第118話 王立学園
「お父様!今何と!?今何とおっしゃいましたか!?」
大公爵家となったオリオン家の居城。その大公爵家現当主の執務室にて、無作法にもノックもせず扉を開け、周りのお供や家臣の静止も聞かずにズカズカと現当主に詰め寄る不遜な男がいた。奴隷なら拷問死、平民なら斬首、貴族であっても下手をすれば死罪にすらなるその無礼な行い。そんな事は一切気する様子なくずかずかと部屋に入り、それを止めようとする家臣達を引き摺りながら書類の積まれた机の前に立つ男。
俺である。
「お父様、もう一度、もう一度お願いします!」
きっとアニメなら俺の顔は般若と化しているであろう。それだけ重要な、いや、あってはならない話を聞いてしまったからだ。
お父様はそんな俺を呆れ顔で見て、俺を止めようとする家臣達に軽く手を振る。
すると、すぐに家臣達は俺から離れ、後ろでことの次第を見守るように立つ。
「はぁ……」
お父様の口から重いため息が出る。
溜め息を吐きたいのは俺の方だよ。俺がどれだけ楽しみにしていたと思うんだ。
「……」
「……」
お互い沈黙が走る。
背後の家臣達も困った様な顔で事の次第を見守っている。
しかし、そんな沈黙に耐えきれなくなったのか、それともこのままでは仕事が進まないと思ったのか、お父様はもう一度大きな溜め息を吐き、ようやく口を開く。
「お前という奴は……相変わらず変なことにこだわるというか何というか……」
「お父様、お言葉ですが、私は変なことを頼んだ覚えはありません!むしろ至って普通の事のはずです」
変なこととは何だ。俺はおかしなことは何も頼んでいない。ただ、ただ……。
学校に行きたい。
そう頼んでいるだけなのだ。
「普通はお前の歳で学校に行くのかもしれんが、お前は普通ではない。王都の学園は確かにこのポルネシア王国が誇る学術の最高機関だが、お前があそこから学ぶことなどもはや一つもない」
「なぜお父様にそんなことがわかるのですか?」
「私も通っていたからだ」
その言葉に、俺はグッと固まってしまう。
実際に通っていた人間の言葉だ。その言葉は確かに重い。しかし、俺は勇気を出して反論をする。
「お父様が通っていたのは30年も前「15年だ。盛るんじゃない」……おほん。失礼しました。15年も前の話。人の進化は早いのです。昔の学問よりも今の学問の方がもっと進んでいるはずです!恐らく今の学園の授業レベルはお父様の想像を遥かに超えるレベルとなっているでしょう」
真剣な顔でまくしたてる俺をお父様は呆れたような顔になり、後ろに控える家臣に誰かを連れてくる様に命じる。
暫くすると一人の若い男が入ってきた。
「失礼します!オリオン閣下!私をお呼びとのことでしたが……?」
眼鏡をかけ、運動よりも勉強に力を入れてきた人間だというのがその風貌からも伝わってくる。レベルも十代前半と低く、武官ではなく、文官なのだろうという少し痩せぎすな男だ。
また、個人的な印象になってしまうが、まだ垢抜けない新卒の様な雰囲気がある。しかし、同時に自信に満ち溢れており、仕事へのやる気と気概を感じる好青年だ。
この青年が何だというのだろうか。俺は眉を顰めながらその青年を眺める。賢そうな雰囲気はしているものの、ここはポルネシア王国唯一の大公爵家、そんな人間珍しくも何ともない。
そんな俺の疑問に、お父様は紹介と共に答えてくれた。
「レイン、紹介しよう。リコン・バロン・ド・グレイだ。昨年の王立学園の首席だった」
「はっ!レイン様!お初にお目にかかります!ただいま閣下よりご紹介に預かりましたリコン・バロン・ド・グレイと申します!」
「王立学園……首席?」
なんか出来そうな雰囲気があるなと思っていたのだが、まさか元首席ともあろう人間がウチで働いていたとは。
「グレイ。昨年王立学園を首席で卒業したお前に聞きたいことがある」
「はっ!何なりと!」
「今、王立学園にレインを入学させるかで迷っておる。単刀直入に聞く。今の王立学園の学問レベルはレインが通うに値するか?」
グレイは一瞬考え込み、チラリと俺を見てはっきりと答える。
「レイン様の学問レベルを考えますと、かの王立学園といえど見合わないかと思われます!」
「やはりな……」
ため息と共に頷くお父様を見て、俺はすぐさま第二案に移行する。複数の案を用意するのは貴族として当然のことである。
「お父様、学園に行く目的はそれだけではありません。学園には多くの貴族、また才能あふれる平民達が多く通うことになるでしょう!そんな彼等と良き学園生活を共にし、真の絆を深めることはこのオリオン家に多大な幸運をもたらすでしょう!」
「必要ない」
え。
「な、なんと?」
「必要ないと言ったのだ」
「な、何故です?」
そんなあっさり不要と判断されるとは思わなかったため、俺は狼狽してしまった。
「既にこの国でお前の顔を知らないものはおらぬ。会う必要がある人間は呼び出せば良い」
「そ、それでは次世代を担う者たちとの交流が……」
「交流は確かに大事だが、学園であるという必要はない。交流を持ちたい人間がいるなら社交界でも開いて呼べばよい」
「それでは才ある平民達を見落とします!」
「ならば視察とでも称して学園を見てまわれ」
「……」
ガクリと膝から崩れ落ち、俺は両手を床につける。
「分かったなら下がれ。お前も忙しかろう」
「はい、お父様……失礼しました」
そう告げ、俺はトボトボと部屋を出る。
だが俺は諦めてなどいない。向かう先は自室などでも俺用の執務室でもない。
