10.神一族のルーツ

 今日も訓練のため朝食後にお爺さんの屋敷に出掛ける。勿論、瞬間移動で。


 自分の部屋で支度をし、部屋から直接お爺さんの屋敷に飛んだ。

「シュンッ!」


「お爺さま、おはようございます」

「おはよう。月夜見。さて今日はどんな訓練をしようかの」

「まだやったことがないのは、未来予知でしょうか」


「未来予知か。それはやりたくともこの場ではできないのだ」

「そんなに難しいのですか?」

「いや、念話や読心術と変わらんよ。月夜見の力ならば問題なくできる。ただし、相手が居ないことにはできない。というか起こらないのだ」


「それはどういう意味でしょうか?」

「簡単に言うと、身の危険を感じて初めて見えるものなのだよ」

「あぁ、前にお爺さまがおっしゃっていましたね。この月の都に攻めて来るやからが居たら未来予知で分かる。と」


「そうだ。簡単なものでは、族に襲われた時、相手がどの様に襲って来るのかが事前に見えるのだ。つまり、相手の殺意があってこその未来予知ということだな」

「なるほど。では剣術の鍛練で打ち合えば相手の太刀筋が見えるということですね?」


「お主、どんな世界で生きて来たのだ。どうしてそんなことをすぐに理解できてしまうのだ?」

 お爺さんは怪訝けげんそうな顔を僕に向けた。

「あー、それは芝居の影響ですね。そういう物語を見たことがあるのです」

 アニメや映画の説明をしても分からないだろうからな。


「なるほど。そういうことか。ではネモフィラ王国へ行ったら王宮騎士に頼んで剣術の指南をしてもらうと良い」

「この世界で剣術は必要ですか?」

「剣術は学んでおいて損はないぞ。相手の殺気を敏感に感じ取れる様になるからな。前にも言ったが剣で心臓を突かれれば神でも死ぬのだ。未来予知に頼るだけでは命を落とし兼ねないのだからな。それに未来予知で剣の太刀筋が見えれば、あっという間に剣聖の名を得られることだろう」


「剣聖ですか。それはちょっと男子としては夢がありますね。ただ騎士になりたい訳ではありませんのでその名は不要ですが」

「月夜見には剣術の経験があるのか?」

「いや、学校で少しやったことがあるだけです。剣道という武道ですが」

「うん。身体を動かすことも能力を上げるために必要だからな」

「分かりました」


「お爺さま、では未来予知では自分の将来とか、どこぞの国の行く末、といったものは見えないということでしょうか?」

「そうだ。見えたら面白いかも知れぬが、自分の将来など見えない方が良いだろうな」

「おっしゃる通りですね」




「未来予知の話はこれくらいで良いかな?では、今日は雨でも降らしてみるとしよう」

「雨を降らすのですか」

「うむ。月の都は雨雲が低い時は雨が降らないのだ。水が不足すれば必要なだけ雨雲を集めて雨を降らすのだよ」


「あぁ、なるほど。それは大事なことですね」

滅多めったにはないことだが、人間の国であまりにも雨が降らずに作物が枯れそうになると、依頼されて雨を降らすこともあるのだよ」

「それは正に神の御業みわざですね」

「そうだろう」


「ではやってみよう。空に雨雲がき出して来ることを想像する。それだけだ」

「雨雲を想像する。か。なるほど」


 空を見上げると雲一つない晴天だ。そこに灰色の厚い雲がモクモクと現れる様子を思い描いてみる。すると、何も見えていなかった空に初めは薄っすらと白い雲が筋を作って行き、やがて色が濃くなると共に渦を巻き始めた。


 そしてだんだんと雲の厚みが増して行き、とうとうポツポツと雨粒が落ちて来た。更に雲を厚くしてやろうと考えると、ザーっと勢い良く雨が降り注ぎ始めた。


 なるほど。今、実際に起こった現象を次回は思い浮かべれば良いのだな。


「おー、初めてでここまでの雨量を降らせるとは、月夜見の力はとてつもないな」

「そうなのですか。自分では比べるものがないのでよく分かりませんが」


 すると目の端に動くものを捉え振り向くと、屋敷の外に洗濯物を干していたようで、巫女の恰好をした侍女が慌てて取り込もうと走って来た。


「あ!いかん!雨を止めるのだ」

「え。止める?どうするのでしょう?」

「あぁ、晴れた空を想像すれば良い」

「あ。はい!」


 さっきまでの晴天を頭に浮かべた。すると灰色の雲がどんどん薄くなって行き、雲の隙間から日が差して来た。程なくして雲は全てなくなり、元の晴天へと戻った。お爺さまが侍女に声を掛ける


