第101話 カーノ渓谷防衛戦
リリーとルナ王女の名前を出したのだが、向こうの反応があまり芳しくない。
「うーん、なんでだろう?」
もしかしてリュミオン人は王族を恨んでいるとかかな。いや、リュミオン軍の大将はリュミオン王国、元第一王女のミルハと聞いている。
ここからでも見える、あの白い立派な馬に乗った少女がそうだろう。
年齢は15歳にしてレベルは既に23。それに手に持っているのはリュミオン王国の宝剣・リバースというらしい。
彼女はリリー曰く、家族愛に溢れ、情に厚い人間と聞いている。それにも関わらず、あの雰囲気は一体なんだろうか。
うーん……困った。二人の名前を出せばあっさり降伏してくれると思ったのに。
どうも先程から横にいる戦場なのに着飾っている小太りの男が邪魔をしているようだ。
そして、どうやらミルハは戦うことを選んだらしい。横の男が汚い顔を綻ばして喜んでいる。
「はぁ……」
仕方がない。俺はため息を吐きながら、自陣へと戻っていった。
「レイン様」
「説得は無理でしたね。やはりせめてリリー王女だけでも連れてくるべきでしたか」
後悔先に立たず。危ないから連れて来なかったんだが、失敗だったようだ。
「では……」
「ええ、一当たりしましょう。盾兵を前に」
「畏まりました」
「レイン様!」
軍の指揮に戻っていくスクナと入れ替わるように、複数人の男が俺の元に走ってきた。
「どうしました、セイロ」
「レイン様、あれは、あのお方はリュミオン王国の王女ミルハ様です! それにあそこにいる人達は……」
セイロは元リュミオン軍の軍将の一人だった男だ。当然ミルハの顔も知っているだろう。
セイロの後ろにも何人ものリュミオン人が俺の元にやってきて、嘆願している。
「何かの間違いです! 私たちが説得に行きます!」
「そうですレイン様! あのお優しいミルハ様が……」
「大丈夫、大丈夫。分かってますよ」
そう言って彼らを安心させる。人伝で噂を聞いただけなので実際のところは分からないがな。
「ちゃんと彼らも守ります」
「ありがとうございます、レイン様!」
「ええ、貴方方も配置についてください」
「はっ!」
敬礼を一つして喜び勇んで配置についた。
「やれやれ。難しい注文してくれるなぁ」
戦争してるのに相手を殺さないでくださいなんて無理ゲーかよ。まあ出来ちゃうんですけど。
とはいえ、この先の戦いに備えてMPは出来るだけ温存しておきたいところだ。
「さて、どの魔法を使おうか……」
などと余裕ぶっていたら、リュミオン軍から突撃の気配がしてきてしまった。
「仕方ない。大盤振る舞いするか」
突撃の号令を下すリュミオン軍を見ながら、俺は魔法の範囲を設定する。
そして、無詠唱で魔法を発動する。
レベル9水魔法「
レベル9火魔法「
レベル9土魔法「
レベル7風魔法「
まあこんなところだろう。
全て長方形で、火魔法のデバフも含めて自陣とリュミオン軍をきっちり入れられるようにセットしておいた。
きっと、突いても死なず、殴られても痛くない究極の泥試合が目の前で行われるであろう。
あとは見守るだけなどと考えていたら、横からミリーが声を掛けてきた。
「おい、レイン将軍閣下よぉ。今どれくらいMP使った?」
「え? 四万くらいですよ」
「四万……」
「ええ、それほど広くない場所ですからこれくらいでしょう?」
「……」
あれ、答えを返してくれなくなってしまった。そういえばあまり広い範囲で持続的に掛かるような魔法は迷いの森では使わなかったな。
俺が入るとMP吸収で消えちゃうし。
「魔力……足りるのか?」
「次のバドラキア戦ですか? ええもちろん。あ、始まりますよ」
雑談をしている場合ではなかった。
俺の私軍は盾をどっしり構え、敵を待ち受ける。
一方リュミオン軍は、先陣をきるミルハを筆頭に騎馬隊の突撃が目の前まで迫っていた。
だが、俺のデバフの領域に差し掛かった途端、何頭かの馬が前のめりにつんのめり転倒する。
