第99話 五年後

 数年後……。


「レイン様。想定通り帝国が動きました」

「……ああ、とうとう動き出しましたか。わかりました、ありがとうございました」

「はっ!」


 初めてこの迷いの森に入って、五年経った。多くの犠牲を払い、迷いの森を攻略し、安全な拠点をいくつも作った俺は、連れ来た兵や奴隷、そして忠誠を誓う多くの部下を得た。

 ここで手に入れた貴重な食糧、アイテム、魔物の素材などを売ったお金で装備を整えた。他にも元リュミオン王国騎士やリュミオン魔道兵団の人間も少ないながらいる。彼らにはリュミオン王国が復興したら、その中心として頑張ってほしい。

 俺個人の密偵の長を任せているアイナも一回り大きくなっている。


「とうとう」

「ですねー」


 などと緊張感のないセリフを吐くのはコウとメイだ。彼らは出会ったときとほとんど変わらない様相だった。身長が伸び、十二歳で百六十センチを超え年を取ったことを否応なく感じさせられる俺とは大違いだ。


「どーでもいいけどさー、レイン将軍閣下よぉ、俺に先陣きらせろよ? 全員ぶっ殺してきてやるから」

「あ、あのミリーちゃん、レレレイン様にそんな……、それに先陣を切るのは……」

「るっせーぞ、ウルカ!」


 半人半魔、ミリー・シュタルタル。一角族、ウルカ・モルカ。


 二人とも俺の奴隷だ。お父様が遠方より連れてきた闇と光の魔法才能を持ち、スキルもそれに適したものを持つ天才だ。


「はっはっは、ミリーは相変わらず元気ですね。ただ、先陣を切るのは……」


 目の前で膝を折り、指示を待つ私の懐刀スクナ。


「私のような凡人に身に余る光栄でございます」


 スクナはあれから少し大きくなった。獣人の寿命はおよそ人族の倍。

 だが、身体は早いうちに大きくなっており、素晴らしいプロポーションを手に入れていた。

 事実、まだ子供だというのに、連れてきた他の獣人が彼女に求婚していたのを何度も見たことがある。最初見たときは、獣人はロリコン集団かと思った。


「レベル9の火魔法を使える奴は凡人とは言わねぇよ」

「それも全てレイン様のお力あってこそ。何のスキルも持たない私には身に余るお力です」

「スクナの努力の賜物です。私はそこに少し手を貸しただけです」

「「……」」


 何故か二人が固まってこちらを見ているが、きっとこれから起こる大事に対して緊張しているのだろう。コウとメイもにやにやしながらこっちを見てるしワケワカンナイヨ。


「レイン様」


 先ほど声をかけてきたアイナがもう一度声をかけてくる。


「ああ、すみません。こんなことをしている場合ではなかったですね。じゃあ予定通りカーノ砦まで軍を動かしてください」

「畏まりました」


 指示を出すとスクナ達は一礼して人に指示を出す。しかしミリーは俺の前から動くことなく隣で話しかけてくる。


「おいおい、カーノってあれだろ? ナントカ公爵ってやつと将軍閣下の領地の間にある渓谷。もっと前に進ませねぇと国境付近がボロボロになるぜ?」

「ハドレ侯爵ですよ。あと将軍閣下は辞めてください。萎縮しちゃいます」

「この軍のトップなんだから将軍だろうが。化物が人間の振りすんなよ」

「私は人ですよ。身に余る力を与えられた単なる人です」


 何度言っても分かってくれない。半人半魔のミリーと出会ったとき、彼女はその血に眠る膨大な魔力でもって周りを見下していた。

 だから、ちょっと魔力を体から放出してみただけだ。すぐにスキルで回収されたのだが、俺との差がそれで分かったらしい。当時の俺の四分の一くらいしかなかったしね。

 それからというもの、俺のことを彼女なりに敬っているのか、変な持ち上げ方をしてくる。言葉遣いはスクナが何度言っても直らないのだが。


「国境付近にはちゃんと防衛対策をしてますよ。ある程度は仕方がないです」

「ふん、名前も知らないやつが自分の指示で死んだくらいでピーピー泣いていたやつがいうようになったなぁ?」

「ピーピーは言ってませんよ。気持ちが落ち込んだだけです」


 鬱になりかけた俺の心を救ったのは、大切な家族であり、命を預かった部下たちであり、プリムやアリアンロッド王女であった。


「一度王城に行ってポルネシア王にお会いして、正式に軍を動かす御許可をいただかないと貴族達が納得してくれませんから」


 俺が迷いの森に送られたことも含め、それを知っているのはここにいる人間を除けば極僅かの人間だけだ。迷いの森に来た人間は俺、アイナ達密偵を除けばこの五年間ただの一人も外に出していない。


 それを知らない貴族たちの暗躍など諸々があり、彼らは戦後粛清される予定なのだが、まだ何もしていない他の貴族達もこれを機に邪な考えを持つかもしれない。だからきっちりと彼らの前で敵と戦えることを宣言しなければならない。


「面倒くせぇなー」

「ははっ」


 俺は彼女のボヤキに愛想笑いで返す。


「そういえば最初の質問ですが……、犠牲となった者達の無念はちゃんと晴らしますよ。ポルネシア王国を土足で踏み荒らす侵略者には相応の報いをちゃんと味わっていただきますから」


 にっこりと笑って立ち上がる俺を見て、ミリーが出会ったときのような顔をしていた。

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