第105話 約束

ポルネシア西部より三日かけて王都へとたどり着いた俺は、情報が錯綜し混乱する作戦本部兼謁見の間へと足を運ぶ。


「手紙の内容は把握した。大義であった」

「はっ!」


お父様からの手紙を読んだポルネシア王は跪く俺を労う。

既に北部からは謎の軍に襲われ、北部に残っている貴族の何名かが討ち死にしているという情報が来ていた。

ただ、その軍のあまりの進軍速度に情報の真偽を疑っていたのだ。


「陛下! 一大事ですぞ! 北部諸侯が裏切りなど!」

「このままですと数日後にはこの王都までやってきます! 最悪この王都が戦場となることも!」

「南部は兵に余裕があるはず! 6万ほど王都に戻すよう鳥を飛ばしては!?」

「落ち着け皆の者! 緊急事態なのは分かっておる!」


王の一喝によりその場にいた参謀の貴族達が一斉に黙る。それを確認した陛下がゆっくりとこちらをみて口を開く。


「レイン、バドラキアとの戦、ご苦労であった」

「恐れ入ります」


まずは俺のバドラキア軍との戦を労ってくれた。しかしこの一大事に悠長な話をしている俺達に周りの貴族が少しざわつく。

静かにしているのは宰相を含め、俺の魔法を知っているものだけだ。


「西からはお主のみか?」

「いえ、従者を一名連れてきております。名はスクナ。レベル9の火魔法を扱えます」


そう言った瞬間、周りの貴族達のざわめきがさらに大きくなる。それらを無視して陛下は話を続ける。


「なるほど。二人か」

「はっ! 申し訳ございません。何分西部軍も帝国軍25万と相対している厳しい状況。これが精一杯でございました」

「よい! 責めているわけではない。むしろ兵を数万送られてくるよりお主ら二人の方が余程心強いわ!」

「恐れ入ります」


そこまで会話をした時だった。

周りで状況を見守っていた貴族の一人が席を立ち声を上げる。


「へ、陛下。これは一体どういうことなのですか? 我々にもご説明願いたい」

「そうです。私の聞き間違いでなければレベル9の火魔法が使える、などという言葉が聞こえて参りましたが……?」


この場にいる多くの貴族達も動揺しながら視線をこちらに向けてくる。


「うむ。貴公らにも改めて紹介しておこう。此奴の名はレイン。オリオン公の倅だ」

「そ、それはもちろん存じております。しかし、今のお話は……」

「聞いた通りだ。レインの従者、名は……スクナと言ったか? そやつがレベル9の火魔法を扱える」

「お、おおー! それは真ですか! ならば……」


改めて断言され、周りの重鎮達の顔が綻ぶ。


「驚くのはまだ早いぞ。目の前のこやつ、レインは神の領域であるレベル10の魔法を扱える天才だ」

「な、なんですと……レベル10? まさか……」

「まあ攻撃魔法が扱えんのが玉に傷ではあるのだがな。はっはっはっ!」

「えっ……」


全く忙しい人達だ。時間もあまりないので早く次に進んで欲しい。


「それにしてもレイン。抜かったな?」


笑いをやめた陛下が俺に向き直り、痛いところを突いてくる。


「申し訳ございません。帝国がフォレストガーデンを通る事は裏切り者達には伝えられていなかったようでして」


少し困った顔をしながら答える。まあミスと言えばミスだ。とはいえ、フォレストガーデン領を通る方法を帝国軍が見つけてるなんて分かるわけないじゃないか。

完全にノーマークだったよ。


「まあ良い。失態は功で取り返せば良い」

「はっ! そのためにここに参りました故。それで……どれ程の兵をお貸しいただけますでしょうか?」

「ふむ……」


ポルネシア王国には大きく分けて二つの軍団がある。


貴族軍と王国軍である。

貴族軍とは名前の通り各貴族達が自領を守る為に専属で持つ軍隊。


王国軍は同じようにポルネシア王国最大の領土である王領を守るための軍であり、時には貴族の反乱があった際にはそれを鎮圧するための軍隊である。


兵数も一番多く、その総数は10万を超える。

そしてその歴史は長い。なにせポルネシア王国が出来た時から存在するのだから。

だが、度々隣国と戦争をするオリオン公爵軍とは違い、王国軍は貴族の反乱か、このような大事でもなければあまり戦争をしない。


ポルネシア王国において、王国軍の練度は王によると言われている。

王が腐れば文官が腐り、同じくらい軍も腐る。王国軍の将は、ポルネシア王国の首都にある士官学校の卒業生である事が最低条件ではある。だが、成績と人柄で選ばれる時代と、ろくに才能もないのに家柄というコネクションで選ばれる時代がある。


