4.お散歩デビュー
異世界の神の家に生まれて九か月が経った。
僕は既にハイハイはできるし、つかまり立ちから少しなら歩ける様になった。これは恐らく平均よりかなり成長が早いのではなかろうか。
毎日精力的に訓練を重ねたので、お父さんが教えてくれる能力は全てできる様になった。
念動力、空中浮遊、読心術、治癒能力の基礎。あと小さな火なら指先から出せる。大きなものは止められているので試していないが。
ただお父さんは治癒以外のことはできないそうで、お爺さんから聞いたことを言葉で伝えてくれているだけだし、僕が勝手にお父さんの心を読んで先回りしてできているだけだ。どうやら近くに居る人に集中すると考えていることが聞こえて来るみたいだ。
最近では、いつも一緒に居るお母さんの心の声が良く聞こえて来る。ほとんどは僕のことばかり考えている。お乳や離乳食のことに能力のこと。あとたまに、恐らく母国に居た時のことなのだろうが、乗馬をしている映像が浮かんで来る。
余程、乗馬が好きだったのではなかろうか。宮殿の窓から大陸や野原を眺めている時が多い。そんな時は遠い目をしていて、少し寂しそうだ。
そう言えば、お母さんは何歳なのだろう?お父さんの妻たちの中で一番若いのだろうとは思う。そうだ。考えてみれば確かに若い。僕は生まれた時からお母さんの年齢など考えもしなかった。
改めて見てみると・・・いや、若い!若過ぎる!
十代であるのは間違いない。いや十八歳にもなっていないのではなかろうか?
お父さん。これ犯罪ではないのか?
歩く練習も進み、ひとりで歩けるようになった。そろそろお母さんと話しても良いだろう。授乳の時間が終わって部屋に二人だけとなった時、僕は意を決してお母さんに話し掛けた。
「お母さま」
「え?今、月夜見が呼んだのですか?」
「はい」
「あなた、もうお話ができるのですか?」
「はい。できます。本当はもっと前からできたのですが、お母さまを驚かせるだけだと思ったので黙っていました。ごめんなさい」
「ま、まぁ!もうそんなにお話しできるのですね」
「えぇ。お爺さまから聞いていないと思いますが、僕には生まれる前の、前世の記憶があるのです。ですからお話しはできます」
「前世の記憶。ですか?それはどんな・・・」
「僕はこの世界ではない、別の世界で生きていました。二十五歳で死んだのです。そして何故かこの世界に生まれ変わったのです」
「二十五歳!わ、私より年上ではありませんか!私は十六歳なのですよ・・・」
お母さんはとても困惑した表情となった。
「あぁ、やはり。そんなに若かったのですね。この世界では何歳で成人となるのですか?」
「十五歳です」
「むむ。では成人してすぐに嫁いだのですね」
「えぇ、そうです」
「それでは寂しいですよね。母国に帰って乗馬がしたいのですね」
「え?な、何故、それを?」
「お母さまの考えていることは、たまに僕の頭の中に流れて来ていますから」
「ま、まぁ!そんなことが?それも能力なのですね」
「えぇ、その様です。でもお爺さまは僕と約束してくれています。僕が五歳になったら成人するまで、お母さまと一緒にお母さまの母国、ネモフィラ王国で暮らすことを」
「ほ、本当ですか?」
お母さんの顔が
「えぇ、本当です。僕もお母さまの母国で暮らすことが楽しみです」
「あぁ、月夜見!ありがとう!嬉しいわ」
そう言うときつく抱きしめられた。ちょっと嬉しい。
「お母さま。もしかしてお父さまのことがお嫌いですか?」
「え?い、いいえ。決してそんなことは御座いません。私は玄兎さまを尊敬しております」
「尊敬。ですか。尊敬はしていても愛してはいないのですね?」
「あ、愛ですか?それはどういう・・・」
