第97話 板挟み
あわわわわわわ。
俺の今の内心を表すならばまさにそれだ。
そういえば、毎年王族は少し遅れて登場しているのだった。
どうすればいいのだろうか。
そんな俺の動揺をよそに、王女はつかつかとゆっくりとしかし真っ直ぐに俺の方に向かってくる。
その視線もはっきりと俺を見据えているのだ。
トイレに逃げ込むか。
いや、今ここで背を向けたら明らかに逃げたように思われるだろう。
それはオリオン家としてまずい。
同様に横にずれるのもダメだ。
このまま王女を待ち受けるのがベストなのだろうか。
だが、そもそも王女に足を運ばせて、公爵家である俺が待っているだけというのもおかしな話だ。
しかし、プリムが横にいる以上、王女に近づいて行くというのも憚れる。
そんな内心のせめぎ合いの結果、結局俺は全く動くことができなかった。
つかつかとこちら側に歩いてくる王女だが、その周りには当たり前のように人が集まってくる。
ところが王女はそれらは軽くあしらい続けながらじわじわと歩み寄ってくる。
暫くすると、彼女がどこに向かっているのかを察した貴族たちは道を開けてしまう。
立ち塞がってくれてもいいのに。
そう思いながらも、俺は微笑みながら王女を迎え入れる。
「御機嫌よう、レイン様」
「ご機嫌麗しく、アリアンロッド王女殿下。本日の衣装も大変お美しく輝いております」
「そう?それにしてはレイン様は突っ立ったままだったようだけど。レイン様の方から歩み寄って下さってもよろしかったのよ?」
ぐぅ、と俺は心の中で呻く。
会場内で他の貴族の目もあるだけに丁寧言葉ではあるが、言い方が刺々しい。
しかし、この程度で慌てる俺ではない。
「アリアンロッド王女殿下があまりにも美しく、つい見惚れてしまいました」
「あらそう?それにしてはレイン様は他の女性に夢中だったようでしたけど?」
「いえ、そのようなことはありませんよ」
俺は涼しい顔をしながら王女の言葉を受け流す。
これくらいは想定内。俺の表情を崩すには足りない。
だが、次の王女の言葉によって俺の余裕は崩されることとなる。
「それにしては、まるで私から隠すように立ち塞がっておりますわね?」
そんなことはない。王女が歩いてきた道の直線上にたまたま俺とプリムが被っていただけだ。
しかし、そう見えてもおかしくない立ち位置にいるのは確かである。
「いえ、それは誤解ですよ。たまたまです」
「そうかしら?なら、私にも紹介してくださる?」
「畏まりました」
そう言うと、俺は一歩横にずれ、同時にさっきから俺の服を掴んでいるプリムも横にずれ、結果、小さいながらもすぐ近くに立っていたハーバー士爵への道が開ける。
「お初にお目にかかります、アリアンロッド王女殿下。私の名はバックス・シュバリエ・ド・ハーバーと申します」
「……そう、でしたか。初めまして、ハーバー士爵。私はアリアンロッド・アンプルール・ポルネシア。以後お見知り置きを」
そう言ってお互いに挨拶をした後、ハーバー士爵が訝しげな表情で王女に質問をする。
「それで、プリムにはどのようなご用件でしょうか?」
そんなハーバー士爵の鈍感な質問に、王女の目がキラリと光った気がした。
「ええ、私のフィアンセであるレイン様と仲良くお話をしていらっしゃったご様子ですので、私も仲良くさせていただきたいなと思いまして」
私のフィアンセの部分をやけに強調しながら、ハーバー士爵に話しかける。
ここでハーバー士爵があっさり断ってくれればいいのだが、立場上それも難しいだろう。
俺は一歩前に出ながら、
「お話の最中、失礼します。彼女へのご紹介でしたら、僭越ながら私の方からさせていただきたいと思うのですが、如何でしょうか?」
完璧な対応をしたという自信を持ちながら、俺は爽やかな笑みを王女に見せる。
しかし、王女の顔は笑顔のままなのに、目が全く笑っていなかった。
怖いんだが……。
「うーん、そうだねー」
そんな棒読みに危険を感じた俺は、すぐさま機転をきかせる。
「こ、こんなところではプリムさんも王女殿下も周りの目が気になりますでしょう。も、もしよろしければバルコニーに移動しませんか?」
さすがの俺もアドリブが利かなくなってきており、正直内心ビクビクしながら提案する。
一応念のため、断られた時のことも考えておかなければ。
そんな俺の不安をよそに、少しだけ考えた王女は頷き了承してくれた。
それを見た俺は安堵しながらプリムの方に振り向き、安心させるように出来るだけ優しい声で質問をする。
「プリムさんも大丈夫ですか?」
「……え、うう……」
可愛い。
俺の服の裾を掴みながら、状況がよく分からず涙目になっているプリムを見ながら、俺はそう思ってしまった。
しかし、いつまでも見つめているわけにはいかない。
「安心してください。王女殿下はとても優しくて気さくなお方ですので。さぁお二方とも、あちらに行きましょう」
「は、はい!」
「つーん……」
そんな俺のエスコートの何が問題なのか、王女は顔を背けてそっぽを向いている。
何故だ。何がいけなかったんだ。
そんな不安を抱えながら、俺たちは人目を避けるようにバルコニーへと出る。
「え、ええっとー、ゴホン!では、改めまして、プリムさん、こちらポルネシア王国第二王女、アリアンロッド・アンプルール・ポルネシア様であらせられます。アリアンロッド王女殿下、こちらはプリム・ハーバーです」
プリムは女性で、かつ魔眼のような特別なスキルもないので家名を受け継ぐ立場にはない為、シュバリエはつかない。
俺は少し緊張しながらも二人の様子を見守る。
プリムは少し怯えながら、王女はデンとした態度でプリムを見つめている。
あんまりプリムをイジメないでくれ。
「ねぇ、貴女、レインとはどんな関係なの?」
「ふぇ!?」
ホワッツ?!
