第121話 バドラキア王国との外交

一旦オリオン領に帰り、ちんたらしながらなんやかんや過ごし、五日後、王城の会議室にて椅子に座るなり、なんら前置きもなくそう言われた。


一応、一国からの使者を五日も待たせたので嫌味半分で謝罪でもしようかと言葉を用意していたのだが、拍子抜けだ。


言われた事自体は想定のうちなので、別に驚きはない。


「左様ですか。こちら側のご提案を受け入れていただきありがとうございます。では、早速調印式に……」

「お待ちを。そちら側の条件はお受けしますが、こちら側も要求するものを変更させていただきたい」


今回の戦争の戦勝国はポルネシア王国だが、体裁は講和交渉だ。バドラキア王国からの要求は関税に関することや、五年間の不戦条約などで直接的な金や物資ではない。


「お聞きしましょう」

「そちら側の関税などは記載通りで構いません。ただ、不戦条約の期間を二十年に延ばしていただきたい」


帝国の情報を既に聞いている俺は、その話には少しも驚かない。


「我がバドラキア王国と貴国は長年争い、双方共に血を流してきました。しかし、これを期に手を取り合い、過去の遺恨を取り払う事で、平穏を長期に渡り築いて行くことが双方の国の国益に繋がると我らが王は仰っております。最初は二十年ですが、それからも講和を続ける事によって貴国と我々との恒久的な平和を築き上げていきたいと考えております」


思ってもないことを、などというつもりはない。国の為、国民のためなら親を殺した相手でも笑顔で話し合うのが外交だ。

しかし、感情を抜きにしても受け入れられない条件だ。


「使者殿のお気遣い大変嬉しく思います。しかし、それは出来ない相談です。我々と貴国は長年争ってきました。現在、我々西部一帯にて貴国に親族や当主を殺された貴族、陵辱された市民達がバドラキア王国憎しと声をあげております。今回の条件もはっきり言ってかなり譲歩しての内容。これ以上貴国に対して譲歩を行えば、最悪西部一帯で要らぬ不協が生じる恐れもあります。どうかご理解を」

「レイン殿の仰っていることは我々としても理解しております。もちろんこちらとしても相応の物をご用意しております」


そこでバドラキアの使者は一拍置き、一呼吸おいて語る。


「双方の平和の証といたしまして、バドラキア王国最北東の地、リーブヘイト領をお付けいたします」

「リーブヘイトですか……」


バドラキア王国最北東の地リーブヘイト。

そこはバドラキア王国の対ポルネシア、リュミオンの最前線の地であり、山々と渓谷に囲まれた天然の要塞。


バドラキア王国がリュミオン王国を攻める際はほぼ決まってこのリーブヘイトに兵を集めていた。


何故なら、このリーブヘイトにはリュミオン王国、ポルネシア王国へ続く山道が幾つもあり、兵を敵の目から隠し、二カ国に対して攻め易く、守りやすいという利点があったからだ。バドラキア王国の要所と聞かれれば西部貴族なら三指にはあげる重要拠点であった。


それを差し出す、と。


俺は顔に出さずに頭をフル回転せさる。前提としてリーブヘイトだけで五年から二十年に延長させる事はありえない。

リーブヘイトは要所だし、ポルネシア領となれば、ポルネシア領となった元リュミオン領土の北西部への物資、兵の通行が楽になる。


対ポルネシアの要地だけあって道を整えるのは大変だし、あえて放置された山林の魔物を狩るのに多くの冒険者を雇う必要も出てくるだろう。城も当然改築が必要で、それにも相応の金がかかる。

しかし、それは賠償金で賄えばいい話なので、条件としてはかなりの好条件だ。


だが、これだけでは条約を長引かせるには足りない。五年で力を蓄え、俺が軍を率いればリーブヘイトを落とすのは難しくない。神眼で森の中の兵の配置、敵の兵力や罠、相手の城の抜け道まで丸裸に出来るからだ。


