15 姉弟子様クエスト

「お帰りなさいませ。

 そちらの方は?」


 トランクケース二つに水樹姉様つきで、メリアス魔術学園にある私の部屋に現れた私達にセリアが少し怪訝そうな顔をする。

 仕事柄最初が大事と知っている姉弟子様は派手なスーツを着こなしているが、それ男を漁る時の勝負服ですよね。たしか。


「私の姉弟子に当たる人よ。

 占術学の権威でもあるから、私の占術学の講師として時々来てもらうことになるのでよろしく」


 こちらの手駒兼監視者たるセリアはそれで私の企みを察したらしい。

 私達のトランクケースを持ってただ一礼して見せた。


「で、お嬢様。

 この後私は何をすればいいのかしら?」


「働くためには身分証明が必要なわけでして。

 とりあえず、それを発行してもらいに行きましょうか」


 と、部屋を出ようとしてメイド達に阻まれる。

 後ろからセリアの淡々とした声が聞こえる。


「エルフの森でドワーフの真似をする輩は居ない。

 エリー様とその姉弟子様もこちらにふさわしい衣装に着替えていただきたく」


 私も姉弟子様の着せ替えおもちゃにさせられて、似たような服を着ているのですが。

 つまり、そっち系勝負服。


「え?

 私、また着せ替えおもちゃ?」


 ぽちが姉弟子様のおもちゃにされた恨みからかざまぁ見たいな顔で見てやがる。

 今日の食事減らしてやる。


「おー。

 本物は違うねー」


 姉弟子様がドレス姿で鏡に己の姿を写す。

 メイドに着替えさせられるあたり楽しみにしていたらしくテンションが高くて私が引いていたり。

 そんな姉弟子様を尻目に、トランクケースから取り出したのは、タブレットと携帯ソーラー充電器。


「お、充電してるわ」


 図書館の書物を調べるのも許可がいるし時間がかかる。

 タブレットのカメラでパシャパシャ撮ってしまえば、向こうでも調べられるという魂胆である。

 セリアやメイドたちが私の持っているタブレットに興味津々なのだが、ここはあえて無視して大き目のポシェットになおす。

 スリ対策である。


「絵梨。

 お師匠様の形見の水晶はどうするの?」


「魔力回復陣を敷きますのでその中に置いてみてください。

 それで回復しないならば改めて考えましょう」


 たとえ回復できなくても、この手のマジックアイテム回復の魔術師なんかもメリアスぐらいの都市ならばあるだろう。

 メリアス魔術学園の制服に着替えた私と貴族用ドレスに身を包んだ姉弟子様。

 こうやって並ぶと間違いなく主役は姉弟子様だよなぁ。


「それで、今日はどのようなご予定で?」


 セリアの言葉に私はぽちを抱いて答えた。

 少し言葉に力が入っていたのに気づかれなかっただろうか。


「姉弟子様の占いによって候補者は見つかっているらしいので、クラスの取り巻きを雇いに。

 その前に、姉弟子様の身分証明を作りに行きます。

 セリアもついてきて頂戴」


「かしこまりました」


 かくして、私と姉弟子様とセリアの三人でメリアスの麓に降りてゆく。

 セリアは姉弟子様に対して警戒心を隠そうともしない。まぁ、当然か。


「凄い場所よね。ここ」


 水樹姉様が上を見上げて、広がる世界樹の万緑の光に目を細める。

 よく見ると人が乗ったペガサスやグリフォンやワイバーンが空を飛んでいる姿を見ることもできるだろう。

 こういう街だと上下の行き来にこの手の飛行型魔獣を使うのが、上流階級のステータスにもなっているのだった。

 もちろん維持費は馬鹿高い。


「ぽちも絵梨を乗せて飛べるんだっけ?」

「できますよ」

「きゅきゅ」


 私の肩でどや顔をさらすぽちに姉弟子様は興味津々だ。

 目が口ほどに物を語っている。『乗せろ』と。


「水樹姉様。

 乗せるのは構いませんが、上空は寒いですよ」


 当たり前だが、高度が高くなればなるほど気温は下がる。

 世界樹樹上にある魔術学園の私の部屋が寒くなかったのも魔法のおかげだったり。

 なお、ぽちを手に入れた時に寒さと風で風邪を引いたのは良い思い出だ。

 寒さに震えるがいいといたずらな邪心を心に潜ましていたら姉弟子様はぽつり。


「そう。

 じゃあ、ライダースーツとフルフェイスヘルメットがいるわね」


 その手があったか!

