第120話 往復

ガタガタガタと揺れる馬車。スプリングを施しているため、他の馬車ほど揺れるわけではないが、それでも揺れがなくなるわけではない。


そんなものに毎日十時間近くも乗っていると気が滅入ってくる。


何故俺がこんなものに乗っているのかといえば、戦争から二ヶ月以上経ってもなお、連合軍に参加した国々との講和がまとまらないからに他ならない。


帝国はいまだに返答なし、バドラキア王国、リコリア共和国は使者が度々やってきているが、中々妥協点に辿り着かず。


戦争が終わって二ヶ月、唯一協定を結び、捕虜を解放したのはナスタリカ皇国だけだ。


とはいえ、妥協も出来ない。


特にバドラキア王国の賠償金問題はオリオン大公爵家も人ごとではない。


何故なら、バドラキア王国からの賠償金は王宮にも入るが、実害が出た西部貴族一帯にも多く支払われる事になっているからだ。


俺はその西部一帯の貴族の代表として、バドラキア王国との交渉の席に付いている。妥協などあり得ない。


因みにバドラキア軍の総大将だったグリド王子は既に解放されている。最初の交渉の時に保釈金を貰い、さっさと追い払っておいた。


攻め込まれた国とはいえ、敵国の王族をいつまでも拘束し続けるというのは対外的に醜聞が悪いし、グリド王子は負けて鬱になったのかご飯もろくに食べず日に日にやつれていくのだ。


万が一にでも死なれでもしたら敵国の王族を拷問したとでも言われかねない。


保釈金の額も正直少なかったが、ごねてじゃあまた今度と言われたら溜まったものじゃない。リスク管理の観点からもさっさと追い出すに限る。早々にお帰りいただいた。


捕らえた一般兵達もその殆どが既に解放している。


バドラキア王国に連れて行かれたポルネシア人やリュミオン人との人質交換を行ったからだ。


いるだけタダ飯食らいをするだけだし、命令されて来ただけの一般兵達を拘束し続けると言うのも意味がない。


捕らえた以上の市民達が戻って来たので、有意義な捕虜交換だったのではないかと思われる。


当時はもっと殺す予定だったのだが、多く生き残ったのが結果的にいい方に転がったといえよう。


だが、アイゼリック含め、捕らえた貴族達や指揮官級の者は未だ解放していない。

彼等はオリオン家が所有する屋敷で厳重に軟禁している。


バドラキア王国側から、アイゼリックだけでも解放しろと要求されているが、そんな都合のいい話はない。


しかしこちら側から提案している条件はのめないと突っぱねられる。


既に三回、講和会議が行われており、これで四度目だ。


妥協するつもりは毛頭ないが、そろそろ終わりにしたいのも事実。馬車に乗って移動するだけで往復で六日は取られるし、他にも色々悪い影響がで始めている。


講和交渉が終わらないと言う事は戦争が集結していないと言う事。武器こそ交わらせていないものの、未だにポルネシア王国は三カ国と戦争状態にあるのだ。それ故に、現在は実質国交断絶状態に近い。


ポルネシア王国は大陸北東の端にあり、大陸中央の内陸国に国産品を輸出するのにはどうしても他国を経由する必要がある。


だから、ポルネシア王国の商人が他国に渡ることが出来ず、彼等の商いに支障をきたしており、既に陳情も上がって来ている。


東に一応海路もあるのだが、陸路よりもはるかに危険だし、内陸国に行くには遠回りになってしまう。


大商会ならともかく、零細商人達にとっては死活問題だろう。


そう言う理由もあって、バドラキア王国との講和が長引く事はポルネシア王国側にとっても不利益なのだ。


「はぁ……」


俺はこの先の事を考えため息をつく。


この問題には解決策はあるのだ。

一つはこちら側が要求を下げ、早々に国交を回復させる事。

もう一つはポルネシア王国南部のリコリア共和国との国交を回復させる事。


と言うか、今まではリコリア共和国側の交易ルートを行くのが主流だった。


度々戦争を起こしているバドラキア王国側の交易ルートは、バドラキア王国の貴族達が高い関税をかけており、利益を追求する商人達の交易ルートとしてはあまり現実的ではない。


戦争する前までのリコリア共和国との国交は良好なものであったし、さっさと金もらって、向こうが受け入れられる最大限の譲歩を引き出して講和交渉を終わらせればいい。


だが、どうもきな臭い。


リコリア共和国側は早々に講和を決めたがっており、その条件としても戦争の賠償金としては十分満足いく内容だったのだ。


ポルネシア王国側からの輸出品の関税の一部撤廃、リコリア共和国産の魔石を含めた一部希少鉱物などの優先買付権、多額の賠償金、捕らえた捕虜の全面解放。


戦争の賠償としては十分なものである。


しかし、ポルネシア王国側はこれに対してのらりくらりと曖昧な返事を繰り返しており、要領を得ない。


もちろんこれは意図的に返答を遅らせているのは暗黙の了解である。


では何を待っているのか。


それは、帝国からの講和条件で間違いないだろう。未だに帝国からの返答はないが、こちら側からの使者が首だけになって帰ってきてない事を見るに、必ず何かしらの返答はあるはずだ。

その内容次第でリコリア共和国との対応が決まるという事だ。


「これは帝国が何か言ってくるまでの間に講和しないと面倒くさそうですねー……」


陛下は、どうも戦略的にバドラキア王国との講和よりもリコリア共和国側との講和を重視している様に感じられる。


もしかしたら帝国の動き次第ではさっさと講和を行えという命令が降ってしまうかもしれない。そうなれば今の妥協点よりもさらにこちら側に不利な条件で講和しなければならなくなる。