現王は実力主義派の人間であり、コネクションがないとはいわないが、今の王国軍の練度はポルネシア王国内でもオリオン公爵軍に次ぐと言われている。

その王国軍であれば十分、軍として成立する。


「王国軍の3軍。計3万でどうだ?」

「はっ! ありがたく!」


ごねても、じゃあもう一万とはならない為、素直に感謝の言葉を述べる。


「軍は既に出陣の準備を終えておる。それと……」


そう言って一枚の紙を渡してくる。


「要らぬとは思うが、私からの命令書だ。これがあれば士気はともかくお主の命令で動いてくれるであろう」

「はっ! ありがたく拝借させていただきます」


恭しく命令書を受け取る。


「では、敵も差し迫っております故、私はこれで」


貰うもの貰ったらこんなところにいる必要はない。さっさと退散させて貰おう。


「うむ。我がポルネシア王国を踏み荒らした愚か者どもを殲滅してまいれ!」

「はっ!」


陛下の檄を受け、俺はその場を後にした。


廊下を進み、王城の北門に向かう途中、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「レイン様!」


その声に思わず振り返ると、一人の少女が従者の女性を連れて優雅に歩いてくる。

長い艶々の黒髪を綺麗に束ね、一国の王女らしく高価な絹でしつらえた服を着ている。

アクセサリーはあまりつけていない。

理由は俺がアクセサリーはあんまり好きくない、みたいなことをうっかり口走ってしまったからだろう。なんかすまんね。


美しさにはますます磨きが掛かり、久しぶりに見ると俺は思わず挙動不審になってしまう。

今回は数日ぶりなので、平然としているが。


「これはアリアンロッド様。ご機嫌麗しく」

「レイン様もご健勝のようで何よりですわ」

「バリナさんもご機嫌麗しく」

「あら、ご機嫌麗しく」


貴族らしくアリアとお付きのバリナさんに挨拶をする。そしてすぐに顔を上げて笑いあう。


「ふふふ、レインは相変わらずだね。……でも心配していたのは本当だったんだよ? 戦争に参加したって話を聞いたから」

「ええ、次期オリオン公爵として戦争は避けては通れぬ道ですから。それに国の一大事。非才な身ではありますが国の勝利に貢献したいと思いまして」

「非才な身って……。レベル10の魔法が扱える人間が非才ならこの世は凡人すらいなくなっちゃうよ」


呆れたようにアリアは否定する。そしてその大きな瞳を揺らし、表情に影を落とす。


「ねぇ、また戦争に行くの?」

「え、ええ。北から帝国軍が来ておりますからこれを迎撃します」

「そう……。君じゃなきゃ無理なんだよね?」

「たぶん。帝国の六魔将がいるでしょうし、多分兵数もこちらが劣ってます。私以外にどうにか出来る方はいないと思います」

「そうなんだ……。そうだよね。なら……」


そう言うとアリアはゆっくり俺に近づき、顔を近づける。


「んっ……」


少し驚きながらも俺は身動きすることなく受け止める。

どのくらいの時間だっただろうか。長くもあり短くも感じるそんな時間。ゆっくり顔を離したアリアは頬を赤らめさせながら俺の目をしっかり見てゆっくり言葉を紡ぐ。


「止めないよ。僕は君を止めない。だって……僕は君の強さを信じてるから。だから……」


そう言うとまたゆっくり顔を近づけてくる。しかし、今度は少し顔をずらし、俺の耳元に唇を近づけ、一言、二言告げる。


「えっ……!? それはちょっとなぁ……」

「ふふ。未来のお嫁さんからの一生のお願い。レイン」

「うーん、分かりました。考えておきます」


渋る俺に、アリアは念を押してお願い事をする。その姿があまりに可愛らしく、そして可憐であったため俺は了承する。


「うん、お願いね!」

「ええ」


可憐に手を振るアリアに見送られながら俺は改めて王城の北門へと向かう。迫り来る帝国軍を迎撃するために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る