 私も帰ったら買っておこう。



 ぶっちゃけると、オークラム統合王国は領域国家というより、都市国家の集合体と言った方がいい。

 何がいいたいかというと、ちょっと街一つ越えるだけで身分確認ができないなんて笑えない事態が頻発する。

 北方蛮族・東方騎馬民族・南方魔族という部族社会と隣接して侵入され続けている現状において、流民の身分確認は早急の課題になっていた。

 一つは貴族が身分証を発行する場合。

 一番問題が無いのがこれなのだが、当然貴族のコネがないと使えない。

 次に神殿や大商人等が身分証を作るケースで、貴族発行の身分証に準する効力を持つ。

 これも同じくコネがないと使えない。もちろん費用もそれなりにかかる。


「あれ?

 絵梨のスポンサーに頼まないの?」


 姉弟子様の疑問に私は顔を向けて答えた。

 胸につけられた銀時計の鎖が揺れる。


「一から十までヘインワーズ家に頼むと色がつき過ぎるんですよ。

 で、成り上がりコースの経歴ロンダリングで水樹姉様の経歴をでっちあげます」


 かくして到着したのがメリアスの外周城壁の一つにある城門。

 銀時計を見せるだけで、衛兵は何も言わない。


「すいません。

 滞在許可を頂きたいのですが?」


 衛兵詰め所にづかづかと入って滞在許可証を求める。

 流民については雇用問題や治安の悪化から、どうしても永続滞在許可を出す所は少ない。

 また入る為には関所税を払い、トラブルを避ける為にそれとは別に保証金を積む必要がある。

 このあたりは、領主の収入源になっているので色々と闇が深い。


「はい!

