第113話 エクスキューショナー
右、左、上、後ろ。
一瞬の剣戟によって目まぐるしく交わされる剣戟によって爆竹を直近で破裂させた様に火花が散りばめられる。
AGIが上がれば動体視力も微量ながら上がっていく。高レベルと神速によってこの大陸指折りのAGIを持つ俺の動体視力は大陸最高峰と言っても過言ではない。
だが、目の前の戦いは大陸最速の戦闘。
俺ですらその剣戟は、神眼による補助なしでは目に追えないものになっていた。
先程から何度かウィンガルドにデバフを飛ばしているのだが、全く当たらない。
防御魔法はスクナの邪魔をしそうで怖い。
ウィンガルドはスクナからの猛撃を防ぎ、かわし、いなしながら虎視眈々と俺の首を狙っている。
だが、俺には近づけない。
俺の周りには既に半球の岩が囲っており、向こうからこちらの様子は伺えない。ウィンガルドが何度か岩を切りつけているが、この岩はレベル9の土魔法で作った物。
いかにウィンガルドが英雄級の魔法使いといえど破壊は難しい。
それでもなお、ウィンガルドは岩を攻撃し続けている。恐らく、何かしらの突破口を探しいているのだろう。
そうはさせまいとスクナが果敢にウィンガルドに攻めている。だが、やはり技術では数段ウィンガルドが上手。
スクナの攻撃は全く当たらない。だが、ウィンガルドからはスクナにあまり攻撃しない。
一度スクナに斬撃を放った際、スクナが左手に持つ盾で弾き、ウィンガルドを吹き飛ばしたからだ。
AGIに特化させたウィンガルドと違い、スクナはMP以外の全てのステータスが上昇している。そして、そのAGIすらウィンガルドに迫る。
ウィンガルドは、盾で刀を弾かれるだけでコンマ数秒の硬直を強いられていた。その時はスクナの剣はギリギリのところで当たらなかったものの、次は当てる。たとえ自分の身を犠牲にしてでも。
スクナの瞳にはそれだけの鬼気迫る覚悟があった。
俺的には全然良くないが、スクナが仮にウィンガルドと相打ちになればこの戦争は終わる。ポルネシア王国の勝利という形で。ウィンガルドはそれが分かっているからこそ、スクナに決定打を放てないのだろう。
西で四十万、東で数万、南で三十万。
五カ国が大軍を起こし、国の威信、存続をかけて殺し合う戦争の結果が、ここにいる僅か三人の手に委ねられていた。
俺はなお当たらないデバフを放ち続ける。
しかし、やはり当たらない。だが、狙いはそこにはない。
俺が膨大な魔力を使って放ったデバフ魔法。ウィンガルドに当たらなければどうなるのか。
答えは霧散する。
ホーミング機能など付いていない魔法は地面に当たった瞬間に霧散する。
では霧散した魔力はどうなるのか。
それは空中に漂う、だ。
まるで蒸発した水のように使われなかった魔力は空中に漂うのだ。
そう、それが狙い。何にも使われることのなかった魔法の成れの果て。
ウィンガルドも気付いているであろう。この空中に漂う濃密な魔力に。
だが、ウィンガルドには何もできない。
何故なら、ウィンガルドは「無詠唱」も「詠唱短縮」も持っていないから。
鍛えられた兵士ですら、走った馬に乗りながらの詠唱も難しいのだ。
いくらウィンガルドといえど、高速で移動しながら、スクナの猛攻を防ぎ、俺のデバフをかわしながらの魔法詠唱など不可能だ。
じわりじわりと時間が過ぎていく。濃密になっていく魔力。
そして……。
そろそろ魔力も充満し切ったところだ。遠慮なく行かせてもらおう。
「
地面が揺れ、スクナとウィンガルドの間に巨大な岩の壁が出来る。そのまま空中の魔力を変換する。
「
空中の魔力は一瞬にして水に変換される。
数万以上の魔力が一瞬にして水に変わるその様は、空が一瞬にして海になったかのような錯覚を覚える。
数千トンはあろう水の塊がそのまま落ち、逃げ出そうとしていたウィンガルドを一瞬で呑み込んでしまった。
俺はそれを確認し、抜け出そうとするウィンガルドを閉じ込める為、さらに別の魔法を使う。
「
