第122話 話し合い

会談を終えた俺は、後処理を終え、その日の夜、王都にある、オリオン家の屋敷へと帰る。


「お帰りなさいませ、レイン様」


この王都の屋敷を管理する執事長クラバート含め、執事メイド達が一斉に頭を下げる。


「ええ、ただいま。何かありました?」

「はい、先程ご当主様がご到着なされました」

「お父様が?なぜ?」


来る予定はなかったはずだが。


「何でも帝国に動きがあり緊急で会議をする必要が出てきた、とのこと。レイン様もお戻り次第すぐ執務室に来る様にと仰せ使っております」

「分かりました」


俺は上着を執事に渡すと、玄関から入ったそのままの足で執務室に行く。そしてドアをノックし、声をかける。


「お父様」

「レインか。入れ」

「失礼します」


ドアを開け中に入ると、山積みの書類に囲まれるお父様がいた。


「お一人でしたか。まさか王都に来られるとは思いませんでしたよ」

「急用で仕方なく、だ。それよりもご苦労だったなレイン。どうだった。初めての講和交渉は?」

「悪くない結果だったと思います。緊張もあまりしませんでしたし」


そう言いながら、俺は懐から今回のバドラキア王国との講和条件が書かれた羊皮紙を取り出してお父様に手渡す。

それをチラリと見ながら、お父様は笑う。


「リーブ条約はやはり大きいな。あれがあれば国産品の輸出がだいぶ楽になる。ポルネシア王国は土地は悪くないのだが、大陸最北東にあるだけあって人が来ないからな」


ポルネシア王国の弱み。それは他国に行く為にポルネシア王国を通る、と言うことがほとんど起こり得ないこと。人が通らないから金を落とさないし、自国の国産品を他国に持って行ってくれない。