 こちらの書類をお使いください!!」


 人の見た目は大事である。

 メイドにドレスを来た美女がやってきたのだから視線はそっちに行くのは分かるが、私を最後に見やがったなこいつ。

 まあ、魔術学園学生服だから文句は言うまい。

 私を見た時に銀時計に気づいて顔真っ青だし。こいつ。

 姉弟子様の代わりに羽ペンで必要事項を記入しているのを姉弟子様が横から眺める。


「ふーん。

 こっちでの私の名前ってこんな感じなのか」


「これで、ミズキ・カミナと読みます。

 覚えておいてくださいね。

 さてと、関所税と保証金はいくらかしら?」


「関所税は一人銅貨三枚。

 保証金は身元保証なしならば銀貨一枚、保障ありならば大銅貨一枚になっています」


 セリアが銀貨二枚を職員に渡す。

 銅貨100枚で銀貨一枚、銀貨100枚で金貨一枚になっている。

 で、これに10枚で一枚になる大銅貨や大銀貨があったり、王国通貨だけでなく各諸侯や自治都市がそれぞれで通貨を出しているので両替商が大繁盛。

 なお、ヘインワーズ家発行通貨は王国発行通貨と同じ含有率で作られている。

 こういう時、おつりを言わないのがこの世界でのルール。

 その差額が賄賂になる訳だ。


「保障なしで発行をお願いしますね」

「かしこまりました」


 係員がぽんと判子を押して、滞在許可証を手渡す。

 これで、流民出身で住所不定の姉弟子様の滞在許可が作られる。


「次は冒険者ギルドに行きましょうか」


 滞在許可証を姉弟子様に手渡して、近くの冒険者ギルドへ。

 ここに登録し、仕事をうける事で滞在許可の延長が可能になる。

 以後、手続きの大半は冒険者ギルドが代行する事になるが、これは大きな変革だった。

 関所税と滞在保証金は領主の収入源であるがゆえに、領主の都合によって決められていた。

 それに団結して圧力がかけられるのがこの冒険者ギルドであり、もちろん流通の拡大を望む大商人等の後援がある。

 そんな背景もあって冒険者ギルドは城門の近く、街によっては城門の外にある事も多い。

 私達が冒険者ギルドの扉を開けると、一斉に視線が集まる。

 皆、金になりそうな事についての嗅覚は鋭いのだ。

 酒場も兼ねているカウンターに座り、滞在許可証をテーブルにおいてマスターに声をかける。


「冒険者登録をしたいのだけと?」


「あいよ。

 書類はこれだ。

 代筆は必要ないか」


 まあ、銀時計の鎖をぶらぶらさせていれば、そこから先は口にする必要はないか。

 羽ペンで必要事項を私が記載してゆく。

 冒険者達はこちらをちらちらと見ているし、姉弟子様は興味深そうに冒険者達を観察している。


「翻訳はちゃんとできています?」


「雑踏だと無理だけど、絵梨が話している相手の会話は理解できているわ。

 作って正解だったわね。

 まあ、表情と状況で八割がた言いたい事は分かるのだけど」


 さすが心理学の学位も持っている凄腕占い師。

 姉弟子様の胸元にはアクセサリーに似せたピンマイク、耳にはイヤホンがつけられている。

 それが持ってきたタブレットに無線で繋がっており、こっちの言葉を翻訳しているのだ。

 こっちの言語なんて分かるのは私ぐらいしかいないので、翻訳ソフト会社にオーダーメイドで特注し音声認識と発音は私が行う羽目に。 

 結構な金がかかるが、それが払えるのが姉弟子様である。


「登録終了。

 こちらが冒険者カード。

 ミズキ・カミナ。

 レベル1ですよ。

 カードに血をたらしてください。それで本人認証するので」


「なかなか初々しいじゃない」


 この世界にはレベルがあるが、そのレベルを決めるのは冒険者ギルドである。

 魔物討伐でレベルが上がるだと、お使い系クエストが得意な冒険者のレベルが低く見られるという問題が出る。

 そのため討伐は申告制で、お使いクエストは達成報告をもって経験点を加えられて必要点数に達したらレベルアップという訳だ。

 なお、討伐の申告の為魔物の部位を持って帰る事が求められる。


「とりあえずレベルについては分かったけど、これ職業についてはどう判別しているの?」


 姉弟子様がカードを見ながら首をかしげるので、私は銀時計の鎖を指差す。


「それはこっちで判断するんですよ。

 要するに、冒険者として使えますよという証明でしかないので。

 だから、こんな事もできるという事を今から実践しますね」


 私はそのまま依頼カウンターに行って、姉弟子様名義でスライム討伐の依頼を受ける。

 その横のギルド直轄の店にスライム討伐の証拠となるスライムの体液が銅貨三枚で売られている。

 なお、真面目に倒してスライムの体液を納品すると銅貨一枚。


「すみません。

 スライムの体液、あるだけくださいな」


 そう言ってカウンターに置いたのが私達の世界の地金型金貨。

 使えるかどうか試す為に持ってきたのだが、カウンター向こうのギルド職員はあわてて両替商を呼びにすっ飛んでいった。


「なるほど。

 お金も経験値に変わる訳だ」


「ええ。

 与えられた依頼を剣だろうが、魔法だろうが、金だろうがとにかくクリアしますよという意味しか無いんですよ。

 けど、流民からすると一番最初に手に入れないといけない、街に滞在する上で切実に欲しい信用を保障してくれるんです」


 姉弟子様の言葉に私が返事を返す。

 ギルドカードは身分保障も兼ねている。

 だから、登録者の能力やステータスではなく、レベルという評価によって身分保障が行われている訳だ。

 もちろん、ギルドカード詐欺も無い訳ではないが、事が自分の信用にかかわるので最終的に長続きはしない。

 そんな話をしていると、冒険者達のざわめきと注目がすっとんできた両替商に向けられている。

 そりゃそうだ。

 純度99.99%の投資用金貨だから、こっちの世界では効果は絶大だろう。


「あ、良かったらついでにこれを換金してくれないかしら?

