13 相良絵梨の日常 その2

「占い師たるもの、傍観者に徹しなさい。

 それが未来を見て導く者の宿命よ」


 私を導いた師匠は幼い私によくこんな事を言っていた。

 それがどういう意味を持つのか私は師から教えを受ける前に師は黄泉に旅立ったのだが、その師の言葉は残って占い師である私を形成している。

 結局私は魔術師になってしまったが、導いてくれた師匠の言葉は今でも思い出す。

 傍観者に徹したからこそ占い師だった師匠。

 私は傍観者にすらなれずに魔術師まで駆け上がってしまった。

 師匠はそんな私にどんな言葉を投げかけてくれるだろうか?



 人の口に戸は立てられない。

 ましてや、女に秘密を守らせるなんて戯言に等しい。


「ねぇ、相良さんって占いができるんだって?」

「私も占ってくれない?」

「ずるい!私も占って!!」


 とりあえず綾乃は後で〆る。

 あ、ぽち鞄から動かないで。

 分かっていると思うけど、親愛の表現だからこれは。

 さて、未来の決定事項についてはおいといて、私は押しかけ客の皆様を追い払う為に口を開く。


「ごめんなさい。

 私は一日三回以上占わないの」


「いいじゃない!

 減るもんじゃないし!!」


 ぶーぶーと非難する女生徒達の言葉がまたテンプレなのがどうしてくれよう。

 占いなんていかがわしい商売と思われている節があるがゆえに、この手の偏見はいたる所にあるが、その占いがこの世界に満ちているというこの矛盾。

 とりあえず、そのテンプレから崩す事を心がけよう。


「いや、減るのよ。これが」


「え!?」


 皆が止まった一瞬をついて、私は一枚のカードを机の上に置く。

 書を持ち美しい法衣に身を包み微笑む彼女の名前は女司祭長という。


「たとえばこのカードは女司祭長と言うのだけど、知性、平常心、洞察力、客観性、優しさ、自立心、理解力、繊細、清純なんて意味があったりするわ。

 ところが……」


 皆の視線を一身に集めながら私は女司祭長のカードをぐるりと上下逆にする。


「こうやって反対になった女司祭長は激情、無神経、我が儘、不安定、プライドが高い、神経質、ヒステリーという意味に変わっちゃう。

 一枚のカードにつき大体30ぐらいの意味があり、それが正逆合わせて60」


 改めて女司祭長のカードを正位置に戻し、今度はタロットカードの大アルカナ全てを机の上に広げてみせる。


「そんなカードが普通に使う大アルカナだけで22枚。

 それを覚えた上で出たカードを組み合わせて、その意味から未来を読み解く。

 ね。

 一日三回もすればつかれ果てちゃうという訳」


 こうやって説明すると余程の事がない限りは皆納得はする。

 とはいえ、占ってもらいたいという欲求まで忘れないあたりはさすが女の子という所か。


「じゃあ、その三回の中で私を占ってよ!」

「ずるい!私が最初に声をかけたんだから私が先よ!」

「私だって占ってもらいたい!」


 うん。

 とりあえず、その本人を無視して話を進めるのは少し待ってもらえないかな。


「はいはい。

 その手の予約はこのサイトでお願いします」


 スマホをいじって、みんなにつきつけた画面の先は有名占いサイト。

 私に占いを頼むぐらいだから知っていた人がいるらしく、私の正体に気づく。


「え?

