第127話 俺の青春後編

帝国の宰相ヴェルディアとの会談から数日後、俺は部屋で書類に目を通していた。


自領の今年の作物の収穫量や、新しく領主になった貴族への祝いの品や領地改革計画の予定をまとめた計画書、迷いの森でのアイテムの収支など多岐に渡る書類に目を通していた。


お父様は本格的に俺を次期大公爵にするための教育や実習訓練をさせようとしているようだ。


だが、新しい領地の改革計画書なんて大型案件を俺に投げないでほしい。

領地を下賜されたオリオン派の貴族が、現地を見て自分なりの計画書を立てて送ってきているのだが、流石の俺も現地を見ないと分からないよ。


「はぁ……」


最近あまりいいことがない。バドラキア王国との協定や帝国との協定。


それが終わってからも書類の山に埋もれた生活を送っている。


そしてこれからも問題が山積みだ。


特に直近の問題は、ポルネシア王国の王立学園に今年、ガルレアン帝国第8皇女様がご入学することだ。


結局ガルレアン帝国との平和協定は結ばれたのだが、代わりに帝国の皇女様を王立学園に入学させることが決まってしまった。


正直迷惑なことこの上ない。名目上は双方の友好関係の構築、ポルネシア文化を現地で学ぶ為など言っているが、それだけな訳がない。


最悪な話、帝国から暗殺者が送られてきて皇女様を暗殺し、その責をポルネシア王国のせいにして何かしらの譲歩を要求する、という可能性すらある。


「いやいやそんな訳ないじゃん、八番目とはいえ皇帝の血を継いだ直系の子孫を暗殺なんてする訳ないじゃん、はっはっはっ」


と、笑い飛ばせないのがこの世界の怖いところだ。ガルレアン帝国の皇女が殺されると、内々で話が終わらない分、ポルネシア王国の王子が殺されるよりも厄介なことになりかねない。


しかし、両国の友好のためなどと言われたら流石に断れない。平和協定を結ぶのに仲良くする気がないのかと言われたらポルネシア王国の沽券に関わる。


それ故に、今からガルレアン帝国の皇女の安全のために王都では、今まで以上に厳しい検問や警備が敷かれている。


因みに俺はまだお父様に学園への入学を認めてもらっていない。そろそろ許可をもらえないと入学に間に合わない。


それなのに今俺は書類の山に埋もれている。


「はぁ……」


考える事や悩みが多すぎてどれから手をつけようか迷う。


だがしかし、今日はその全てにおいて優先される重要なミッションがある。


コンコンコン。


執務室の扉がノックされ、スクナの声がする。


「レイン様、お客様が来ております」

「分かりました。今行きます」


内なる喜びが表情に出てしまう。きっと今の俺はだらしない顔をしているのだろう。


なにせ、今日は待ちに待ったプリムとのデートの日だ。一年早く王都の学園に通い、学園の寮に住んでいるプリムが俺とのデートとのためにここまで来ているのだ。


「いかんいかん、スマイルスマイル」


俺は鏡の前で一度朗らかな優しい笑みを浮かべ、気持ちを整えてから扉を開ける。


「お待たせいたしました。行きましょう」

「はっ!」


扉の前に立っていたスクナが横にズレ、俺は玄関へと向かう。


そして、玄関への扉を開け、玄関に立つ一人の少女の姿を確認した俺は思わず膝から崩れ落ちる。


「天使……」


白を基調としたこの王立学園の制服に身を包み、脚には学園指定のローファーを履き、甘栗色の髪の頭にはちょこんと白い帽子が乗っている。


天使がいる。


プリムは少し不安そうにしながらも、俺を見つけるとその表情を太陽のように明るくさせる。


「あ、レイン様!」

「プリムさん……」


膝に力を込めて立ち上がり、俺はプリムに近づいて行く。


「レイン様!」


俺のすぐそばまで来ると、プリムはぴょんとジャンプして俺に抱きついてくる。

俺はそれを優しく受け止める。


ふわりと香る花の香りに心を浄化されながら、俺はプリムを抱きしめ返す。


「レ、レイン様……あの……」


プリムが俺から離れようとするが、構わず抱きしめる。なんて柔らかくて優しい体なんだ。


最近の悩みやストレスが一気に浄化されて行くのを如実に感じる。


「あうぅ……」


横から可愛く呻く声が聞こえてくる。

声も相変わらず可愛い。そんなプリムの髪に顔を埋め、その匂いを嗅ぐ。


あー、生き返る。


そんな俺の肩を誰かが叩く。

俺はそちらに一切目をくれる事なく、プリムの髪の匂いを嗅ぐ。


だが、俺の肩を叩く強さはどんどん強くなる。

痛くはないけど、邪魔なんだけど。


誰の肩を叩いているのか分かっているのかね?処すよ?


そんなことを思いながら嫌々そちらを見ると、お父様が立っていた。


「玄関で何をやっているんだ、お前は」


何も言わなくてよかった。危うく処されるところだった。


俺は慌ててプリムから離れる。


「ははは、失礼しました。久々にプリムさんに会えたのが嬉しくてつい抱きしめてしまいました!はっはっはっ!」


俺は誤魔化すように笑い、お父様は呆れた様子で俺を見る。


「あ、あの、オリオン大公爵様、お久しぶりです!」

「プリムか。久しぶりだな。元気か?」

「は、はい!」

「今日はレインに会いに来たのか?」

「そうです!」


お父様の風格にプリムが萎縮してしまっている。


これは良くないな。


俺はお父様とプリムとの間に立ち、プリムを背中に隠す。


「お父様、お父様の大公爵たる偉大な風格でプリムさんが怖がっております」

「怖いのはお前だ、レイン。玄関で何分抱き合うつもりだ」

「何分って。私はまだまだ抱きしめ足りないですよ」

「はぁ……」


お父様がため息を吐き、プリムを見る。


「レインはこんなんだから今日は頼んだぞ、プリム」

「はい!」


それだけ言うと、お父様は戻って行った。


「じゃあレイン様!行きましょう!」

「……もうちょっとここで抱きしめ合いたいのですが……」

「もう!レイン様ったら!」

「嘘嘘、冗談です。行きましょう」


そう言ってプリムと手を繋いで街へと繰り出す。

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