10 チュートリアルダンジョン その3

 翌日。

 迷宮攻略の為に冒険者の宿から調達した冒険者と傭兵はおよそ50人程度。

 彼らに武器と防具を与えた後、適当に編成してダンジョンに送り出す。

 で、私は専用の天幕の中にて総大将としてお留守番である。

 ゲームをしていた時は賃金が安いからとレベル1のモブを育てて育成したのを思い出す。

 そんな訳で、ぽちと遊びながら結果を待つ事に。

 せっかく世界樹の杖が直ったので使おうと楽しみにしていたのだけど。


「ひまー」

「きゅ」


 大将ともなると仕事というのは待つ事と決断をする事と責任を取る事ぐらいしかない。

 特にこの手のダンジョンで私が突っ込んで迷子になろうものならば、後方はどう動けばいいか分からなくなる。

 とはいえ、そこはゲームの世界。

 ラスボスを倒して攻略キャラに振り向いてもらう為には、女子力を磨かないといけないのだが、敵を倒して磨かれる女子力は物理に違いない。


「っ!?」

「どうなさいました?

 お嬢様?」

「……なんでもないわ」


 感づいたメイド姿のアマラが私に質問を投げかけるが、私は知らないふりをする。

 あの赤毛。

 あの顔を私が忘れるわけが無い。

 アルフレッドを。


「エリーお嬢様。

 アリオス殿下から準備が整ったと」


 セリアからの報告で我に返る。

 チュートリアルとはいえ、手を抜いたら痛い目を見る。

 特にモブキャラはモブゆえに手間暇をかけないととても簡単にあっさりと死ぬのだ。


「それじゃあ第一層を攻略するわ。

 これだけ人間が居るから危ないと思ったらすぐに出てくるように。

 出撃!」


 アリオス王子指揮の下、低レベル冒険者主体で編成された4つのパーティの命令は『偵察』『制圧』『制圧』『維持』。

 チュートリアルダンジョンだからゲームだと敵のレベルは3-5、ボスでレベル10という優しいものである。

 なお、一般人のレベルが大体5-10程度。

 攻略キャラはこの時点で15ぐらいのレベルのはずでゲーム終了時には30を超えてくる英雄クラスになる。

 私?強くてニューゲームの時点で察して欲しい。

 ラスボスクラスなので。

 このダンジョンならば一日で攻略可能だろうが、日をまたぐ長期戦もゲームを進めればあるので、『維持』があるのとないのでは攻略の難易度が変わる。

 装備についても今回は皆の自腹装備だが、それだとモブの装備更新が追いつかないのでこっちが装備を用意しないといけない為に、後半になればなるほど加速度的に金が必要になってくる。