 じゃあ、相良さんってもしかして、ネットのみでずっと顔を出さなかった匿名占い師の『ERIERI』?」


 その質問にただ微笑むだけで私は答えを語ったのだった。



 ネットという電脳空間の拡大は、オカルトと呼ばれる領域にいる占い師にすらも革新をもたらした。

 距離を一瞬で消し、匿名を武器にできる神秘性があまたのカリスマ占い師を世に出してきたとも言う。

 それゆえに、女子高生なんてやっているのに占い師ができるのだが。

 オカルトではけっこう有名な話だが、本当の神秘や霊とかの不思議な力が最も強いのが子供であり、大人になればなるほどその力は消えてゆく。

 という事は、最も力が強い時にその力を社会に還元できないというジレンマが発生する。

 ネットの匿名性はそのジレンマを解消した。

 顔が見えない神秘性も相まって、この世界はかなりその手の訳ありの占い師が多くいたりするのだ。

 私もそんな一人である。

 師匠に師事する時間は私が幼かった事もあって短く、だからこそ師匠の言葉を私は忘れない。


「占い師たるもの、傍観者に徹しなさい。

 それが未来を見て導く者の宿命よ」


 運命を見て、運命に介入する事は難しい。

 介入した時点で占い師自身もその占いの登場人物になってしまうからだ。

 だからこそ、占い師は運命を見る代償に運命に介入する術を自ら封印する。

 運命を見た上で運命に介入した偉大なる占い師が歴史上存在しなかった訳ではない。

 そんな占い師は『預言者』とか『魔術師』とか別カテゴリーで呼ばれる事の方が多いし、そこまで極めていない一般占い師がそれをやるとえてして大失敗する事請け合いである。

 かくして、ファンタジーSLG『ザ・ロード・オブ・キング』の世界に飛ばされた私は魔術師として生きざるを得なかった。


「相良さんはいいわよね。

 自分の事を占えば未来が分かるんだから」


 はい。

 テンプレありがとうございます。

 心の中でつぶやきながら、笑顔でその間違いを訂正してゆく。


「え?

