9 チュートリアルダンジョン その2

「……」

「……」

「……」


 さて、物語に深くかかわる攻略キャラが三人も集まった訳で。

 相性はアリオス王子とシドで最悪の相性だったりする。

 双方とも事前に情報を仕入れているらしく、ガンの飛ばし合いはやめて欲しいところだが。

 殿下とグラモール卿の装備は全身耐魔法エンチャントつきのミスリル制プレートアーマーと兜。

 近衛騎士団仕様でものすごく見栄えが良い。

 ただ、二人とも実戦経験があるなと感じたのは、戦場が狭い迷宮なので同じくミスリル製ラージシールドとショートソードを持っている点。

 明確な盾役に徹しますと装備で物語っていた。

 竜騎士ならば、本来の武器は槍なのだが、対策対象は私なのだろうなぁ。

 あとグラモール卿が地味に一歩前に出て、シドとアマラの投げナイフに対処する形になっているのが見事である。

 このゲームの流れの基本は、


 イベント発生>クリア>攻略キャラとらぶらぶ>次のイベント発生


 という乙女ゲーの王道に沿っているが、『世界樹の花嫁』は前提として複数の男達と付き合う事がゲームクリアに求められている。

 その為攻略キャラ間の相性問題が容赦なく発生し、らぶらぶどころかぎすぎすになる事も常態化。

 それを回避する為に、毎夜毎夜違う男の上で腰を振る主人公の姿が。

 うん。逆ハー求めていたけどそれは違うだろうよ。おい。

 え?

 処女でなくていいのかって?

 いいんだな。これが。また腹立たしい事に。

 世界樹の花嫁は豊穣の加護を司る。

 つまり地母神の側面を持っているのだが、彼女達の本質は『生めよ増やせよ地に満ちよ』である。

 ヘルティニウス司祭が属している穏健派というのが実はこっちなのだ。元々の教義がそっちなのだから仕方ない。

 これだと困るのが貴族を中心とした血族による支配を行っている上流階級で、どこの馬の骨とも知らぬ子が己の家を継ぐなんて事を避けねばならぬから、白き女神イーノの処女神の側面から処女信仰をでっちあげる。

 先に話した過激派の正体である。

 そりゃ、貴族がバックにつくから教団掌握する訳だ。

 で、堂々とデザイナーズノートに記述があったのだけど……


「世界樹の花嫁不在最大の理由は、豊穣の女神という地母神の巫女として仕えねばならぬのに、血族主義による処女信仰・純愛思考によって処女神の加護を得た巫女たちの適正違いが根本にある」


 なんて書かれていた時、私はこの本投げ捨てましたよ。まじで。

 夜な夜な男をとっかえひかえして腰を振っている方が、純愛で攻略するより楽だと言っているのだから。

 事実、逆ハープレイは攻略が圧倒的に楽であるのに対して、純愛プレイはその難易度が恐ろしくあがり、純愛でかつ処女だともう縛りプレイに入るという鬼畜ぶり。

 そりゃ、購入者は逆ハー求めていましたし、それを論理的に補完してくれるのはありがたいとは思うが、この開発陣のどす黒い悪意はどこから来ているのだろうか?

 なお、この為に『世界樹の花嫁』においては純愛物の二次創作が一気に花開き、ついでに貴腐人向けの方も大輪の花を咲かせたりする。どうでもいい話だが。

 今回私は悪役令嬢役なので自前のパーティを作れるのと同時に、その枠に監視者をいれるという事になるので痛し痒し。


 なお、この話には後日談がある。

 ゲーム発売後しばらくして、プログラム解析をしていた連中が丸々使われていない隠しシステムを発見。

 それは、複数の男の相手を一夜にするという『乱交』システムで、これを使うと主人公組に攻略キャラ全部ぶちこんでも相性が下がらないというゲームブレイカーなシステムである。

