第一章 異世界への転生

1.転生

 身体中の痛み。頭痛に至っては今までに経験したことのない痛みで目が覚めた。


 痛みに耐えかね思わず泣き出してしまう。

「オギャーオギャー」


 ん?この泣き声は何?僕が泣いているのか?え?・・・うん。やっぱり僕だ!あれ?僕は生きているのか?いや、致死量を計算した薬を飲んだのだ。死んだはずだ・・・


 もしかして死に切れずに身体が麻痺まひしているのかも。頭が動かせないし、目も霞んでいる。


 すると突然、身体が抱き上げられた。え?そんな!大の大人を軽々と持ち上げるって?


「アルメリアさま、おめでとうございます!男の子です!」

「あぁ、初めて授かった子が男の子だなんて!」

「十五人目のお子さまで初めて授かった男の子です。玄兎げんとさまもさぞやお喜びのことでしょう」


 あれ?もしかして僕は、生まれ変わったということなのか?んん?しかしアルメリアさま?この銀髪で青い目の女性がお母さんなの?そして十五人目の子供?でも、お母さんは初めての子だって言っていたよ?


 玄兎げんとさまという人はお父さんかな?ということはお母さん以外にも奥さんが居るのか。この国は一夫多妻制ってこと?では日本ではないのかな・・・いや、さっきは日本語を話していたぞ?一体、どういうことなのだ。


 いやいや、ちょっと待て。そこじゃないだろう。変だな。生まれ変わったのだとしても前世の記憶がはっきりとあるぞ!どうしてだ?


 まだすっきりしない頭で考えを巡らせてみる。


 あ!もしかして自殺したからなのでは?人生を半ばで投げ出して逃げた罰なのかも知れないな・・・


 そうか。これからこの記憶を持ったまま生きて行かなければならないのか・・・


 あれ?舞依はどうしたのだろうか?自分と同じ日に死んだのだ。僕が転生しているのだから、同時に舞依も転生しているのではないだろうか?


 そうだとしたら、僕と同じ様に戸惑っていることだろう。すぐに舞依のところへ駆け付けてやりたい!


 あぁ・・・でも僕は赤ん坊だ。身動きが取れない。舞依だって同じだろう。そして日本語を話しているのになにか違う世界であることに驚いているのではないだろうか。


 あ!でもそれは前世の記憶があればという話か。舞依は僕と違って自殺した訳ではない。病死したのだから人生はまっとうしているのだ。そもそも僕と同じところへ転生することなどないのかな。


 普通に地球のとある国か、再び日本に転生しているのかも知れない。その方が幸せか。

 まぁ、万が一、この世界に転生していても姿形が変わっているから会えたとしてもお互いに相手に気がつかないか・・・


 あぁ・・・なんてことだ・・・


 そう考えていると途端にむなしさにおおわれた。舞依を失い、生きる気力も何もかもなくなって自殺したのに。


 何故、自分はのうのうと生まれ変わっているのだ。自分はこれからどうしたら良いのだろう?やはり自殺をした罰を受けるのだろうか。自分はこの世界で生きて行けるのだろうか。


 生まれたばかりの小さな身体の中で碧井正道あおいまさみちの二十五歳の心は、暗闇にとらわれ落ちて行った。




 やっと身体の痛みが和らいで来た。そうすると医者の性分しょうぶんなのか見えるものから推測と分析を始めてしまう。


 身体をきれいにしてもらっているとその部屋に居る人たちが見えて来た。女性しか居ないのだが、その衣装には見覚えがある。白衣の上着に緋袴ひばかま姿で神社の巫女さんみたいなのだ。その上に割ぽう着の様なものを着ている。ここってやっぱり日本なのかな?


