16 親睦会

 人材は集めたが方針を徹底させないと烏合の衆である。

 という訳で、かき集めた人材達に今後の方針を伝える為の内輪のパーティを開く事にした。

 参加者はアマラとついてきたシドにセリア、姉弟子様と雇ったアルフレッドである。


「という訳でこれからよろしくね。

 かんぱーい」


 さすがに酒は避けたが向こうから持ち込んだ粉末ジュースが大活躍。

 保存や戦場使用に気づいてシドやセリアが渋い顔をしているのは見なかったことにしよう。


「で、お前が仕えるお嬢様の感想は?」

「規格外。

 私らいらないと思うわ」


 聞こえているわよ。

 シドにアマラ。

 じろりと睨むと、苦笑して話をそらしやがった。 

 話題はもちろんこの間の迷宮探索だ。


「あの費用、お嬢様が自前で出したそうよ」

「凄いお嬢様だな。

 あれだけの人数は家の財力で何とかするのが当たり前だろうに」


 シドがワイングラスに口をつけるがそれは喉の奥に消える事無く、アマラの次の言葉で吐き出される羽目になった。


「で、『こんな事を続けたら、どれぐらいの費用がかかるかわかって言っているので?』と尋ねたら、このお嬢様事も無げに『体を売るから』だって」

「ぶっ!げほっ!げほっ……」


 シドだけでなく聞き耳を立てていたアルフレッドが咳き込む。

 まあ、親睦会にぶっちゃけトークは大事だから怒るに怒れず、ワインでも嗜んで我慢しておこう。

 あ、これいいやつだ。

 なお、アマラは伏せたがこの言葉には続きがあった。

 言えない続きはこうである。


「気にしなくていいわよ。

 既に男にも剣にも体を貫かれた身なので」


 女同士の下ネタは生々しいから困る。

 後で聞いたが、アマラの方も私の物言いに頭痛がしていたそうだからおあいこである。


「あのお嬢様中身はともかく、体は売れる容姿をしているからまたたちが悪い。

 腰まで届く美しい黒髪に華やかな飾り紐がつけられ、彼女が持ち込んだ洗髪剤の香りは香水よりきつくなく、かといって気づかないほど薄くも無い。

 肌はなめらかでその艶が真面目そうな顔に凛とした雰囲気を与えている。

 発育は良いほうで、その輪郭が出ている若い蕾として男性達を刺激せずにはいられない。

 あの迷宮探索から、彼女にひかれた冒険者も多いだろうよ」


「何よ。シド。

 お嬢様に惹かれた?」


 アマラがむっとする顔をするが、シドは私を見てにやり。

 あ。

 これは何か企んでいる顔だ。


「近づいたらこれだろ。

 取って食われたくは無い」


「ぽち。

 あれ食べていいわよ」


「待った!お嬢!

 ドラゴンをけしかけるのはやめてくれ!

 無礼講!