「セリア。

 突っ込んでいった連中の結果が出るのはどれぐらいかしら?」


「二時間。

 長ければ三時間という所でしょうか。

 制圧組はエリー様のご命令どおりに、一番技量の劣る面子を配置しましたので」


 なお、安くこき使うために育成するという私の主張で一番レベルの低いやつらを第一層攻略組に送り出したのは、一番敵が弱くすぐに撤退できるからだ。

 そして、一番技量が劣る面子の中に私の見知った顔があったからに他ならない。

 皆に気づかれないようにちらちらと見ながら、洞窟に入るアルフレッドが無事に戻ることをこっそりと女神に祈る。

 どんな名人とて最初から上手かったわけではなく、修行してそこに辿りついたのだ。

 その未来は知っているが、その未来に居なかった私がいる事で歴史が変わってしまう。

 彼がその歴史の変化で死んではたまらないので、十分なサポートをつけて彼を鍛えるのに何の不都合があろうか。

 惚れた弱みともいうが知らぬは本人ばかりなり。

 彼に武器防具を渡すために、50人全員の武器防具を揃えたのだから、私もお大尽である。

 もっとも、彼ら50人全員に渡したのは皮の盾と松明で精一杯だったが。


「少し寝るわ。

 第一陣が戻ってきたら起こして」


 待っている間に体力気力を充実させるのは、この手の仕事の最低条件。

 彼らが戻るまでの間、少し寝て気力体力を回復させようと私は毛布をかぶって横になる事にした。




「エリー様。

 エリー様。起きてください」

「きゅきゅきゅ」


 セリアの声とぽちがぺちぺちと頬を叩いたので私は目を開ける。

 という事は、突入させていた第一陣が帰還したらしい。


「おはよう。セリア。

 で、結果は?」


「第一層制圧は成功です。

 しかし、偵察および制圧に多大な被害が出ています。

 死者は出ませんでしたが、重症4、軽症3で維持以外のパーティはこちらに戻っています」


 セリアの「多大な被害」という言葉に心臓が一瞬どくんと震えたが、死者が無しなのを聞いてほっとする。

 これらの被害の理由は簡単で、こちら側の技量と装備の不足だ。

 廃材から作り出した棍棒と板から作った盾が本来の初心者冒険者の初期装備なのだから。

 だからこそ格安で雇えるとも言う。

 これが傭兵ともなると同じくレベルは低いが、装備はショートソードにレザーアーマーぐらいをつけてくるので格段に負傷が少なくなったりする。

 用意した皮の盾と薬草はちゃんと役に立ったらしい。

 初心者冒険者は先に武器を買うので、防具は後回しとなって負傷から死亡というのが結構あるのだ。

 攻撃力より防御力を重視し、回復の薬草を持たせた意味をアリオス王子以下ちゃんと理解してくれたらしい。


「待機させていた連中でパーティ作って『維持』で投入。

 『維持』しているパーティは交代で帰還させて。

 負傷者は私が回復させます」


「エリー様!

 それでしたらわたくしが……」


 セリアの言葉を捨て置いて、私は世界樹の杖を手にとって天幕から出て帰還した皆の前に出る。

 偵察パーティを引いていたシドが私を見つけて、現状報告をした。

 なお、彼自身は無傷だ。


「すまねぇ。お嬢。

 第二層まで欲張りたかったがこの様だ。

 王子様とそのお連れは迷宮の中で維持をしている。

 彼らが居なかったら総崩れになっていただろうよ」


 シドの顔に出る感情は別にして、アリオス王子とグラモール卿の評価はきっちりするらしい。

 このあたりはゲームにはなかったのでちょっと新鮮だったり。


「仕方ないわよ。

 まずは無事を喜びましょう。

 白き女神イーノよ。

 我は願う!

 この者たちに回復の加護を!!」


 かけるだけで金が飛んでゆく神聖回復魔法を範囲でかけて、負傷者全員の傷を全快させてみせる。

 世界樹の杖は世界樹の加護からくるHP回復が知られているが、魔石を組み込む事で魔力枯渇に備えての魔力蓄積や、呪文を省略して低級魔法を詠唱なしで読めるなんて付属効果もあったりする。

 魔力が戻った私の世界樹の杖にはめられているのはぽちの血より造りだした神竜石で、長い時間がかかるが儀式魔法クラスの魔力蓄積と強力な対魔・対物シールド魔法を詠唱なしで発動できるようにしているチート武器だったりする。

