第104話 反逆者

次の日、ハドレ城にて一泊を過ごした俺は昼頃にやってきたポルネシア西部軍を率いるお父様と対面した。


「おおー友よ! 変わりないか?」

「私よりもお前の方こそ大丈夫だったのか? 見たところ城壁がボロボロになっていたが……」

「なぁに、まだ城壁の一枚目が破壊されたに過ぎないさ。後数日はもたせられたよ」

「はっはっは、そうかそうか。壮健そうで何よりだ」


互いの友情を確かめ合ったお父様は次に俺に顔を向ける。


「レイン、よくやったな。六万も捕虜にする必要はなかったが、まあ最悪奴隷にすれば二束三文でも金になるだろう」

「ありがとうございます」

「いやー凄かったよレイン君の魔法は! 大陸最高の魔法使いと言っても過言じゃないね!」

「当たり前だ。この大陸唯一の神話級魔法使いなんだからな」

「うんうん。しかも私の娘との婚約にも前向きなみたいだしね」

「やはりそうか。プリシエラは同世代の中でも特に可愛いらしくてお淑やかだからな。なぁレイン?」


お父様は含みのあるような言い方でニヤニヤしながら聞いてくる。


「お父様、御言葉ですが婚約者の多くはお父様が決めた許嫁ですよ。プリムさんとの出会いも偶々です」

「ふん、どうだかな」


酷い誤解である。プリム以外はお父様が決めた許嫁だ。特に反対はしていなかったが、なぜ俺が面食い認定されなければならないのか。


「いいよいいよ。我が愛娘を大切に扱ってくれるならね!」

「はぁ」


受け答えに迷う言葉だ。頷いたら頷いたで面食い扱いされそうだ。

久しぶりの挨拶もそこそこに、ハドレ侯爵が真剣な顔でお父様に聞く。


「それで……ロンドはこのまま北東で帝国軍と戦う気なのかい?」

「ああ、そうだ」

「大丈夫なのかい? 今回の帝国軍はかなり本気で攻めてきているって情報があるよ。なにせあの帝国最強とも謳われる六魔将の内四人が参戦しているって話だ」


六魔将とは、ガルレアン帝国皇帝直々に選ばれた魔法使い。国で最も火、水、土、風、光、闇の魔法に長けた者がその地位につく。


そして六魔将の風の地位についているのが、三年前、たった一人でポルネシア軍を壊滅に追い込んだウィンガルドである。そんなのが後五人もいる。


世界第五位の大国だけあって、やはり人材は豊富のようだ。


ハドレ侯爵の心配に対し、お父様は力強い目線を返す。


「勝つさ。前回は遅れをとったが、今回はこちらも相応の準備をしてきた。特に……」


そう言って俺の肩を叩く。


「ここに神話級魔法使いがいる。次は負けん」


お父様の瞳には強い決意が見れる。俺も同じ気持ちだ。


「二人を見てポルネシアは安泰だって確信したよ」

「後ろは任せたぞ、友よ」

「もちろん! せめてロンド達が戻ってくるまでは死守してみせるよ!」

「ははは、死んだらまた酒が酌み交わせんだろう」

「それもそうだね」


そして二人は固い握手をする。


「過去一番の激戦になるだろうけど、必ず生きて帰ってくれよ。武運を祈る」

「ああ、必ず帰る」


その言葉を残し、お父様率いる西部軍は決戦の地レヴァリオ平原へと進軍していった。




ーー。


ポルネシア西部、バドラキア王国国境から30キロメル程の地点に存在する広い平原。

レヴァリオ平原にガルレアン帝国軍25万とそれに相対するポルネシア西部・元リュミオン王国残党軍計15万が布陣していた。


「見渡す限り人、人、人。圧巻だなぁ。そう思わねぇか、ウルカ?」


少しだけ小高い丘に登り、手を望遠鏡のように丸めガルレアン帝国を見渡す。


「ミ、ミリーちゃん! そんな呑気にしてる場合じゃないよ!」


話しかけられたウルカがキョロキョロしながらミリーを諌める。

見下ろすと、丘の下にはポルネシア、リュミオンの連合軍が所狭しと整列していた。