 無礼講の席だろうが!!」


 なお、ぽちはシドを一目見てそっぽを向き、肉をはむはむと。

 グルメなぽちにとって、シドより調理された肉の方が大事らしい。


「つーか金に困っているのならば、その身に着けている大勲位世界樹章を質に入れれば国が買える金が転がり込むだろうに」


 シドの冗談に付き合ったのは私の後ろにいたセリアである。

 淡々とその冗談を口にするが、その表情は重たい。


「既に質に持って行ったのですが、あまりに高すぎるからこの街の商人ですら買取を拒否されまして」


 なお、ゲームでは大金で売れたのだが、現実は非常だった。

 世界樹の樹液を固めた深緑琥珀自体が貴重なマジックアイテムであり、瀕死からHPMP全快するというRPGお約束のもったいなくて使えないアイテムである。

 で、身に着けると世界樹の加護によって健康と肉体的成長と老化の停止までつくという優れもの。

 街ではなく国が買えるという超貴重品ゆえに背後には王家や貴族や神殿の暗部が見え隠れし、商人達は歯噛みしつつもそれの買取を断ったという。


「というか、このお嬢様体が多分一番安いぞ。

 そこの使い魔の竜の鱗を剥がすだけでも職人達が金貨の袋を確保に走らねばならないのだから」


 失礼極まりない事をシドが言ってのける。

 ちなみに、一番高いのは実は体(というか頭脳)で、国の運営資金を一手に握っていた金のなる木だったりする。

 二人とも気づかないし、気づけという方が無理だろうが。

 何しろ私の持ち物は大勲位世界樹章だけでなく、それだけで国が買えるものがもう一つあるからだ。

 ぽちである。

 竜の鱗は当然のように魔法的加護がついている。

 私の実家において機械の掃除機相手に縄張り争いをするぽちの鱗は耐火属性と耐魔防御を持つだけでなく、ドラゴンメイルみたいに全て鱗で作られた鎧だとまず剣が貫けない硬さまで持ってしまう騎士垂涎のアイテムである。

 年に一度の脱皮で大量の鱗を出してもったいないからと私が取っておいたのに母親にゴミとして捨てられかかったものも、この世界では同じ重さの金貨と引き換えになるのだった。