それを知らなくとも神話級魔導使いとの争いを十五年も先延ばしにするには対価として不十分。


当然それは向こうも分かっているはずだ。


「その条件では条約期間を延ばす事はできません」


俺は首を横に振る。


「では、賠償金の額を大金貨三百万枚に増額致します」

「ふむ……」


さらに積み上げてきた。


大金貨三百万枚。

だが、足りない。リーブヘイト領と合わせても精々十年と言った所だろう。


そう考え、今回の話の落としどころを悩む。

先延ばしにするか。

急ぐ理由はこちらもあるが、バドラキア王国の使者の様子を見るに、帝国からの調停を待った方が得られるものも多そうだ。


などと思い断ろうとすると、更に条件を追加してくる。


「では、更にブルックヘルム領で如何でしょう?」


ブルックヘルム領?どこだ。分からん。


神眼を発動し、別の部屋に用意していたバドラキア王国の地図を確認する。


おかしい。そんな名前の領地はないぞ。と思ったが、即座に閃く。

元リュミオン王国領か。


そう思い、視点を上の方に向けると、確かにブルックヘルム領は存在した。


そこで思い出した。ブルックヘルムは大きな湖が中心にある元は漁業が盛んな領地だった。今はバドラキア王国によって占拠され、ポルネシア王国との国境の最前線の地とあって荒れ果てていると聞いた事がある。


不戦条約を結んだ暁には漁業を復活させる事で水産物取引の一大領地となるだろう。


リーブヘイトといい、ブルックヘルムといい悪くない。


「ふむ……」


やはり、バドラキア王国にとってポルネシア王国との平和協定は急務なのだろう。

俺の得た情報から考えると、帝国はポルネシア王国との協定のためにバドラキア王国を切り捨てる可能性は十分ある。というか彼らの反応からしてほぼ間違いないだろう。


悩む。これだけのものを無償でくれるなら別に二十年くらい平和協定を結んでもいいのではないだろうか。戦争嫌いだし。


などという私的な考えと、この条件でも二十年はあり得ないだろうという、合理的な考えが頭の中で戦いを繰り広げる。


どちらの領地も要地であり、ポルネシア王国にとって重要拠点となり得る土地だが、俺が軍を率いれば取れる土地だ。それに交渉の締結が破談になっても最悪西部貴族だけで対応できる。


まあここでバドラキア王国との交渉を破断にさせると、帝国との講和交渉を必ず成功させないといけなくなるのだが。


それはそれでプレッシャーになるな。

バドラキア王国やリコリア共和国の使者を何度も追い返せるのは同格かそれ以下の国との交渉だから。


だが、帝国は違う。ポルネシア王国はリュミオン王国の四分の一を吸収したとはいえ、国土は精々中の下、人口は大陸の平均よりは多くなったかというレベル。対して帝国は複数の国を傘下に持つ大国。


大国のプライドとして、小国相手に何度も和平の使者を送ったりなどしない。交渉は数日かかろうが何だろうが一度で終わる。


そこに全てをかけるのはリスクが大きいか。


今回のバドラキア王国との交渉は、私軍単体でバドラキア軍を全滅させたオリオン大公爵家にあり、そしてその当主であるお父様が俺を使者に指名した事から始まっている。

とはいえ、国の意向は無視できないし、陛下から暗にでも交渉を早めるよう言われたらそうせざるを得ない。

それに、小国であるバドラキア王国よりも帝国との交渉を最優先にするのは当たり前だ。


「ふむ……」


二回目のふむが出てしまった。


条件としては悪くないのだ。だが、二十年はやはり長い。十年ならと交渉してみるか。いや無理だな、流石に。


交渉が決裂しそうな雰囲気が伝わってきたのだろう。バドラキア王国の使者が口を開く。


「これでもご納得いただけませんか?」


ちょっと無言で考えすぎたか。俺は一瞬考え、重々しく首を横に振る。


「ポルネシア王国も、また西部貴族達も貴国らと国交、交易を交わし、歩み寄って行きたいと考えております。しかし、二十年というのは人族にとって長い年月です。そしてそれ以上に長い時間我々は争ってきました。その遺恨を解消するには、貴公からいただいた提案では承諾致しかねる。ご理解を」