スライムのように盛り上がっていた水は急速に球体になっていく。そしてその中央にはウィンガルドが閉じ込められていた。
普通の人間ならばもがき苦しみ、掻きむしるような場面だが、ウィンガルドは違った。
冷静に周りの状況を確認し、抜け出す算段を考えているようだ。
俺はさらなる魔力を使い、
だが、水で呼吸器を塞がれ、呪文を唱えることが出来ないウィンガルドにはどうすることもできない。
そのはずだった。
少し強めにもがいたり、刀を振り回したりしたが逃げれない。
それが分かると、右手を左胸に当て、それ以外の肉体の全てをまるで諦めたかのように水の中で脱力し始めた。
その様はまるで悟りを開いたかの様で優しい顔をしていた。
俺が見たことのない穏やかな表情。だが、俺は……その表情をする人を何度も見たことがある。
俺を抱きしめるお父様と、お母様だ。
ほんの数秒の間、かっと目を見開くとその右手で今度は右胸を探ると、一本のどす黒い液体が入った瓶を取り出す。
俺はその光景を見て慌てて神眼を飛ばして中身を確認しようとしたが、次の瞬間、蓋を無理やりこじ開けたウィンガルドが中身を吸い込むように飲み干してしまった。
「っ!!?」
一瞬、まるで波紋のように広がる怖気。
「いや、これは……まさかっ!」
先程までと打って変わり、肌が粟立つほどの殺気と覇気を纏っていた。空気が震え、草木が騒めく。
その中心であるウィンガルドにも変化があり、筋肉が張り詰め、体中の血管が浮き、口からは少しずつ血が漏れ出始めている。
その外見の変貌ははったりではなく、凄まじい勢いでMPも含めた全ステータスが上昇し始める。
その光景を眺めながら、俺はウィンガルドが飲んだものについて思い出していた。
話では聞いたことがある。
南方の世界最大の大国、英雄の国グロリアス大王国。
そこで行われた人工的な英雄を作り出すためのプロジェクト。
グロリアスプロジェクト。
薬によって準英雄級の天才たちを高み、英雄級、その上の逸話級、更なる高み、神話級へと昇らせようとした実験。
その実験によって作られた負の遺産。
グロリアス大王国内にてオルレアン大陸最大の内乱を産んだ、最悪の実験によって作られた災厄の薬。
この実験で得られたのは、人の身の限界。英雄級、逸話級、神話級の人間はその器を持って生まれてくるのだと。英雄級の才能を持った人間は逸話級になることは出来ないのだと、数多の血を流すことで大陸中の人間が知った。
その限界を無理矢理越えさせる禁忌の薬こそ、あのエクスキューショナー。
全ステータス一時的に上げる代わりに、飲んだものを必ず死へと誘う。
ウィンガルドは覚悟を決めたのだ。例え死ぬことになっても俺を殺すと。
既に息は限界のはずなのに、吠える様にごぼりと大きく真っ赤な泡を口から吐き出すと、身を屈め、水を蹴る。
爆発でも起こったかの様に水が弾け、一直線に俺目掛けて飛び出す。
「まずいっ!」
レベル9の土魔法「
俺はすんでのところ岩の端っこに転がった為、事なきを得たが、見たら分かる。あれは俺を斬れる刃だと。
すぐさま上を見上げた俺の肉眼とウィンガルドの目が一瞬交差する。
躊躇うことなくウィンガルドは地を蹴り、俺の上空に飛び、空を蹴って急降下してくる。
俺も即座に魔力を練る。
振り下ろされる刃。魔法によってギリギリ見えるところまで遅くなったそれを、更に横に転がることでなんとか避ける。
ウィンガルドは空中でほんの一瞬ではあるが戸惑いの表情をする。
ゲームのラグの様に認識を遅らせる魔法。
ウィンガルドの視点では確かに俺を真っ二つに切った様に見えたのだろう。だが、俺は血を噴き出すこともなければ、その感触が手元に残ることもないのだ。
その違和感にほんの一瞬、コンマ数秒の硬直。
それを見逃すスクナではなかった。
「キサマァァァァァァァァァ!!!」
真っ直ぐ振り落とされる剣をウィンガルドは直感だけで刀を上に返す。
魔剣と魔刀が強烈にぶつかり合い、周囲に衝撃波を放つ。