 めったに見ることのできない明確なる奇跡にシドだけでなくセリアですら目を見張っている中、私は朗らかに微笑んでシドに語りかけた。


「とりあえず、あったかい食事を用意させたわ。

 食べながら報告を聞きましょう」



「……もぐもぐ…やっぱり、装備については何か考える必要があるわね」

「お嬢が何考えているか知らんが、金を払うのならば、素人よりプロに払ったほうがいいと思うぞ」

「あら、そうなったら貴方に声かけられなくなるけど?……ぱくぱく……」

「俺も経験積んでプロになるからお嬢の方から声をかけてくるさ。

 あとせめてお嬢なんだから、しゃべるか食べるかどっちかにしろよ」

「こんな場所にマナーなんてあったかしら?」

「いや、お嬢の方が正しいな」


 塩と干し肉のスープに硬いパンをひたして食べる。

 これでも暖かい食事なだけ戦場ではましだったりする。

 私専用の食事を用意していたセリアの機嫌はあまり良くないが、彼女も冒険者あがりなだけにこういう場にトップがやってくる事の意味が分かっているので口には何も出さない。

 後でご機嫌をとっておこう。

 食事の会話は私について物怖じしないシドが代表を務める形で話が進む。

 このあたりはさすが攻略キャラと言った所か。


「まあ、装備についてはこっちで追加で用意してもいいわよ。

 前払い報酬という形になるけどね」

「お嬢。

 あんた何をたくらんでやがる?」


 プロを雇った方がいいというシドの意見を聞かずに、装備の追加提供すらこちらが口に出したのだ。

 裏があると勘ぐるシドは間違っていないので、それとなく理由をでっちあげてゆく。


「簡単な話よ。

 コインの表か裏か分からないのに、裏にかけてくれた人を優遇すれば味方になるでしょ」


「お嬢がそれだけ警戒するベルタ公の隠し玉って誰だ?」


 このあたりに気づくのはやっぱりチートだよなぁ。シドも。

 同時に、世界樹の花嫁をめぐるヘインワーズ侯とベルタ公の対立が広く知れ渡っている事に暗澹とした気持ちが沸くが、私は苦笑しながら話をはぐらかす事にした。


「ご飯を食べたら休憩を挟んで第二層の攻略に出てもらうわよ。

 負傷した連中は一層の『探索』をしてもらって、お宝探しついてに残った敵を掃討。

 もうひとつ『維持』をおいておくから、安心して下を調べてきてちょうだいな」


「わかった。

 お嬢のたくらみはともかく支援は本物だ。

 報酬分の仕事はするさ」


「突入時に言ったけど、危なくなったら即座に引き返すように!」


 私の言葉で、シド達が立ち上がって準備の為に戻ってゆく。

 ぽちにスープでしめらせた固いパンを与えながら、空を見上げるとお日様は中央から少しずれたあたり。

 夕方前には攻略したい所だ。




「失礼します。

 第二層攻略パーティが帰還しました。

 今回も死者はおりませんが、重症5、軽症3で、維持以外のパーティはこちらに戻っています。

 第一層探索パーティも帰還しており、見つけたアイテムや財宝を確認して欲しいと」


 第二層攻略組の結果は、戻ってきたアリオス王子とお茶会をして当たりさわりの無い会話をしていた時にやってきた。

 第二層は第一層よりレベルが上がっているので、その分損害が増えたという訳だ。

 にもかかわらず、全滅なしでクリアできたのは、ここまでずっと迷宮で指揮をとっていたグラモール卿の存在が大きい。


「わかりました。

 回復魔法をかける為にそちらに行きます。

 第一層と第二層の『維持』パーティを交代。

 うちのメイドと従士を使ってもう一つパーティを作って第二層の『維持』に投入。

 これが第二層の『維持』に入ったら、下から繰り上げて第一層『維持』パーティを帰還させるように。

 急いで」


「はっ」


 メイド服の上にレザーアーマーをつけたセリアが駆けてゆき、私の命令をちらと見ていたアリオス王子が感心する。

 こちらの指示が堂々としている、つまり命令する事になれていると知ったからだろう。

 私がダンジョン入り口に赴くと、当然のようにアリオス王子もついてくる。


「戻ってまいりました。

 姫君の盾として十分に働けたでしょうか?」


 返り血をいっぱいに浴びて微笑むグラモール卿は素直にかっこいいと思った。

 けど、彼は大貴族でかつ、私の実家となっているヘインワーズ侯と対立するベルタ公の次期後継者なんだよなぁ。

 一方、シドも返り血は浴びていないが、疲労感は隠せない。


「お嬢。

 とりあえず生きて帰ってきたが、この面子だときついぞ」


 私はそれを無礼と感じたグラモール卿の動きを手で制した。

 今は礼儀よりも聞かねばならない事がある。


「で、何がきつかったの?」


「ゴブリンシャーマンだ。

 ちらちらと出てきて回復をかけてくる。

 長丁場になって損害が増えちまった」


 私が皆に回復魔法をかけている間、シドから報告を受ける。

 彼の皮の服にはショートソードをぬぐった血がつき、腕につけられていたバックラーに傷が入っている。

 苦戦の証拠だ。


「なるほど。

 じゃあ、三層にはソーサラーもいるかもしれないわね」


 私の呟きにシドが食いつく。

 その根拠はと目で言っているので、口を開く前に私は続きを話した。


「敵にとって、第三層は本丸よ。

 後が無いからとっておきの戦力を投入するの。

 ボスがゴブリンロードで、回復のゴブリンシャーマン、魔法攻撃のゴブリンソーサラーがいると犠牲者が出かねないわ。

 だから、私が出ます」


 攻略本情報とは口が裂けてもいえない。

 この手のはったりは堂々と言う事で効果がある。

 なお、今回の出撃志願にアリオス王子もグラモール卿も何も言わない。

 いや、言えない。

 彼らの出陣においては、最良の装備を揃えた精鋭の兵を率いていたからだ。

 ここまでの弱兵の指揮など無かったに違いない。

 それでも死者を出していないのだから凄いとこっちは思っているが言わなくてもいいだろう。


「お嬢が出るなら勝てるだろうが、他は?」

「それは、お宝しだいってとこね」

 

 シドの言葉に私は視線を横にずらした。 

 第一層探索パーティが持ち帰った財宝……というのにはおこがましいガラクタの山を見つめる。

 ゴブリンは興味があるものはなんでも拾って巣に持ち帰る習性があるが、それを手入れするという発想が無い。

 とはいえ、迷宮で死んだ冒険者や傭兵の装備を剥ぎ取って使えるならば、戦力は飛躍的に強化されるのだ。

 何しろ、こちらの装備はまだ足りないのだから。


「ショートソードの類は錆びてるのはある意味仕方ないわね。

 これは骨の兜かしら?