「お母様ーーーーーーーーー!!!」
お母様がいるテラスに駆け込んだ。
お母様は庭で紅茶を優雅に飲みながら、北方貴族の奥方と談笑していた。
俺はそんな所に構わず飛び込んで行き、お母様に泣きつく。
「レ、レイン!?」
「ヒグッ!お母様、お父様がひどいんです!ヒグッ!」
「レイン、ちょっと貴方……」
突然の乱入者にお母様も相手の貴族の奥方も目を丸くしている。神眼で名前を見ると北部貴族のノーマット卿の奥方らしい。
まあそんな事は関係ない。
「お父ざまが、学園には行かせないって!うわああああぁぁぁん!」
「レ、レイン貴方ったら!ちょっとやめなさい恥ずかしい!」
あたふたするお母様かわいい。
そう思いながらも俺を引き離そうとするお母様の足にしがみつく。
そんな俺達の様子を見ていたノーマット夫人が声をかけてくる。
「レイン?もしかして北部で帝国六魔将の二人を破ったあのレイン?」
そう言われ、俺は泣き真似をした顔をあげる。
驚いた様な何ともいえない表情でこちらを見ている。
少し眉を顰めただけの俺の代わりにお母様がその問いに答える。
「え、ええ信じられないかもしれないですが、今ここで泣いている子がレインです」
「……」
お母様がそういうと、ノーマット夫人はさらに信じられないような目で俺を見る。
用が済んだとばかりに俺も泣き真似を再開する。
「レ、レインいい加減離れなさい!お父様には後で一緒にお願いしてあげるから」
「はい!ありがとうございます!」
その言葉が聞きたかった。
俺は泣き真似をやめ、お母様の膝から離れる。そしてそのまま帰ろうとすると、後ろから声をかけられる。
「少々お待ち下さい」
「はい?私ですか?」
何だろう。会った事はないはずがだ。それとも怒ったか。いや、違うな。怒り心頭って顔じゃない。
「私はミア・ヴィスカント・ド・ノーマットと申します。前ノーマット子爵の妻でした」
「……? これはご丁寧に。私はレイン・グランデュク・ド・オリオンと申します。以後お見知り置きを」
疑問はあるものの挨拶をされたので挨拶をし返す。
前ノーマット子爵という事はミア夫人の夫は亡くなったという事だろう。いかに俺とてポルネシア王国に存在する全貴族の動向をいちいち把握している訳ではないので、ノーマット子爵の代替わりは初耳だった。
粛清対象であれば俺が覚えているはずなので記憶にないという事は事故か、タイミング的に戦争で亡くなったのだろう。
「夫の仇を取ってくださりありがとうございました」
戦争だったか。
北部に突如現れた帝国軍を足止めする為に何名かの貴族が立ち向かったという話は俺も聞いている。
ノーマット子爵というのはそのうちの一人だったのだろう。
「これは大変失礼いたしました。勇気ある北部貴族のご夫人であられたとは。北部の被害が抑えられ、王軍が編成しラッツ平原にて兵を展開できたのは他でもないノーマット子爵、および誇り高い貴族方のおかげです。私も彼等のような誇り高い貴族になれるよう日々精進しております」
「いえ、構いません。夫は貴族の誇りを持って死にました。遺体は辱められたものの、無事祖先達の眠るお墓に入れてあげることができました。貴方のおかげです」
そう言って瞳に涙を浮かべながら頭を下げるミア夫人。
俺はというと、正直ちょっと罰が悪い。やっぱり客人がいる前でふざけるものではないな。
そう思いながらも謙遜をすると、ミア夫人も少し罰が悪そうにしている。
「あの、その……」
「はい?何でしょう?」
「正直ここにくるまで本当に貴方が帝国六魔将を討ったのか疑念を抱いておりました。そしてその疑念は今も晴れておりません」
こちらに明らかに疑念の目を向けてくる。まあ今の茶番を見たのならしょうがない。
「大変失礼ながら、夫の仇をどうやって討ったのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ、構いませんよ。とはいえ、それならその場にいたもう一人を呼んだ方がいいですね。スクナ」
「はっ!ここに!」
その場にいなかったスクナが突然現れ、ミア夫人は慌て、後ろの護衛がミア夫人を遮るように立つ。
「ご安心を。私の部下の一人で古代級魔法使いのスクナです」
スクナは紹介されると一礼する。
「こ、古代級魔法使い?」
「ええ。火魔法限定ですが。私とこのスクナの二人でウィンガルドを討ち取りました」
そしてそこから事の顛末を話す。
「そして最後、運良く私の貫手がウィンガルドの胸を貫き、そこでウィンガルドは絶命しました」
「……」
静かに最後まで聞いていたミア夫人は一つ頷き、口を開く。
「ありがとうございます、レイン。ただ……」
ミア夫人の言いたい事はわかる。お前みたいな子どもにそんなことできるわけがないと言いたいのだろう。
俺は少し苦笑しながら、言い訳をする。
「私は普段から力をできるだけ抑えているのですよ」
「……何のために?」
「それは……」
少しだけ、自発的に抑えている魔力を解放する。
ピキッ。パキパキパキ。
「ひっ!」
「ミア様!」
お茶を淹れていた陶器に軽くヒビが入り、俺を見ていたミア夫人が怯え出す。夫人の護衛の女騎士が慌ててミア夫人と俺の間に立ちミア夫人を守る。
そこで俺はまた魔力を抑え、壊れた陶器を魔法で直しながら。
「これが理由です」
そうにっこり笑って俺はその場を後にした。
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