第102話 正義

「何ぃ!? リュミオン兵が裏切っただと?」

「は、はい! 左様でございます、閣下!」


体中から脂汗を流しながら膝をつくベトレイの話を聞き、驚く。

まさかリュミオン王家を匿っていることが嘘だとばれたのか。いや、自分に限ってそんなヘマはしない。

じゃあ一体なんだ。


「裏切った理由は?」

「は、はい! カーノ渓谷内でオリオンの嫡男を名乗る少年の軍と相対しまして……」

「待て! オリオンの嫡男?」

「はい! レインなどと名乗っておりました!」

「レイン……。聞いたことのある名だ。話を続けろ」

「は、はい!」


話を聞くと、そのレインと名乗る少年の軍と戦うことになり、ミルハが単身レインの元にたどり着いたものの、何か説得され降伏したのだと言う。


レインは知っている。名前だけではあるが、オリオン家の第一夫人の長男が確かそんな名前だった筈だ。噂によれば神童などと呼ばれており、父親から溺愛されていると聞いた。

まあ、噂など当てにならないが。


「ほぉ、それで? 敵の数は?」

「は、はい! オリオン軍は五千です!」

「五千? オリオン軍には三万の私兵がいた筈だ。嘘をついてるんじゃねぇだろうな?」

「めめめ、滅相もございません! 私が閣下に嘘を吐くなどあるはずがございません!」

「そうか。もう良い、下がれ」

「は、ははぁ!」


そう言ってベトレイはそそくさと天幕を出て行った。


「ふむ……」


さて、どうでるか、などと考えていたところに新たな訪問者が飛び込んでくる。


「報告! 東方、カーノ渓谷よりポルネシア、リュミオン連合軍を確認! その数約五万!」

「五万?」

「はっ! 五万でございます!」

「旗は?」

「はっ! 旧リュミオン王国旗、ポルネシア王国旗、それとオリオン公爵の旗が立っておりました!」


そこはベトレイの話と合う。数が違うのは援軍でも来たからだろう。狭い渓谷では大軍はむしろ邪魔になる可能性が高い。

そして渓谷を抜けたからカーノ砦近くに備えていた本軍を呼び出したと言うところだろう。


「部隊は?」

「はっ! 歩兵は三万五千程。詳細は不明! 騎兵はおよそ五千騎。そして……戦車約三千両」

「戦車だぁ? おいおい、珍しいもん持ってくるじゃねぇか」


戦車とは屋根のない馬車の荷台を改造して作ったような乗り物で、基本的に馬二頭で走る。


複数人で乗れ、歩兵をほぼ一方的に蹂躙できたことから、一時期南方の国で猛威を振るった。


しかし、とある策略家が戦車が魔法に弱いことに気付き、車輪に軟化の魔法をかけたり、地面を泥水に変え動けなくさせたりと言った対抗策が練られてからは大敗を重ね、今では使っている国はほとんどない。


