第125話 舌戦

何だと。

突然の手のひら返しにポルネシア王国側の貴族達も唖然とする。


「ほお……それは構わぬが……?」


陛下も突然のことで困惑している。

元々そんなつもりはなかったが、突然掌返しをされると何か裏があるのかと勘繰ってしまう。


「我が国の財政も逼迫している状況。正直大金貨一千万枚もかなり厳しい金額だったのです。しかし、これでは同盟が出来ぬ、と仰るのでしたらしょうがありませぬな」


ヴェルディアが長いヒゲを撫でながら首を振る。

何だこの違和感は。そもそもこちら側は同盟を組む気が全くなく、そんな話し合いをするつもりもなかったのだから、何の問題もない。


だが、何か引っ掛かる。何だろうか。


「ふむ……確かにヴェルディア殿のいう通りだ。貴国との同盟、我が国にとっても大変魅力あるものだが、国の情勢や大陸の情勢がそれを許さぬ。分かってくれ」

「こちらこそご無理な提案をしてしまい大変申し訳ございませんでした」


考えている間も陛下とヴェルディアの話し合いは続いている。とにかく同盟の話は完全に消えたと考えていいだろう。


ポルネシア王国の貴族達は、帝国からの無理難題を片付けられ、ほっと一安心しているものや、じゃあ平和協定はどうなる、と一層険しい顔で聞いてるものや、横の貴族とこそこそと意見を出し合っている者と様々だ。


しかし、帝国側のヴェルディア以外の使者達は、存在感はあれど先ほどから一言も空気を発さず、黙っていた。


「黙っていた? 何故?」


俺は突然出てきた自分の言葉に驚く。そう、ガルレアン帝国の使者達は何も言っていない。当初の予定であるはずのポルネシア王国との同盟が御破算になっているにもかかわらず、彼らの顔色は何一つ変わらず、何も助言しようとしない。


何故か。それは帝国が元からポルネシア王国と同盟を組む気が全くないから。


でもそれはおかしい。帝国ではロキを含めた評議国の軍隊を止められないはずだ。


帝国軍は精強だが、評議国の軍隊は単純な軍としての強さとは異なる。

様々な種族の様々な特殊能力、特殊スキルによる多種多様な軍隊の対応をするのはお父様や俺が率いたポルネシア王国軍と戦うものとは別の難しさを持っている。

しかも不利になれば、その盤上を武力で叩き壊せる最強の個、壊神ロキがいるのだ。


まともな戦争になどなるはずがない。


ならば戦争を起こさせなければいいと考えるのが普通だ。


だが、そんな事が可能なのだろうか。

評議国が神鬼バンイに国内を荒らされている際、帝国は評議国に幾度となく侵略行為を行なっている。

さらには自国の英雄的存在の遺体を弄ぶ蛮行。


それを彼らが許す事などあるのだろうか。


俺が考えている間にも話は進んでいく。


「では、改めて話を最初に戻させてもらおう。貴国ガルレアン帝国と我がポルネシア王国との平和協定、不可侵協定と言い換えても良い。我らポルネシア王国としては貴国との協定を結びたいと考えておる。協定が成った暁には貴国の捕虜は全て解放する事も考えておる。双方の平和の為、および友好関係を改善していく努力をして行くべきだと我は思う」