 でも金髪で青い瞳の可愛い女の子も居るぞ・・・うん?そう女の子だ。大人ではない。子供が働いているということか?ここは一体、なんなんだ!混乱するな。


 そうこうしているとその可愛い女の子に抱き上げられた。あぁ、なんだかとても安心するな・・・女の子の顔をまじまじと見つめてしまう。女の子も僕と目が合い、にっこりと微笑む。うわーっ!何て可愛い娘なんだろう。


 そして別の部屋へと連れて行かれた。途中、天井や壁、柱くらいしか見えなかったが、建物はやはり神社やお寺の造りと同じ様に見受けられた。


 部屋に入ってベビーベッドらしきところへ寝かされると、わさわさと人が集まり、ベビーベッドの周りをぐるりと囲まれた。総勢十名だ。


 六十歳台位の男女ひとりずつと三十か四十歳台の男性ひとり、他は二十歳から三十歳台位に見える女性が七人だった。


 十人全ての人が今まで見たことのない衣装を着ていた。自然な素材、風合いで無駄な装飾が一切なかった。女性の衣装は天女の衣って感じだ。


 すると一番近い位置に立つ六十歳台位の男性にじっと見つめられていることに気付いた。その圧が気になり、僕もその人を見つめ返した。


『私の声が聞こえるか?』

『ん?頭の中に声が響いたぞ?』

『お主、私の声が聞こえるのだな!』

『え?あなたは何方どなたさまでしょうか?』

『私はお主の祖父だ』

『お、お爺ちゃんですか』


『お主は別の世界で生き、この世界に生まれ変わった様だな。その世界では祖父をその様に呼ぶのだな』

『い、いえ、祖父とも言いますよ。日本語ですよね?』

『日本語?その名は知らないな』

『やはりここは、日本ではないのですね?』


『ふむ。お主は賢いな』

『え?あ、はい。ありがとうございます』

『うむ。また落ち着いた頃にゆっくりと話そう』

『あ。ちょっと待ってください。ここは日本ではないのですよね?ここは何という国なのですか?』

『おぉ、そうか。ここはな、月光照國げっこうしょうこくというところだ』


 月光照國?そんな国は地球にはないぞ。地球ではない星に生まれ変わるなんてことがあるのか!


 気がつくと周りの人たちで和気あいあいと会話が盛り上がっていた。


 話を聞いているとやはり、六十歳台位の男女は祖父と祖母で、三、四十台の男性が父の玄兎げんとって人の様だ。そしてその他七人の女性が父の妻たちらしい。兎に角、皆の喜びようは大変なものだった。そんなに男の子はできないものなのだろうか?


玄兎げんとよ。素晴らしい子を授かったな。この子は賢い子だ。それに何より、私よりも強い力を持つだろう」

「父上、それは本当で御座いますか!」

「うむ。この子の名は「月夜見つくよみ」としようぞ」

「素晴らしき名を頂き、ありがとうございます」

「月夜見さま!」

「月夜見さま。素敵なお名前!」


 何?つくよみだって?それはまた、日本で聞いたことがある様な、ない様な不思議な名前だな・・・


 家族はまだ盛り上がっている様だが、こちらはまだ生まれたばかり。早速睡魔が襲って来てしまい、名前のことは気になったがそのまま眠りに落ちてしまった。




 生後数日が経過した。普通の赤子であれば、お腹が空いた、おむつが汚れただの眠いだの全ての要求は泣いて知らせるものだろう。だが僕の精神年齢は二十五歳だ。そうそう泣きはしないし我慢もできる。


 どうしたものかと考えていたが、幸いなことにお乳の時間は決まっているし、お手伝いの可愛い女の子の巫女が定期的におむつの交換をしてくれる。眠ければ勝手に眠れば良い。全く不満のない生活だった。


 ただ、おむつは布おむつだった。紙おむつではないので、それは少し不快だった。やはり現代日本とは違う様だ。


「月夜見さまはほとんど泣くことがなく、手の掛からない子ですね。暁月ぎょうげつさまのおっしゃる通り、余程賢くていらっしゃるのですね」

「ルチア姉さま、本当にそうなのでしょうか?なにか大人し過ぎる気もするのですが」

「アルメリアさま、姉さま達も口を揃えておっしゃっていましてよ。私たちの娘たちとは全く違うと」


「まぁ!メリナ姉さままでその様なことを・・・」

「恐らくですが、月夜見さまがお生まれになった日、暁月ぎょうげつさまは月夜見さまと念話でお話しされたのではないでしょうか?それで分かったことがおありになるのだと思います」