「もう大丈夫だ。すまんな!」

「いいえ、とんでも御座いません」

 侍女は笑顔で応えると屋敷へと戻って行った。


「うむ。降雨術は合格だ。では昼飯にしようか」

「はい」


 お爺さんの屋敷で昼食を頂いた。やはり和食だ。焼き魚定食みたいな感じのご飯だった。

 今日は何故かダリアお婆さんが居ない。カルミアお婆さんと一緒に昼食を頂いた。それにしても日本の暮らしと全く違和感がない。目の前の人の容姿以外の話だけど。


「月夜見。お茶を飲んで一服したら神宮へ降りてみるか」

「どちらの神宮でしょうか?」

「この月宮殿の下の海辺にあるのだよ」

「そちらの宮司は何方どなたですか?」

「私とダリアの娘、朧月おぼろづきだ」


「僕が突然お邪魔しても大丈夫なのでしょうか?」

「私とダリアは週に数回行っておる。既に月夜見のことも話しているので知っているぞ」

「どうやって降りるのですか?」

「それは勿論、瞬間移動だよ」

「あ、あぁ、そうでしたね」


「行く時は私が連れて行こう。帰りは自分の屋敷へひとりで飛ぶと良い。私はダリアを連れ帰らねばならぬのでな」

「今日はダリアお婆さまのお姿を見ないと思ったら神宮へお出ででしたか」

「うむ、今朝、送っておいたのだ。ダリアは週に数回、神宮に降りて朧月の手伝いをしているからな。では参ろうか」

 お爺さんに抱っこされて神宮へ瞬間移動した。


 神宮は僕の住む屋敷とさほど変わらぬ大きさ、造りだった。お爺さんの後について行くと大きな広間へ出た。そこには中央の奥まった場所に祭壇の様なものがあった。


 仏像でもあるのかと思ったが、その様なものはなく、みやびな装飾のある机の様な台の上に石か金属で出来た丸い板の様なものが立て掛けてあるのが見えた。


「お爺さま、あの丸い板は何でしょうか?」

「あれか。近くで見せよう」

 祭壇に近寄ると、遠くから見えていた丸い板だけではなく、つるぎ勾玉まがたまの三つが置いてあった。


「これはもしや、三種さんしゅ神器じんぎでは?」

「お主、何故それを知っているのだ?」

「私の前世の世界にある伊勢神宮というところに天照大神あまてらすおおみかみ宝物ほうもつとして収められているものに似ていると思うのです。実物を見た訳ではないので同じ物かどうかは分かりませんが」


「なんと。そうか!月夜見よ、私たち神を名乗るものの家名は「天照」なのだよ」

「えーっ!あ、天照さま?なのですか?では、私の前世の国の神さまと同じではありませんか!」

「その様だな・・・」


「天照さまはどちらの世界にも行き来したということでしょうか?」

「そういうことなのだろうな。どちらが先かは分からぬがな」

「この世界の天照さまの系譜けいふは何年くらい前から始まっているのですか?」

「約千五百年前と伝え聞いておるが」

「では、恐らく私の前世の世界の方が前なのだと思います。でも現在では天照を名乗る者は居りませんが」


「では、月夜見の前世の世界で先に生まれ、のちにこの世界に現れ子を残した。ということになるのだな」

「今となっては確かめる術がありませんので、何とも言えませんが。でも確か天照大神あまてらすおおみかみは日本を創った方だと思いますので、その方がその後、この世界を創ったのだとすれば、言葉や文化が近くても不思議はないかと思います」