突然の鈍足に足をもつれさせたのだ。
それでもミルハの馬や他の馬はうまく対応したらしく、少しゆっくりではあるが走りを止めない。
そして、両者が激突する。
宙に舞い、吹き飛んだのはリュミオン軍だった。
速度があまりなかったのでそれほど派手ではないが、それでも次々と馬を投げ出されてこちらの陣地に落ちてくるリュミオン騎兵は俺の軍に次々と捕縛されていく。
だが一人、投げ出された空中でうまく態勢を立て直し、なお突撃を敢行するリュミオン兵がいた。
ミルハである。
「おっ! 気合入ったやつがいるじゃねぇか! よし、いっちょ俺様がぶっ殺してやる!」
「ダメですよ、あれが恐らくミルハ様でしょうから」
背中の大剣を意気揚々と抜くミリーを抑える。
一点突破。その言葉がこれほど相応しい場面はないだろう。
ただ真っ直ぐに俺の所まで走ってくる。
手に持っているレイピアの様な剣は魔剣であろう。剣の柄から刀身に至るまでかすかに風の魔法が渦巻いている。20そこらのミルハが平均レベル40以上の俺の兵を吹き飛ばせているのはそのおかげだろう。
「おお、おお! 爽快だなぁ!」
吹き飛ぶ俺の兵を見てミリーが喜んでいる。いや喜ぶな。
「ウルカ、一応広範囲にレベル7聖魔法の
「は、はい!」
隣ではウルカが魔法を唱え出す。
即死はしない様に俺が神眼で見ているが、うまく受け身をとってくれている。そもそも吹き飛んでいる兵は結構軽装だし。
俺は他の兵に下がる様に伝える。
これで俺とミルハの間には、コウとメイ、それにアイナだけだ。ミリーは横でニヤニヤしている。きっといざとなったら助けてくれるだろう。たぶん。
俺の十Mほど手前で立ち止まったミルハに、お辞儀をする。
「ミルハ様、ですね? お初にお目にかかります。私の名前はレイン・デュク・ド・オリオン。貴方様の祖国であるリュミオン王国と親しいオリオン家の嫡男です」
結構MPを消費している様で既に肩で息をしている。俺のそばに控えている四人を見ながら、ミルハは名乗る。
「はぁはぁ……、貴方がオリオン家の嫡男ですか。私はミルハ。今はただのミルハだ」
「いえ、未だに衰えぬ高い民衆からの支持を持つ貴女様は紛れもなく王族の方かと」
「国は滅んだ。いかなる理由であれ国が消えれば私の地位など関係ない。彼らは自分の家族のため、そして自分自身のために戦っている」
「そうですか? その様には見えませんが……」
今ここにいるリュミオン兵の心の支えとなっているのは遠くにいる家族ではなく、目の前で先陣を切り、自分たちのために戦っているミルハだと俺は思うが。
「私も彼らと同じだ。家族のために戦っている」
「家族のため、ですか? でしたら尚更投降すべきでしょう。貴女様の妹君達は我々が保護しております。あの小太り……失礼、貴族の方に何を吹き込まれたかは存じ上げませんが、私の言うことはこのオリオン家の紋章に誓って事実です」
「そうか……ふふ……」
「……?」
おかしい所でもあっただろうか。
「いや失礼。そうだな。貴殿を見てわかった。貴殿の言うことは恐らく真実なんだろうと言うことが。必死だったとはいえ、あんな言葉に騙された自分が少しおかしくてな」
「それでは投降していただけますか?」
「いや、それはできない相談だ」
「何故?」
俺の質問に武器を再度構えながら、憐れむ様な、それでいて同情するような視線を向け、絞り出す様に言う。
「貴殿らの国は遠からず滅ぶからだ」
「いえ、滅びませんよ。私がそうさせません」
「私も昔はそう思ってた。しかしリュミオンは滅んだ。貴殿らもそうなる。まして敵はあの帝国を含め四カ国で連合を組み攻めてきている。勝ち目などない」
「ある。失礼ながら貴女と私では危機に対して備えてきた時間や労力が違う。我々ポルネシアはこの日の為に何年もの月日をかけて対抗策を練ってきました。私も今日のために軍を鍛えてきましたから」