 発見されたとき、


「さすがにこれはまずいと思ったんだろうな」


という良心的意見よりも、


「絶対見つけると思ってこれをわざと残したんだろ。ここの開発陣」


の声が圧倒的だった事を付け加えておく。

 なお、私がぶん投げたデザイナーズノートにこんな記述がある事も付け加えておこう。


「民俗学見地から見て、豊穣神というのは慈愛に満ちている訳ではなくその逆である。

 『1000人殺されたならば1500人生めばいい』という恐ろしく冷徹的な割りきりができてこそ、豊穣神はその加護を分け与える事ができる。

 その本質は良いも悪いも全て一緒くたに与える訳で、そこに善悪愛情を持ち込む必要が無いのだ。

 だからこそ、彼女達豊穣の女神は全てを愛する代わりに誰も見てはいない」


 閑話休題。


「ごほん」


 この刺々しい空気を緩和するために、実に白々しく咳をたてる。

 三人の視線がこっちに集まる。


「さてと。

 これから洞窟にお散歩に行くのですけど、ご一緒しませんか?」


「え?」


 アリオス王子が間の抜けた声をあげる。

 彼らもまさかこの少人数でチュートリアルとはいえゴブリンのいる迷宮を攻略するとは思っていなかったのだろう。


「失礼ですが、他の人員は?」


「え?」


 グラモール卿の質問に白々しく私が間抜けな声をあげる。

 で、シドが肩をすくめて状況を二人に説明する。


「このお嬢様、単身でこの迷宮を攻略するつもりだったらしいぞ」


 うんうんとシドの言葉を肯定するセリアとアマラ。

 アリオス王子の額に苦笑と共に汗が一滴落ちる。


「エリー殿の技量については疑うつもりはないのですが、単身で迷宮に入って何かあった場合は困るのである程度の配慮をしていただければと」


 グラモール卿が言葉を選んでこちらを説得しにかかる。

 まあ、無視するのだが。


「大丈夫ですわ。

 所詮私はエレナお姉さまの控えですから、何かあっても切り捨てるように養父上と話がついておりますゆえ」


「え?」

「は?」

「ちょ!?」

「うわぁ……」


 私の言葉を聞いた、アリオス王子、グラモール卿、シド、アマラの反応である。

 なお、セリアは呆れて声が出ないらしい。


「という訳で、少しお待ち下さいね。

 アマラ。

 二人にお茶を用意してあげて。

 その間に、洞窟攻略するから」


「……おねがいですから、もう少し状況を考えてください」


 セリアがこめかみに手を当てながら抑えて声を私にかけたのだった。




「紅茶です。

 エリー様の好みですが」


 数分後。

 雲上人突然の乱入にお茶をいれるセリアの努力によって、まだ迷宮に入れていない私が居た。

 ぽちは小皿に入れたお茶を美味しそうになめていたり。


「いただきます。

 良い茶葉ですね」


 香りを楽しんでアリオス殿下は紅茶に口をつける。

 それに合わせて私も紅茶に口をつける。

 このお茶は向こうから持ってきたものだ。


「そういえば、これを何処でお知りになったので?」


 せっかくなので、一応情報源のチェック。

 隠れてする事でもなかったが、殿下が何処から聞いたかを知るのは今後の対策になる。

 アリオス殿下はティーカップを置いてあっさりと情報源をばらした。


「グラモール卿からこの話を。

 迷宮攻略をするというので、それならばお邪魔しようかと。

 姫君の試練を手助けするのは騎士の誉れですから。

 まさか単身で迷宮に入るとは思いませんでしたが」


 いい笑顔でアリオス殿下が言うけれども、目はしっかりと胸の三つの勲章に。

 つまり、目的はこれか。

 耳もいいし、行動も素早い。

 さすがチート王子。


「乙女の胸をじろじろ見ないでいただけますか?」


「失礼。

 男の性とはいえ無礼でした。

 とはいえ、その胸に飾られているものは私でも持っていないもので、ついつい」


 そう言って、アリオス殿下は己の胸元にある従軍経験賞の三枚葉に指を当てる。

 三枚葉は騎士団副長およびそれに類するもの。

 王家や貴族の騎士団キャリアのスタートがここだったりする。


「乙女の秘密ですの。

 問わないでいただけると嬉しいですわ」


「もちろん。

 美しい女性には秘密はつきものです」


 おそらく、勲章を管理している王宮の紋章院は修羅場になっているだろう。

 魔法によって私のつけているこれらの勲章が本物である事は分かるが、何時に誰がそれを与えたかがまったく分からないのだから。

 で、偽者として一気に私を消しにかかるにはまだ情報が足りない。

 隠すと致命傷になりかねない秘密は、先に出してしまった方が後々有利になる。


「ごほん。

 それでむさくるしい遊びですが、殿下とグラモール卿はどのように参加なさりたいので?」


