17 勝てぬなら頭を下げようお嬢様
王都オークラムは二重城壁に囲まれた都市である。
街道に沿う水道橋や遠くから見える城壁や尖塔の巨大さに、最盛期の人口100万は誇張ではないと感じてしまう。
それが、この国の現状を端的に表していて、頭を抱えたくなるのだが。
「これが……王都……」
「大きいな……」
「王都オークラムは二人ともはじめてだっけ?」
ヘインワーズの家紋のついた馬車が護衛の騎士を連れて王都の門を潜る。
近年の不作傾向から国政が乱れて地方では治安の悪化が叫ばれているが、メリアスから王都オークラムまで盗賊や野盗が出ることはなかった。
この手の街道の警護を行う騎士達を街道騎士団と言うのだが、その治安を守る任務の為か商家と縁が深く、我がヘインワーズ家も幾つかの街道騎士団を影響下に置いている。
ちなみに、街道騎士団はその街道名を名乗るので、メリアスから王都オークラムまでの街道『世界樹街道』の名をとって世界樹街道騎士団と呼ばれる訳だ。
大貴族の馬車旅ともなると念入りに掃除をするので、私の隊列に旅馬車や商隊がくっついて凄いことに。
「で、何で王都に?」
「親が顔を見せろって」
メイド姿のアマラの質問に私が端的に答える。
顔見世も済み、世界樹の花嫁争いのレースが始まる前に進捗を聞きたいという趣旨で、セリアとアマラとアルフレッドを連れての馬車旅である。
転移魔法の類もあるが、一度術者がその地を踏まないと使えないのでメリアスから馬車に揺られて王都に入る。
「近づいてみると、結構スラムがありますね」
「地方で食えなくなった連中が城門外にスラムを形成しているのよ」
魔術学園制服姿のアルフレッドの質問に、私は笑顔で応える。
護衛らしく鎧を着ようとした彼に鼻で笑われるからと学生服を着せたので、彼も馬車の中にいる。
まあ、私はアルフレッドの顔が見れるので嬉しいのだが。
「人口百万を越えるという王都の人口の大半がこのスラム。
ありとあらゆる物が王都に集まるから、なんとか飢えをしのいでいるって感じ。
けど、これもいつまで持つのやら」
日の出と共に門が開けられ、日没には門が閉じる。
その為、城門外にも街が形成されていたりするが、それが肥大化してこの有様である。
実際近い未来には限界が来てオークラム統合王国そのものが崩壊する羽目になるのたが。
で、廃墟と化したこの王都を復興させたのが、何を隠そうこの私である。
「止ま……失礼しました!」
「お仕事ご苦労様。
シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補生、エリー・ヘインワーズと申します。
お義父様であるヘインワーズ候に呼ばれてこちらに参りました」
この手の検問、貴族とはいえ形式的なチェックは行われる。
形式的なのは、貴族ともなると転移魔法や飛行系魔獣で勝手に出入りするからという理由だったりする。
一応のチェックがされ、きっちりと検査されてる他の連中とは違いあっさりと私達の馬車は王都の中に入った。
「衛兵の数が多いわね。
何かあったの?」
「いえ。
最近はこのように常に警護をしておりますが何か?」
「そうなの。
やっぱり王都は違うわね」
私の質問にセリアが答える。
街路ごとに衛兵を立たせ、各貴族の屋敷玄関の警備兵は完全武装。
つまり、それをしないといけない状況になっている。
思っていた以上に危険になっているらしい。
「こっちが商業区。
人と馬車の数が桁違いでしょ」
「凄いですね。
これだけの人は見たことありませんよ」
日本の都心だとこれぐらいの人間当たり前だったりするのだが、異世界においてこの手の人馬の集まりはなかなか見られない。
この王都は商品の消費地であり集積地でもあるのだから。
なお、近くに北部を源流とする大河イスロス川が流れ、その辺りにある河川交易都市テリアとの間を多く人と荷が行き交い、人々の喧騒が止むことはない。
「王城『花宮殿』の周囲は貴族の居住区と王室法院をはじめとした政庁が集まっているわ。
あとは大手門を起点とした大通りに商業街になっているという訳」
肩にぽちを乗せて窓を眺めると、ヘインワーズ家の屋敷が見えてくる。
王都『花宮殿』にほど近い一角にヘインワーズ家の屋敷がある。
今、この屋敷は一人娘のエレナお嬢様の婚約に向けて色々と慌ただしく動きまわっていた。
「お帰りなさいませ。
エリーお嬢様」
立場上義娘という事になっている為、屋敷のメイドがズラリと並んで私に頭を下げる。
セリアみたいな冒険者上がりではなく、専属教育をうけたプロのメイド達。
メイド長と家宰が並んでいるあたり、一応歓迎してくれるのだろう。多分。
「お義父様に呼ばれてこちらに。
そんなに大勢で出迎えなくても良かったのに」
「お嬢様。
その出自はどうであれ、今の貴方はヘインワーズ家の娘。
お嬢様のお帰りを出迎えなくてどうしましょうか?
