第100話 連合軍

 ポルネシア王城の謁見の間にて、ポルネシア中の将軍と師団長達が集められていた。

俺は横に参列している貴族達に紛れてその様子を伺っていた。

 お父様は玉座に一番先頭、しかもその真ん中でどっしり構えている。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。ポルネシア王として礼をいう」

「礼は不要でございます。要件も手短にお願いしたい。事態は一刻の猶予もありませぬ故」


 お父様の横にいたポルネシア南部軍の大将軍、ミロウ・ビスカウント・ド・リーマが不遜な態度をとる。王もそれを注意することなく話を先に進める。


「うむ、その通りだな。では、手短に行こう。既に諸君らも知っての通り、ガルレアン帝国、バドラキア王国、リコリア共和国、そしてナスタリカ皇国の四か国が連合を組み、我がポルネシアに侵略していることは承知であろう」


 リコリア共和国とはポルネシア王国の真下に位置する国であり、ナスタリカ皇国はそのさらに二つ下に位置する国だ。

 どちらも長年ポルネシアとはあまり仲が良くない国だった。


「既にバドラキア軍とリコリア共和国軍は国内に侵入し、前線を好き勝手に荒らしておる。彼奴等には自分たちの犯した蛮行の償いをさせねばならぬ」

「おっしゃる通りかと。それで、その作戦は?」


 お父様が王に質問をする。これは形式的なもので、事前の作戦会議にはお父様も俺も作戦会議に参加している。だから、この先に王が話す作戦も当然知っている。


「うむ、では皆に作戦を伝える!」


 ……。


 作戦が伝え終わり、解散となった将軍たちは自分たちの持ち場に戻っていく。

あの中の何人かの将軍は敵に通じており、この戦争中にポルネシアを裏切る。彼らの予想外だったのは、俺の神眼は裏切り者すら見破ってしまうことだろう。


「まったく……嫌な役目を任されましたね、お父様」

 

 彼らを粛清するのはお父様と俺の役目だったりする。裏切り者たちは、全員敵国と内通した証拠がある。

 王勅命の粛清命令書があり、彼らは戦争中に粛清されることになっているのだから。


 お父様は鼻を鳴らし、迷いのない瞳でまっすぐ歩いている。


「仕方あるまい。他に余裕がないからな」


 戦後に処刑するという話や、戦前に証拠を突き付けて処刑するという話もあった。

 しかし、戦争中、国内の戦力は前線に送られるため、彼らを遊ばせてしまうのはリスクが大きすぎる。戦前に処刑してはこの四ヶ国が作戦を変更してしまう恐れがあり、そうなればポルネシア王国が敗北してしまう恐れがある。

 

 内通者と他の四か国には、俺達の掌の上でくるくると踊っていてもらわないと困る。

 だから戦力的に一番余裕のあるお父様が粛清をすることになった。


(別に余裕って程の戦力差があるとは思えないんだけどな……)


 王や宰相達は俺達を信頼しすぎな気がする。実際西部軍のいくつかの部隊は南部にまわされ、ただでさえ戦力を持っていかれているのだ。まあそれでも勝つんだけど。


「さてと、私は早めに前線に戻って、バドラキアの先陣を落としてまいります」

「うむ。私は西部軍を集めながら前線に向かう」


 お父様とは一度ここでお別れだ。

俺は迷いの森の部隊を率いてバドラキア軍を追い返す。

 ポルネシア王国の西部軍の大将軍であるお父様は、ポルネシアの王城より西部で集められた貴族達の軍や徴兵された民衆を率いながら前線を目指す。


 粛清命令とは違う王の勅命による西部大将軍任命書があるため、ポルネシア西部の貴族達は命令に従って軍を出してくれるのだが、いかんせん進軍速度が遅くなる。

 お父様の軍が到着するまでにバドラキア軍の先行部隊を蹴散らすのが俺の役目だ。


「では、お父様。お先に」


 軍属の鳥翼族四名に運んでもらう、空飛ぶかご。乗員数二名なのに、運び手に四人も必要というというめちゃめちゃ効率の悪い乗り物だ。だが、当然早い。風向きによるが馬の三倍は早い。


「うむ。健闘を祈るぞ。息子よ」

「ええ」


 お父様の激励にうなずいた俺は、かごに乗り込み前線へと飛ぶ。




……ハドレ侯爵領、ハドレ城門前にて。


「この愚図共が! お前らそんなに数がいて城一つ落とせねぇのかよ!」


 ひざまずくボロボロの兵士たちに怒鳴り散らしている小太りの男。

数年前、プリタリアを撃退し、ロンドに蹴散らされたバドラキア王国第一王子グリドだ。

 

 グリドの目の前で跪いているのは、まだ成人もしていない少女、ミルハだった。その面立ちはリュミオン王国、元王女のリリーに似ている。それもそのはずであり、彼女はリリーの実の姉だ。そして彼女が率いているのが元リュミオンの民、その数およそ三万。

 彼らはこの戦で結果を残せれば、特別待遇を受けられると言われて戦争に半強制的に参加している。


「申し訳、ございません……」


 唇から血が出るほどの屈辱を味わいながらも、彼女が跪き続けているのは彼女の家族がバドラキアに捕えられているという話をされたからだ。

 実際はそんなものはいない。彼女の家族はリリーとルナ以外は皆殺しにされている。そのリリーもルナもポルネシア王国が保護している。

だがしかし、彼女はそんな情報は知らずに家族のために戦っていた。


「謝罪はいいから結果だせや! てめぇ、家族を殺されたいのか?」

 

 グリドの言葉にミルハはキッとグリドをにらみつける。

 その瞬間、グリドの張り手が飛ぶ。


「なんだその目は!? 失敗したのはてめーだろ!」


 リュミオン軍に与えられたのは必要最低限の装備だけであり、兵士の多くは鎧すら着ていない。当初五万いたリュミオン兵は、既に二万人という大きな犠牲を出している。

 中でもポルネシアで五本の指に数えられる堅固な城塞、ハドレ城の城主、ハドレ侯爵は防戦の名手。そして城内に籠もる軍の数はリュミオン軍と同数の三万。

 破れるわけがない。


 しかし、バドラキア軍はこの巨大な城塞を落とさなければ背後を脅かされることになる。


「もういい! お前ら先に行ってオリオン城を落としてこい!」


 怒鳴っているものの、グリドの内心は冷静だ。このリュミオン軍ではハドレ城を落とせないことは承知の上だ。さきにリュミオン軍をぶつけたのは、ハドレ城の状態やハドレ軍の士気や練度を確認するためだ。


 予想以上にハドレ軍の士気が高く、練度も高い。彼らの士気の高さの原因はハドレ侯爵と連携しているオリオン公爵軍が来てくれると信じているからだろう。

 つまりオリオン城が陥落すれば、ここの士気を下げられるだろう。あとは少し遅れてやってくる帝国に任せればいい。


 リュミオン軍を先にぶつけ、弱体化したところを、数年前の敗北から練りに練った作戦でオリオン軍を破り、そのままポルネシア王国の王城を包囲し、今回の連合軍の第一功となる。

 それがグリドの作戦だった。


 数年前の敗北は自信家のグリドの心に未だ癒えぬ棘となり刺さっている。


「てめぇの家族、一族郎党城門にさらしてやるぞ、オリオンども!」


 憤怒を込めた怒りの眼差しをオリオン公爵領に向け、グリドは低くうなった。

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