2.神の一家

 生後二週間が経ち、お爺さんが再び僕の前に現れた。


 お爺さんはひとりでやって来てベッドのすぐ横に座っている。巫女たちも人払いをされ、この部屋には二人だけだ。


月夜見つくよみよ。どうだ。落ち着いたか?』

 好々爺こうこうやの様に優しい笑みを浮かべながら念話で話し掛けて来る。


 お爺さんは、お父さんの親であるだけにその姿は似ている。百九十センチメートル以上の身長に細身の体躯たいく。金髪に青い瞳だ。でもお父さんより眼光は鋭い。厳しそうな雰囲気もある。


『はい。家族構成は大体、分かって来ました』

 僕はベッドに寝たまま、目だけをお爺さんに向けている。


玄兎げんとには妻が八人も居るのにもう分かったのか!』

『えぇ、なんとなく』

『月夜見は前世で何年生きたのかな?』

『はい。二十五歳まで生きました』


『二十五歳?また随分と若くして死んだのだな。病気か?』

『いいえ。言いにくいことなのですが。病気で亡くなった恋人を追って自殺したのです』

『なんと!自殺とな!ふむ・・・』

 お爺さんは少しだけ表情を曇らせた。やはりこんなことは言うべきではなかったかな?


『やはり、良くないことですよね。自殺は』

『いや、そういうことではないだろう。自殺するに足る事情があってのことなのだろうからな。それにこことは世界が違うのだからな・・・ただ、この世界では自殺をする者はほとんど居ないだろう。だから他人に話しても理解はされないであろうな』


『この世界には自殺者は居ないのですか!どうしてでしょう?』

『そもそも人間の出生数が少ないのだ。生まれるだけで奇跡なのだよ。特に男はな。折角生まれたのに自ら死のうと考える者は居らぬよ』


『え?男が少ないのですか?前の世界では人口は確か七十億人以上居ましたが、男女比はほぼ同じでした』

『な、なに?七十億人だと!この世界では全人口で五十万人しか居ないのだ。更にその内、女性五人対して男性は一人の割合しか居らんのだぞ!』


『えーっ!そんなに人口が少なくて、更に男性はそれしか居ないのですか!あぁ、だから一夫多妻制なのですね』

『そうじゃよ。月夜見は本当に賢いな。前世で仕事は何をしておったのかな?』

『医師です』


『医師とは何だ?』

『この世界に医師は居ないのですか?医師とは人間の病気を治す仕事をする人のことです』

『あぁ、その仕事はこの世界では宮司がになっておるよ』

『宮司?神社にいる人ですか?』


『そうだ。神宮という。そこは人々の病気を治す場所だ』

『そうなのですか』

『そうか!月夜見は医師だったのだな!それはまた、道理で賢い訳だな』

 お爺さんの笑顔が更に大きくなり、うなずいている。


『月夜見よ。其方そなたに頼みがある。聞いてくれるか?』

『僕にできることでしたら』

『この世界で何故、子が多く生まれないのか、特に男が少ないのかを解き明かして欲しい』

『確かに前世では婦人科と産科の医師でしたから、子ができる仕組みは知っています。男女の産み分けも分かりますが』


『おぉ!そうか!やはり月夜見がこの世界の救世主となるのだな!』

『きゅ、救世主!ですか?この僕が?僕は前世で自殺をし、人生から逃げた人間です。そんな大それた立場に立てる人間ではないと思うのですが・・・』


『月夜見は前世で自殺する程のつらい経験をした。その様な経験は誰もがするものではない。では今世に生まれ変わってなお、前世の辛い記憶を持ち続ける意味を月夜見は考えたか?』

『それは・・・人生から逃げた自分への罰なのかなと考えていました』


『それは違うと思うぞ。人間は自分の置かれた立場や自分が得た知識や経験はよく理解している。だが、他人の立場や知識、経験には理解が及ばないものであろう?』


『人を正しく導くためには様々なものの見方ができなければならない。月夜見には辛く不幸な記憶がある。それならば同じ様に辛い状況にある者の気持ちをおもんぱかることができるのではないかな?』