 なお、ゴミに出されかかった鱗が回収できた最大の理由は回収業者が張った一枚の張り紙にて説明できる。


「燃えないゴミは指定日に出してください」


 硬すぎで燃えないゴミと勘違いされる竜の鱗。

 世界が違うと価値も違うという話。

 閑話休題。


「で、ヘインワーズ侯にはなんて報告するの?」

「ありのままに。

 信じるかどうかはまた別の話でしょうから」


 私が話を振ったセリアの返事である。

 メイドとすれば当然だが、面白みもない。

 こうやって好き勝手を言いながら、話は本題に入る。


「さてと、迷宮探索でベルタ公側の人間を何人か見かけたわよ」

「だとしたら、向こうにも情報は伝わっているだろうが、頭を抱えているのだろうな」


 アマラとシドの物言いにセリアが苦笑する。

 それはそうだろう。

 ヘインワーズ候が連れてくる花嫁候補は、銀時計持ちで五枚葉従軍章を見せつけ大勲位世界樹章を胸に飾る神竜持ちの化け物(比喩表現)である。

 ヘインワーズ候の娘と縁談を組んで候補から外したと思ったら、それ以上の強敵というかラスボスをぶつけられたようなもの。

 悪役令嬢的にはある意味正しいと言えば正しいのだが。


「で、エリーの目的の再確認だけど、世界樹の花嫁を目指すでいいの?」


 アマラの質問に私はぶっちゃけた。

 早々のネタばらしだが仕方ない。


「一応はね。

 ただ、私じゃなくても世界樹の花嫁に誰かがついてくれる事が目的なのよ」


「?」


 首をかしげるアマラだがある意味当然だろう。

 ここからはこちらの世界の人間が知らないというか失伝した事なのだから。


「世界樹の花嫁って王国の大臣職だし、そっちを目指すと言っているというか意図的に言っていたからね。

 私が目指すのは本当の世界樹の花嫁。

 ようするにこの樹の巫女の事よ」


 大臣職を目指すという形で分かりやすい餌をばら撒いておいたのだ。

 食いついてくれないと困るというものである。


「大賢者モーフィアス様に頼んでいるのだけど、近く世界樹についての調査報告が王宮に提出されるわ。

 そこにはこう書かれているはずよ。

 『世界樹の花嫁は乙女ではその力を出す事はできない』と」


 私と姉弟子様以外はさすがに驚愕の顔に変わる。

 近年の世界樹の花嫁は後宮に入るコースの一つとして確立されている。

 そこに激震を与える事になるからだ。


「まぁ、ぶっちゃけると世界樹の花嫁って、毎夜毎夜男をとっかえひっかえしている人間でないとなれないのよ。

 近年の不作はそれが原因でもあるわ」


「証拠は?」


 信じられないという顔でシドが質問を投げかける。

 それに対して、私は取り寄せた歴代の花嫁と収穫高の書類を提示した。


「ここ数年の収穫高減少のデータと儀式を執り行った世界樹の花嫁の名前。

 彼女達の全てが後宮に入るか有力貴族の元に嫁いでいるわ。

 断定はできないけど、何だかの関係は見て取れるんじゃない?」


「……じゃあ、俺の故郷が滅ぼされたのも、ナタリーが浚われたのも貴族達の都合だったって言うのか?」


 アルフレッドの静かな怒りに私は少しだけたじろぐ。

 故郷滅亡の原因が天災でなく人災であると知ったら怒りを持つなというのが無理だろう。

 そんなアルフレッドに声をかけたのは姉弟子様だった。


「勘違いしないで。

 人の運命を変えるのもまた人。

 貴方がここにいるのもまた、貴族様の都合でしょ?」


 あ。

 押し黙った。

 理解はしたが、納得できないという所か。

 姉弟子様フォローありがとう。


「ついでだからぶっちゃけますか。

 ヘインワーズ家について王家が粛清を示唆した事と、私だけなら助ける旨を既にヘインワーズ候には伝えています」


 更なる衝撃が一同に吹き抜ける。

 ヘインワーズ家粛清なんてシドやセリアですら知らなかったのだろう。

 驚愕の顔が隠せていない。


「お、お嬢様。

 それは本当ですか!」


「アリオス殿下からのお言葉です。

 今頃ヘインワーズ候も動いていると思うけど、世界樹の花嫁選定が終った後で何らかの罪をもらって潰されるでしょう」


 今度はセリアが激昂した。

 真面目な人間が切れると怖いというのは本当で、怒りで顔が真っ赤になっている。


「何故ですか?

 成り上がりとはいえ、いえ、だからこそ我らは王家に対して忠勤をつくしてきたはずです!

 何ゆえに王家は我らをお潰しになられるのか!」


「そこに原因があるわよ」

「え!?俺?」 


 姉弟子様の指した指の先にはアルフレッド。

 不意に指差されたアルフレッドだけでなく、怒っていたセリアですら怒りを忘れて姉弟子様の指先を見つめるのみ。

 その指先はアルフレッドの赤髪を指差していた。


「アルフレッド。

 あなたの両親に東方騎馬民族の血は混じっていない?」


「ああ。

 開拓村だったから、混じっているが何か?」


 不機嫌さを隠さないアルフレッドをおいて姉弟子様は淡々と言葉を紡ぐ。

 感情をコントロールして、その場の話題を掌握するのは占い師の必須スキル。


「ずっと疑問に思っていたのよ。

 ヘインワーズ家は粛清されるだけの罪を犯したのかって。

 まあ、身代が大きくなったから見せしめというのもあるでしょうけど、見せしめにする以上へインワーズに続く者がいるという事。

 その続く者達って誰?」


「それは、商人達でしょう。

 へインワーズも元は商人の出です」


 私の即答に姉弟子様はうんうんと首を縦に振る。

 このあたりの話は私も聞かされていないから何を言い出すのか不安なのだが。


「オークラム統合王国は、オークラム王国と近隣諸侯による統合によって作られた国。

 つまり、封建諸侯の力が強いのよ。

 で、王家はこの力を削ぎたいと思っている。

 ここまでは、よく使われる話ね」


 気づいてみたら姉弟子様の言葉に皆が引き込まれている。

 あ、ぽちは一匹我関せずで肉をかじっているが。


「ここに周辺蛮族というファクターが入ってくる。

 外に敵を作るのは内部結束の常套手段ね。

 そんな蛮族との交易で富を得たのがへインワーズをはじめとした商人達。

 ここまでも問題ないでしょ」


 一同うんうんと首を縦に振る。

 私も実はその解釈だったというのは内緒。


「これでもヘインワーズを潰して商人達を脅すのは十分だけど、商人達が萎縮して商業活動が萎縮するデメリットがある。

 けどね、商業活動を萎縮させるのが目的だとしたら?」


 姉弟子様はこう言って、一冊の本を広げる。

 私にしか分からない日本語で書かれた『ザ・ロード・オブ・キング』のマップタイトルは『大長城跡地防衛線』。


「あ!

