8 チュートリアルダンジョン その1
「おはようございます。
エリーお嬢様」
「おはよう。
その仕事着、似合っているわよ。
アマラ」
目が覚めると、メイド姿のアマラが居た。
私がこっちにいる間は、雇った彼女が私につく事にしている。
校内も生徒登録したし、アマラが高級娼婦教育の一環でこの手の礼儀作法を習得しているのもありがたい。
なお、話すつもりの無い腹黒い理由として、ヘインワーズ侯と利害が対立した時に私のほうについてくれる可能性が高いというのもある。
シドの件もあるし、アマラが完成された華姫である私を見てその技を盗みたいというのも知っているからお互い様ではあるが。
「しかし、この手の作法を知っていて助かったわ。
おかげでこっちも助かるし」
「普通この手の作法は教えてもらうものでしょうに?」
アマラに髪の手入れをさせながらガールズトークで盛り上がる。
話題が世間一般のガールズトークとは少し違うのはご愛嬌。
「そうでもないのよ。
華姫って最初に快楽で精神を壊すから」
「はぁ!?」
私の暴露にアマラが怪訝な顔をする。
そうなんだよなぁ。
アマラは、華姫から教育を受けただけで、華姫そのものではないんだよなぁ。
ここから先は鬼畜エロゲー真っ青な調教のお話である。
「華姫って本質的に、『飾り物』なのよ。
『飾り物』に意思なんてあったらまずいでしょ。
ましてや、王侯や豪商の側室や愛人が自らの意思で動いて御覧なさいな。お家騒動よ。
だからこそ、華姫になる為に自我を徹底的に崩壊させるの」
『守・破・離』という言葉がある。
この手の言葉の普遍性がこういう調教にまで当てはまると知って大爆笑したのは向こうに帰ってからだったりする。
さしあたって、調教道という所か。
このあたりの『道』への昇華を目指そうとするのは、凝り性の日本人の宿痾なのかもしれない。
「それっておかしくない?
ただ喘ぐだけの飾り物が、そんな高値で取引されるわけないでしょ?」
「もちろんそうよ。
で、壊しきった後に、礼法や知識など王侯富豪の側室や愛人に必要な知識を叩き込む。
赤子のように壊れた状態だと、砂が水を得るように覚えが早いのよね」
唖然とするアマラの顔がなんか面白い。
己に自我があると、この最初の知識吸収に手間取るのだ。
このあたりの華姫製造はブランド維持の秘事として世間では出回らないし、華姫連中も語りたがらないからだ。
なお、私はこの陵辱調教を中古パソコンのフォーマットとOSインストールと認識していたり。
話がそれた。
「んじゃ、エリーも華姫って事は……」
「二ヶ月ばかり、私のお尻は地面を知りませんでした。
なれると寝言で喘ぐようになるわよ」
「うわぁ……」
地面を知らない。
要するにずっと男の上に乗っていたという事だ。
なお、ここはファンタジー世界。
人だけてでなく獣からモンスターまでその手の相手に事欠かないのが困る。
「で、ここまでだと『高級娼婦』止まりなの。
華姫ってのはね、画一的に作られた高級娼婦の中で自我を再建した、もしくは新しく作り出した連中の事を言うわけ」
私は、自我を再建した口である。
売り払われた時にタロットカードが手元にあったのが幸いした。
そのまま自我が戻らなかったら好きにして構わないと頼み込んだおかげで、タロットカードの暗示による自我の外付けに成功したのだ。
話を少し戻すが、この手の陵辱調教で自我を破壊する事を中古パソコンのフォーマットと私は言ったのには理由がある。
脳には忘れていようが壊されていようが、その自我が記憶されているからだ。
だから、そこから自我を立て直すためには、その忘れさせられた記憶を思い出す必要がある。
たとえば、タロットには『星』というカードがある。
裸の女が水瓶から水を垂れ流しながら野外露出しているカードなのだが、もちろんそんな意味もあったりなかったり。
これと対になるカードで『節制』というカードがある。
これは衣服を着た女性が水瓶の水をこぼさないような絵になっている。
こうやってカードの意味から、己の自我を再建していったのだ。
占い師というのは、占う相手に肩入れをしてはいけないからこの手の自我形成と再建は徹底的に仕込まれる。
快楽で狂う所からの再建も姉弟子様からしっかり教えてもらっていたが、それが役に立つとはとあの時苦笑した覚えがある。
「華姫の需要は高いけど、同時に作り出すには本来すごく時間がかかるの。
