3.双子の月
生後六か月となった。もう寝返りもできるし、座ることもできる様になった。
実はもう話すこともできる。部屋に誰も居なくなった時に試しに発声してみたのだ。
「あー、あー、あいうえおあお。なんてね。もう話せるな」
でも、通常の赤子の成長ではあり得ないし、家族を驚かすだけなので話せないふりをしておくことに決めた。
お母さんは自分の話すことは僕が理解できていると思っているので、色々なことを話してくれた。お陰さまで大分この世界の知識を収集することができた。
それよりも驚いたことが二つあった。ひとつはこの月の都が空に浮かんでいるという事実。お母さんが僕を抱いて宮殿の二階の窓から外を見せてくれた。僕は思わず「うわぁー」と声を出してしまったのだ。お母さんも驚いていた。
「
とりあえず、誤魔化すためにもそれ以上は声を出さずに、ただ外の眺めを見ていた。
その眺めが
別の窓から見ると、この空に浮かぶ大地には山もあるし、森もある。平野に畑。川や大きな池もあった。島というには大き過ぎる。それが空に浮かんでいるのだ。まぁ、神の住まう月の都と呼ばれる地なのだからな。大きくて当たり前なのかな。
そもそも地球とは別の世界なのだから、こんなこともあるのだ。と無理矢理に納得するしかなかった。それとあの山の
もうひとつはこの世界の月だ。二つの月がある。それだけならば地球のある太陽系にも衛星を複数持つ惑星があるので何も不思議ではない。
だが、ここの月は二つの月がお互いにゆっくりと回りながら浮かんでいる。いわゆる双子の月だ。しかもその一方の月には土星の様な輪があるのだ。
驚くのはそれだけではない。二つの月が大きいのだ。初めて見た時は圧迫感を感じる程に大きい。地球で見る月の十倍どころではない。千倍かそれ以上。
どうしてあんなに大きいのに落ちて来ないのか理解に苦しむくらいだ。もう、ずっと目を離せずにいる。いつまででも見ていられる。それはそれは美しく、幻想的な姿なのだ。
そして何か懐かしいという感覚があり、かつ、どこかで見たことがある様な気がするのだ。
僕が余りにも興味深げにいつまでも見つめているものだから、お母さんが僕を抱きながら昔話の童話の様なお話を聞かせてくれた。
「むかしむかし、この星には三つの月が浮かんでいました。ある時神さまは、三つも月が浮かんでいると夜空が
「私の持つ力を使って、二つの月を衝突させて弾き飛ばしてしまえば良いのだ。そう言って、大きな力で二つの月をぶつけたら・・・ドーン!」
お母さんはなかなかの役者だ。身振り手振りの演技も入れて語ってくれる。思わず、顔を見上げてしまう。美人だけどなにか可愛いところのある人だ。
「ぶつかった時、ひとつの月は粉々に砕け散り、この星に降り注いで沢山の町や森が焼かれ失われました。もうひとつの月も大きく
「そしてその衝突により、残った二つの月の軌道が変わり、二つの月は近付いてお互いに引き付け合って今の双子月となりました」
「おぉ!私の身勝手で沢山の町や森。民を失ってしまった。と神さまは反省し、もう二度と月を減らそうとはしませんでした・・・おしまい」
「おーおー」
僕は
「月夜見。この月のお話は本当のことなのよ。真の力を持った神は月をも動かせるそうなの。あなたは
「もしかしたら、月を動かすくらいの力があるのかも知れません。どうか正しい使い方をしてくださいね」
「うーうー」
僕は真面目そうな顔を作ってお母さんの手の指を握って答えた。
それにしても今の話が本当だとすればとんでもないことだな。お爺さんは確かに重い物を持ち上げたり飛ばしたりできる。と言っていた。あとは力の量次第でどれだけの質量の物を動かせるか、飛ばせるかが変わって来るのだろうな。それにしても月を動かすのは流石に
では、どうやって物を動かすのだろうか。手を触れずに。ということだよな。
僕は部屋の片隅にある花台の花瓶を見つけると、花瓶の
どうしたら浮かせられるのだろう?まさか頭の中で思い浮かべるだけだったりして!