「ふむ……平和協定でございますか」


ヴェルディアは長いヒゲを撫でながら返答する。

ガルレアン帝国側にとってもこの平和協定は必須のはずだ。


西にロキ、東に俺がいる。神話級魔導士、しかも大なり小なり帝国に恨みを持っている俺達に挟まれるこの状況は帝国としては避けたいはずだ。


しかも、ガルレアン帝国側はまだ俺が攻撃魔法を使えないことを知らない。

ロキと俺を照らし合わせて情報を精査しているだろうから、可能性として考えなくはないだろうが、確信には至っていないはず。


さらには帝国は神話級魔導士の力を推し量れていない。

唯一大陸に残っている神話級魔導士の話は魔神オルガノンの逸話だ。怒りに震え、幾つもの大国を焼き尽くした怪物。子どもでも知っている昔話。


それを前提に動くのであれば、どちらか片方を敵に回しても帝国にとっては大打撃となるはずだ。


「貴国との同盟ならいざ知らず、平和協定となりますと……我が国にはあまりメリットがございませぬな」

「何だと?」


陛下の顔が厳しいものとなる。周りの貴族達の喧騒も一層激しいものとなる。


メリットがない。そんな筈があるか。


直接的な金銭面におけるメリットはガルレアン帝国側には確かにない。だが、他のメリットなら多々ある筈だ。


まずは何より恨みを買っている神話級魔導士を抱えるポルネシア王国との不可侵条約や東に配置している兵士の削減。

また、穀倉地帯であるポルネシア王国からの穀物の輸出による食料の確保。これも関税の撤廃とまでいかずとも譲歩する用意がこちら側にはある。

陛下も先ほど仰っていたが、捕らえた兵士の返還。この中には多くの帝国貴族達も含まれている。


ガルレアン帝国にとって十分なメリットのある話だろう。


これは、はっきり言ってポルネシア王国側の方が不利な条件だ。だが、それに目を瞑ってでもポルネシア王国側としては帝国との不可侵条約を結びたいのだ。


バドラキアと講和がなされた以上、前線に兵を配置し続けるのは時間と人員の無駄使い。


今は、大戦によって落ちた国力の回復に努め、国を富ませることこそ最重要課題。それは帝国としても変わらない、はずだ。


それにもかかわらずメリットがない、とはどういう事だ。


「この講和条約によって得られる貴国の恩恵は少なくないと我は考えるが?」

「失礼。ない、とは言い過ぎでしたな。しかし、貴国が得られるほどの恩恵がこの講和条約にはないと考えまする」

「ふむ……」

「陛下。よろしいですか?」

「リバー伯。何だ?」


陛下に許可をとり、一人の貴族が前に出る。


「使者殿、貴殿は今我らポルネシア王国側程のメリットがない、と仰いましたね?」

「ええ、確かにそう言いましたが何か?」

「それはおかしな話ではございませんか?」

「ほう!何処がおかしいのです?」

「我らポルネシア王国がこの講和条約によって得られるメリットは貴国には関係のない話だからです。貴国にとって重要なのは貴国にとっていかにメリットがあるか、ではございませんか?」


リバー伯の発言に、ヴェルディアは目を細める。


「確かに貴殿の言うことには一理ある。しかし、貴国との講和条件で貴国と我が国で得られるものがあまりに違ってきてしまうと、我が国内の貴族達や平民達に不満が溜まってしまうのですよ」

「ぐっ……」


感情論の話を持ち出してきやがった。

どう言う結論に至ろうと納得しない奴は納得しないし、文句を言う奴は文句を言うだろう。


それが多いか少ないかの問題だ。

しかしそこまでの帝国の内部事情はこちらには分からない。


「リバー伯、下がれ」

「はっ!」


陛下の言葉にリバー伯が列に戻る。代わりにお父様が前に出てくる。


「陛下、私からもよろしいでしょうか?」

「オリオン大公か。許す」

「ありがとうございます」


陛下のご許可をとり、お父様が再度ウェルディアに向き直る。


「ウェルディア殿、貴殿は今、メリットの話をしたが、逆の話をしておらん」

「逆の話、とな?」

「この協定を結ぶ上でのデメリットの話だ」

「ふむ……デメリットですか?」


ウェルディアは惚けた顔をする。しかし、お父様は気にせず続ける。


「我らポルネシア王国が貴国と協定を結ぶ上でのデメリットは、貴国に輸出する幾つかの輸出品の関税の引き下げによる国益の減少。そして、先の大戦によって捕虜にした兵士達の無償での解放。それによって納得のできぬ民衆は貴国以上に出てくるだろう」


この条約を聞けば納得のできないポルネシア人も多く出てくるだろう。しかし、大国相手に感情論で相手取ることはできない。

今は苦渋を飲んででもここで和平を結び、自国の底上げに注力すべきだ。


「その点、貴国らがこの協定を結ぶにあたってのデメリットはほぼないといってよい。強いて言うなら、貴公が先ほど申してた納得出来ぬものが現れるくらいだろう。それも我らポルネシア国内に比べれば些細なものであろうがな」


お父様はそこで区切り、ウェルディアの目をしっかりと見ながら、宣言する。


「この協定は貴国らにとって有利な条約である。こちら側のこれ以上の譲歩はまかり通らない。返答は如何に?」


目を瞑りしばし考え事をしているウェルディア。


数分の間。


そして、ゆっくりと目を開けたウェルディアはお父様の質問に対して、ゆっくりと首を横に振った。




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