私達はその時間を短縮して作られた画一的な品物でね。
これに対して、アマラみたいに自然形成を残したまま教育して作り上げたものを私達は花姫と呼んでいるわ」
これは、華姫達がその境遇を羨んだ隠語だったりするが、もちろんそれをアマラに伝えるつもりもない。
華姫が工業製品ならば、アマラは素材の良さを引き出したオリジナルオーダーメイド。
いずれ身請けされる時、私達華姫以上の高値で売れるだろう。
「……じゃあ、もしかしてエリーお嬢様の技って盗めない系?」
「そうでもないわよ。
アマラは私から盗めるものを取捨選択できるわ。
それはアマラが花姫として生きていく時にきっと花を咲かせるから、うまく盗んでみなさいな」
鏡の中の私は微笑む。
お嬢様風戦闘スタイルで。
今日は、ダンジョンに潜るのだ。
私達がいるのはメリアス郊外の寂れた迷宮で、ゴブリン達がよく巣を作るので退治して欲しいという設定のチュートリアルダンジョンだ。
居るのは私とアマラとセリアとシド。
ゲームでは24人しか使えなかったので、実にありがたい。
現実には24人縛りはなしかと思ったらあったのでちょっとびっくり。
「道が狭くて入り組んでいるダンジョンに大兵を投入しても、多重遭難になる。
一層あたり4隊以上入れるのは勧めないな」
シドの説明に納得する。
こんな背景があるのならば、それに従おう。
要はダンジョン前で戦力を待機させればいいだけの事なのだから。
ここで、ダンジョン攻略のシステムを説明しよう。
『世界樹の花嫁』は課外授業扱いでダンジョンに潜れる。
そもそも世界樹の花嫁の条件に魔力制御が絡んでいるのだからある意味仕方がない。
で、ダンジョン探索の為に攻略対象達とPTを組む……だけならばまだ良かったのだ。
ダンジョン攻略におけるパーティの最大人数は6人。
更に支援パーティを3組まで組めるから、6×4の24人がダンジョン攻略の最大人数となる。
その枠全てを攻略キャラで埋める事はできず、モブとして傭兵や冒険者を雇う事になる訳だ。
ダンジョン攻略はパーティキャラのレベルとスキルと装備である一定層を突破したらクリアという簡単なもの。
6人×4組で重層になっているダンジョンを攻略してゆくのだが、自キャラを含めてダンジョン内の操作は一切できない。
その為、事前準備と編成が全てを決める。
レベルや装備はこちらで確認できるのである程度の目安がつくが、ご丁寧にモブキャラにまで『相性』の隠しパラメータをつけている。
もちろん相性が良いと能力上昇補正が尽くし、悪いと低下補正がつく。
さらに、攻略キャラには感情パラメータが隠されており、このダンジョン攻略においてそれが炸裂してプレイヤーの頭を悩ませる。
攻略対象キャラはそのチートぶりから指揮適正があり、各組リーダーに置くのが最適なのだが、それは自動的に第一組リーダーとなる主人公と離れる事になり好感度が下がる。
では、攻略キャラ全員を第一組に入れると『相性』最悪になり、パーティがまったく機能しない。ある意味当たり前である。
各組に攻略キャラを割り振って、攻略目標の一人を自分のパーティに入れたらもうそれだけで『相性』が大暴落する。
おまけに、ダンジョン攻略に呼ばれなかったキャラはその時点で『相性』大暴落。
どないしろと。
もちろん解決策はある。
主人公の甘い言葉と体で攻略キャラ達に『ごほうび』をあげればいいのだ。
さすが乙女ゲーというべきだろう。それで『相性』は大幅上昇するのだ。
更に、高レベルモブキャラクターは雇うのに金がかかるし、相手側の引き抜きまであるのでアイテムを与えて忠誠度をあげる必要が出る。
で、その資金繰りに世の乙女達は苦しみ、ゲーム内の己の分身を手っ取り早く稼げる夜のお仕事につかせるなんて羽目に。
なお、そんな淫靡な夜のお仕事は露骨に魅力が上がるので、攻略キャラを落としやすいという開発者の女性不信ここに極まれりという救済コースにもなっている。
パーティの編制だが、私とセリアにシドとアマラの四人。
まぁ、これについては異存は無い。
前衛がシーフでもあるシドとアマラ、後衛が私とセリアいう訳だ。
「で、具体的にメイドって何ができるの?」
「後衛からの魔法と回復。
攻撃に弓を使う事もありますが、一番の仕事はエリー様のお世話です」
アマラの質問にセリアが答える。