 使えるには使えるから横においておいて。

 カビが生えているレザーアーマーか……ないよりはましね。

 石の斧に、石の槍。

 こっちは十分使えるわ」


 装備を並べながら、私は皆に大声で告げる。

 彼らの功名心に火をつけるのだ。


「さて、ここにあるがらくただけど、これを使って再度迷宮に潜る勇者はいるかしら?

 ここから先は命の保障はできないわよ。

 だから、ここで仕事を打ち切っても、報酬は満額支払います」


 数人ほど居た初心者冒険者達に私は声をなげかける。

 割のいい仕事ではあるが、同時に命のやり取りをする仕事だとこの数時間で彼らは身を持って分かったはずだ。

 その上でなお野心と向上心のある人間こそ、今後私にとって必要になる人材だろう。


「俺が!」


(人が嫌う事を率先してやりなさい。

 その感謝はきっと貴方に帰ってきます。

 何か志願をするのならば、一番最初に手をあげなさい。

 栄光も破滅も、一番最初に手をあげた者の果実です)


 なんだ。

 私のアドバイスなんていらなかったじゃない。

 あなたいつも先頭を走っていたわね。アルフレッド。


「たしか、どこかで見たような。

 えっと……アル…フ?」


 わざとらしく愛しい人のかつてのあだ名を呟くが、アルフレッドはそれに気づかない。

 冒険心と野心を胸に秘めて、彼は一歩前に出てその名前を告げた。


「アルフレッド。

 アルフレッド・カラカル。

 駆け出しの剣士さ。

 ……あっ!!!!!」


 何かに気づいたアルフが赤くなって一歩後ずさる。

 失礼なと言おうとして、出会いを思い出す。


 バニーである。

 無駄にがんばったバニーである。

 色気を出しているのに、それ以上のどす黒い何かも出して街のチンピラからもドン引きされたバニーである。 



 や・ら・か・し・た。



 アルフレッドと会えるのならば、もっと心に余裕を持って、おしゃれして、色っぽくおしとやかに初々しくなんて……この間まんが喫茶で呼んだ純愛少女コミックのような出会いを考えていたのに!!!

 忘れていたので久々に読み出したら止まらなくて、あんな恋愛したかったなと思いつつもチャンスは無い訳ではないと思い直して、ああ。何を考えていたんだっけ?


「あの時……」「忘れなさい」


 にっこり。

 最大級の威圧と笑みでアルフの言葉を止めさせる。

 なお、それに伴ってアリオス王子以下周囲全員が数歩下がったが気にしない。

 おい。ぽちまで私から離れるな。

 泣くぞ。


「ああ。

 思い出したわ。

 歓楽街ですれ違ったのね。

 あなたもこの仕事受けていたのですか。

 いいわ。

 一番槍にはそれにふさわしい報酬を。

 そこの装備好きなの持って行きなさいな」


「感謝するぜ!

 お嬢様!」


 アルフレッドに刺激されて三人ほどゴブリンの装備を身に着けたが、残りは契約終了を願ってこの場を去る事を選んだ。

 さてと、さっさと迷宮を攻略するとしよう。

 この鬱憤は全部ボスのゴブリンにぶつける事にする。


「休憩を挟んで第三層を攻めるわよ!

 私が率いる本隊がボスを叩きます!

 第一層と第二層にはそれぞれ『維持』を一つずつ。

 装備を整えた初心者とメイドでパーティを一つ作って第二層『探索』を!

 第三層の残り三つの内、シドのパーティは『探索』。

 残りは私についてきなさい!」


 なお、ボスのゴブリンロードとゴブリンシャーマンとゴブリンソーサラーの混成部隊は、私のカウンタースペルで魔法を封じられた上でアリオス殿下とグラモール卿によって潰され、ぽちのファイヤーブレスで死体すら残らなかった事を記しておく。

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