『前世の自分と同じ様に不幸な状況にある人々に気付いて、すくい取れる様に。という意味でしょか?』


『うむ。そうだな。なにも全ての人間を救い、導けとは言っておらんよ。月夜見のこれからの人生で学んで行けば良いだろう』

『はい。少しだけ分かった様な気がします』


『あぁ、そうだ。まだ話しておらなかったな。月夜見よ。其方そなたは神の一家に生まれたのだ』

『神?神とはいわゆる人間が信仰する神さまのことでしょうか?』

『その通りだ。月夜見は神の一家の跡取り息子なのだよ』

『待ってください!神さまの一家?では僕は人間ではないのですか?』


 お爺さんは笑顔のまま飄々ひょうひょうと語り続ける。

『いや。人間じゃよ。私も玄兎もな。そして月夜見もだ。ただ、普通の人間が持っていない力を持っているというだけだ。転んで怪我をすれば血も流れるし、剣で心臓を突かれれば死ぬ。ただ、病気で死ぬことはほとんどないがな』

『は、はあ・・・では力とは、どの様なものなのでしょうか?』


『そうだな。例えばだ。重い物を空中へ浮かべる。遠くへ飛ばす。雲を集めて雨を降らせる。こうして力を持つ者同士で念話をする。相手の考えを読む。未来を予知する。あとは瞬間移動もできるし、人の病気を治すこともできる』

『それらのことは普通の人間にはできないのですか?』


『できぬな。あぁ、月夜見の父親の玄兎は残念なことに力が弱くてな。治癒の力しかないのだ。あと妻たちは皆、普通の人間だ。ただし私や玄兎、月夜見の子供であれば女子おなごでも治癒の力だけは持つのだよ』

『では、僕の十四人の姉たちは病気の治療ができるのですね』

『そうだ。成人したら各国の神宮へ派遣され、宮司となって人々の病気の治療を役目とするのだ』


『神宮?ですか。ではここはなんと呼ばれている場所ですか?』

『ここは月の都にある月宮殿と呼ばれている。ただの屋敷だがな』

『宮殿?でもここでは衛兵や騎士の姿を見掛けないのですが、警備は必要ないのですか?』

『神の宮殿を襲おうというやからなど居らんよ。まぁ、居たとしても私の未来予知で気付くし、襲われても撃退できてしまうのでな。不要なのだ』


『そうなのですね。分かりました。では私の仕事は人間の出生率を上げることだけですか?』

『まずはな。それとこの力を継ぐ男の子を作ることも必須じゃ。だが、これは追々で良い』


『ところで僕の力の強さとは、どの程度あるのでしょうか?』

『うん。まずはこの念話ができるということだけでもかなりの力があることが分かる。あとは追々、玄兎や私が教えていくので、できることの大きさや強さで力の量が分かるだろう』