 重かったのよね」


 私の言葉にセリアが金のインゴットをテーブルに置く。

 見た目は小さいが1Kgあるその金のインゴットは、前回のクエストの赤字をうめておつりがくるとセリアが呆然とし、それを見て私と姉弟子様が苦笑したり。

 これ、向こうの占い一回程度の値段でしかないのだから。


 両替商が帰ると、私たちのテーブルの上には姉弟子様のギルドカードと金貨の詰まった袋が一つ。

 無造作に置かれているように見えるがセリアががん見してるし、袋をおもちゃにとぽちがじゃれついている。

 これで奪いに来る盗賊は馬鹿か勇者のどちらかしかいないだろう。


「という訳で、冒険者レベル20おめでとうございます。水樹姉様」


「……なんだろう。

 ちっともうれしくないんだけど」


 求める量が莫大だったので、買取納品の建前すらすっ飛ばしてのレベル20である。

 こうやって信用は作られる。

 それが実力だろうが、買収だろうが結果というものに対しての信用がレベルなのだ。

 で、ここまでが前段階。

 信用はでっちあげられたが、どんな信用なのかが分からないのだ。


「という訳で、これをどうぞ」


 冒険者ギルドが発行している占い師の職業章を手渡す。

 これは登録時に申請するともらえるものである。

 表向きはこれでレベル20の占い師冒険者である。


「ふーん。

 納得はしたけど、釈然としないわね」


 言ったとおり悪さをする輩は何処にでもいる訳で、さらなる信用を積まないとメリアス魔術学園の講師に押し込めない。

 で、次はその更なる信用をでっちあげる必要があった。


「さてと、次は役所に……っ!」

「あ、お嬢様じゃねーか。

 こんな所で何やってんだ?」


 あの時もらった骨の兜にカビを落としたレザーアーマー、石の斧に石の槍で蛮族に見えなくも無いが、これらの装備のおかげで初心者冒険者より一歩先に出ているのは間違いがない。

 そんな事より何でここにいるアルフレッドって、ここ冒険者ギルドじゃねーか!

 申請とかで顔を合わす可能性は十分あった訳で。

 やばい。

 姉弟子様の目が笑ってやがる。


「あ、いやね。

 私の姉弟子様がこちらに滞在するから、その申請を……」


「絵梨。

 この人よ」


 お願いだから衆人環視で指差さないで。

 周りの視線がアルフレッドに集まっているじゃねーか。

 アルフレッドも姉弟子様の指先に目を丸くしているし。


「あ、あのね。

 姉弟子様って占い師でね。

 私がメリアス魔術学園に滞在する間、教室内での護衛を探していたのよ。

 で、相談したら、占いの結果あなたが選ばれたと」


 ざわめく冒険者達。

 そりゃそうだろう。

 メリアス魔術学園は貴族をはじめとした上流階級が行く学校で、こんな冒険者達の手の届く場所ではない。

 それを占いで決めたといえば当たり前だが嫉妬の視線がアルフレッドに向かう訳で。

 即座に空気を察した私は、手をパンと叩いた。


「他にも理由はあります!

 この中で、先の私の依頼を受けた者は?」


 こういう時は会話の主導権を握る事が大事。

 はっきりと大きな声で、会話を誘導してゆく。

 何人かが手をあげるこれで少しは説得力が増す。

 腰に手を当てて言葉に力をこめる。


「迷宮探索のとき、彼は初心者なのに再度の突入に志願しました。

 それが最も大きな理由」


 一旦口を閉じて、嫉妬心とあわよくば代わりたいと考えている冒険者を睨んで、質問をなげつけた。

 精悍な顔つきはそこそこ修羅場をくぐった証で十分大人びている彼にとっても簡単かつ、絶対的な質問を。


「あなたは見ると信頼できる冒険者らしいけど、メリアス魔術学園に『生徒』で入れるの?」


「へ?生徒?」


 その男の間抜け声にギルド内に大爆笑が広がる。

 この場はどうやら切り抜ける事ができそうだ。


「そう。生徒。

 だからこそ、初心者だけど勇気がある若者を探していたの。

 私の名前はエリー・ヘインワーズ。

 シボラの街の君主に連なる者の娘で世界樹の花嫁候補よ。

 つまり……」


 それ以上は言わなくても分かるでしょう?

 あえて言葉に出さないことで、ヘインワーズ候とベルタ公の確執は知れ渡っている。

 ベテラン勢を中心に私達からの視線を逸らした。

 情勢はやや不利という所か。

 改めて私はアルフレッドに向き直る。


「もちろん、貴方には断ってもかまわない。

 この空気を見て分かるとおり、状況は若干不利という所。

 それでもいいというのならば……」


 私は手袋を外して手をアルフレッドの前に差し出す。

 おちつけ。

 心臓がばくばくするし、嫌な汗が吹き出ようとするのを必死にこらえる。

 お願い。

 どうか、私の手をとってください。


「……女の子が助けてと言ってくれているのに、その手を振りほどくのは冒険者失格だろう」


 アルフレッドの手が私の手を握る。

 暖かい、もう握る事はないと思っていた暖かさに感情が溢れ出しそうになるのを私は必死にこらえて、お嬢様の仮面をかぶり続けた。


「よろしくね。

 こまかな契約は後で取り決めるけど、これは前払い金。

 期限は私が卒業するまで」


「アルフレッド・カラカル。

 よろしく。

 エリーお嬢様」


 テーブルの袋から金貨を一枚摘んで、アルフレッドの手の上に乗せる。

 明らかに周囲の冒険者の顔色が変わるので、アピールも忘れない。


「私は世界樹の花嫁を目指すわ!

