第98話 プリタリア

俺はこの国で最も有名な魔法使いであるプリタリア様を訪ねていた。


「さぁ!さぁ!!さぁ!!!はよう見せんかい!お主が使えるようになったというレベル9の魔法を!」


(ひぇぇぇ!!)


それが俺が思った内心だ。

すでにシワが出来ており、よぼよぼの爺さんと言っても遜色ないほど歳をとっているにも関わらず、その瞳は俺が見た誰よりもギラついており、身に纏う覇気は俺の腕を切り落とした彼のウィンガルドにも匹敵する。


「プリタリア殿落ち着いてくだされ。声が大きいです。それにレインが怯えてます」


そんな覇気に気圧され、後ずさる俺を見たお父様は、俺とプリタリアの間に割って入り、プリタリアを宥める。

貴族街とはいえ、敵との内通者が潜んでいるかもしれない。俺は念のため風の膜を周囲に貼り音を遮断させる。


「それにレインが覚えた魔法は「オールヒール」。怪我人か病人がいなければ効果はお見せできません」


かけるだけなら可能だが、目に見えた効果は実感出来ないだろう。


一つ手前のレベル8の魔法はもう既にプリタリアにかけたことがある。俺は両方自分に使ったことがあるが、体感としてはあまり変化があったようには思えない。


「ふふふ、ならば、ならば……」


お父様の静止を無視したプリタリアは俯いたぶつぶつと呟く。そして次の瞬間、ばっと頭を上げると呪文を唱え出した。


「流れ舞う水の精霊よ、その美しき舞に集いし数多の誓いを……」

「なっ!?」

「プリタリア殿、何を!?」


俺もお父様も驚きを隠せない。プリタリアが突然唱え出した呪文、それはレベル6水魔法「ウォーターブレード/水剣」。水の剣、それも金属すら豆腐のように切り落とすバリバリの攻撃魔法だからだ。


「お父様、お下がりください」


俺は突然の強行に少し慌てたものの、訓練の成果か、すぐにお父様の前に出る。


「う、うむ」


お父様は少し複雑そうな顔だ。魔力全吸収がある俺からすれば魔道具も使わない単なる魔法などMP回復魔法以外の何者でもない。


だから、俺が前に出るのは正しい判断なのだが、やはり子供の後ろに下がるというのは複雑な感情なのだろう。


とはいえ。お父様を傷つけさせるわけにはいかない。


(アンチウォッシュ/水耐性、ハードボディ/硬化、アンチマジックシールド/魔法耐性、マジックリフレクター/魔法反射)


念のため無詠唱でお父様に防御をかけておいた。

悪意があるようには見えないし、貴族街とはいえ真っ昼間の大通りで、しかも対象の目の前で呪文を唱え暗殺をするとはとても思えないのだが、目が血走り過ぎて次の行動が読めない。


じりじりと2人で馬車まで下がっていく。


だが、馬車とプリタリアの間の丁度中間地点に差し掛かった時、プリタリアの呪文詠唱が終わる。


「……我が手に水の刃となれ、ウォーターブレード/水剣!」


唱え終わった途端、プリタリアの右腕から突然ボコっと水が溢れブレード状となる。


(まさか俺達に攻撃してこようってんじゃねぇだろうな?)


既に神眼で周囲は探索済み。伏兵なし。罠なし。

来るなら来い。


そう俺が意気込んだ時だった。


「きえぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!」


そう奇声をあげてプリタリアが水剣を振り落としたのは、なんと自分の左腕だった。


「うぉぉぉぉおおおおお!!!???」

「プリタリア殿!?」


訳がわからない。ドサリと落ちたプリタリアの左腕。俺は馬車の中で眠ってしまって夢でも見ているのだろうか。夢なら早く覚めてくれ。


あまりの衝撃に現実逃避し始めた俺だが、プリタリアは許してはくれなかった。


「さぁ!レイン!さぁ使ってくれ、オールヒールを!!」


切り落とした未だに血が吹き出す左腕を俺に向けながらプリタリアが叫ぶ。

そんな痛々しい傷跡なんか見せないでほしい。


「レ、レイン、早くしないとプリタリア殿が危ない。早く魔法をかけなさい」


引いて固まっている俺の後ろからお父様が声をかける。

断面は綺麗とはいえ腕を切り落としたのだ。そろそろ出血多量で死ぬかもしれない。


「じゃ、じゃあプリタリア様、魔法かけますよ。オールヒール」


そう言って魔法をかけたところ、プリタリアの左腕が音が聞こえてきそうなほどの再生速度で根本から手が生えてくる。


「きたぁぁぁぁぁああああああ!これじゃこれじゃ!まさしく伝説の魔法!これがオールヒール!!」


喜んでいただけたようでなによりです。(白目)