なんでそんな事を聞くんだよ。俺とプリムの関係?そんなの両思いのカップルに決まっているじゃないか。
少し鼻を高くしながら馬鹿な妄想に浸っていた俺の眼の前では、王女の一方的な攻めが始まっていた。
「レインと最初に出会ったのはいつなの?」
「え、ええっとー……そのー……」
あとさっき突っ込まなかったけど、いつの間にか呼び捨てになっている。あと、プリムは一応年上なんだから敬語をつけなさい。
「ええっと、その?」
「あ……」
王女に念を押されたプリムは挙動不審に震えている。
その目にはうっすらと涙を浮かべていた。
もう見ていられない。
そう思った俺は少し強引にプリムと王女の間に割って入る。
「お話を割ってしまい申し訳有りません。失礼とは存じますが、プリムさんをあまりイジメないでくださいませんでしょうか?彼女は……」
「バカッ!」
それとなく察してもらおうと遠回しな言い方を考えていた俺の右頬を突然衝撃が走った。
「えっ……」
「君って本当に馬鹿!信じられないよ!」
ゆっくりと顔を戻した俺の目に映ったのは、怒りで表情を歪めた王女の姿だった。
「す、すいません……」
よく分からないがとりあえず謝っておいた。
しかし……。
「何が悪かったのか分かっているの?!」
「え、ええっとー、いじめと決めつけた事でしょう、うぐっ!」
必死に言葉をひねり出したのだが、今度は左頬を叩かれてしまった。
「君は本当に何も分かってないよ!帰る!」
「えっ?あ、ちょっ……」
そう言って王女はのっしのっしと城の中に入っていってしまった。
その光景を、俺はただ黙って見送るしかなかった。
「レ、レイン様、大丈夫?」
「あ……、あははは……、叩かれてしまいました」
なぜ叩かれたのか、よくわからない。
叩かれた頬はぶっちゃけ蚊ほども痛くない。
しかし、男と女が争ったら大体男が悪いと思うので
言い訳はしないことにした。
今はとにかくプリムとの時間を大切にしたい。
そう思った矢先のことだった。
「あ、レイン様、こちらにいらっしゃいましたか!」
突然の声に振り返る。
オマエハダレダ?
全く記憶にない貴族のおぼっちやんらしき太った男の子がこちらに歩いてくる。
そんな彼に対して俺が思っていることは一つ。
(カーエーレ!カーエーレ!カーエーレ!カーエーレ!)
