第126話 尋常ならざる一手
「そうか……ならば致し方あるまい」
お父様が説得を諦めた。この場にいる誰もがそう思ったことだろう。
だが、お父様が大公爵たる所以を見せつけるのはここからだった。
「陛下、申し訳ございません」
「……?よいぞ。仕方あるまい」
謝る必要はないのになぜか謝ったお父様に疑問を持ちながら、陛下が慰める。
しかし、そこで終わりではなかった。
「いえ、あれをやります故、陛下に謝罪を……」
「あれ……?あれとは……あれか!うーむぅ……」
先程まで背筋を伸ばし王たる威厳を見せつけていた陛下が初めて項垂れる。
あれって何だ。
あれ、あれ……。まさか。
「お父様!あれとはまさか!」
「その通りだ、レイン」
「お父様……あれは……ぐうぅ……」
俺も露骨に頭を抱える。周りがざわざわとし始めたが、今はそんなことに気を遣っている場合ではない。
あれ、の内容に思い至ったポルネシア側の宰相や、ごく一部の貴族達も同様に顔を歪めている。
事情を知る者たちが一様にして顔を歪める、あれ、とは。
俺が奴隷として所有している準英雄級魔法師の売却である。
一度案が出て、その場にいた10名近くの者達が例外なくあり得ない手段だとして満場一致で否決された最悪の手だ。
確かに即金で大金が手に入るし、時間があれば準英雄級魔法師は育てることができる。
ガルレアン帝国に流れない遠方の地に流せば直接的なポルネシア王国への被害はないと言える。
しかし、ポルネシア王国が準英雄級魔法師を量産出来ることが他国に知れ渡るし、俺の魔法の一部が漏れる事になる。
自国の重要な戦力の売却。他国の強力な兵士の獲得。
即金で今の体制を立て直せるだけのお金は手に入る。しかし、それは同時に後々の厄介ごとに発展する可能性を含んでいる。
ハイリスクハイリターンな賭け。
「ガルレアン帝国が我々への戦争の再戦を望むのであれば、我らとしては身を切るしかないかと」
「我らは貴国と戦争をしたいわけではございませぬが?」
「平和協定を結ばないと言うことはそう言うことであろう?我らとしては最悪の事態を未然に防がねばならない」
横槍を入れてきたヴェルディアをお父様は軽くあしらい、再度陛下の方を向く。
「陛下……ご決断を……」
「うーむ……」
流石の陛下でも判断に迷うらしい。だが、既にポルネシア王国はカツカツの状態。
ガルレアン帝国が平和協定を断ると言うことは、バドラキア王国と既に結んだ協定を反故にされる可能性があると言うことだ。
ポルネシア王国はリーブ条約にも加盟できず、バドラキア王国からの賠償金も貰えない。
そう言う協定を結んだからだ。
ガルレアン帝国が評議国と和解し、全戦力をポルネシア王国に向けてくると言う最悪の未来が起こる可能性がある限り、こちら側も泣いて馬謖を斬らざるを得ない。
心情的にも実利的にもやりたくはないが……。
悩んだ末、陛下は結論を出す。
「仕方あるまい。レイン、良いな?」
「……当主と陛下のご決断とあらば」
俺は膝をつき、命令に従う。本来ならば、次期当主とはいえ、俺に許可など必要ないが、こちらの心情を慮ってくださったのだろう。
本当に命懸けで育てた奴隷達だ。売りに出すのは非常に心苦しい。泣いて馬謖を斬るっていうか泣きたい。
「では……」
「お待ちを」
お父様が頷こうとしたその時、ウェルディアが待ったをかけて来る。
「どうした、ウェルディア殿」
「……まだ協定の話し合いが終わっておりませぬぞ?」
「協定の話?貴公は協定には反対だったのでは?」
「いえいえ、帝国の国民の心情を慮りこその悩みを申し上げただけでございます。私自身はこの協定、貴殿らとしっかりと話し合いを持ち、双方の納得できる点で協力しあえればと考えております」
先程までこっちには不利だから結ぶにないよ、みたいなこと言っておいて何を、と感情的になってはいけない。
俺はゆっくりと立ち上がり、列に戻る。
ここからどうするか。
ウェルディアが周囲をチラリと見渡し、こちら側の意図を探ろうとしている。だが何もわかるまい。
だってブラフじゃないからな。
お父様は本気だ。ここで平和協定が結ばれないのであれば、お父様は本気であれを実行するだろう。
ヴェルディアは恐らく、ポルネシア王国の財政状況、処分可能財産などを詳しく調べ上げた上でここに来たのだろう。平和条約の使者が遅れた理由はおそらくそれだ。
だが、その処分可能財産に準英雄級魔法使いの奴隷売買などと言う尋常ならざる一手は含まれていない。
当たり前だ。
準英雄級魔法使いは国の重要戦力。それを売り払うなど考えられない。少なくともポルネシア王国以外のどこの国でだってそんなことしないだろう。
でもポルネシア王国はそれが出来る。俺がパワレベをすれば準英雄級は育てられる。
最終手段として切れるカードとしては十分成立する。
「では協定を結ぶ気があると?」
「それを話し合うため、私はここにきておりますので」
「ほぉ、それでしたら是非とも協定の話を始めさせていただきたいですな」
お父様が興味深そうに尋ねる。
やっと協定の話が始まったか。ここからが本番。俺達は、固唾を飲んでこの状況を見守る。
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