12 相良絵梨の日常 その1

 学校の図書室というのはその学校のレベルを示すという。

 利用者が多く、自習などで使われているならば必然的に学生の向学心が高いという訳で。


「ならば、この学校はそんなにレベルは高くないっと」


 同じ図書委員である新堂綾乃が私の考えていた事を先取りして苦笑する。

 ボーイッシュな髪で、すらっとした体つきはカモシカのよう。

 陸上部のエースである彼女はそれゆえに週一の当番である図書委員の仕事が退屈で仕方ないらしい。

 私と綾乃の前に広がる閑古鳥の群れ。群れ。群れ。

 静寂に包まれた書架には誰も手をかける者もおらず、読む為におかれたテーブルも机も整然とその姿を佇ませているのみ。


「仕方ないじゃない。

 絵梨。

 この学校エスカレーターで大学まで行けちゃうんだから」


 私はこちらの世界では、私立星野原学園の高等部二回生の花の女子高生という存在である。

 職業は女子高生の他に密かに占い師なんてものをやっていたりする。

 勉強の大事さを向こうで思い知らさせた私は、かなり真面目に勉強している。

 なお、ぽちは壁にはりついて日向ぼっこ中。

 ばれないあたり、さすがドラゴンである。


「そうよねぇ。

 人間必要がないのに努力をするわけないわよね」


 だから、図書委員という閑職に喜んでついた私と違って、くじで負けた綾乃は暇をもてあまし気味。

 スマホをいじったり持ってきたコミックを読んだりと図書委員の仕事を見事なまでに放棄していたりする。私もだが。


「ねぇ。絵梨。

 またお茶入れてよ。

 絵梨が入れるお茶は美味しくて楽しみなんだ」


 図書委員の為というか司書の先生が控える為の司書室もちゃんとあって、そこには水道と流し台がついていたりする。

 ならばと家からポットを持ち込んで、お昼のカップラーメン兼放課後のお茶会が開かれたのはある意味必然という訳で。

 そんなお茶会の客人第一号が私と一緒に当番についていたこの綾乃だったという訳だ。

 餌付けという訳ではないが、綾乃は図書委員の仕事が終るまでこうして私と一緒にいて他愛ない話に花を咲かせていた。


「はいはい。

 今日はカモミールのハーブティなんてのを用意してみました」


 魔術師というのは魔法を使うだけでなくて、薬草学も詳しくなる。

 そのあたりの知識はこっちでも活かすことができる知識だったり。

 鞄の中からハーブティを取り出した時に、一緒に入れていたタロットカードがこぼれる。

 それを目ざとく綾乃が見つけて一枚手に持って私につきつける。


「あ、タロットカードじゃない!

 絵梨もこんなのに興味があるんだぁ。

 ただの文学少女じゃなかったって訳ね」


 いたずらが見つかった弟に接する姉の如し顔でうりうりと私の伊達眼鏡をつっつく綾乃。

 長い黒髪と本好きとあいまって文学少女というあだ名は正鵠を得ているからあまり反論もできない。

 なお、このあだ名が駄目だったら委員長というあだ名にしようとはこの目の前のスポーツ少女のお言葉である。


「まぁね。

 これでもちょっとだけタロットは得意なのよ」


 伊達眼鏡を置いて少し得意げに微笑む私に、綾乃がぽかーんとした顔で言葉を返す。

 魔術師になる道としていくつかのルートがあるが、先にあげた薬草学やこの占術学はその習得が必須とも言われていた。

 こちらの世界で高度学問にふれ、向こうの世界でも使えたこの二つを師匠から教えてもらえたのは本当に幸運だったと思う。


「あんたのそんな顔、始めてみたわ」

「見せていませんから。

 これからも秘密の予定です」


 かちゃりと陶器の音を立ててテーブルの上にティーカップを置き、そのなかにカモミールティをそそいでゆく。

 ゆったりとおちつく香りが私の鼻をくすぐる。


「じゃあさ、私の事占ったりできる?」


 少しだけその香りを楽しんだ綾乃が真顔で私に尋ねる。

 角砂糖を一つつまんでティーカップの中に沈めた私はそれに即答して見せる。


「できるわよ。

 代金頂くけど」


「お金とるのぉぉぉぉぉ!

 友達でしょ!