突っぱねる事にした。しょうがない。二十年は長すぎる。十年ならともかく、二十年となると責任が持てない。金と領地はめちゃくちゃ惜しいけど、後先のリスクを考えるとな。


「そうですか……」


そう使者は少し俯く。二十年の講和交渉は諦めたかな。


「では、デュッヘン領、ブリュッセル領、それと……」


諦めてなかった。

だが、どちらも元リュミオン領。デュッヘン領は麻の産地でブリュッセル領はワイン用の葡萄の産地だったか。

普通の領地以上の価値はないな。


そもそも俺が軍を率いれば獲れる領地だ。やるかどうかはともかく、領地をいくらもらっても不戦条約を延ばす条件にはならない。


そう思った矢先のことだった。


「リーブ条約に貴国を参入させるというのは如何でしょう?」

「リーブ条約!?」


思わず声を上げたのは俺ではない。俺の隣に座っている王宮外交官。基本的な話し合いは俺が行い、何かあった時のための口出し要員だ。この四日間殆ど口出しなかったが、思わず声を上げてしまったのだろう。

リーブ条約とはそれ程のものだ。


リーブ条約。

大陸中央にある交易都市リーブにて決議された主に中小国家の貿易条約である。


30以上からなる国々が参加しており、この条約に参入する事はポルネシア王国の一目標であった。

参入できなかった主な要因としては、参加国のうち、その多くがガルレアン帝国と国交があったから。


ポルネシア王国を弱体化させたいガルレアン帝国としてはリーブ条約へのポルネシア王国の加盟は阻止したいだろう。


しかし、それを他でもないガルレアン帝国傘下の国、バドラキア王国が提案してきた。


バドラキア王国の帝国からの独立か、はたまた帝国と話がついているのか。


俺は念の為、バドラキア王国の使者に問う。


「我々ポルネシア王国がリーブ条約に参加することを否決している国は貴国以外にも複数ございますが、それらについては?」

「全く問題ございません。今回の講和条件を呑んでくだされば必ず貴国をリーブ条約に加盟させられます」


ふむ。俺は更に念には念を押す。


「もし加盟が通らなければ今回の講和は白紙になる旨、記載させていただきますがよろしいですか?」

「ええ!全く問題ございません」

「なるほど……」


決まりだ。


俺はチラリと王宮外交官を見る。リーブ条約は国と国の条約。大公爵家で今回の講和のポルネシア王国代表であるとはいえ、一人では決められない。

そしてその為にポルネシア王国の外交の全権を握る彼が居るのだ。


俺の視線に気付いた彼は一つ、力強く頷く。


「ふぅ……」


息を吐く。


その時、俺は今回の交渉をお父様に任される際、言われた言葉を思い出していた。


「交渉とは始まる前に終わっている。いかに用意周到に準備してきたか、いかに相手のことを調べ上げてきたか、それが交渉の全てだからだ。今回の交渉をお前に任せるのは、私が行ってもお前が行っても得られるものは殆ど変わらないからに他ならん。相手は徹底的に交渉相手のことを調べ、そして必ず交渉を成功させるよう準備してくる。お前は納得できる所で頷けばいい。頷かざるを得ない条件を提示してくるだろうからな」


それを聞いた時、頷かざるを得ない条件って何だ、と思ったがなるほど。これは受け入れるしかない。


「貴国の誠意、確かに受け取りました」


俺はそこで立ち上がり右手を差し出す。向こうも立ち上がり、俺の手を握る。


ここにポルネシア・バドラキア平和協定は成ったのであった。




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