「うむ。そうなのかも知れぬな」


「そうしますと僕の名前は、天照月夜見あまてらすつくよみ。となるのですか?」

「天照の名は家長だけが名乗れるのだ。だから今は玄兎だけが天照を名乗っておる。私や娘たちは名乗れないのだ。月夜見は玄兎がお主に家督かとくを引き継いだ後に名乗れる様になるのだ」

「そ、そうですか。責任重大ですね」


「いや、私はそこまで責任を感じたことはないがな。ただ、後継ぎだけは作ってくれ」

「そ、そうですか」


 はぁ。結婚か。僕にそんなこと考えられる時が来るのだろうか・・・今はとてもではないが考えられないな。


 その大広間の隣の部屋へと移動した。そこはさながら病院であった。広い部屋に沢山の寝台が並び、その間は木製の衝立ついたてで仕切られていた。


 寝台には沢山の人が横たわっており、巫女姿の女性が世話を焼いていた。昭和初期の田舎の大病院ってこんな感じだったのではないかな。と想像してしまった。看護師が巫女姿なところは違和感が強いけれど。


 それを横目で見ながら更に奥の部屋へ行くと、そこは病院の診察室と同じ様な部屋だった。そこには机が置かれ、女性が座っていた。その女性は三十歳台後半位で巫女と同じ白衣と白地に白の紋様が浮き出た袴姿はかますがただった。それは正に宮司の装束しょうぞくだ。


朧月おぼろづき、月夜見を連れて参ったぞ」

「まぁ!あなたさまが月夜見さまですか。初めてお目に掛かります。この神宮で宮司のお役目を頂いております、朧月と申します。玄兎さまの姉に当たります」


「初めまして、朧月伯母さま。月夜見と申します」

「何という美しいお顔なのでしょう。アルメリア様に似ていらっしゃるのですね」

「はい、よくそう言われます」


 すると診察室だからだろう、僕らが入って来た扉と反対側の廊下から、患者と思われる女性が入って来た。すぐに僕とお爺さんに気付くと、あっという間に顔色が変わり、がばっと床にひれ伏した。顔を床に擦り付けて何かぶつぶつと唱えている。


「これ、ここでは良いのですよ。顔を上げなさい。診察できないではありませんか」

「は、ははーっ!あり難き幸せに御座います!」


 そう言って顔を上げたのは三十歳台位の女性だった。お爺さんを神さまと思っての行動なのだろうな。この世界の神さまとは、一般の人からはあの様な態度を取られてしまうものなのか・・・


「今日はどの様な症状があってここに来たのですか?」

「はい。あ、あの・・・」

 女性は真っ赤な顔をしてどもってしまっている。


「こちらのお方は全てをお見通しになる神さまです。その様に恥ずかしがる必要はありませんよ」

「は、はい。では・・・あの・・・今日は月のもののけがれが多いのです」

「分かりました。では、こちらへいらっしゃい」

 伯母さんはそう言うと患者を裏の廊下へと連れて行った。


 伯母さんが僕の横を通り過ぎる時、伯母さんの心の声が聞こえてしまった。

『この人もまた浄化で来たのね。今日は何人目かしら・・・』


 後を付いて行くと、そこはどうやら風呂場の様だ。流石にそこへ入って直接見る訳には行かないだろう。仕方がないので見えない位置に立って壁を透視して見させてもらった。


 どうやら生理の経血が多い日にここへやって来て洗い流し、治癒能力で腹痛などの痛みを癒している様だ。


 正直言って驚いた。毎月のことだろうに、毎回癒してもらいに来るというのか?前世だったら、余程症状の重い人しか生理で病院を訪れることはないのに。まぁ、この世界の薬に鎮痛剤がないということか?漢方薬にはあるのだけどな・・・


 それにしても伯母さんは心の声で「今日は何人目かしら」って言っていた。もしかして、宮司が忙し過ぎるのはこのためではなかろうか。一度話を聞いてみないといけないな。


「お爺さま。今日、伯母さまの仕事が終わった後に、お話をさせて頂くことは可能でしょうか?」

「うん?勿論可能だ。夕方には終わるからな。ではそれまでの間、この神宮の中でも案内するとしようか」

「はい。ありがとうございます」


 神宮で行う治療の全容を知っておくことは重要だ。しっかりと聞き取りしておこう。

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