 ただで占ってよ!!!」


 うん。

 占い師やってるとこの手の輩はすごく多いのだ。

 だから、まずその間違いを解きほぐす事からはじめないといけない。


「別にただで占ってもいいけど、『ただ』という代償をくれといっているの」


「?」


 そりゃ、この言い方だと固まるよなぁと苦笑しながら、あまり女子高生らしかなぬ言い回しで理由を説明する。


「ギャンブルと同じよ。

 賭け金を賭けていないのに、配当が出るわけないじゃない。

 ただで占うという事は、『所詮その程度』の事でしかないって事」


「なるほど。

 そう言われるとなんとなく理解はするけど……」


 他のお客と同じで綾乃の釈然としない顔も分るので、私はもう一押しを告げる。

 人というのは多種多様なくせに、ある一面において皆同じような行動を取るのが不思議でならない。


「人間自分のお金がかかると真剣になるでしょ。

 占いの原動力は結局その人にかかっているから、その人が本当に幸せになりたいように努力しないと幸せにはならないわよ。

 怪しげな宗教でバカ高い壷とか布団とか買わせて『幸せになった』と言う人がいるけど、あれは『それだけの大金を払ったから幸せにならざるを得ない』と自分を追い込んだ結果でもあるの」


「……凄く納得できたわ。

 じゃあさ、それだけ大金を払って不幸になった場合どうなるの?」


 うんうん。

 ここまでテンプレ通りに進んでくれるとこちらも楽である。

 極上の営業スマイルを見せて、綾乃にその言葉を告げる。


「決まっているじゃない。

『あのいんちき占い師外しやがった!』って怒りの矛先になる訳。

 落ち込むより怒っている方が人間回復するのもはやいのよ。

 恨まれるのも占い師の仕事でございます」


 これかなり大事で、異世界で占いしくじったら命まで取られかねないのだ。

 何しろ宮廷魔術師の仕事にはこの手の占いもしっかり入っているのだから。 

 という訳で、本当に怒鳴り込まれても困るから、私はこう言って逃げ道を作るのを忘れない。


「とはいえ、私も余計な恨みを買いたくはないわ。

 だから、代金は後払い。

 全部聞き終わってから代金を綾乃の手で決めてちょうだいな。

 もちろん、『0円』でもいいし、自分が払う金額を決めるんだから納得できるでしょ?」


 女性という生き物は『ただ』という言葉に弱いのと同時に、自分で値段をつける場合その価値をいやでも尊重する傾向がある。

 というわけで、冗談から本気の営業説明に戸惑う綾乃は角砂糖をひとつまみ。


「じゃあさ、この角砂糖で占ってちょうだいな」

「後払いでいいって言っているのに」


 ちゃぽんと音がして、私のティーカップに綾乃の手から落ちた角砂糖が沈む。

 角砂糖が溶けて消えるまで一分もかからない。


「後で値段を決めるの面倒だし、賭け金を払えといわれてもという訳で。

 お試し価格と冗談でこんな形に」


 にっこりと笑う運動系少女を前に、スプーンでティーカップをかき混ぜながら私は苦笑するしかない。

 綾乃よ。

 そのタロットカードは異世界で私の命を助けてくれて、魔改造して金と魔力を注ぎ続けた超一級のマジックアイテムなんだからな。

 言わないけど。


「わかりました。

 じゃあ、占う前にちょっと説明するんでちゃんと聞きなさいよ」


「え?

 まだあるの?」


 怪訝そうな顔の綾乃に私はため息をさらに重ねる。

 世の中は気楽に『今日の占い』なんぞで占いが満ちているからこその綾乃の言葉なだけにこれもテンプレだったりする。


「まぁ、ちょっと大事な事だから、お茶でも飲みながら聞きなさいな。

 占いをする場合、あなたはお金の他に代償を二つ払ってもらいます」


 代償という言葉にびくっとする綾乃。

 まぁ、そう身構えてもらうとこちらもありがたいものなのだが。


「だ、代償?」

「そう。

 『未来』と『可能性』という二つを占いの代償として払ってもらうわ」


 ハーブティーを飲んでいた綾乃の手が見事に止まる。

 そりゃ、脅す目的で言っているのだからあるいみ狙い通り。


「簡単な話よ。

 たとえば、AとBという道があって、Aには落とし穴があります。

 綾乃。

 あなたこの二つの道のどちらかを通る時に、Aの方に行く?」


「行くわけないじゃない。

 落とし穴に落ちたくないからBの道を進むわね」


 ありがとう。綾乃。

 その言葉が聞きたかった。


「落とし穴の中にお金が落ちていたとしても?」


「!?」


 種明かしとばかりにとてもいい笑顔で、私は代償その一を告げる。


「これが代償その一『未来』よ。

 占いで全ての未来が分かる訳ではないわ。 

 占った結果として、綾乃はお金を手に入れる未来を失うという訳」


「な、なるほど。

 じゃあ、『可能性』って何?