 その為には地下の大迷宮を攻略する必要があるので、それに向けての志願者を募集します!

 この若者みたいに、富と名誉が欲しい者はヘインワーズの門を叩きなさい!!」


 手を離すのが惜しいが、振りほどいて手袋をはめる。

 ついていたセリアに育成を頼むのも忘れない。


「セリア。

 彼の教育お願い。

 りっぱな冒険者にしてあげて?」


「騎士ではないので?」


 セリアの冗談に思わず笑ってしまう。

 これはばれたな。

 一目ぼれで押し通そう。


「私ともども没落したら意味が無いわよ。

 失敗しても必ず生きて帰れるようにしてあげて。

 自己犠牲なんてもっての他だから」


 乙女ゲーどおりに没落するならばしても構わない。

 けど、これだけは、アルフレッドに自己犠牲を決意させる事だけは絶対にしたくはない。

 これは私のエゴだ。

 何か生暖かい視線を感じると思ったら姉弟子様だった。

 顔がにやにや笑ってやがるし。

 けど、最初の勧誘が成功したのも姉弟子様のお導きだから文句は言うまい。




 私達一行はアルフレッドを連れて役所に向かう。

 まだ、姉弟子様の経歴詐称の途中だからだ。

 冒険者ギルドが発行する占い師では信用が足りない。

 ここで役所に出向いて、役所発行の職業章を入手する為だ。


「へぇ。

 村が滅んで冒険者になったと」


「ああ。

 俺の居た村は東部開拓地の辺境で、東方騎馬民族の襲撃に耐え切れなくなって村ごと逃げ出したんだ。

 それで両親とも死に別れて一人ここに流れついたという訳。

 こっちはまだ食えるだけましだけど、各地の開拓村は不作が続いて俺の村と似た状況になっているみたいだな」


 姉弟子様が雑談にかこつけてアルフレッドの情報を集めている。

 この時期に辺境開拓村が離散するケースが頻発しているのは初耳だったりする。

 デザイナーズノートには不作による収穫量の低下とは書いていたが、それにともなう実害までは書かれていなかったのだ。

 まあ、言われて納得する理由ではあるのだが。


「で、彼女とかいたの?」


 何を言っているのだろう?この姉弟子様は。

 いや知っているけど。

 一応付き合っていましたし。

 未来での話だが。


「彼女っていうか、幼なじみがいた。

 襲撃の際に浚われて……」


 淡々と語っているアルフレッドの顔にはその思いが見えない。

 だが、私は知っている。

 アルフレッドが彼女を探そうといろいろ動いていた事を。 

 国が落ち着いて調べたが、その時にはついに彼女のことは分からなかった。

 今ならば、まだ彼女を見つけられるのかもしれない。


「その彼女の名前は?」


「ナタリー」


 アルフレッドがその名前を姉弟子様に告げた時、メリアスの役所が見えてくる。


「到着。

 ちょっと待ってて。

 手続き片付けてくるから」


 役所においては銀時計が猛威を振るう。

 役所発行の職業章は審査が必要で、貴族およびそれに類する者の推薦が必要になる。

 そこでこの銀時計――上級文官資格――である。

 推薦者は私こと、エリー・へインワーズ。


「それじゃあ、これお願いしますね」


 にっこりと微笑めば、出来上がるのに一時間もかからなかった。

 職業章をもらってきて戻るとそこには……


「で、初体験は?」

「いや、まぁその……」

「童貞ならば筆下ろしにいい子紹介するけど?」

「それは、その時にありがたく……」


 なにナチュラルにセクハラしてやがりますか。姉弟子様。

 表面上にこやかに戻ると、ぽちが避けた。


「姉弟子様。

 な・に・を・い・っ・て・い・らっ・しゃ・る・の・で?」


「女買わせようと思って。

 金持ったはいいけど、装備に使わずに破滅するって結構あるでしょ?」


 いけしゃーしゃーと言ってのける姉弟子様。

 言わんとする事はわかるが、それを目の前で言うんじゃねぇ!

 けど、私の怒りも姉弟子様の一言でどどめを刺された。


「いざ好きな子とする時に、立たなかったり暴発するってあれまずくない?」

「……」

「……」

「……」


 横で聞いていたセリアがぽんと手をアルフレッドの肩に置く。

 顔は経験があるのかえらく悟りきってやがる。


「今度いいお店教えてあげますから」

「……はい」


 あれ?

 私の味方はどこ?

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