帝国側を見た限り、旗はほとんど統一されており、ガルレアン帝国の国旗が整然と並んでいる。


一方、こちら側はポルネシア王国の国旗や、リュミオン王国の国旗、他にも様々な貴族の旗が並んでいた。


「ごちゃごちゃしてんなぁ、俺達の方はよー」

「うぅー……」


一応貴族毎に軍をまとめているので、整然としているのいえば整然としている。

それにここにいる貴族達はオリオン派閥の貴族が殆どなので統率に関しては心配ない。


なにより兵士やそれをまとめる将や貴族達も、人数が上回り六魔将までいる帝国相手でも絶望した表情は見えない。


「士気は上々。あいつら以外はな」


ミリーがニヤニヤしながら見る先に固まっているのは、不安そうでありながら、何か決意した表情をしている複数名の貴族達。


ポルネシア王国を裏切り、他国に情報を渡し断罪された者達の一族だ。


「か、勝てるかな? 私達」

「んなもん知るか! はぁ、やる気でねぇ……」

「レイン様、大丈夫かな……」




前日の夜ーー。


陣地から離れた少し広い場所。

そこにはお父様含め信頼できるオリオン派閥の貴族とその精鋭が集められており、その中心にはポルネシア各地の貴族達が武器を構えて立っていた。


「オリオン卿! これは一体何の真似だ!」


ポルネシア東部の貴族の一人、ルーバー伯爵が顔を真っ赤にして怒鳴る。お父様はそれを無視して横の貴族に聞く。


「付いてきているものはいるか?」

「いえ、おりません。ここにいる者達で全てです」

「分かった」


お父様は頷くと、一歩前に出る。


「お主らがなぜこの場に呼ばれたのか、勘のいい者ならもう気付いておろう。特に……ルーバー伯、それとザック侯!」


今叫んだ男と、そこから少し離れた場所で子飼いの貴族達に守られるように立っている老人を睨む。

ルーバー伯は顔を真っ赤にして怒鳴っているものの目は泳いでいるし、ザック侯に至っては露骨に体を小さくしようとしている。


「貴様らはあろう事か祖国ポルネシアを裏切り、ザック侯は帝国に、ルーバー伯はナスタリカ皇国に情報を渡していた!」

「なっ、戯言を! 証拠はあるのか!」


叫ぶルーバー伯に対して、お父様は懐から二枚の手紙を取り出す。

そして中身を開き、全員に見えるように掲げる。ルーバー伯はその手紙の中身を確認し青褪める。


「なっ、そ、それをどこで……」

「これはルーバー、貴様がナスタリカ皇国宰相スターレットに宛てた手紙だ! 内容はポルネシアの東部の地形、および東部貴族の総兵力。そして侵略する際、貴様らがナスタリカ皇国軍を助ける見返りに自分達の地位を約束してもらう旨が書かれている。ザック侯! 貴様もだ!」

「わ、わ、私は別にポルネシアを裏切るつもりは……」

「これを見てまだそんな世迷言を口にするか!」


ザック侯はしどろもどろに言い訳をするが、手紙には帝国軍がカーノ渓谷を抜け、ポルネシア西部軍と戦う際、背後からポルネシア西部軍を襲う旨の内容が書かれている。

これ以上ない明らかな裏切り行為だ。


「この裏切り者が!」

「貴族ともあろうものが裏切りなど。恥を知れ!」


周りを囲んでいる貴族達も口を揃えて叫んでいる。

お父様は右手をあげそれらを黙らせる。


「何か言い残したことはあるか?」

「裏切ったのはこ、ここにいる者達だけではない! ダリオン男爵やビゼル子爵だって……」

「ダリオン男爵は戦後、一族郎党処刑される。ビゼル子爵に関しては……」


俺の方をチラリと見るが、首を横に振る。


「私の預かり知らぬことだ」

「そ、そんなばかな……」


ここに集められた者達は全員、ステータスに「叛逆者」「逆賊」とついている者達だ。ビゼル子爵に関して記憶はないが、リストにないと言うことは「叛逆者」や「逆賊」などは付いておらず、証拠もなかったという事だ。

