそうさせたいの?」


「えぇ、女の子を立たせておく趣味はありませんので」

「月夜見は優しいのね・・・ニナ、こちらに来て一緒にお座りなさい」

「はい。アルメリアさま」

 少し赤い顔をしたニナが、小走りに近寄り、お母さんの隣に座った。


 すると一羽の野鳥が飛んで来て、目の前に降り立った。その鳥は僕のことをじっと見つめてくる。そしてたまに首をかしげる素振りをする。その鳥を見つめ返すと。


『なにか くれる?』

『ん?この鳥が話しているのかな?』

『おいしいもの ある?』

『い、いや、何も持っていないよ』

『なんだ』

 その鳥は飛び去って行った。


「今の鳥はどうしたというのでしょう?」

「いや。なにか美味しいものは持っていないか?と聞かれました」

「鳥と話したのですか?」

「えぇ、念話で話ができましたね」

「そ、それは凄いことですね・・・」


 お母さんとニナがドン引きしている。ニナはさっきまで赤かった顔が少し血の気が引いている様だ。言わない方が良かったのかな。でも前世でも動物と会話できる能力のある人って居たよね。テレビで観たことあるしな。


 すると今度は繁みの中からウサギが顔を出した。こちらの様子を伺っている。それに気付いてこちらもウサギを見ているとこちらに近付いて来た。おいおいまたか!ウサギなんて普通は人間を見たら逃げるだろうに。


『なんだか おもしろい』

『僕がかい?』

『なにか くれる?』

『いや、今は何も持っていないんだ。今度持って来るよ』

『そう』

 ぴょんぴょんと跳ねながら、また繁みの向こうへと消えて行った。


「またお話ししていたの?」

「うん。やっぱり、なにかくれる?って聞かれました」

「月夜見がお話しできることが分かるのね。では明日は何か食べ物を持って来ましょうか」

「そうですね」


 僕としても前世で一度は、獣医を目指したくらい動物は好きなのだ。翌日はニナに頼んでおいた、米、麦、葉っぱものの野菜や胡桃くるみを袋に詰めて庭園へとやって来た。


 お母さんとニナと三人で昨日と同じ場所に座り、空や繁みの中に視線を向けて集中して動物を探す様に見ていると、向こうでも僕を察知したのか、昨日のウサギかどうかは分からないけど、ウサギとリスが寄って来た。


『なにか くれるの?』

『今日は菜っ葉と胡桃があるよ。食べるかい?』

『くれるの?』


 ウサギは恐る恐る僕に寄って来ると僕の手の上の菜っ葉をくわえて、モグモグと食べ始めた。それを見ていたリスは胡桃が欲しい様で、順番に寄って来た。


『君は胡桃が良いのかな』

『くれるの?』

 そう言うと僕の手から器用に前足を使って胡桃を受け取って食べ始めた。


「可愛いわね」

「うん」

 お母さんもニナも笑顔になった。そんなことをしていたら鳥たちが数羽降りて来た。


『なにか くれるの?』

『あぁ、今日は米と麦があるよ。食べるかい?』

『くれるの?』

 てのひらに米と麦を乗せて突き出すと、我先にとついばんだ。


 気がつくと僕とお母さん、ニナの周りには、ウサギ、リス、タヌキ、イタチに野鳥がいっぱい集まって来た。


 皆、口々に何か話しているのだが、いっぱい居るからよく聞こえないし、人間みたいにはっきりしゃべらないから一対一で話さない限りは会話にもならない。


 でも、僕に対して警戒感はなく、ほのぼのとした時間が流れていて楽しかった。


「月夜見。こういう時間って良いわね。癒されると思いませんか」

「えぇ、そうですね」

 動物たちは食べ終わっても帰らず、何故か僕らの周りに座ったり寝そべったままくつろいでいた。鳥やリスなんかは僕の肩や頭の上に登って来るものもいた。


 僕はふと月を見上げた。巨大な二つの月がお互いに回転している様は、どうしても見慣れない。


「お母さま。前に月の物語を聞かせてくれましたね。あれは本当の話だと言っていましたが」

「えぇ、本当のことだと聞かされています。でも、千年以上も前のお話だそうですが」

「僕にも月を動かす程の力があるのでしょうか?」

「私には分かりません。暁月ぎょうげつさまであればお分かりになるのかも知れませんね」


「そうですね。お父さまの訓練が終わったら、お爺さまのところに行って訓練をすると言われていますので、その時に聞いてみます」

「もしあなたに・・・それ程の力があったらどうするのですか?」


「特にどうするとか、何かしたい訳ではありません。でも力が大きければどんな重い病気でも治療できると思うのです。それは嬉しいことです。できれば前世でその力が欲しかったのですが・・・」


 自分で言いながら落ち込んでしまった。何故だかあの月を見ていると心が沈んで行ってしまう様だ。

「月夜見・・・」


 お母さんは僕の表情から察すると、黙って僕を抱きしめてくれた。今日は色々と癒されるな。

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