 あああああ!!!!

 ああああああああああああああああああ!!!!!」


 JKにあるまじき叫び声をあげながら、はっきりと私の中で繋がった。

 何故イヘンワーズを潰そうとしたのか?

 商人達を萎縮させてもなお問題がないと言い切る理由を。


「これなに?」

「私は見たことがないのですが……」

「俺も読めない字だな。こいつ」

「……」


 アルフレッドはシドとセリアをつけて早急に文字の読み書きを叩き込ませよう。

 話がそれた。


「『インフレ』と『デフレ』」

「大当たり」


 私の言葉に姉弟子様が微笑む。

 インフレとデフレというのは色々難しい言葉で解釈や説明などをしたら、日が暮れてしまう。

 よって簡単な意味をこの言葉につけたい。


 『インフレ』とは、『今、富を持っている人が損をする政策』。

 『デフレ』とは、『今、富を持っている人が得をする政策』。

 

 今、富を持っている連中は封建貴族だ。

 そんな彼らを相手にしていた商人達がいる訳で、彼らの事を御用商人という。

 そこに成りあがった商人達が法院貴族として権力闘争をはじめようとしている訳で、その最大の成り上がり者がヘインワーズな訳だ。

 商人と一くくりにしたから間違えた。

 商人の中にも、派閥や立場があるという事を失念していたのだ。

 御用商人連中はこの成り上がりを叩き潰したい訳で、その資金源を潰す政策を後に提出する。

 それが大長城。

 北・東・南の全周を城壁によって囲む大防衛線の構築で、王国崩壊時にそのほとんどは未完成のままに終るが、この跡地に逃げ込んだ一派が王国復興の旗を掲げる。

 『ザ・ロード・オブ・キング』序盤最大の山場である。

 それはさておき。

 この粛清劇をたくらんだ御用商人達は新興商人層の徹底的な弾圧を決意し、その富の源泉である辺境交易まで手を出そうとした。

 街道管理による異民族制限と建設費用の新興商人への押し付けは、流通によってかろうじて持ちこたえていた食料供給が完全に崩壊し、あとは何度も言った御家争いで王国は崩壊に向かう訳だ。


「調べてみるといいわよ。

 統合王国成立時の封建諸侯のほとんどに王家の血が入れられて大公や公爵になっている。

 そして、新大陸交易の利権は全部御用商人が抑えているはずよ」


 セリアとシドが神妙に頷くが、私には姉弟子様が間違っていないという確信があった。

 船を運用するのは桁違いの費用がかかる。

 その為、沈没したら破産なんてリスクを避ける為に、王家等の旗の庇護下に入る事が多い。

 つまり、私の敵は王家御用商人という訳だ。

 また、そんな彼らとはスタートが簡単な街道交易で成りあがった新興商人と利害関係が対立する傾向がある。

  

「世の中金じゃない」

「そんなものよ。

 絵梨も大人になったじゃない」


 私のはき捨てた呟きを姉弟子様が拾って微笑みかける。

 ついでなので気になった事をたずねて見る事にした。


「けど、こっちの事いつ調べたんです?」

「調べてないわよ」

「へ?」


 でっち上げにしては説得力がある言葉だったのだがと言おうとして、姉弟子様がそれはもういい笑顔で言ってくださりました。

 私を含めたぽちまで含めた全員がその笑顔にドン引きした後、姉弟子様は言い切りやがりました。


「だって、向こうでも似たような事いっぱいあったんだから♪」


 世の中は金である。

 とても悲しい事に。

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