第123話 帝国宰相

「ガルレアン帝国使節団が城前に到着致しました!」

「うむ。ここまで通せ」

「は!」


お父様、俺を含めたポルネシア王国の重鎮達が、王宮の玉座の間にて帝国の使節団を待ち受ける形で立ち並ぶ。


貴族達の表情には緊張が浮かんでいる。流石に大国の宰相ともなると緊張もするだろう。この話し合い次第でポルネシアの行末が決まるのだから。


俺は特に緊張もしていない。人口が多いって言っても日本に比べたら高が知れてる。その宰相と呼ばれてもあまりピンとこない。日本の首相とか直接見たことないし。


とはいえ、ポルネシア王国の仇敵の宰相。

俺ももちろん真剣そのものだ。


そして……。


「ガルレアン帝国使節団御一行、入場します!」


玉座の間の扉を守る近衛兵がそう叫び、荘厳な扉がゆっくりと開けられる。


次の瞬間、空気がピシリと引き締まるのを感じた。玉座の間が一瞬で全身をギュッと締め付けられる様なシンとした空間に変わる。


全員の纏う空気が変わり、開かれた扉を一斉に凝視する。


コツコツ。


そんな足音をたてながら、皺が多く杖を支えにしながら歩く老人を先頭に、ガルレアン帝国の使者達が歩いてくる。


威風堂々。彼等には歩いているだけで格の違いを見せつけられる程の堂々たる風格があった。


先頭を歩かなくても誰が宰相かは一目で分かる。それ程までに先頭の老人の覇気は群を抜いていた。


使節団はそのまま陛下の御前まで来ると一斉に片膝をつけ、挨拶をする。


「お初にお目にかかる。私がガルレアン帝国宰相ウェルディア・デューク・ド・ラ・ビストールと申します。ポルネシア王国との和平のため、我が主ガルレアン帝国皇帝陛下より貴国との平和協定のための特使として参りました。此度のご来朝のご許可をいただき、誠に有り難く存じます」


そしてその声も荘厳たる響きで心に直接語りかけられる様な気分に陥る。


これが大国の宰相か。


正直舐めてた。魑魅魍魎が跋扈する王宮、敵対する政治家や貴族は蹴落とし暗殺が当たり前、他国に侵略し征服し続ける戦争大国のナンバー2は伊達じゃないと言うことか。


「ガルレアン帝国宰相、また使節団の者達よ、遠路はるばるご苦労であった。我がこのポルネシア王65代王レフト・アンプルール・ポルネシアである。帝国から我が国までの陸路での旅路、長く厳しいものであったろう。この王都でゆるりと癒すがよい」

「ありがたき御言葉。この老体には確かに厳しい旅路でありました。是非とも宰相という身分を忘れ一人の老人として貴国の王都を観光させて頂きたく思います」

「うむ」


言葉は和やかだが空気は重い。ポルネシア王国側の重鎮達は怒りとも憎しみとも違う、非常に厳しい視線を送っており、対するガルレアン帝国の使者達も気高い獅子の様な風格で立っている。


昔見た小説で、大国や立場の上の者が頭の悪い使者を送ってきて馬鹿な発言を繰り返し、交渉の場をぶち壊すという様なものを見た事があるが、彼等にはそんな雰囲気はまるでない。


対等とまでは言わなくとも、重要な交渉をするに値する国として見られているのだとひしひしと感じる。


だが、こちらをチクリと刺すのも忘れていない。想像以上に曲者だな、この老人。


「我々ガルレアン帝国と貴国は長年争い続けて来ました。しかし、これを機に同盟を結び、双方の国の平和と安定を目指したいと我らが皇帝は仰っております」

「ほぉ、同盟とな?」

「お待ちください、陛下」


そう言って一人の貴族が前に出た。


「何だリバー伯?」

「我々は平和協定を結ぶ為の使者、とお聞きしております。ガルレアン帝国との同盟、というのはまた別の話ではないかと思いますが、如何でしょう?」


平和協定とはお互いに攻め込まないという双方の不戦協定である。

同盟とは、どちらかが別の国に攻め込まれた場合助けに行くという共同戦線協定だ。


似ている様でこの二つは全く別の意味を持つ。


「その通りだな。ウェルディア殿、我々は平和協定のための話し合いを求めている」

「ええ、ですから私も今、平和協定の話し合いをしております」


そう言ってウェルディアは、にっこりと笑う。

その言葉にポルネシア王国貴族達は騒然となる。


「なっ!それはつまり同盟を結ばねば平和協定を結ばぬという事か!?」

「なんと不遜な!いくら大国といえど、許されることではありませんぞ!」

「陛下!この様な暴挙、受け入れる必要はありませぬ!」


そうだそうだ、と口々にヤジが飛ぶ。しかし、想定内なのかウェルディアは夜風にでも当たっているかの如く涼しい顔をしている。

陛下はそれを軽く手をあげて黙らせ、静かに返答をする。


「見ての通りだ、ウェルディア殿。我も皆の意見に同意する。前オリオン公を始め、多くの将軍、兵士、国民の命を奪われた国として、その遺恨も払わず貴国との同盟を結ぶことなど出来はしない」