 私、自分の事は占いませんが何か?」


 そんな意外そうな顔をしないでください。

 ちょっと考えれば分かることですから。


「簡単な話よ。

 占い師は自分の占いに自信を持っているからこそ、悪い結果が出た時にそれを避けられないの。

 自分が信じていない占いなんて人に出せる訳無いでしょ」


「うん」

「たしかにそうよね」


 こくこくと頷く女生徒達に私は広げたタロットカードを片付けながら続きを口にする。

 上下で意味が違うくせに一回の一回の占いのシャッフルは前の占いを引きずらない為に、カードは全部正位置で順番通りに並べないといけないからこれがまた結構大変である。

 小アルカナまで使った日には片付けを考えただけて目眩がする。

 絶対に片付けから大アルカナだけで占えるようになったんだろうなと意味も由来もなない理由を信じている私。


「ほら、ベルが鳴ったから先生がきちゃう。

 この話はとりあえずここまで」


 私が女生徒達を追い散らした時に先生が入ってくる。

 綾乃がつけようとしていたあだ名の没案がここで発動する。


「起立!礼!着席!」


 うん。

 委員長もやっているんだな。私。

 伊達眼鏡をかけ直して私は授業を聞いているふりをする。

 だって、人様より倍近く時間が使えるので通信教育で先まで行っていますから。

 三十路人生で忘れている事も多いけど、学ぶ意志さえあるならば大概の事は学べるこの国の教育制度は本当にすばらしい。

 こっちの世界に帰ってきた時、ある意味人間不信寸前だった私は学校については行くつもりはなかった。

 というよりはっきりと行く事を嫌がっていたと言ってもいい。

 だが、両親を説得しただけでなく、私すら落とした偉大なる我が姉弟子様の偉大なる言葉を借りるならば、


「学校に行くのは勉強する為ではないの。

 人を知る為。

 人と自分の距離感を知る為よ。

 いじめ結構。

 それも人の持つ性なんだから。

 それを学びなさい。

 私たち占い師は人を見続ける事を宿命づけられているんだから、人の良い面だけでなく悪い面すら受け入れなさい」


 こんな人だから、今でもこの人にはまったく頭が上がらない。

 私の異世界冒険譚を全て語った上でもまだ私を妹弟子として扱ってくれているのだから。

 この学校を勧めてくれたのもこの姉弟子様である。

 最初なじめずにいじめられたのだが、不思議なものでそのいじめを観察するようになるとピタリと止まった。

 そのいじめの内容をノートに取っていたのだが、それが復讐ノートと勘違いされたらしい。

 ほかにも、私をいじめているのに親同伴でちょっかいを出してきたモンスターペアレントな保護者様とか。

 姉弟子様と、人間観察の勉強用にと仕込んでおいたボイスレコーダーによって見事撃沈されましたが。

 そんなこんなで、私はいじめられっ子からぼっち上等の優等生にクラスチェンジし、その上級職たる委員長にまで就任してしまったという訳で。

 今や立派なぼっちエリートである。

 それが綾乃のちくりで一躍時の人に。

 ああ、頭が痛い…… 


 机の中にしまっていたタロットカードから女司祭長を取り出す。

 落ち込んだり困った時にこのカードを見ると自信が湧いてくるからだ。

 この女司祭長、日本人が持つキリスト教のイメージだと気にする事はないのだろうが、欧米からするとこのカードそのものが実は異端だったりする。

 なぜならば、キリスト教はカトリックなんか今でも司祭階級を女性に開放していないからだ。

 ついでに言うと、このカード実はキリスト教ではない。

 女司祭長の左右にある白と黒の柱はユダヤ教ボアズとヤンキの柱であり、ソロモン王がエルサレムに建てた『ソロモンの神殿』の柱だったりする。

 手に本や巻物を持っているものがあるが、これもユダヤ教の律書であるトーラだったり。

 こんな感じで女司祭長がユダヤ教と言われているのを、この占い大国である日本においてどのぐらいの人が知っているのだろうか?

 日本において司祭=キリスト教と解釈される中、それでも存在を否定されずにこうして私たちの前で微笑み続ける彼女。

 ましてや、キリスト教(カトリック)ではいまだ女司祭というのは公式には存在していないというのに。

 だから、キリスト教圏において、彼女は伝説といわれる女教皇ヨハンナの事を暗に指し、『現実には有り得ないもの』というひそかな意味もあったり。


 今の私にぴったりのカードではないか。

 そんな背景もあって、私が占い師をする上でこんな人になりたいと願うのはこのタロットカードの女司祭長である。


 誰かに縛られてはいけない。

 それは縛られた誰かに占いを歪められてしまうから。


 人を愛してはいけない。

 その人の未来が見えて、その未来に介入しない事を誓えぬならば。



 それが現実にはありえないものという事を私は知っているというのに。

 人を愛して、運命に逆らった果ての私にこのカードに願う資格などとうの昔に無くなったと自覚しているのに。

 ちなみに、この女司祭長は恋愛の占いについてはこれ最悪のカードの一つだったりする。

 だって、このカードの正位置『独身』や『清純』という意味があるのだから。


 そんな訳で、相良絵梨はこの世界において女司祭長よろしく孤独を愛する。

 書ならぬタロットカードを片手に微笑みながら。



「君は何故ここに呼び出されたか理解しているかね?」


 進路指導教諭の実に偉そうな詰問に、淡々と私は答えを返す。


「まったくわかりませんがどうしてでしょうか?」


 そこそこ長い説教を要約するならば、私のタロットの事がばれたという事だ。

 この学校はアルバイト禁止ではないが、風俗関係の仕事は当然NGな訳で。

 占いなんてのも風俗に括られているからこその呼び出しである。

 占い師の地位は社会的に見たらそんなものなのだ。


「君はこういういかがわしい仕事をしているという自覚はあるのかね?」


 上から視線の進路指導のお説教だが、その偏見については私も否定しないので確認の質問を取る。

 私も魔術師。

 どう見られているかぐらいは知っているし、『武器なき預言者は滅びる』という言葉も知っているのでその武器を手放した覚えはない。


「先生。

 ひとつ確認したいのですが、今回の一件について理事会に確認はとったのでしょうか?

 私のこの職業についてですが、入学時において理事会の審査を受けて承認を頂いていますが」


 まさか小娘から理事会という言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう進路指導は一瞬鼻白むが、かえって怒気を強めて私を叱りつける。

 あ、これは理事会承認を知らないと見た。

 そういえば、この先生は今年来たばかりであまり評判は良くないんだよなぁ。


「そんなものは必要ない!

 大体なんだね!