『分かりました。では、この世界の人間は何をもって我々家族を神として信仰しているのでしょう?』

『そうだな。月夜見の前の世界でも神と呼ばれるものは大抵、人間だったのではないか?』

『・・・そうですね・・・そう言われると確かに超人的な力を持った人間や戦争の英雄をたてまつることが多かった気がします』


『同じだよ。この世界でも少し人と違う力を示しただけであがたてまつられるのだ』

『では、特に神としての振舞いや姿形にはこだわる必要はないのでしょうか?』

『そうだな。普段は普通の人間と同じ様に振舞っても良いと思うぞ』

『それを聞いて少し安心しました。ところで神の一家と各国との関係性はどうなっているのですか?戦争をする国もあるのでしょうか?』


『昔から戦争はあるな。領土や資源を奪い合うのだ。これも人間であれば普通の欲だからな』

『でもこの世界は女性が圧倒的に多いのですよね。女性の戦士が戦うのですか?』

『勿論だ。基本的に男は戦場には出ないのだよ。集中的に狙われて、戦利品としてさらわれ、種馬にされてしまうからな』

『なんとも言えない、不思議な感じですね』


『だが私の代からは戦争は起こっていない。私がめさせたからな』

『どの様な力を使って戦争をめたのですか?』

『神は人間に光を供給しておる。戦争をする国には、光の供給をめて使わせない。と言ったのだ。まぁ、おどしという力だな』


『光を供給。ですか?光とはどんなものなのでしょう?』

『船などを動かす乗り物の原動力。街灯や家の灯りの光もそうだな。他にも光で動かす機械や装置は沢山あるのでな。これを止められたら人間はまともに暮らせなくなるのだ』


『この世界の光とは、僕の前の世界の電気というものと同じかも知れませんね。その光はどうやって作っているのでしょうか?』

『作り方は私にも分からんのだ。大昔。この世界が創られた時に一緒に作られた装置らしいのでな。壊れることなく光を供給し続けているのだ』


『人間が長年研究して光の使い方はかなり分かる様になったのだが、光の源の装置については誰も分からないのだ。そうだ、月夜見の前世の知識なら分かるかも知れないな』

『そうですか、僕は医師なので技術系のことにはうといのですが、一度見てみたいですね』

『ふむ。まぁ、誰でも得意、不得意はあるものだからな。分からなくても気にするな』


『そう言えば、この屋敷も夜にはあかりが点きますね。これも光によるものなのですね』

『そうだ』

『では、その光を各国に供給する代わりに何か対価はもらっているのでしょうか?』

『うむ。各国の光の使用量に応じて税を徴収しておる』


『それは各国の神宮の運営費やそこで働く者たちのかての分だけですか?それともかなり多めに徴収しているのでしょうか?』

『この月の都の歳費は含めておるが、今はそれ程余計には徴収してはおらんな』

『では、ほとんどの国では、光を供給し、民の病気の治療をしてくれる神をうやまっていて各国との関係性は良好。ということなのですね』

『うむ。そう思っておるよ』


『はい。よく分かりました。あ。そうだ。私の前世の記憶のことや力のことは、今はお爺さましか知らないのですが、今後もお父さまやお母さまにも話さない方が良いのでしょうか?』


『いや、この一家の者には話しても良い。ただ、下界の人間に話す場合は、よく考えてからにするのだぞ』

『はい。分かりました』


『では、簡単な力の使い方は玄兎から月夜見に教える。玄兎から教えられることがなくなったら私のところへ来させる様に言っておく。五歳になるまでに全ての力が使える様に習得するのだ』

『え?五歳までにですか?それは期間が少ないのではないでしょうか?』

『いや、月夜見ならばできるとみておるよ』


『力の使い方の習得を急ぐ理由は何かあるのでしょうか?』

『うむ。月夜見の心の問題だな。お主には前世での自殺の経験がある。自殺をするということは想像を絶する苦しみや悲しみがあったということだろう』


『月夜見が生まれた日、私が初めてお主を見た時、心が闇に覆われているのを見たのだ。それは早い内に少しでも良いから癒さなければならない』

『心を癒す・・・』


『うむ。心の問題は第三者がいくら言葉で癒そうとしても本人が自ら立ち直ろうとしない限りは効果がないものだからな。この月の都は広いが外の人間界から見れば閉じ込められているのと同じだ』


『月夜見は少なくとも五歳から成人するまでは、月夜見の母の母国であるネモフィラ王国でアルメリアと暮らすのが良いと思う』

『お母さまと?』


『そこで同じ年齢の人間たちと暮らすのだ。しかし力の使い方は玄兎と私しか教えることができぬのでな。だから少々急いでも五歳までに習得させたいのだ。まぁ、月夜見ならば問題なくできるはずだ』


『お爺さま、僕のためにそこまでお考え頂き、ありがとうございます。心から感謝致します』

『ふむ。赤子にそこまで丁寧に感謝されると変な気持ちがするものだな。ではしっかりと学ぶのだぞ』

 お爺さんはそう言って、微笑みながら帰って行った。


 この世界のこと、少し分かったけど前世の世界とはかなり違う世界の様だ。女性の多い世界。少し考えただけでも色々と特殊なことが多いのだろう。


 そうだな。まずは五歳までに力の使い方とやらを習得することに集中しよう。人口問題はまだ先のことだろうしな。


 お爺さんと入れ代わりにお母さんが入って来た。お母さんは僕に乳をふくませながら話した。

「月夜見。あなた随分長いこと暁月ぎょうげつさまとお話ししていましたね。何を話していたのかしら。私とはお話しできないのにね。あら?でも私の話は聞いているのかしら?」


 乳をふくみながら母の顔を目で見上げた。まだ声は出せないからなぁ・・・

「まぁ、私の呼び掛けに目で応えたわ!」

 あれ?なんとなくこちらの意思は伝わったかな?やはりお母さんとは意思疎通しやすいのかもな。


 それにしてもこの美しい人が自分の母とは思えないな。この人に抱かれているとなんだか胸の奥がざわざわする。そんなとりとめのないことを考えながら母の美しい顔を見上げていると眠気が襲ってきた。


 今日は色々と考えて疲れてしまった。そうして母に抱かれたまま眠りに落ちた。

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