頑とした対応をする陛下に貴族達も同意する。

ウェルディアは陛下の言葉に顎鬚を撫でながる。


「ふーむ……、確かに仰る通りですな。しかし、だからといがみ合い、争い続けるのは互いに不利益かと」

「貴様らが始めた戦争であろうが!自分たちで始めといて今更都合が良すぎるであろう!」

「そうだそうだ!」


ポルネシア側の一人の貴族の声に周りの貴族達が同意する。

しかし、ウェルディアは嘲笑に付す。


「これは異な事をおっしゃる。我が国が元リュミオン王国に攻め入る時、横入りをしてきたのは貴国らであると記憶しております。それとも我が国の兵士が貴国の国土を一歩でも侵略しましたかな?」

「同盟国として助けるのは当然であろうが!」

「同盟であろうがなんだろうが、他国の戦争。我らがガルレアン帝国との戦争を最初に始めたのは貴国である」


ウェルディアにそう宣言された貴族はぐっと押し黙ってしまう。

陛下は一連の流れを受け、右手を挙げ皆を黙らせる。


「どちらが最初に始めたかなど、もはやどうでも良い。問題は我がポルネシア王国とガルレアン帝国に残る遺恨。それと同盟を互いに組むメリットである。如何かな、ウェルディア殿」

「仰る通りかと存じます」

「では、問わせてもらおう。その遺恨、貴国はどの様に解消するつもりか?」


陛下にそう問われると、ウェルディアは長いヒゲをゆっくりと撫で、答える。


「遺恨とメリット。そのどちらも解決する方法が御座います」

「ほう、それは?」

「金、です」


遺恨と同盟のメリットの両方を解決する方法は金であると。確かに分かりやすく、最も効果の高い物は何かと問われれば俺も金か国宝級の魔道具とかくらいしか思いつかない。


「金か……。確かに我が国でも色々入り用な物が多い。あって困る物でもない。それで、貴国らは遺恨の解消、及び同盟を締結するにあたり、幾ら出せるのかね?」

「大金貨一千万枚。こちらが我々が貴国との同盟を結ぶに当たりご提示する金額です」


ウェルディアの言葉にポルネシア貴族側が騒然とする。


「大金貨一千万枚ですと?」

「帝国とはいえ、そんな大金を……?」

「しかもこの場合……」


この場は、対外的には双方が武器を置き平和を築く為の講和交渉の場。それは他の三カ国とも同じ。

だが、その実態はポルネシア王国による敗戦国に対する賠償請求の場であった。


事実、ポルネシア王国はバドラキア王国、ナスタリカ皇国に対して多額の賠償金、およびポルネシア王国側に有利な交易条件などを結ばせた。


誰がどうみても戦勝国はポルネシア王国である。それを世に知らしめる結果となった。


そして今回、帝国側は同盟を結ぶ代わりに大金貨一千万を出すと言っている。それはつまり、超大国ガルレアン帝国が小国であるポルネシア王国に敗北を認めた、という事になる。


それはガルレアン帝国にとってはあってはならない屈辱であり、ポルネシア王国にとっては金額以上の価値のある物となる。


その事実を察した貴族達が色めき合っている。


だが、陛下やポルネシア王国の宰相やお父様など、一部の者達は違った考え方をする。


ガルレアン帝国はそこまで追い詰められているのかと。


そもそも小国相手に大国の宰相ともあろう人間がわざわざ足を運んでいること自体がおかしいのだ。

さらには小国に対しての実質的な敗北宣言。メンツを大事にする大国があってはならない事態である。


ガルレアン帝国がもしオルガ評議国と戦争になった場合、まず間違いなく壊神ロキと山エルフ達は戦争に参加してくる。


何故なら、彼等帝国は、壊神ロキの師であり、山エルフ達の元族長であり英雄的存在であったメラク・マグニ・へファイストの遺体を弄んだのだから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


新作「迷宮学園の落第生」投稿しております!現代日本ダンジョン探索モノです!こちらも是非ご覧ください!よろしくお願い致しますわ!


ついでに閲覧注意なノートも公開中!こっちはどっちでも大丈夫です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る