第112話 吠える
空を覆う絶望。逃げ惑うポルネシア・リュミオン兵達。
そんな狂乱の最中、示し合わせた声が響き渡る。
「「「「「「
ポルネシア・リュミオン連合軍内の六箇所から響いた声と共に、魔法が放たれる。
次の瞬間、手を掲げた六人の天上、ポルネシア・リュミオン連合軍全域に半円状の壁が出来上がる。
その光景に先程まで半狂乱であった兵士達は空を見上げる。
両軍が微動だにしない中、隕石が
その瞬間、両軍の兵士達は信じられないものを目にする。
隕石が
その信じられない光景を呆然と見守る両軍。まるで時間が止まったかの様に、30万を超える全ての人間が身じろぎ一つせずその光景を見ていた。
そして、突然のことに困惑し、死が迫っているというのに夢でも見ている様な視線で見ていた帝国兵達の陣のど真ん中に隕石が落下する。
次々と降り注ぐ隕石。弾ける大地と肉塊となった人間達。
静寂に水を打ったように悲鳴と困惑の声があちこちから聞こえてくる。
それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
『全軍、突撃態勢!!!!』
ある種の幻想的な光景の中、ロンドの『十万軍』によりポルネシア・リュミオン全軍の脳内に声が響き渡る。
だが、呆気に取られた兵士達は動けなくなっていた。そんな兵士達にロンドはさらなる発破をかける。
『全軍、今すぐ持ち場に戻れ!! 突撃態勢だ!』
「「「「お、おおぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!」」」」
再度の声掛けに兵士達は雄叫びを上げながら持ち場に戻り次の合図を待つ。
そして、最後の一つの隕石が落ちた瞬間、全兵士の脳内にロンドの命令が響き渡る。
「全軍! 突撃だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!」」」」」
ーー帝国軍にて。
「あ、有り得ない……」
「こんなことが……」
跳ね返り続け、降り注ぐ隕石によって半狂乱で逃げ惑う帝国軍を見つめながら、帝国六魔将、土のバスターと火のキャンティスは呆然とする。
「あ、あんな魔法が……」
「……」
絶句する二人をよそに、隕石の最後の一つが帝国軍内に落ちる。
それを合図にポルネシア・リュミオン連合軍が突撃を開始した。
「バスター様、キャンティス様! 今すぐお逃げ下さい!」
その光景を見た将軍や参謀達がしきりにバスター達を急かしてくる。
だが、二人は動くことはできなかった。
失敗をした事がなかったが故に、そして帝国六魔将の誇り故に、周りの声を聞かずに現状を打破する方法を考えてしまっていた。
そんな時だった。
ポルネシア・リュミオン連合軍の戦闘が帝国の最前線、いや最後尾に到達する。
「な、何だあれは!?」
参謀達の視界の先では、真っ黒な腕が重装備で固めた帝国軍の兵士を次々と宙に薙ぎ払っていた。
そして宙に舞った帝国兵は空中でバラバラになりながら逃げる帝国兵に降り注ぐ。
帝国兵によって埋め尽くされており前に進むのに苦労するはずだが、その悪魔の様な突撃はまるで速度を緩ませることなく真っ直ぐバスター達がいる本部に突撃してきていた。
「は、速すぎる!」
「真っ直ぐこちらに向かってくるぞ!」
「バスター様! キャンティス様! お逃げ下さい! 我々が時間を稼ぎます!」
「バスター様! キャンティス様!」
その周りの声にバスターはカッと目を見開くと、隣で唖然としていたキャンティスの肩を掴む。
「きゃっ! 何?」
「キャンティス! お前は逃げろ!」
「え、え? 何を言ってますの?」
「そうです! バスター様も一緒に……」
突然のバスターの大声にキャンティスや周りの参謀達も驚く。
「このまま逃げればあれに背を討たれる。英雄級の魔法使いに小手先の技や人間の壁は通用しないと俺たちが1番よく分かってるだろ。キャンティスと俺、残るのなら俺が適任だ」
「そんな……」
「お前達は帝国兵を一人でも多く帝国に逃がせ」
「……」
バスターのその一言は帝国軍の敗走を意味していた。
「バスター様……」
「行け……!!」
「ご武運を!!」
バスターの覚悟を見た参謀達は馬に乗り敗走する兵士達に紛れ後退していった。
それを見送ると、既に眼前にまで迫った敵を見据える。
「くっ!?