「メリナ姉さま、念話は暁月ぎょうげつさましかできないのでしょうか?」

「えぇ、その様に伺っています。残念ながら玄兎げんとさまはできぬそうです。相当なお力をお持ちでないとかなわぬそうです」

「では、月夜見はその様な力を授かっていると・・・」


「そうなのでしょう。暁月ぎょうげつさまは月夜見さまとお話になるために、二週間後にまた面会されるとおっしゃったのでしょう?その様なことは今までに一度もなかったことですから」


「そうですわね。メリナ姉さま。十四人の娘たちは、生まれた日に暁月ぎょうげつさまに一度だけお目通りされ、その後はほとんどお会いしていませんものね」

「でも娘たちは宮司としての力が足りないとは、誰一人として言われておりません。それで十分でしょう・・・」

「えぇ、そうですね」




 お母さんのアルメリアは信じられない程に美しい女性だった。


 銀髪?プラチナシルバーというのだろうか。腰まである美しい髪、切れ長で輝く様な青い瞳。長い長いまつ毛、鼻筋の通った面長の顔、唇は薄く桃色できれいな形だ。


 肌は透き通る様に白く、きめ細やか。身長も父親との身長差や部屋の天井から察するに百七十センチメートル以上ある長身だ。


 まだ出産直後でゆったりとした服装をしているのでよく分からないが、かなりの細身だと思う。胸は授乳中なので当然ボリュームはある。


 その風貌からは地球だったらロシアか北欧出身と思われるだろう。この星でも北に位置する国の人なのかも知れないな。


 お父さんの玄兎げんとはいわゆる優男やさおとこだ。身長は百九十センチメートル以上あるだろうか。


 細身で柔らかい印象だ。一切暴力など振るわない人。という感じで優しそうだ。 勿論、雰囲気だけでなく口調も優しい。金髪で青い瞳、目鼻立ちの通ったイケメンだ。


 他の七人の女性たちも個性豊かだ。髪の色では、赤、茶、黒、アッシュブロンド、ブロンドが二人、プラチナシルバーも二人居て、お母さんとお母さんの実の姉だ。


 お父さんは七か国から王女をもらい受け、二人ずつ子を儲けたが全て女の子だったため、一番目の妻マリーの妹で第二王女だったお母さんのアルメリアを八番目の妻としたらしい。


 よく分からないがやりたい放題なのだな。


 お母さんの姉のマリー母さまも大変な美人だが、他の六人も美女揃いだ。それにしてもこの屋敷の中で男性はお爺さんとお父さんしか見ていない。他に男性は居ないのだろうか?


 父は世界中の王女を次々に嫁にもらうくらい偉い人なのだろう。そうであれば、騎士とか武士とかいう家来が居て当然だと思うのだが、そういった警備担当みたいな人を見掛けない。しかも誰もお爺さんやお父さんを王とか陛下とか殿下とかその様な敬称で呼ぶことがない。どんな家柄なのだろうか。その辺のことがよく分からない。


 まぁ、時間はある。追々分かれば良いか。この赤ん坊の身体ではどうすることもできないのだから。それよりも舞依の居ないこの世界で僕はどう生きて行けば良いのだろうか?


 舞依を失い、生きていたくないから死んだのに・・・


 でも、この身体は生きたがっている様だ。腹が空けば母の乳に無心で吸い付いて空腹を満たす。そして前世の記憶や知識が、この世界の情報を欲している。当面はこうして成り行きに身を任せているしかないのだろうが・・・


 碧井正道は、地球ではない別の世界。月光照國に転生し、心を闇におおわれたまま、新しい人生を始めることとなった。

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