お嬢様のお部屋は本館の二階に用意させて頂きました」
「こちらにご滞在の間は、我々をお呼びくださいませ。
もちろん、身の回りはお嬢様のお付をお使いになられて構いませぬが、少々メイドとして至らぬ点もある様子。
お嬢様を不快にさせないように、幾ばくかの指導をしたいと思っております」
本館二階。
一階はゲストルームなのに対して、屋敷の当主一族のプライベートルームに部屋を用意してくれている意味は、私をヘインワーズの娘と扱うという事。
このあたりにもメッセージが込められていて中々面白い。
メイド長の言葉にカチンときたらしいセリアとアマラ。
私の後ろでガン飛ばすのは止めて欲しい。わかるから。
私に付けられたメイドは、『メイドもできる護衛』なのに対して、ここは『護衛もできるメイド』なのだろう。
この言葉が逆になっている意味は結構重たいし、成り上がりだからこそヘインワーズ家は無視できないか。
「わかりました。
セリアにアマラ。
良い勉強だと思って、いろいろ学んで頂戴。
あとアルフレッドも家宰にいろいろ教えてもらうように」
「……かしこまりました」
「わかりました。
エリーお嬢様」
「よろしくお願いします」
セリアとアマラは不承不承、アルフレッドは純粋な向学心から返事をするのが声からでも分かる。
それぞれ部屋へと案内される前に家宰が私に声をかけた。
「お嬢様。
夜に侯爵様とエレナお嬢様がお会いになりたいと申しております。
あと、その席に大賢者モーフィアス殿が同席すると」
「わかりました。
夕食後にそちらに参りましょう」
王都オークラムヘインワーズ侯爵邸。
その一室に集まっていたのは、私とセリア、ヘインワーズ候とエレナお姉さまと大賢者モーフィアス。
要するに最後の確認のためだ。
そして、これがこの国崩壊回避の最初の分水嶺となる。
「ヘインワーズの粛清をアリオス殿下が告げただと!?
そりゃ、賭けが負ける訳だ」
メリアスでの現状報告を聞いたヘインワーズ候の第一声である。
怒りでも呆然でもなく、笑い顔でそれを言うのだからこの人もろくでもないたぐいのチートなのだろう。
なお、セリアはメイドではなく報告者兼私の監視者としているのだが、学んだことを披露したいのかメイドとしてお茶を出している。
地味にメイドスキルが向上したらしい。
「何をやったんですの?」
「いろいろさ。
覚えてられんからこそ宰相まで登れた」
娘からの質問の回答がダメすぎるが、成り上がりの宿命みたいなものだから仕方ない。
とはいえ、このままでは巻き込まれて一族滅亡である。
という訳で、原作知識から一つ情報を出してみよう。
私が来たことで、使わなくなった情報の一つだが。
「エレナお姉さまのお相手ですが、分かりましたよ」
「誰かしら?
ベルタの人にそれとなく聞いても皆はぐらかすんですから」
エレナお姉さまの浮かれ声が沈むのを考えると心が痛むが意を決してそれを告げた。
なお、ベルタ公との婚約を蹴って悪役令嬢だったら最初からガチバトル確定の名前である。
「キルディス・ブロイズ。
母方の性を名乗っていますが、父親が身分の低い女に産ませたベルタ公の庶子です。
彼、ベルタ公側の世界樹の花嫁の護衛騎士ですよ。
あと、長子のグラモール卿も送り込んでいますよ。
ベルタ公は王子を巻き込んでの全面バックアップですね、これ」
「……」
世界樹の花嫁の護衛騎士なんて有能である証拠である。
生まれが低いから護衛騎士を登竜門にしてなんて考えもあるのだろう。
そういうのまで入れた最初からの出来レース。
それに気づかずに突っ込んでいった哀れな生贄がヘインワーズ家という訳だ。
いい機会なので、私はヘインワーズ候に訪ねて見る事にした。
「薄々察していたんじゃないですか?