 未来と同じ言葉じゃないの?」


 うんうん。

 このあたりを質問してくれるあたり、綾乃は実にお客様のテンプレ通りに進んでくれている。

 こちらもなれたもので、何度も呪文のように繰り返している説明を彩乃に伝える。


「さっきの話だけど、AとBしか道の事を言わなかったけど、Cの道もあったとしたらどうする?」


「!?」


 ここまで驚いてくれるとこちらも話がいがあるというもの。

 ハーブティーを一口飲んで喉を潤してから、最後の種明かしをする。


「これが『可能性』。

 占いはすべての選択肢を提示する訳ではないわ。

 けど、占いによって提示された選択肢に、占った人は束縛されてしまうの」


「気楽に占いを頼んだのはなんだけど、少し怖くなってきたわ」


 綾乃がこう言ってくれるとこちらも説明してよかったと切実に思う。

 世は占いに満ちている。

 それゆえに、意識・無意識にその占いに縛られる人のなんと多い事か。


「で、一応尋ねるけど、占いはするの?」


 ただ、不思議なものでここまで聞いてやめると言った人を聞かないものまた事実で。

 人間というのは占いが大好きなんだろうなぁと私は思わずにはいられない。


「もちろんするわよ」


 ティーカップをおいて、私はタロットカードをシャッフルする。

 心を澄まして、タロットの声を聞き逃さないようにしながら、私は綾乃の依頼内容を尋ねる。


「わかりました。

 で、何を占う訳?」


「決まっているじゃない!

 恋愛よ!」


 まぁ、年頃の乙女が興味を持つのは色気か食い気かという所か。

 カードをかき混ぜながら、私は綾乃の情報を集めてゆく。


「あれ?

 綾乃って好きな人居たの?」


「いたらこんな所で油売っていないわよ。

 これから先に素敵な出会いがあるかなって」


 納得。

 運命が混ぜられたカードを開いて、私は綾乃の未来を提示してゆく。

 いろいろな絵が綾乃の前に広がるが、どうやらその意味がわかっていない様子なので解説をしてあげる。


「そうね。

 悪くない未来じゃないかな」


「ほんと!?」


 おっかなびっくりの綾乃の声に安堵の響きが含まれる。

 このスポーツ少女もこんな顔をするのか。


「ちなみに、今までずっと部活一筋だったでしょ」


「凄い!

 なんでわかるの!?」


 そりゃ、過去の所に『女司祭長』の正位置になんて出てたら一撃でございます。

 このカードは恋愛についてはあまりいい意味がないのだ。

 私は表情を消して、一枚のカードを彩乃につきつける。


「で、ポイントはこれ。

 『魔術師』の正位置。

 このカードってⅠの数字がふられているでしょ。

 『始まり』って意味があるのよ」


 私の言葉に、彩乃の顔がみるみる真っ赤に。

 きっと今頃頭の中では素敵なボーイミーツガールが展開されているのだろう。


「じゃあ、これから私の未来はバラ色って事ね♪」


 だから、ちゃんと現実に戻してあげるブーメランを炸裂させてあげないと。

 恨むならば、数分前の己の短慮を恨むがいい。


「彩乃が角砂糖一個の占いを信じるって言うのならね」


「……」


 そりゃもう見事に固まる綾乃。

 だから後払いでいいって言ったじゃないか。

 おそるおそる切り出した綾乃の言葉は、案の定な質問だった。


「ね、ねぇ。絵梨?

 占いの代金の追加払いって、できたりするのかなぁ?」


 私はとてもいい笑顔で我が親友に質問で質問を返してあげたのだった。

 これも言いなれた言葉だったりするのだが。


「綾乃。

 結果が出たギャンブルに後から賭け金を追加できると思う?」




「あー、残念だなぁ!

 私のばかばか!!!

 何で絵梨の言うとおりに後払いにしなかったのかなぁ……」


 図書室の閉館時間となり、私と綾乃は帰るために靴箱の所まで歩く。

 その間、綾乃の愚痴ともつかない嘆きに私は苦笑するしかない。


「きっと、あの占いのとおりだったら、私には今頃いい出会いが……」


 靴箱を開けたまま綾乃が固まる。

 顔はびっくり箱をあけて驚愕した顔なのだが、何か入っていたのかと横から覗き込むと、靴箱の中には真っ白い封筒が一つ。

 とりあえず、固まったこれを元に戻すことにしよう。


「果し状ね」

「そんなわけないでしょう!」


 叫んだ事で現実に戻った綾乃はみるみる顔がゆでダコのようになってゆく。

 見ているこっちが恥ずかしいぐらいだ。

 さすが超一級のマジックアイテム。

 ある種の呪いにも等しい運命操作だからこそ、私はこのカードを使う事を望まない。

 まあ、角砂糖が代償なのだからたいした事にはならないだろうが、それでもこんな結果が出る。


「ね、ねぇ。

 こ、これって……もしかして……うそ!?」


 あとは綾乃次第。

 私は綾乃の肩をぽんと叩いて先に帰る事にした。


「がんばれ。女の子」


「きゅきゅ」


 のそのそとやってきたぽちを鞄に入れて、私は家路に帰る。

 かつて、私が望んだ学校生活はこんな感じだった。



 余談。

 この後、綾乃はめでたくこの手紙の彼氏と交際する事になったのだが、私から『角砂糖一個で幸せを掴んだ女』とからかわれ続けることになる。

 その度に、


「お願いだから、代金払わせてください」


と懇願する事になるのだがそれは後の話。

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