「ふふ、やはり貴殿はまだ幼い子どもの様だ。この軍の練兵の高さは認める。しかし連合軍は50万を超える。帝国とバドラキア王国だけでも30万だ。戦争は数なんだよ。だから私たちは負けた」
どうやら話は平行線の様だ。それがミルハにも伝わったのだろう。改めてMPを剣と体にこめている。
「分かりました。聞く耳を持たないと言うのであれば、貴女達をここで捕らえましょう。そしてこの先のバドラキア軍には、ポルネシア王国に土足で踏み込むと言うことがどう言う結末を生むのかお教えするとします」
「ふっ……」
「貴方達、下がりなさい。私がやります」
俺とミルハの間にはいる三人、そして後ろでこっそり魔力阻害魔法を放とうとしていたミリーに告げる。
「よろしいので?」
「ええ」
アイナの言葉に俺が頷くと四人とも下がってくれる。俺とミルハの間には、もう何もない。
「では、参る!」
その言葉と同時に俺の方にまっすぐ突撃を敢行する。
ここにくる時よりもずっと速く、流麗な移動。
恐らく風魔法、しかもレベル5クラスのバフを掛けているに違いない。さらには魔剣の力で身体には吹き荒れる暴風が渦巻いており、ミルハが一歩踏み出すと小さな旋風が巻き起こるほどだった。
その速度は人間の認識速度を超えており、10Mを僅か2歩、瞬きすら間もないほどの速度で踏破した。そして、常人にはとても見切れぬ速度で手に持った剣を俺の右腕に振り下ろす。
最後までピクリとも動かない俺を見て、きっとミルハは思ったことだろう。これは行けると。自分のことを認識出来ていないと。
「悪いな」
俺は振り下ろされた剣の軌道をしっかりと確認し、右手でその刀身を摘む。それだけでミルハの剣はピクリとも動かなくなった。
「なっ!? なんだ!? 何をした!」
驚くミルハが剣を押したり引いたりしながら叫ぶ。
「何もしておりませんよ。強いて言うなら剣の腹を指で摘んでいるだけです」
「そんな訳あるか! それに何だかリバースの様子が……」
「ああ、私は魔力全吸収を持っているので多分それですね。貴女が込めた渾身のMP全て吸収させていただきました」
「そんな、そんなこと……いや、しかし、ならこれは!」
「レベル差ですよ。貴女のAGIはスキルと魔法を重ねがけして素晴らしいものだと思います。ですが、残念ながらスキルを一つしか使っていない私の5分の1もない」
常人なら、いや熟練の騎士であっても見抜けない速度であっても、俺の目には止まって見える。剣の腹を摘むなど造作もないことだった。
「そんな、そんな馬鹿な話があってたまるか! 私のAGIは五百を超えるんだぞ! その五倍なんて……そんな……」
一瞬狼狽えるものの、すぐ様腰の短剣を手に取り、俺の左腕に突き刺す。
だが……。
「何のバフもついていないただの剣では私は貫けません。私のVITは貴女のATKの十倍はありますから」
短剣は突き刺さることなく、逆に短剣の刀身が根本から折れる。
「そんな……」
それを見たミルハは心が折れたのか膝を突き、俯いてしまう。
「私たちは今日この日の為に鍛えてきました。そして……、私は魔法の最高峰、レベル10の魔法を扱えます」
「レベル……10?」
「はい。ですから、四カ国連合軍だろうがなんだろうが私達は絶対負けない。絶対にポルネシア王国は守って見せます。だから……降伏してください。必ず貴女達を守ってみせますから」
そう言って笑ってみせる。
「本当か……本当に私たちを守ってくれるのか?」
「必ず!」
強い意志を込めて言う。
「そうか……守って、くれるんだな?」
「ええ! 貴女も後ろのリュミオン兵も、それにその家族も、ちゃんと守りますから」
「そうか……なら、我々は降伏する」
「畏まりました」
その言葉と共に俺の初戦は幕を閉じた。
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