にも関わらず、世界樹の花嫁に絡むなんてどんな理由があったんです?」
「うちは成り上がりでな。
下からの突き上げには配慮しない訳にはいけないんだよ」
下からの突き上げ……!?
そうか。
南部諸侯か!
ヘインワーズ家は商家出身の成り上がりで本来は法院貴族という領地を持たない家だった。
それが、南部諸侯の名家シボラ家と縁組する事で南部諸侯の旗頭として認められたのだ。
現在の南部諸侯家は穀倉地帯が世界樹の呪いの影響を受けて弱体化し、ヘインワーズ家をはじめとした商家によって支えられていると言っても過言ではない。
「それで世界樹の花嫁ですか。
モーフィアス殿と組んだのもそれですね?」
私が胡散臭そうな目で大賢者モーフィアスを眺めるが、年の功かちっとも気にしていない。
控えていたメイドのセリアが入れた西方新大陸から取り寄せたお茶を嗜みながら、彼は口を開く。
「私とて諸侯の対立をこのまま放置するつもりはありませんでしたからな。
それに、ヘインワーズ候をはじめとする商家の方々には、いろいろ研究のための資金を提供してもらっている故。
お力になれたらと」
で、わざわざ異世界に引っ張られた私の身にもなってくれと。
あえて口に出さないが私のジト目で察したのだろうヘインワーズ候がフォローに入る。
「世界樹の花嫁争いに名乗りを上げなければ、南部諸侯の突き上げを食らう。
かといって、名乗りをあげれば王室と仲の良いベルタ公を敵に回す。
君には感謝しているんだよ。
双方の顔を立てられるからというつもりだったが……ベルタ公、いや王室がここまで過剰に反応してくるとは予想外だった」
ヘインワーズ候が政治家の顔になる。
成り上がりだからこそ、無能では宰相位を射止められない。
「今ならば、私を切り捨ててヘインワーズの家を守れますよ。
ベルタ公のキルディス卿との婚約は破棄されていません」
「けど、それをしたらロベリア夫人とカルロス王子が黙っているとは思えないな。
諸侯対立に王室の王位継承まで絡むからな」
私の提案にヘインワーズ候が否定的に答える。
舞踏会で会ったが、子供だからこそ無邪気な野心を露わにしたカルロス王子がこのまま黙っているとは思えない。
彼の側にはサイモンもいるのだ。
多分、ロベリア夫人とカルロス王子はサイモンに操られて野心の毒が回っている。
ヘインワーズ候もサイモンまでは気づいていないかもしれないが、ロベリア夫人とカルロス王子の野心には気づいているし、利用していたに違いない。
あちらを立たねばこちらが立たぬ。
けど、どちらか選ばなければ両倒れ。
こういう選択において、是非はともかく『選べる』というのが政治家の第一歩だと私は思っている。
そして、ヘインワーズ候はこの手の選択をずっと選んできたからこそ、現在の地位がある。
考えるヘインワーズ候の為に、自然と部屋が静かになる。
彼が間違った選択をする前に、少しだけ彼の思考を誘導しよう。
「私がいた世界において、世界樹の花嫁は存在していませんでしたわ。
というか、世界樹が枯れていましたもの」
「っ!?」
その爆弾発言にヘインワーズ候とエレナお姉さまの二人が驚愕の顔を浮かべる。
けど、大賢者モーフィアスはその顔を変えないのは年の功か、知っていたからか。
「一応ヘインワーズの名を借りましたので調べましたもの。
ヘインワーズ家は……」
私の口を制したのは、大賢者モーフィアスの尖すぎる視線だった。
殺気とも違う、かといって冷や汗がでるその尖すぎる視線を私に向けたまま彼が口を挟む。
「それ以上はいけませんぞ。
未来と可能性を失ってしまいます」
「っ!?」
何でこの人が、その言葉を知っている。
それは、私がお師匠様より教えてもらった大切な言葉なのに。
「占術学の基礎ではないですか?