僕は薔薇の花の中から一本を決めると、じっと集中して見つめ、薔薇が空中に浮かび上がる映像を頭に思い浮かべてみた。
すると思った通りに薔薇の花が一本、花瓶からすぅーっと抜かれる様に浮かび上がった。僕はそのまま、お母さんの方へ向いて行くと薔薇の花はお母さんのところへふわふわと空中を浮遊して移動して行く。
お母さんはその一部始終を見ていて、薔薇の花が自分に近付いて来ると両手を口に当て目を丸くした。そのままお母さんの胸の前で移動を止めると、お母さんは僕の顔を見てにこりと微笑んで薔薇の花を両手で包む様に受け取った。
「月夜見。ありがとう!」
僕は笑顔を返した。
「ニナ!今のを見ましたか!」
「はい!アルメリアさま。月夜見さまは生後六か月でお力を発揮されたのですね!」
「ニナ。私は月夜見を連れて玄兎さまへお知らせして来ます!」
「はい。玄兎さまもお喜びになると思います」
お母さんに抱かれ、お父さんの部屋へと早足で連れて行かれた。
「玄兎さま!失礼致します」
「うむ。アルメリアよ。慌ててどうした?」
「月夜見が、初めて力を使いました。この薔薇の花を花瓶から私の元へ宙を飛ばして送ったのです!」
「おぉ!それは
「はい。月夜見はまだ生後六か月ですのに」
「これは父上のおっしゃる通り、大変な力を授かっているのだな」
「えぇ、その様です」
「月夜見。お前は本当に凄いな。あぁ、アルメリア。月夜見はこちらの話すことを聞いて理解しているとのことだったな?」
「はい。そうだと思います。先程も月の物語を話して聞かせていたら、返事をして喜んでいましたから」
「そうか。では月夜見。力の使い方を教えよう。よければ首を縦に振りなさい」
僕はうん。と
「うむ。やはり分かっていたのだな」
そして、お父さんによる力の使い方の訓練が始まった。
まだ、生後六か月なので、軽い物を浮かべたり動かしたりする訓練からだ。やはり、頭の中でどれだけ鮮明に想像できるかが大切らしい。あとは持っている力の量で動かせる質量が変わるのだ。
思った通りだ。でも力を使うと眠くなる。やはり体力を消耗する様だ。三十分もやっていたら、うとうとと眠くなって来てしまった。
「玄兎さま、月夜見はもう疲れて眠くなっている様です。今日はこの辺に致しませんか?」
「おぉ!そうだな。まだ生まれて六か月なのだからな。それにしても大したものだ」
部屋に戻りながらお母さんが僕に聞いてくれた。
「月夜見。急に訓練が始まってしまいましたが大丈夫ですか?」
僕はお母さんの目を見てから、うん。と頷く。
「月夜見は早く力を使える様になりたいのかしら?」
同じ様に頷いて見せた。
「そう。月夜見が望むなら良いのです」
部屋に戻ってベッドに寝かされるとそのまま、すっと眠りに落ちた。
それからは毎日午前と午後の二回、三十分程度訓練をする時間ができた。同じことを丁寧に繰り返し行うことで正確性を高めるそうだ。そして少しずつ負荷を大きくして行った。毎日できることが増え、力も大きくなって来る手応えがあり、訓練は楽しかった。
まだ、たまにだが、お父さんが考えていることが分かる時があった。次はあれをやらせてみようとか、これはどう教えるのが良いかなど、頭の中で考えている言葉が聞き取れてしまうのだ。
そう言えば、この力というものは、地球では超能力と呼ばれていたものだということに気がついた。初めは魔法なのかな?と思っていたので自分にできる訳がないと思っていたが、一度、地球にもあるものだと考えたら、そこからは何か気軽になって、なんでもできる様な気になっていた。
地球で聞いたことがある超能力ってどんなものがあったかな?僕が初めにやったのは、念力とか
その他、
変わったものだとサイコメトリーとかね。確か死者や物から思念を読み取るのだよな。どこまで本当にできるのかは分からないけれど、本当にできたら面白いよね。
あ!空中浮遊ができれば、まだ立つこともできないけど好きな場所に行けるな。ちょっとやってみようかな・・・身体が宙に浮かぶ想像ができれば良い訳だよな。
自分の身体が宙に浮かぶ映像を頭に思い浮かべてみる。するとゆっくり身体がベッドから浮かび上がる。落ちたら痛いから少しずつゆっくりと上げて行く。ベッドの柵を超えたらすぐに床の近くまで降りて窓際までは床ギリギリの高さを超低空飛行する。
窓の下まで来たらまた高度を上げて行き、ゴールの窓枠に座った。到着!できたできた!これからは歩けなくとも好きなところへ移動できるな。
しばらく窓枠に座って月を眺めていた。どれだけ見ていても飽きることがない。本当に美しいものだ。今日じっくり見ていて気がついたのだが、双子月の一方の月の輪は虹色の様に薄っすらと色がついて見える。ゆらゆらとオーロラの様に色が変化している様だ。
きっと光の屈折のせいなのだろうな。などとひとり悦に入っていたところ、
「月夜見!あなた、どうしてそこに!」
あ。まずい。お母さんが戻って来てしまった。どうしよう。まだ口で説明する訳にはいかないよな。仕方ない。
覚悟を決めて来た時と同じ様に空中浮遊をしてベッドまで戻った。
お母さんは口に手を当てたお馴染みのポーズで驚いていた。
「なんてことなの・・・」
そう呟くと、そのまま部屋を出て行ってしまった。恐らくお父さんに報告に行ったのだろう。しばらくして二人は侍女も伴って戻って来た。
「月夜見。お前、空中浮遊ができる様になったというのは本当か?」
僕はうん。と頷いた。
「な、なに!ちょ、ちょっと見せてみなさい」
お父さんがそう言うので、その場で天井近くまで浮かんでゆっくりと戻ってきた。
「て、天才だ!」
「なんということでしょう!」
お父さんもお母さんも目が点になっている。侍女たちは顔面蒼白だ。両手を胸の前で強く握りしめている。
まぁ、怒られないなら良いかな。
「月夜見。今後は誰か人が居るところで力を使ってくれないか。まだ力を使い始めたところなのだから失敗して怪我をするかも知れないからね」
僕はお父さんの目を見て、うん。と頷いた。
「ニナたちもなるべく、月夜見から離れない様にしてくれるか」
「かしこまりました。誰かひとりは必ず付いている様に致します」
あぁ、これからは監視付きになっちゃうのか。あまり派手なことはできなくなるかな。それなら毎日の訓練の時にお父さんの前でやってしまえば良いよね。そうしよう。
僕は超能力の訓練を本格的に開始したのだった。
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