ダンジョンに潜るのだから体力に差がある女性は当然負担がかかるし、食べたら出るものもある訳で。
そのあたりのサポート職がセリアみたいなメイドという訳だ。
ゲーム内では彼女たちを入れると疲労度減少と回復が早まる効果があったりする。
なお、戦闘においては支援職の一つなのであまり期待しない方がいいが、このあたりは悪役令嬢補正。
セリアを含めて皆傭兵や冒険者あがりで、治療や回復魔法スキル持ちだったりする。
なお、そのスキルは私も持っていたりするのだが。
そんなパーティ面子の見知った顔に声をかける。
「来てくれるとは思わなかったわ。
シド」
「まさか単身でダンジョンに潜るなんて暴挙をアマラから聞かされたからな。
で、あんたの事も知りたいし」
さすがイケメン攻略キャラ。
皮肉も様になってやがる。
「で、お嬢。
こんなダンジョンでもモンスターが出るのに、これっぽっちの戦力集めて何をするつもりなんだ?」
セリアの眉が露骨に曇るのは、シドの敬意なしの会話が理由だったりする。
彼女が激昂する前にとりあえず最終目的をばらしておこう。
「世界樹の花嫁にならないといけない以上、世界樹地下の大迷宮は避けて通れないでしょ?」
「本気であれを攻略するつもりなのか?」
私は答える事無く地図を眺める。
この迷宮は三層からなるが、世界樹の加護を司る神殿は世界樹の地下深くの迷宮の奥にある。
その層の数は合計12。
ゲーム内では4つのパーティに以下の命令を与える事ができる。
探索
偵察で敵のデータを見る事ができ、敵の不意打ちをさける事ができる。
ただし、シーフをはじめとした偵察スキル持ちがいないとこの命令の効果が薄くなり、戦闘が発生すると軽装備ゆえに被害がかなり出る。
また宝物などを見つける事もできる。
制圧
その層の敵を制圧する。
ユニットのクラス・スキル・装備等の数値でオート戦闘を行う。
層の敵を制圧できるかはこの制圧を命令されたパーティが多ければ多いほど成功の確率があがる。
その分、損害が出る事は確実で、レベルが低いと全滅もありえる。
回収
全滅したパーティの遺体を回収する。
肉体があって損傷が激しくない場合、蘇生呪文で生き返る可能性がある。
攻略キャラは基本死なないので、鍛えたモブキャラを失いたくない場合に使う。
なお、パーティの1/3が死亡した場合命令を実行できずに撤退し、半分が死亡すると行動不能となるので同じく回収で撤退の支援をしなければならない。
維持
制圧した層を奪還するためのモンスター側の攻撃を排除する。
重防御装備のパーティで編制され拠点防衛などを行うが、それゆえに移動が遅い。
「6人4組の12層だから288人。
予備とバックアップ考えたら500人は欲しい所ね。
そんな人雇えないから単身で突破しようかと」
「あんた、一人で戦争でも始めるつもりか?」
呆れ顔のシドと同じ顔をしているアマラとセリア。
なお、ゲームでは可能だったりする。
そして、現実でも可能だったりする。
「何言っているのよ。
そんなの当たり前じゃない」
胸元に輝く五枚葉の従軍軍団長章を見せ付けながら私はあっさりと言い切る。
私以外の一同が呆れた顔をするが、シドが苦笑したまま私の肩に乗るぽちを指でつつく。
「そんな化け物連れているから、あんたは死にはしねーよ。
世界樹地下の大迷宮を攻略するんだろ。
とはいえ、あんたの力も必要があるだろうから、あんた自身の力量も言いな。
笑いやしないからよ……なんで目を逸らす?」
言えない。
そりゃ、一度別ゲームクリアしたのだから、今の私は強くてニューゲーム状態。
視線を逸らす私とぽちを見て察したらしいシドがなんとなく気づく。
ぽちがこれだけ懐くという事は、懐かせるだけの技量が必要だという事に。
「……もう全部お嬢一人でいいんじゃないかな……」
言うと思ったよ。
私も同じ事思ったのだから。
「楽しそうな事をやっていますね。
よろしければ、お仲間に入れて欲しいのですが?」
後ろからかかる気品のある声に、私は苦い顔をしながらも精一杯の猫をかぶって声の主に振り向いた。
「どうぞ。
むさくるしいお遊びですが、歓迎しますよ。
殿下」
アリオス殿下とグラモール卿の乱入に、ああ、乙女ゲーだなぁと感じずにはいられない昼下がりだった。
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