何か問題でも?」
「……いえ。
何も」
私は動揺を隠してそれとなく会話を打ち切る。
国の崩壊後の魔術師という事で、私自身は座学をすっ飛ばした実戦派の人間である。
むしろ、日本の教育課程を思い出して全体の教育強化を主導したりもしたが、どうしても体系づいた座学が身についていない。
魔術学園に来てまず驚いたのが、体系付けられた魔法勉強の簡単さだった。
これを昔に学んでいたらと思うと……やめよう。
今は考えることが別にある。
「エリー嬢の存在は、ヘインワーズの縁者であり世界樹の花嫁争いに参加できるという一点にしか期待しておりませぬ。
もちろん、その稀有な才能と知識で勝ってくれるのならば嬉しいのですが、エリー嬢の過去を引っ張ってこられると、未来に歪みが生じます。
この決断は、ヘインワーズ候の、エレナ嬢のもの。
吉兆も凶兆も今を生きる者に与えられるべきでしょう」
「私自身が動くのはいい。けど、私の過去を持ってくるな。か」
私が押し黙ったのは、己の過去が最善でも最悪でもない可能性がある事を自認していたからだ。
占い師たるもの傍観者たれ。
確実に歴史が変わるこの選択は、ヘインワーズ候とエレナに与えられた特権だからこそ大賢者モーフィアスの言葉に私は口を閉じたのである。
私がヘインワーズ候が失敗した未来の人間であるという最低限のヒントは与えてある。
そこからは当事者の手に委ねようと私もお茶を飲んで彼らの決断を待った。
どのぐらいの時間が経っただろう?
短いようで長いような無言のあと、ヘインワーズ候はエレナお姉さまを見てこう告げた。
「エレナ。
お前にとっては辛い選択になるし、いろいろ言われるだろうがこの婚約を進めても構わないかい?」
「お父様のお望み通りに」
エレナお姉さまは華やぐような笑顔でそれを了承した。
こんな笑顔で笑える彼女が悪役令嬢として歴史に刻まれる。
なんとなくそんな事を考えていたら、ヘインワーズ候がさらにとんでもないことを言う。
「正式にまとまったら、俺は引退する。
キルディス卿を養子にして、彼にヘインワーズ家を相続させる」
「っ!?」
「お父様!?」
私とエレナお姉さまがほぼ同時に声を上げる。
ふたりとももはや悲鳴に近いが、大賢者モーフィアスだけが争いが回避できたことを悟って安堵の溜息をついた。
「正直、エリーを切り捨てた所で、ヘインワーズは潰されるだろうよ。
ならば、潰される前に降伏した方が娘二人は残る。
俺の首だけで足りないなら、ヘインワーズの名前も捨てるさ」
この潔さと損切りの徹底さは商家上がりだからか、政治家として揉まれたからなのか、はたまた両方か。
ヘインワーズ家の存続を考えなかった場合、エレナの生き残りは実現可能だからだ。
キルディス卿を養子にしてヘインワーズ家を相続させるというのは、全面降伏かつ西部諸侯に寝返ると宣言しているに等しい。
「南部諸侯家は?
ロベリア夫人やカルロス殿下はどうなさるのですか!?」
それが私の口ではなく、エレナお姉さまの口から出る辺り大貴族のお嬢様は馬鹿ではできない。
娘の悲鳴まじりの質問に、親族切り捨てやむなしという決断をヘインワーズ候は淡々と告げる。
「表立っては何もしない。
何かしたら、それは彼らの責任だ」
つまり、何かやらかしたら彼らを切り捨てる宣言である。
同時に、その切り捨て候補に私が入っているのだろうなぁ。間違いなく。
「大賢者モーフィアス。
俺の末路はこんな形だが、僅かな時間は貴方の労に報いよう。
世界樹の研究はそのまま続けてもらいたい。
費用は今までどおりこちらが出そう」
先に大賢者モーフィアスに頭を下げたヘインワーズ候はそのまま私の方を向く。
事実上の切り捨て宣言だが、私が未来が変わったことを密かに喜んでいるなんて彼は知らない。
「済まない。
来てもらったのに、君を切り捨てる事になりそうだ」
「そうでもないですよ。
おかげで私にもできる事ができました」
「?」
周囲の人間にうかんだ疑問をよそに、私はエレナお姉さまと同じように微笑む。
後でセリアに聞いたがそっくりだったらしい。
「義父様が頭を下げたことで、我々も出来レースに噛めます。
ベルタ公側の世界樹の花嫁の引き立て役として」
最初に顔が変わったのは大賢者モーフィアスだった。
次にヘインワーズ候が額に手をおき、エレナお嬢様が驚きの顔を隠そうとしない。
貴族の思考からでは出てこないその選択を私はあえて口にだすことで宣言した。
「ヘインワーズの名を貶めぬよう、相手側の引き立て役として華麗に負けてあげてみせますわ」
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