 わざとらしく咳払いをして、話をダンジョン攻略に持ってゆく。

 アリオス殿下はにこやかに自分達を押し売りした。  


「それはもちろん、姫君の盾として」


 ここに殿下とグラモール卿を混ぜろときたか。

 入れば戦力は大幅に強化される。

 普通ならば。


「でしたら、露払いはお任せしますわ。

 アリオス殿下」


 こうなると本人の能力より政治力がものを言う。

 悪役令嬢よろしく、イラッとする感じで五枚葉従軍賞を見せびらかして、アリオス王子とグラモール卿にぶん投げることにする。


「おまかせあれと言いたい所だが、こちらの手駒を加えても?」


「総大将というものは、座って勝ちと負けの結果を受け取るのが仕事ですわ。

 賭けたチップとサイコロについては神のみぞ知るという訳で」


 実に白々しい茶番の最中、シドとアマラの二人は周囲に視線を走らせて露骨に警戒中。

 そりゃ、王子様と大貴族の御曹司が勝手にふらふらと出歩く訳もなく。


「ざっと十人前後という所かな?」


 シドの呟きにさりげなく反応してあげよう。

 私と同じく感づいたご褒美だ。


「手は出さないほうがいいわよ。

 殿下の警護、オークラム統合王国最強の近衛騎士団の連中でしょうから」


 私の言葉に本人はシーフとして参加したかったらしいが契約上メイドで来らざるを得なかったアマラの動きが止まる。

 なお、その隠れている近衛騎士団から発せられているのは敵意と殺意である。

 私とぽちは鼻で笑えるが、この手の業界のほんのご挨拶というやつだ。


「シド。

 貴方にも一隊あげるから好きに使ってみなさい。

 残りについては殿下のお好きなように。

 あくまで、『私の功績』になる事をお忘れなく」


「了解した。

 俺が一隊率いて制圧する。

 一人殿下の側に付けたいがよろしいか?」


 グラモール卿が即座に妥協案を提示し私は頷いてそれを了承する。

 現在行われているのはゴブリン討伐ではなく、世界樹の花嫁争いにおける私とアリオス王子の戦力分析と政治的小手試しなのだ。

 だからこそ、互いに手札を隠しつつ、ゲームを続ける。


「構いませんわ。

 この後、冒険者の宿に行って私の名前で冒険者を雇います。

 そのうちの一隊はシドに。

 残りは殿下に預けて、明日この迷宮を攻略します。

 それでよろしいかしら?」


 まあ、単身突破なんて許可される訳がないので、実はその茶番を交渉に冒険者や傭兵を雇うのが目的だったりする。

 モンスターが出てきてこんな迷宮があちこちにあるこの世界、当然だが治安はあまり良くはない。

 トラブル解決や治安維持には騎士団が動く訳だが、騎士団が動くと金が派手にかかる。

 だからこそ騎士団を頼むより安い傭兵や冒険者の需要がある訳だ。

 だが、自前の戦力確保という観点を入れるとこの話ががらりと変わる。

 セリアはヘインワーズ侯から与えられた人材で、雇い主はヘインワーズ侯である。

 という事は、ヘインワーズ侯の意向に逆らう命令は聞けない訳だ。

 ヘインワーズ侯と手を切るつもりは今の所はないが、私の命令を聞く私の手足の確保は早急にする必要があった。

 とりあえず、ヘインワーズ候相手に寝返らなさそうな相手としてアマラを確保。

 買収されかねないが、無条件で向こう側につかないだけでも儲けものである。

 で、彼ら低レベル冒険者な訳だ。

 育てて忠誠心を養って私の手駒にする。


「という訳で、最低限の人員を用意しに行きましょうか。

 これでいいでしょ?

 セリア」


 こうして、迷宮探索は明日へと持ち越しになった。

 冒険者の宿にて、迷宮探索の人員を50人ほど雇い、それをポケットマネーで支払う。

 この金銭チートの種は、我が故郷から持ってきた贈答用の砂糖・塩・胡椒・醤油・ソースセットである。

 試しにヘインワーズ家で振る舞ってみて食いついたからこそ売れると判断したのだが、いささか効果がありすぎた。

 こっちの資金源にともってきたものは、セリアの密告によってめでたく買われる運びとなったのである。

 アマラを雇おうと決意した一件だったりする。

 そんな訳で、50人とはいえ低レベル冒険者ならば、雇える程度の資金は確保しているのである。

 武器については、冒険者で一番まともな武器がショートソードの時点で察して欲しい。

 棍棒やひのきの棒レベルがザラに居るのだ。


「で、それをどうして帳簿につけているのかしら?

 セリア?」


「お嬢様のお金ですが、ご当主様がお支払いになったのですから、当然のことかと」


 早急に自前の財布も確保しようと決意する今日の夕方であった。

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