そんなほこりの被ったものを持ち出してくるなど一体どういうつもりなのか。


「敵将の姿は確認できたか?」

「はっ! オリオンの旗印の下、少年が軍を率いておりました」

「ほぉ? そいつは本当にオリオン家の嫡男なのか?」

「申し訳ございません。そこまでは……」

「髪の色は? 眼の色は?」

「髪色は金髪、瞳の色は碧眼でした」

「ふむ」


特徴は一致する。だがそれ以上の事は分からない。嫡男ではなく、別の子どもの可能性もあるし、全く血のつながっていない赤の他人の可能性もある。


ただ全くの赤の他人にオリオン家の旗を任せるか、そして二万の私軍を任せるか、という謎もある。


「分かった。下がれ」

「はっ!」


斥候の長が出ていくのと同時に、腹心の一人が聞いてくる。


「如何なさいますか?」


その言葉に少し考え込み、すぐに結論を出す。


「防御陣を引け。土と水の魔法兵を前線に配置しろ! それと、念のためあれの準備もしておけ!」

「よろしいので? あれはオリオン……その父親の方に使うはずでは?」

「念には念を押す。まあ恐らく使うことなどないがな」


この場には10万のバドラキア軍がいる。それにも関わらず5万で突撃してくるとはどう言うことなのか。


馬鹿息子の単なる無謀な突撃か。それとも別の作戦があるのか。どうであれオリオンの当主が率いていないオリオンの兵二万はおいしい。


事実確認は本人と側近を拷問すれば分かるだろう。


オリオン家の人間にやっと地獄に見せられる。そう思うと顔が自然とにやけてくる。


「俺の受けた屈辱、テメェの一族全員に100倍で返してやるぞ、オリオン!」




ーーレイン視点ーー




正義とは何か。


俺はただ一人、戦場が見渡せる小高い丘を登りながらそんなことを考えていた。


前世の地球で、正義や偽善について議論が行われていた番組があった。それを見た俺は正義について辞書で調べてみた。


正義とは、道理・道徳にかなっていて正しいこと。正しい道義。


道理とは、物事の正しいすじみち。筋が通っていること。


道徳とは、社会生活を営む上で、ひとりひとりが守るべき行為の規準。自分の良心によって、善を行い悪を行わないこと。


ではこの場合はどうなるのだろうか。

俺の目の前では人が人を殺している。殺される側も殺されまいと人を殺している。

彼らの多くは自身のやっている人殺しという行為が道徳に沿わないことを分かっているはずだ。


では彼らは悪なのだろうか。


小高い丘の上にたどり着き、正に攻城戦真っ只中のバドラキア軍を見下ろしながら俺は首を横に振る。


きっとそれも違うのだろう。彼らは一人一人が自身の生活のため、自身の守るべきもののために戦っているのだ。彼らの国の法律、倫理、生活環境に基づき、それを善として俺たちを殺そうとしている。


それが彼らの正義なのだろう。


俺もそうだ。俺も今から彼らを殺す。正確には殺す様に命令する。本当はそんな命令出したくない。無血で降伏してくれると言うならばそれが一番いい。しかし、そんなことはありえない。彼らは俺がなんと言おうとポルネシア人を殺す。自分達の利益のため、自分達の生活のために。


だから、俺も彼らを殺さなければならないのだ。


両手をゆっくりと、そしてうやうやしく天に掲げ、祈る様に魔法の詠唱を開始する。


「祈る無垢なる子羊が偉大なりし死の神にこいねがう。私の命の半分と引き換えに……」


MPがかつてないほどの速さで減っていくのがわかる。これまでの人生で、最も多くのMPを込めて放つ最強のデバフ魔法。


それをこれから丘の下に布陣しているバドラキア軍に放つ。そして、放たれたのと同時に、後ろに控えた俺の軍と追加で到着したオリオン兵とリュミオン兵の連合軍が突撃をする手筈だ。


バドラキアは防御陣を引いて待ち構えている。きっとお父様対策なのだろう。だが、それは無駄だ。何故なら……俺のデバフ魔法を受けて立っていられる人間はいないからだ。


「正しき者には寛大なる御慈悲を。悪しき者には底無しの絶望を。かの者達の審判は御身の手の中に」


俺は詠唱を続けながら、考える。


今の俺の行いは正義なのか、を。


俺の行動が、道理に基づいているのかと言うのであれば、道理には基づいている。何故なら、殺しにきているから殺すのだ。更に言えば守りたいオリオン家の家族、民、ひいてはポルネシア王国全体のため彼らを殺すと言うのは道理に基づいている。


しかし、道徳には基づいていない。俺は今でも彼らを殺すのは心苦しい。自分達を殺しに来ている彼らを見てすら、俺は未だその感情が拭えないでいた。これは、俺の中の道徳心が人殺しを批判しているからに他ならない。


だが、ポルネシアが長年をかけて蓄え、人員を割いて作ってきた資源を殺してでも奪おうとする彼らに対して、無抵抗に殺されることもできない。それはポルネシア王国、また家族を守りたいと言う俺の行動基準、つまり俺の中の道徳に反している。


では、正義とは。


正義とは道理・道徳にかなっていて正しいこと。正しい道義。


では、悪とは。


悪とは人間にとって否定的と評価される対象、行為。


ここで彼らを見過ごし、ポルネシア人を見殺しにし、そして家族が死ぬのをのうのうと見守っているのは人間として批判されること。


つまり、「悪」である。



ならば、きっと、今の俺の行いは、正義なのだろう。




だから……。




「今より生きながら命を奪われる絶望の嘆きを貴方様に献上いたします……」




ーー詠唱完了。




だから……。




俺の正義のために死んでくれ。




二分乃命ジ・アビス

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