物的証拠はともかく、ステータスに関しては神眼を誤魔化す方法があるとは思えないので、一応裏切ってはいない筈だ。


「他がどうであれ貴様らが裏切っていたのは事実である! これを見よ!」


そしてもう一枚、手紙を懐から取り出して広げる。

そこに書かれていたのはポルネシア王家の王印が押された勅命書。裏切り者の貴族の死刑宣告書でもある。


「これは陛下が貴様ら叛逆者を断罪する勅命書である。私には貴様ら全員を処断する権利がある!」

「ぐっ……」

「まっ、まってくれ! 命だけは!」

「ならぬ! 陛下の命により貴様ら叛逆者をこの場で処刑する!」


お父様がそう宣言した瞬間、彼ら全員にレベル9のデバフを放つ。同時に飛び出した精鋭達が彼らの首を刎ねていく。


阿鼻叫喚の地獄絵図。一方的な虐殺が目の前で繰り広げられていた。


そして最後に残った二人、ルーバー伯とザック侯の喉元に刃を突き付ける。


「ルーバー伯、そなたは正義感に熱く民を愛し国を愛しているものだと思っておったが違ったのか?」

「……」


ルーバー伯とお父様は派閥が違うのでそれ程深い関係ではない。しかし、一派閥のリーダーの噂くらいは頭に入れている。

ルーバー伯は内政に熱心で民達からも信頼される貴族だった。


「……私は今でもポルネシア王国を愛している」

「ならば何故裏切った?」

「何故? そんなもの決まっておろう! 私はポルネシア王国以上に民を愛し、家族を愛しているからだ! オリオン卿、貴公は国と共に殉死することが名誉とでも思っているのだろうが、民は違う! 私は民達にとって最善の行動を尽くしたに過ぎん!」


絞り出すように叫ぶルーバー伯に対し、お父様は一歩も譲らず言葉を返す。


「祖国を裏切って他国で惨めに暮らすことの何が幸せか! リュミオンの悲劇を忘れたのか? 貴様ら一部の者以外に待っておるのはいつ死ぬとも知れぬ地獄の日々であろうが!」

「ぐっ……」

「貴様は結局自分とそのすぐ近くの者達のことしか考えておらぬ。私はポルネシア王国に住まう全ての民の為、貴様を斬らねばならん! 覚悟っ!」


その言葉を最後にルーバー伯は散っていった。


「最後に残ったのはお主だ、ザック侯。侯爵家ともあろう者がよりにもよって帝国に与するとは情けない」

「わ、私は、私は別に……」

「ここにきてまだ言い訳を重ねるか、ザック侯! 証拠は揃っておる! 覚悟を決めよ」


そう叫び剣を掲げるお父様。しかし、ザック侯の次の言葉で踏みとどまざるを得なくなった。


「て、帝国はあの25万だけではない! 北、北からもやって来ている!」


ポルネシアの北にあるのは人類未到の地エルフの国、フォレストガーデンだ。


「北? 奴らはエルフと手を組んだとでもいうのか?」

「違う! 森エルフの……フォレストガーデンからポルネシアに攻め込むルートを奴らは発見していたのだ!」

「な、んだと……?」


お父様が絶句する。周りの貴族達も顔を見合わせる。だが数瞬の内、剣を放り捨てたお父様はザック侯の胸ぐらを掴み上げ怒鳴る。


「貴様! 何故それを早く言わぬ!? 帝国の規模は? 侵入してくる場所は? 言え!」

「ぐっ、そこまでは知らない。だが、そちらが本命のはずだ」


それ以上の情報は聞けないと分かったお父様はザック侯を引き剥がし、牢に入れるよう命ずる。

すると、すぐに側近の貴族が近寄って来る。


「オリオン公! すぐさま軍を引き返させて王都、いやせめてカーノ渓谷まで撤退すべきと愚考します!」

「いやならん! 情報の真偽が分からぬうちに撤退などありえん!」

「しかし……」


王都が落ちれば国が滅びる。それにカーノ渓谷の内側に入られては西部一帯の守りがない。進言してきた貴族も含め城を持ってはいるものの、西部の重要拠点であるオリオン城を除けばどれも即席の兵器で落とせるレベルの小城ばかりである。