 ルールや規則を守らねばならぬ委員長という地位についている人間が、そのルールを守らないことに対して私は怒っているんだよ!」


「失礼ですが、ルールは順守しております。

 だからこそ、入学時に理事会審査を受けて承認を頂いていると言っているではないですか。

 その上でお尋ねしますが、先生がおっしゃる守るべきルールとは何か私に教えていただけないでしょうか?」


「私は、一般常識についての話をしているんだ!!」


 顔を真っ赤にして怒る進路指導教諭を淡々と眺めながら私はこの茶番の落としどころを探る。

 占い師は人を占う時にその人間をいやでも観察する。

 表情や仕草はもちろん、文字や語意すらにも人の意識というのは溢れている。

 それを見つけ出して占いと結び付けるのが占い師の仕事である。

 という事は、感情というわかりやすい情報を得る事も当然得意とする訳で、一連の問答は私があえて進路指導教諭を怒らせたという訳。

 感情というのは落差によってコントロールできる。

 怒れば怒るほど冷水をかけて消しやすいのだ。

 

「なるほど。

 先生のいう事は至極ごもっともです。

 その上で私に何をお求めになるのかお聞かせ願えないでしょうか?」


 あえて誘い水を向けると進路指導教諭は己がうさぎを嬲るライオンである事を思い出したらしく、その下劣な欲望をむき出しにする。


「気まっているだろう!

 自らの行いを反省し、そのようないかがわしい仕事を辞めると言えば私も考えない事はない」


 こういう時に人が出す下劣な欲望というのは二つある。

 ひとつは肉体的、要するに体をというやつで、もう一つは精神的、己の持つ権力を用いて下位をいたぶるというパターン。

 教師は生徒を指導するという上下関係を作ってしまう職業上、後者の欲望を持つ人間が多い。

 優等生でもあった私という叩きやすい獲物が見つかったから叩いてみたというのが本音だろう。

 窓ガラスに張り付いているぽちが凄く不機嫌なのだが気づいてないのだろうなぁ。この人。

 ぽちに待てをしたまま、欲望も見極めた上で水をぶっかけますか。


「たしかに。

 先生のおっしゃる事には一理あります。

 ですが、私はこの職業によって学費および生活費をまかなっているので、その代替手段は提示していただけるので?」


 進路指導教諭が鼻白んでいるのを尻目にスマホを操作して、私の銀行の講座を画面に写す。

 そこに振り込まれている金額は六桁が当たり前で、合計金額は八桁後半に達していた事実は進路指導教諭の想定外だったらしい。


「な、なんだね!

 この金額は!!!」


「だから、言いましたよね。

 入学時に理事会の承認を受けていると。

 このいかがわしい仕事をしていて、これだけ稼いでおりますが何か?」


 まぁ、はったりなのだが。

 師事したてでの私が客もとれる訳もなく、実際に客を取り出してのはこっちに帰ってからだったりする。

 んじゃ、この八桁の数字はなによという事なのだが、姉弟子様の占いの手伝いのおこぼれである。

 私の逆らえない人間のひとりであり、この業界の頂点に君臨して女帝の名を欲しいままにしている凄腕占い師の報酬となると百万単位がスタートとなる。

 それで予約待ちまで出ているというのだから、この業界の金銭感覚はおかしい。本気で。

 その手伝いで少しもらっているのだが、おかげで通帳に金が貯まる貯まる。


「で、この仕事を辞める場合はクライアントに対する説明をしなければならないのですが、先生の名前を出してよろしいので?」


 はっきりと進路指導教諭の顔色が変わる。

 気づいたらしい。

 理事会レベルで承認を受けているものを一般常識を持って潰した場合、当然その一般常識を持ち出したやつがいるという事を。

 そして、それは理事会に泥をぬるという事も。 

 だから、この人は最悪の選択をした。


「君では話にならん!

 保護者の方を呼びなさい!!」


 この人、自分の手で死刑執行書にサインしたの気づいていないんだろうなぁ。

 私の電話から数十分後、外車で校門に乗り付けた派手な衣装を来た女性は、私を見るなり威厳を持って命令をくだしたのだった。


「理事長と私を呼びつけた馬鹿を呼びなさい!」


 五分後、平謝りの理事長が汗をかきながら、進路指導教諭の左遷が決定された。

 目の前で懲罰解雇にしなかったのは、私への風当たりを考えての事である。

 この方こそ神奈水樹。

 私の師匠である神奈世羅の後継者であり、私の頭が上がらない姉弟子様である。

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