リーブ条約に加入する事で、ポルネシア王国に商品を輸入、輸出する際の各国の関税や入国税、出国税が下がり、ポルネシア王国に来やすくなる。

特に、バドラキア王国とは平和協定を結んだ。当然バドラキア王国もリーブ条約に加盟していることから、バドラキア王国側からの商人も多くなる事だろう。

しかもリーブ条約外の関税についてもポルネシア王国側に有利な様に条約を結んである。


それはすなわち、ポルネシア王国は商人にとって儲けられる可能性を秘めた土地になると言う事だ。


人がくればお金を落とす。お金があれば街が潤う。それだけ西部貴族達の生活は豊かになっていくだろう。


「大金貨も300万枚か。税を引いても240万枚は残るであろう。現金はありがたい」


うちの金庫も枯渇寸前だからね。現金は本当に有り難いよ。支払いが差し迫ってる借金も少なくないからね。


税で二割も引かれるのは痛いけど。


バドラキア王国軍はオリオン軍単体で壊滅させたんだけどね。捕虜交換するまでに食わせてた飯とか軟禁場所とか監視の兵とかもうちが出したんだけどね。

関係ないですか。そうですか。


「増える予定はありませんでしたからね。この80万枚は如何しますか?」

「貴族達への見舞金や恩賞に関しては事前の条件で既に話はついている。追加分は新領地の領主に渡して、余りはオリオン家の金庫に入れる予定だ」


お金は金庫か。半分くらいは借金に消えそうだ。


「あまり残らなそうですが、広い土地が手に入りましたし、今しばらくは地盤固めに注力出来そうですね」


攻められたから守っただけなのに新しい土地が手に入るのは素晴らしいね。やっぱり地続きなのが嫌なのか。


バドラキア王国はポルネシア王国からの報復を過剰に恐れている。


十万もの軍勢が魔法一つで壊滅させられたというのが決定打になったのだろう。あっさり領地を渡してきた。


あんな物連発は無理だけどね。二分乃命ジ・アビスとか二度と使いたくない魔法の一つだし。


それにしても。


「新領地の領主決めですか……。また揉めそうですね」

「全くだ」


今回増えた分とは別の、五年間での平和交渉時で貰う予定だった領地については既に話し合いは終えている。詳しくは省くが本当に大変だった。


最終決定はオリオン家にあるものの、西部貴族達の意見は無視出来ないし、ある程度考慮に入れる必要がある。


皆好き勝手に喋るからね。まとめるのが大変なのよ。


今回割譲された領地、特にリーブヘイトとブルックヘルムは前回分配が決まった領地以上の優良領地。

これはまたもう一波来ますわ。


「何かいい案はあるか?」


また雑な振りだな。


「領地分配ならお父様にお任せ致しますよ。私よりも西部貴族達に詳しいでしょうから」

「ふむ」


まさかこれも俺にやらせるわけじゃないだろうな。流石に無理だ。

曖昧な知識では領主決めはできない。


領地を授かり領主となれば、その家は永代貴族となる。責任や考えることも増えるが、領民からの税金がそのまま懐に入るから領地を持たない奉公貴族達とは収入が桁違いになる。


しかも、やらかしたり奪われたり外交の道具にされない限りは基本的にはずっとその貴族の一族のもの。


一族の繁栄に土地は欠かせないものだ。


そんな大事なものを当主でもない俺が決めるのは流石に憚られる。


「そうか……」

「ええ、お父様にお任せします」


面倒くさがっているのだろう。俺もだ。


「それで……」


そこで一拍おく。


「お父様が王都までいらっしゃったのは何故でしょうか?」

「ああ、そうだったな。実は帝国からの返事が来てな。和平の使者が送られてくるそうだ」

「ほう」


まあ予想通り。じゃなきゃバドラキア王国があれだけ焦って講和交渉をするはずが無い。


「講和の内容は?」

「それはまだだがな。和平の使者がちょっとな……」

「和平の使者に何か問題が?」


低位の貴族の誰かでも来るのだろうか。和平の使者の位はそのまま相手の国との話し合いが如何に自国にとって重要かを示す物差しとなる。


例えば先日協定を結んだバドラキア王国の使者は現王の同腹の弟、リコリア共和国の使者は副総統、ナスタリカ皇国に至っては皇国の一番トップ、皇王がやってきた。


どの国もポルネシア王国との今回の和平を最重視しているのがよくわかる。

それ故に気になるのが帝国の使者だ。


「帝国からの使者はガルレオン帝国現宰相だ」

「え?宰相?本当ですか?」

「ああ、そうらしい」


ガルレアン帝国の宰相が和平の使者。その衝撃に俺はしばらく沈黙してしまう。


「火がついている、ということだろう。もはやポルネシア王国との戦争ができる状態ではなかろう。この国にはお前がいる。そして……それ以上に厄介な存在が西にいるのだからな」

「しかし、宰相ともあろう人間が来るとは……」

「オルガ評議国と戦争になるかもしれないからな。当然だ」


ガルレアン帝国西部に帝国と国境を接する、世界第二位の国土と多種多様な種族が暮らす超大国オルガ評議国と言う国がある。このオルガ評議国は他国に対して戦争を仕掛けることは殆どなく、また他国からの嫌がらせにも長らく沈黙を保ってきていた。


その理由は複数存在するが、中でも一番大きな理由。それは、このオルガ評議国にはゴブリンの神、大陸最強にして最悪のゴブリン、神鬼バンイが巣食っていたからである。


何十年もの間オルガ帝国に居座り、今まで各種族、各部族の英雄級古代級の存在が幾度となくこの神鬼バンイに戦いを挑み、なす術なく全滅させられていた。


オルガ評議国はこの神鬼バンイに百を超える人間種族が絶滅させられ、十万を超える死者を出していた。


だが昨年、オルガ評議国を長年悩ませていたこの神鬼バンイを討ち取った者がいると言う。




名は、ロキ・マグニ・プロメテウス。




僅か12歳の神話級魔導使いだという。

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