帝国側もそろそろ動くだろう。後先のことを考えるのであれば、やはり今回でバドラキア王国との講和は終わらせなければならない。


そうなると問題は……。


「どこを譲歩するかなぁ……」


バドラキア王国に提示した講和条件が書かれた羊皮紙を眺めながらぼやく。


ポルネシア王国側がバドラキア王国側に求めているものは大きく5つ。


1.賠償金大金貨150万枚。

2.ポルネシア王国側からの輸出品の関税の一部撤廃。

3.ポルネシア王国民のバドラキア王国内における安全の保障。

4.バドラキア王国の一部魔石や魔道具を含めた物資の譲渡。

5.バドラキアが占有した元リュミオン王国領の一部割譲。


以上である。


多少欲張ってはいるが、無理難題は言っていない。


正直これ以上の妥協などあり得ないのだが、バドラキア王国側は要求が多すぎると突っぱねてくる。


事あるごとに帝国の後ろ盾をちらつかせやがって。狐野郎共がよ。


しかし、その虎の威を本当に借りられるかは疑問だがな。


帝国は今回の戦争で多くの兵士、多くの物資を損失し、尚且つ帝国最強の六人と魔導使いである六魔将を三人も失っている。


それは世界で5番目に大きい大国である帝国にとってもかなりの痛手。


それらを打ち破った神話級の魔導使いが率いた軍を、高々属国一国の一領地を守る為に兵を派遣するだろうか。


六魔将なんかまず出てこないだろう。名だたる将軍なんかもまず出てこないだろう。精々がボンクラに数万与えるのが手一杯のはずだ。


もちろんそんなのはこちら側の勝手な想像で、帝国が大挙して押し寄せてくる可能性が1%でもあるのであれば、バドラキアと事を構えるという選択肢はあり得ない。


連合軍によって少ない打撃を受けたポルネシア王国は、ここ数年無いほど疲弊している。


バドラキア王国が何も支払わないなどと言うのであれば、こちらとしても攻め入る大義名分が出来るのだが、講和自体は破談になっているわけでは無い。


そんな中で事をかまえれば、帝国がポルネシア王国に攻め入る大義名分が出来てしまう。


それはなんとしても避けたいところだ。


まあそもそも武力を持って言うことを聞かせるのは最終手段だ。話し合いで解決するならばそれに越した事はない。


そうなると、講和条件を緩和させなければならない。


「困ったなぁ……」


どこを減らすか。


金額を上げる代わりに4を無くすか。いや、生活に欠かせない魔石や希少な魔道具は時に現金より価値がある。


それともリコリア共和国を頼りに2と3を消して、1と4をさらに増やすか。


「いやないなー……」


西部でバドラキア王国と国境を接する西部貴族達からすれば、バドラキア王国側からの人の往来はリコリア共和国側よりもよほど重要なのだ。


直近の現金も欲しいが、バドラキア王国との国交が回復し、人の往来が盛んになれば国益だけではなく、その道すがらにある西部の領主でもある貴族達も潤う。


心情的な部分はこの際一旦置いておいて、実益を求める方がこの先の未来は明るいだろう。


「となると、現金と魔道具を減らそうかぁ。直近の資金繰りで困ってる貴族達にはオリオン家から貸し出す方針で穴埋めして、魔道具は他国から輸入する形で埋め合わせするか」


あまりやりたくないがこれが最善だろう。


などと一息ついた所に前方から大声が聞こえてきた。


「オリオン大公爵代理、レイン・グランデュク・ド・オリオン殿はいらっしゃるか!私は王都からの伝令である!」


俺は即座に神眼を発動。

大声を上げる男を見ると、ステータスに王宮伝令とある。王宮からの伝令に間違いないだろう。


俺はすぐに馬車の列を止め、扉から出て使者に声をかける。


「伝令官殿!私がレイン・グランデュク・ド・オリオンです!こちらにお越しを!」


伝令はすぐに俺を見つけ、すぐさま近くに寄ってきて、馬から降りる。そして恭しく伝書を渡してくる。


「こちらを!すぐ中身を確認する様にとの陛下からのご命令です!」

「ありがとうございます。すぐに中身を確認します」


まずは魔印を確認する。

押されていた魔印は第一級重要事項で高度な機密を要する時に使う物だった。


俺はすぐに馬車から対応する魔印璽を取り出し、封を開ける。


「どれどれ……。うん……?」


その中身はバドラキア王国からの使者が既に到着しているとの内容だった。


「うん……?バドラキア王国の使者殿の到着は後五日は先という話でしたが?」

「はっ! どうやら何か急いでいる様子で王宮に着くなりすぐに講和交渉を進めたいと要求していたとお聞きしております!」

「へー……」


こっちはこっちできな臭い話になってきたなぁ。バドラキア王国が急いできたって事は、早急に講和交渉を終わらせないといけない理由ができたということ。


もしや後ろ盾から見放されたか。


バドラキア王国との争いに口出さないから、俺らには手を出すなってことか。


それはないな。属国とはいえ、そんな切り捨て方すれば他の属国に示しがつかない。


最悪内乱になるぞ。


「陛下より更にもう一つ御命令があります。なるべく遅れてくる様に、との事です」

「……畏まりました」


出戻りか。しょうがない。


「では、失礼致します」


そう言って伝令官は帰って行った。




五日後ーー。


「我々バドラキア王国は先日貴国から戴いた講和条件を全て受け入れ、貴国ポルネシア王国との恒久的な平和を求む」

「ほぉー……」





銅貨10000枚→大銅貨1000→銀貨100→金貨10枚→大金貨1枚

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