「あぁ、愛も知らない年齢で嫁ぐことが決まってしまったのですね。それとも・・・もしかして、この世界に恋愛が無い。などということはあるのでしょうか?」
「恋愛?そ、それならば演劇の公演はいつでも恋愛が主題ですし、本でも読んでいるので知っています」
「そうなのですね。少し、安心しました。でもお母さまはまだ、恋愛も知らない内に政治的な決定で嫁に出された訳ですね?」
「確かに私の結婚はお父上がお決めになったことです。ですが玄兎さまは本当にお優しいし、大事にしてくれますので、嫌いなどということは御座いません」
「そうですか、酷い目にあっていないのであれば良かった。僕もお父さまを嫌いにならなくて済みますので」
「まぁ、月夜見は私の
「勿論です。こんなに美しく可愛い女性の味形にならない理由がありません」
「ま、まぁ!私が可愛いですって?」
「えぇ、とっても。月の物語を聞かせてくれた時など、身振り手振りを交えて一生懸命話してくれて、とても可愛かったのを覚えています」
「あの時のことを覚えているのですか?」
「はい。生まれてすぐに、初めての子で男の子を授かるなんて。と言ったのも覚えていますよ」
「ま、まぁ!なんということでしょう!」
お母さんは真っ赤になって両手を頬に当てている。やっぱり可愛い!
「前世で二十五歳だったということは何かお仕事をしていたのですよね。何をされていたのですか?」
「僕は医師だったのです」
「医師?」
「はい。人の病気を治す仕事です。この世界では宮司がするとお爺さまが言っていました」
「その世界では医師と言うのですね。それでそんなに賢いのですね!では、その知識とこの世界での能力であらゆる人の病気を癒せるのでしょうね」
「そうだと良いのですが」
「あ、あの・・・二十五歳で亡くなったのは早いですよね?何故亡くなったのか聞いても?」
「えぇ、私には恋人が居りました。その恋人が重い病に
「そ、そんなことが・・・ごめんなさい。
「正直言って、この世界に生まれ変わって驚きました。新しい人生を始める覚悟などできている訳がないのですから」
「あぁ、それでなのですね。あなたがいつも窓辺で月を眺めているのを見ていました。その姿があまりにも悲しそうで・・・」
「え?そ、そんなに悲壮感が顔に出ていましたか?」
「はい。赤子なのにとても不思議な雰囲気を持った子だなと・・・」
「心配させて申し訳ありません」
「あなたの心の傷が私に癒せるかは分かりませんが、私にできることならばなんでもしますので言ってください・・・そうだわ!今日から一緒に寝ましょう!」
「え?あ、ありがとうございます。あの。お願いがあるのですが、屋敷の外にでてみたいのです。庭とかその辺にでるだけで良いのですが」
「そうですね。もう歩けるのですから。散歩に行きましょうか」
お母さんと散歩に出られることとなった。長い廊下を何度も曲がり、屋敷の広さを知った。屋敷の中ではお母さんに抱っこされ、外に出てから手を繋いで庭を散歩した。
庭園には様々な花が咲いていた。なんて美しい景色だろう。ここは天国か?まぁ、神さまの住む宮殿なのだし、空に浮いているのだからな。ある意味、天国と言っても差し支えはあるまい。
「お母さま、ここの景色は美しいですね。お母さまの母国とどちらが美しいですか?」
「私の国も美しいですよ。ここも美しいですけれど」
「お母さまの国でもあの双子の月は見えるのですか?」
「えぇ、ここからは北に遠く離れていますが、月は見えます」
「あぁ、やはり北国出身だったのですね」
「何故、私が北国出身と分かったのですか?」
「お母さまのその透き通る様な美しい白い肌に髪の色素の薄さを見れば想像できますよ」
「凄いのですね。それは医師の知識ですか?」
「そうなりますね」
「でも、月夜見も私と同じ髪と瞳の色をしていますよ。肌も白いです」