突如伸びてきた真っ黒な手を防ぐために魔法を使う。
地面から壁の様に突き出てきた岩の壁は激しい音を立てる。
どうやら
そして、平になった
「あははははははは!!!!! よえぇ、よえぇ! 弱過ぎんぞテメェら! あっさり負けてけつ捲ってんじゃねぇぞ! あははははは!!」
「ミリー、はしたないよ」
笑う怪物の様な様相をした女を銀髪の獣人の女がたしなめる。
「あっさり終わるならいいじゃん。どうせつまらない戦争だよ」
「そうそう。全然楽しくない戦争だよ」
金髪の小人族らしき少年達が気怠そうに話している。
「み、みんな。失礼だよ。あ、あの! 貴方は帝国の偉い人ですか? お名前は……、バスター・イール・ド・ラチェス、様ですか?」
「バスター? おいウルカ! 今バスターっつたか?」
話の途中で興奮した様子のミリーが会話に入ってくる。
「う、うん。私の鑑定眼に間違いがなければ、だけど……」
そんなミリーに、ウルカは自信なさげに返答する。
「バスターっつったらおめぇ、くくくくく。帝国六魔将、土のバスターだろ? くくくくく、あっはっはっはっは!」
バスターの名前を聞き、ひとしきり笑ったミリーは、次の瞬間、殺気を振りまきながら歯をむき出しにしてバスターを睨む。
「こいつは俺様の獲物だ。おめぇらは先行って帝国兵の汚ねぇけつでも追いかけてろやぁ!」
「だめ」
「ぁああ? 俺様とやるっつうのかアイナよぉ?」
即答で拒絶するアイナにミリーが食ってかかる。だが、そんなミリーの殺気の籠った視線にも動じず、アイナは淡々と言葉を返す。
「レイン様が帝国六魔将は必勝の条件で戦えと。貴方がメインなら私と風魔法のコウとウルカの四人掛かりでやる」
「んなかったりぃ事できるか! 邪魔だからさっさと行け!」
納得できないミリーと淡々とゆずらないアイナが一触即発になりそうな雰囲気の中、金髪の双子が発言する。
「いいんじゃない。この人、MP使いまくってもう手負いでしょ? ミリーが負ける要素ないし。そもそもこの時間が無駄だよ」
「そうそう。それにアイナはともかく僕達は普通に邪魔になるよ。レイン様抜きの連携訓練とかしてないし」
「おう! 分かってんじゃねぇか! さすがコウメイ兄弟!」
「……」
「3対1。文句ねぇな?」
無言になるアイナにミリーが上機嫌で声をかける。しかし、その瞳にはそれ以上ガタガタ抜かすとお前からやるぞ、という言外の意味が込められていた。
「ウルカ」
「はっはい!」
ほんの数秒の思案の末、アイナは今まで黙ってことの成り行きを見守っていたウルカに声をかけた。
「貴女はここに残りなさい」
「おい!」
「手を出す必要はない。追撃戦と言ってもこちら側でも多数の戦傷者が出るから。後のことはロンド大将軍に任せる。いいわね?」
「は、はい!」
「おーけーおーけー! さて話は決まった。待たせて悪かったな、おっさん」
真っ黒な闇に覆われた腕に巨大な大剣を持ち直し、再度バスターに向き直る。
他の三人は先を急ごうと駆け出そうとする。
「行かせん!
「やらせねぇよ!
地面から生えようとしていた土は、ミリーの魔法により砂となって崩れ去る。
「さっさと行けやザコども! ここからは大人の殺し合いだ!! あはははははははは!!」
全身から闇のオーラを噴き出しながら叫ぶミリーを置いて三人は帝国軍を追っていった。
ウルカも少し離れた場所でことの成り行きを見守る。
「ああ……滾る。おめぇの魂の輝きに! 俺様の魂が震えてるよぉぉぉ!!」
恍惚とした表情で歯をむき出すミリーに怯えることなく、バスターは右手の大剣、左手の大盾を構える。
「ガルレアン帝国六魔将、土のバスター」
「あはははははは、レイン六剣奴、ミリー・シュタルタル! お前の魂の音を俺様に聞かせてくれぇぇぇぇぇぇええええええあああああ!!!」
二人が激突する後方にて、ロンド率いるポルネシア・リュミオン連合軍本軍は駆け足で前に進んでいた。
そんな中、ポルネシア王国の旗を持った数名が移動しているロンドの本軍までやってくる。
「ウルカか、どうした?」
「あ、ロ、ロンド西部大将軍様、あの……」
「簡潔に述べよ。急いでいる」
「は、はい! 帝国軍中央司令部でミリーが暴れてます!」
「バスターとキャンティスか?」
「バ、バスターさんだけです。他はアイナちゃん達が追ってます!」
「分かった。お前は救護班に回れ」
「は、はい!」
ウルカからの情報を元に味方の軍全体に指示を出す。
元帝国軍司令部で暴れているミリーから距離を取ること。敵将のキャンティスや将校達が逃げていること。追撃戦で帝国軍をばらけさせない様に気をつけることなどである。
だが、次の瞬間、吠える様な声と共に前方から歓声が聞こえてくる。
「ガルレアン帝国六魔将、土のバスター討ち取ったぞーーーーー!!」
「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉおおおーーー!!!!」」」」」
歓声が上がるその中心では悪魔の様な様相をしたミリー・シュタルタルが天に高く吠えながら叫んでいた。
「信じられぬであろうな」
掲げられるバスターの首と吠えるミリーを見ながらロンドは呟く。
「お前達のこの今の状況を作ったのが、三年も前……わずか十歳にもならない子どもが作ったものであると言うことはな」
ポルネシア王国貴族の裏切りから始まり、不戦協定を結んでいたはずのリコリア共和国の突然の協定破りからの宣戦布告。友好国であった筈のナスタリカ皇国の反転。
そして、ガルレアン帝国、バドラキア王国からの宣戦布告なき国境横断。
その全てが神の眼を持つ十歳にも満たない少年によって見破られ、対策されていた。
予定外の事態はたった一つ。北のエルフの森を帝国軍が抜けてきた事だ。
それ以外の万事は全て想定内。
「父親であるこの私ですらゾッとするよ。レインがもしお前達帝国側で産まれていたらと思うと」
帝国は現在の皇帝になってから貴賤問わず優秀なものであれば高い地位につけるようになっていた。レインならばきっと、仮に奴隷として生まれていたとしても重宝され、あっという間に皇帝の耳に入り、国の重鎮となっていたであろう。
そんなことになればポルネシア王国はなす術もなく蹂躙されていた。今ポルネシア王国に存在する全ての人員を動員しても、帝国兵を率いたレインは止められないのだから。
そんな最悪の事態にならなかったことに、天に感謝する。
「ポルネシア王国最大の幸運は、レインがオリオン家の長男として生まれた事」
まさに幸運。そうとしか言いようがない。
「そして……」
波が引くかの如く逃げる帝国兵を冷たい瞳で見つめ、呟く。
「お前達ガルレアン帝国最大の幸運は、三年前のあの日……私を殺せなかったことだ」
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