だからといってこれだけの情報でこの大軍を戻すことはできない。もし戻ればカーノ渓谷より西部一帯をポルネシアは失うことになる。


この場に沈黙が走る。そしてお父様の出した結論は……。


「レイン」

「はい」


俺の名を呼んだ。


「お前はスクナだけを連れカゴで一早く王都に戻れ」

「畏まりました」


俺は二つ返事でその命令を受ける。しかし、それに反対したのは周りの貴族達だ。


「なっ! オリオン公、いくら御子息とは言えそれはあまりにも……」

「馬鹿もん! 私が身内贔屓などするはずがなかろう!」

「で、では一体……」


ここにいる貴族達の中には、自分の次期当主を引き連れてやって来ている者もいる。俺だけ王都に返すと言われれば確かに身贔屓しているように見えるだろう。


「ここにいる皆を信頼し、一つ言わねばならぬことがある。それは我が嫡男、レインについてだ。私はレインが生まれた際、お主らにレインには魔法の才能はない、と言った」

「は、はい。そうお聞きしました」


西部軍の大将軍であるオリオン家の嫡男ともなれば、当然彼らにとって他人事ではない。

何故ならそいつが優秀かどうかによって彼らの生き死にが変わってくるからだ。


「魔眼の儀にてレインのスキルを確認し、そして魔法才能がないことを確認した。その場にいた者達もそれは確認しておる。だが、ある時、レインが魔法を扱えることを知ったのだ」

「それは一体……」


魔法才能がない者は魔法を扱えない。この世界の不変の常識だ。


「スキルの最高レア度は7。多くの者がそれを常識として生きて来た。私もそうだ。だがしかし……」


俺の肩をポンと叩き、俺を見てニヤリと笑う。


「レインは違う。我が息子レインはレア度9のスキルを持っておる! その名も魔導王!」

「レ、レア度9ですと!? そんな話聞いたことがない!」

「その話、本当ですか!?」

「本当だ。そのスキルのおかげでレインは全属性の魔法を扱うことが出来る」

「な、んですと? 全属性? 光や闇もですか?」

「うむ、六属性全ての魔法だ。陛下もこのことを存じてらっしゃる。レベルは言えぬがこやつ一人居ればボロボロの小城でさえ難攻不落の要塞と化すであろう」


そこまで言って、一人の貴族が口を挟む。


「な、ならば今すぐその魔法で帝国軍を蹴散らせば……」

「いや、残念だがそれはできない。これは私が皆にこの情報を隠さざるを得なかった理由の一つなのだがな……、レインは別のスキルの影響で攻撃魔法が一切使えないのだ」

「なっ、攻撃魔法が使えないですと?」


その言葉を聞いて貴族達の中に暗雲が立ち込める。補助魔法や回復魔法ももちろん重要だ。しかし、やはり敵を直接葬ることができる攻撃魔法が使えないというのは大きなマイナスだ。


「心配は無用! お主らもここに来るまでに見たであろう。レインは僅か五万の軍勢でバドラキア軍を壊滅させたのを! 攻撃魔法が使えなくともレインは立派に役目を果たす!」


そう言えばそうだ、と言わんばかりに彼らの表情が明るくなる。だが、そう言われても疑問や不安は拭いきれないのも確かだ。

そんな彼らにとどめの言葉を伝える。


「何故ならば、レインのMPは10万を超えている! 僅か12歳で、だ! この意味、優秀なお主らならどれほど凄まじいことか分かるであろう?」


その言葉で一気に貴族達の不安が吹き飛ぶ。


「もちろんこのことは他言無用! 少なくともこの戦時中、他には漏らさぬようにな!」

「「「はっ!」」」


露骨に士気が上がったようで何よりだ。


「それで話は戻そう。レイン、すぐに陛下への文をしたためお前に持たせる。それを持って王都に行け。偽情報であればすぐ帰ってこい。本当ならば、陛下もお前のことは存じてらっしゃる。向こうでうまくやってくださるだろう」

「……お父様は大丈夫ですか?」

「まぁお前がいる前提で軍略を考えていたからな。今から寝ずに戦略を考え直さねばならん」

「……」

「そう心配するな。代わりと言ってはなんだが、お前が鍛えた兵は置いていってもらうぞ」

「畏まりました。存分にお使いください」

「うむ。では、皆の者、解散だ! 早ければ明日の正午には開戦となる! 短いが英気を養ってくれ!」


そして、俺はスクナと二人、王都へと戻っていった。

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