「あぁ、僕はお母さまに似たのですか。部屋に鏡がないので自分の姿が分からなかったのです。お父さまとどちらに似ているのかなと考えていました」
「えぇ、私に似ていると思います。私が言うと照れてしまいますが、大変な美男子ですよ」
お母さんはそう言うと、ほんのりと頬を赤らめた。
その時、空を
「きゃーっ!」
振り返ったが誰が叫んだのか分からなかった。屋敷の窓辺にも人の姿は見えない。
しばらくすると、僕らが屋敷から出て来たところから、わらわらと女の子が大勢走り出て来た。
あまりの勢いで迫って来るのに驚いて、お母さんの手を握ったまま、空中へ逃げる様に浮かび上がり、彼女たちの突進を
「つ、月夜見!空に浮いていますよ!そんなに驚かなくても彼女たちはあなたの姉です!」
お母さんは震えながら言った。あーいかん。びっくりして力が発動してしまった。
姉たちは一様に驚いた顔をして僕らを見上げていた。まだ小さな子は何が起こっているのか理解できずにポカンと口を開けていた。その後ろから七人の母たちもぞろぞろと出て来た。
僕はお母さんの手を握ったままゆっくりと降りて行き、着地した。
「まぁ!アルメリア!月夜見さまはもう、そんなに能力を発揮されているのですね」
「マリー姉さま。ひとりで歩ける様になったので、初めて散歩に出たのですが、皆の突進に驚いて逃げた様です。私ごと浮かび上がるとは思っていませんでしたが」
「大変な力をお持ちの様ですわね」
お母さんの実の姉、マリー母さまが第一夫人として仕切り役の様だ。
「さぁ、娘たち。月夜見さまにご挨拶をなさい」
ひとりずつ前に出ると、スカートをつまみ上げ、軽く会釈して挨拶を始めた。
「マリー母さまの娘、
「同じく、マリー母さまの娘、
「シルヴィア母さまの娘、
「同じく、
「ジュリア母さまの娘、
「同じく、
「シャーロット母さまの娘、
「同じく、
「オリヴィア母さまの娘、
「
「メリナ母さまの娘、
「
「ルチア母さまの娘、
「
うわぁ、十四姉妹。一気に名乗られても・・・しかも、皆、お父さん似の様で全員金髪で青い瞳。顔もかなり似ている。これでは見分けがつかないよ!
「月夜見。あなたも自己紹介しなさい」
お母さんはドン引きしている僕の背中にトンと触れ、挨拶を促した。
「お姉さま、初めまして。アルメリア母さまの息子、月夜見です」
正式な挨拶の仕方を知らなかったので、名乗るだけで軽く会釈をした。
一瞬、そこに居る全員が固まった。そして次の瞬間。
「キャー、あんなに小さいのに挨拶したわ!」
「まぁ!なんて可愛いのかしら!お人形みたい!」
「アルメリア母さまに似たのね。なんて美しい髪なのでしょう」
「本当に男の子なの?女の子みたいね」
「声が可愛いわ!」
皆、思ったことを全て口に出さないと気が済まないらしい。しばらくは興奮状態が続いた。
「それにしても、生後九か月でそんなにしっかりと話せて、能力も使いこなしているなんて。本当に驚きました。他にも何か能力を見せては頂けませんか?」
第二夫人だったか、シルヴィア母さまに頼まれてしまった。
「念動力ならば簡単にお見せできます」
僕はそう言って、そこに居る全員を一斉に浮かせた。ゆっくりと持ち上げて一メートルくらいの高さになったら、そのまま三百六十度回転木馬の様に回してからゆっくりと降ろした。
また、キャーとか叫ぶのかと身構えていたが、皆、想像以上のことだったのか固まった。
「す、凄いわ!」
「素晴らしい弟ができたのね!」
「今夜、私と一緒に寝ましょう!」
何か変な言葉も混じっていた様だが皆、大喜びで、その後もみくちゃにされてしまった。
今日の散歩デビューは大賑わいの内に幕を閉じたのだった。
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