「ガァァァァァァァァーー!!」
「くぉおおおぉぉぉぉぉぉぉ」
スクナは上から渾身の振り下ろし。
ウィンガルドは下からのギリギリのタイミングでの防御。
拮抗している様に見えた二人の剣戟は、ウィンガルドの一瞬の隙、蒸せるように吐き出された血によって崩される。
滑らせる様に剣をずらし、一瞬の隙をついて、刀を支えていたウィンガルドの左腕を切り落とす。
「ぐっ!?」
そしてそのまま首を落とそうと剣を横に振るが、ウィンガルドは刀を盾の様に横にし、それを受ける。
横に吹き飛び転がるウィンガルド。
絶好の機会にスクナは一歩、前に進むが、そのまま崩れる様に膝をつき、咳き込んでしまう。
急激な負荷に、スクナは思わず動けなくなってしまったのだ。
常時ならば体内時計で時間を完璧に測れる俺とスクナだが、この濃密過ぎる空間によって体内時計が狂っていたのだ。
すぐ様スクナに
だが、千載一遇のチャンスを逃してしまった。スクナは改めて剣と盾を構え直し、ウィンガルドは切り落とした左腕があった場所は既に傷口が塞がっている。
そして俺も初日からのレベル9、10の魔法の連続使用で、MPも残りわずかとなっている。スクナに
レベル10の魔法、それも一人分が限界。
これ程MPが少なくなったのなんて何十年ぶりか。
「ゴホッゴホッ……、ゼェゼェゼェ……」
喘息でも起こしたかの様な洗い息遣いのウィンガルド。
既に肉体は限界なのだろう。当たり前だ。魔法による補助で肉体を強化したスクナと違い、エクスキューショナーは単なるドーピング薬だ。
人間のリミッターを外させ、更に過剰な魔力の供出を強制的に行うことで本来あり得ない力を発揮させる。
今この瞬間も、MPの最高値は上がり続けているのに、保有MPは上がっては下がり続けている。
取り入れるのと吐き出すのを同時に行なっているのだ。ウィンガルドの体内は既にぐちゃぐちゃになっているだろう。
「そこまで……、そこまでするあんたの正義ってなんなんだ!」
俺は思わず叫んでいた。
彼らは侵略者である。俺にとってウィンガルドが所属するガルレアン帝国とは、平穏に暮らしていたポルネシア王国を攻め、その財産を奪い取ろうとする盗人国家である。
ガルレアン帝国は大国。使っていない土地なら腐るほどあるであろう。人もたくさんいるだろう。
食べ物が欲しければ買えばいい。幾らでも売ろう。
それだけの金はあるはずだ。
それにも関わらず、戦争という形で奪い取ろうとする。これを盗人と言わず何という。
そんな国に、それだけの力がありながら、ここまでの覚悟を示す理由が俺には分からなかった。
エクスキューショナーを持ち出してきたということは死ぬかもしれない、その可能性は非常に大きいと覚悟してきたという事だ。
どんな正義があってそんな事が出来るのか。
その俺の叫びにウィンガルドは答える。
「甘っちょれぇこと言ってんなよクソガキが……ゴホッゴホッ……。大人には正しくないと分かっていても命をかけねぇといけない瞬間があんだよぉ」
分からない。家族を人質にでも取られているとでもいうのだろうか。
いや、そんな事をすれば、もう他の六魔将や優秀な部下からの信頼は得られない。人質というのは諸刃の剣である。
ならば何故……。
「御託はいい……から、死ねやぁぁぁぁぁ!」
ウィンガルドの残像すら残さぬ閃光のような踏み込み。
もう俺の神眼でも、スクナでも追えない。
光の速度で近づいたウィンガルドはスクナが反応する間もなく俺に近寄り、首筋に渾身の刀を振り下ろしていた。
俺はその間、たった一つだけ魔法を唱えていた。
俺自身へのバフ。
0.01秒未満のほんの一瞬、その瞬間だけ、俺の全ステータスは、エクスキューショナーによってドーピングしたウィンガルドを上回っていた。
振り下ろされる刀を避けた俺は渾身の抜き手をウィンガルドに放ち、そして……。
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