俺の全細胞がこいつに対して帰れコールを叫んでいる。大合唱過ぎてうるさい。
「初めまして。僕の名前はルーイン・バロン・ド・ソフリです。以後お見知り置きを」
お前には俺の細胞の声が聞こえないのか。
バロンということは男爵家ということだ。ソフリ家は確か男爵家では中の上くらいの大きさだったはずだ。
立ち居振る舞いはよく躾けられているのがよくわかる。
だが、どうやら空気は読めないらしい。
男が女と睦言を交わしている最中に来るんじゃないよ。
「これはご丁寧にありがとうございます。私の名前はレイン・デュク・ド・オリオンと申します」
そんな内心はおくびも出すことなく、ルーイン君以上に丁寧に挨拶を返す。
それを見たルーイン君は、手応えを感じたのか、まくしたてるように話しかけて来る。
「さすがはレイン様!惚れ惚れするような立ち居振る舞いです!」
突然、俺のことを上げてきた。
「以前のパーティーでもレイン様をお見かけしたのですが、あまりにも尊すぎて近寄れませんでしたよ」
無茶苦茶褒めて来る。ここまで露骨に俺のことを上げて来るやつも中々いない。
そう思うと何だか気持ちがいい……わけがない。
こんな露骨に褒められて喜べるほど俺は腐ってない。せめてもう少し練ってくれ。
あとプリムを無視するとか、こいつの目の中にある眼球は飾り物なのか。
「そうですか?私としてはそのような気は無かったのですが……」
だからと言って邪険にするわけにもいかないので俺は謙遜を返す。
「おお!だとするのならばそれはレイン様が生来持つ天性の才能!正しく公爵家跡取りとしての才覚もお持ちのようです」
「そ、そうですか?」
「そうですとも!この私、ルーイン・バロン・ド・ソフリが保証致します!」
胸をドンと叩き、強くうなづいている。
お前の保証が一体何の役に立つんだか。
というか、そろそろ誰か終わらせてくれ。
そんな俺の願いが通じたのか、会場の方からお父様とハーバー卿が来る。
「おーいレイン!そろそろ帰るぞー」
「プリム、レイン君との話は終わったかい?」
俺たちの中で一番早くお父様の声に反応したのはルーイン君だった。
風のように素早くお父様の前に立つと、俺にしていた以上に丁寧にお父様に名乗る。
「初めまして!私はルーイン・バロン・ド・ソフリと申します!」
「おお、ソフリ男爵の息子か」
「はい!オリオン卿のお噂は常々お聞きしております!」
「はっはっは!そうか!いい噂ばかりだといいのだが!」
「ご安心ください!素晴らしいお噂ばかりですよ」
「はっはっはっ!」
「はっはっはっ!」
なんか気があっている。というか、お父様がうまくいなしているのだろう。早く帰れとか思っていた俺とは大違いだ。
「では、私の方もこれで失礼させていただきます。では、オリオン卿、レイン様失礼させていただきます」
そう言って自信満々といった感じでバルコニーを後にした。
「はっはっはっ、面白い男の子だな。父親にそっくりだ」
どうやら彼は父親似らしい。
「そうですか?ハーバー卿やプリムさんを無視するなんて失礼ですよ」
「いやいや、レイン君。私のことは気にする必要はないよ。よくある事だからね」
ハーバー卿は本当に気にしていないという風に笑いながら言っている。
「まあそうなんだがな、それでもああいう子とは仲良くしておくと得だぞ」
「そうですか?なんかちょっと……」
コバンザメっぽくて、何だか俺は嫌いだ。こっちが不利と見れば、彼は一瞬の躊躇いもなく俺を裏切るだろう。
まあ貴族なんて大体そんなものではあるが。
「まだまだだな、レイン。ああいう人間は結構情報を持っていることが多い。それに……切り捨てることを躊躇する必要がないからな」
お父様がニヤリと悪い笑みを浮かべて言った。
「……」
お父様、えぐすぎ。プリムパパも引いてるぞ。
プリムは話がよくわかっておらず、俺の腕にくっ付いている。ルーイン君が怖かったんだね、分かります。
袖口を掴まれた時、俺もこっそり腕を掴みやすいようにスペース空けたからね。
そんな幸せな時間はお父様に破られてしまう。
「行くぞ、レイン」
「え、お父様、もう少し……」
「無理だ。この後も予定が詰まっている」
「……そうですか」
俺は露骨にがっかりしながらも、ごねることはしない。
腕を掴んでいるプリムの方に向き直ると、
「プリムさん、名残惜しいですが……」
「むー……」
プリムも残念そうに離してくれる。俺の嫁は素直な良い子だぜ、まったく。
「では、ハーバー卿。私達はこれで失礼させていただく」
「ええ、こちらも有意義なお話を聞けました。ありがとうございます」
「プリムさん、また近くお会いしましょう!」
「うん、待ってるからね!」
ハーバー卿と別れた俺はお父様と一緒に馬車に乗り込む。
「それで、王女様と何かあったのか?」
「え?何でですか?」
馬車に乗って目的地に向かう最中、お父様が唐突に聞いてきた。
「いや、バルコニーから肩を怒らせて入ってきたからな。だが……、今のお前の反応でわかった気がするよ」
お父様は肩を竦めて呆れた表情を作る。
「え?本当ですか?教えてください」
「あー、まあなんだ。そういうのは自分で知っていけ。お前なら今後そういう機会が何度も来る。なにせ私の息子だからな」
「……そうですか」
なんかよくわからないが、最後のは余計だった気がする。
そして、貴族のお屋敷が建ち並ぶ貴族街に出る。俺たちの家もこの地域にあるのだが、家に帰るわけではない。
これから行くのは俺の魔法の強化にうってつけの先生に会いに行くのだ。
魔法才能もあり、魔法レベルを上げる才能と努力を欠かさなかった老人。
「おおー、待っていたぞ、レイン!もう少しでわしの方から迎えに行くところであったぞ!さあ、さあ!見せてみよ!レベル9の水魔法を!」
屋敷の前に馬車を止めた瞬間、屋敷の中からそう叫びながら一人の老人が飛び出してきた。
「お久しぶりです。プリタリア様」
現魔導師団師団長、プリタリアである。
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