その数時間後ーー。


「いやぁ先ほどは大変お見苦しいお姿をお見せして申し訳ありません」


そういって頭を下げるのは、ポルネシア王国の魔導師団師団長プリタリアである。

お見苦しいというか狂気そのものだったけどね。


「はっはっは、いえいえ、何かにそれほど熱中できるというのは一つの才能というもの。お気になさらず」


そう言って笑うお父様の顔は今でも若干ひきつっている。

あの後無事回復したプリタリア様の狂気はいったん収まった。そして、お食事を用意しているということで中に案内された俺とお父様は、服装の変わったプリタリア様と対面していた。


「これはお恥ずかしい。昔からの悪い癖でして、一つのことに熱中してしまうとどうも他の事が考えられなくなってしまうのですよ」


恥ずかしそうに頭をかきながら笑うプリタリア。

他の事には目もくれず、自分の世界を追求する。

変人と天才は紙一重という言葉を前世で聞いたことがあるが、ちゃんと結果を出しているプリタリアはまさしく天才というやつなのだろう。

だからと言って自分の腕まで切り落とすのは狂人の所業だと思う。


「ところでレイン様、早速お聞きしたいのですが、他の魔法レベルもご報告があった通りですかな?」

「ええ、陛下に報告した通りでございます。最近は水魔法に付きっきりでして。他はからっきしで」

「とんでもない! 六属性の全ての魔法を扱えてその全てがレベル7以上などレイン様をおいてほかにおりませぬ!」

「ありがとうございます。ところでそのレイン様というのはちょっと……。私のような若輩者をプリタリア様ほどの方が様付けするなど」

「とんでもない! 魔法の世界は実力主義! 優れた才能を持つものに敬意を持つのは当然でございます」


机に乗り出して答えるプリタリアに頬をかく。


「ああ、私は生きている間に魔法の深淵を見ることができるのか……。もう五十年遅く生まれていれば。若返り薬でも開発してみるか……」


プリタリア様が自分の世界にトリップし始めた。若返り薬とか絶対売れそうだな。

ポルネシア王国の北に存在する風エルフの国にあるとかないとか。


それから、トリップ状態から戻ってきたプリタリア様と軽く談笑し、家路へと就く。


それから数週間後、俺はとある場所に行くための馬車に乗っていた。


それは先日話のあったオリオン領内から他貴族領内にまで渡って存在する、広大な森林ダンジョン。通称『迷いの森』。


広大な森と視界を奪う霧が行く手を阻み、ダンジョン内の弱肉強食による魔物のレベルが他のダンジョンとはけた違いに強くなっていた。


長い間放置され続けたそのダンジョンだが、方位のスキル持ちを手に入れたことにより攻略可能と判断された。


高レベルの魔物を倒せば、それだけ多くの経験値が手に入り、そして、それだけ早くレベルが上がる。理論上はそうだ。

しかし、そこには多くの死が付きまとう。

特に迷いの森は未開拓のダンジョン。


では、なぜそこに俺を送るのか。


きっと、お父様は俺に死になれろといいたいのだろう。お父様の持つ継承スキル『十万軍』。声に出さなくとも効果範囲内全ての人間に指示を出せるオリオン公爵家のスキル。


その指示には死ぬとわかってて出す命令もある。躊躇すればするだけ時間が奪われ、一秒を争う戦場でそれは敗北につながる可能性がある。


俺はオリオン公爵家の後継ぎとして指揮官をしなければならない時があるだろうし、お父様もそれを望んでいるし、国を守るためには必要なことだ。


「すでに先行部隊を向かわせ、入り口付近ではあるが、地図と探索、拠点造りを行わせている」


そういって先行部隊が作った地図を渡してくれる。

直径だけでも数十キロにも及ぶ、大陸でも指折りの巨大なダンジョン。

この森を長くても5年、できれば3年で攻略しなければならない。


移動が終わり、迷いの森の前までくる。


十メートル近い巨大樹が不規則に並ぶその光景は圧巻であった。まだ太陽は燦燦と照り輝いているというのにすでに入口付近は暗くなっている。巨大な木が密集しているため、太陽が地面まで届かないのだ。


入口付近はまだ霧がないのにもかかわらず先を見ることができない。


連れてきたスクナ、アイナ、コウ、メイ達も緊張を隠せないようだ。


「レイン様、本当にこの中に?」

「ええ、そうしなければいけない理由がありますから」


大国であるガルレアン帝国を敵に回している以上、ポルネシアの未来は俺たちにかかっているといっても過言ではない。

俺の後ろには、お父様が各地から買った奴隷達と、お父様に忠誠を誓っている精鋭、そして、リュミオン王国の元騎士達。

皆一様に不安そうな顔をしており、特に奴隷達のモチベーションはあまりに低い。


「ではお父様、行ってまいります」

「ああ、頼んだぞ」


不安を押し隠すように、俺は連れてきた者達と共に迷いの森に足を踏み入れる。

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